第一節 金華猫の誘い

金華猫の誘い その一

 一九一八年一二月 帝居ていきょ地下





 今日、帝居地下で行われた九頭竜会くずりゅうかいの年末会合が終わり、宮森みやもり 遼一りょういち多野たの 教授と同伴で帰途に就いている。


 休暇の件を多野に申し出る宮森。


「……と云う訳でして教授、瑠璃家宮るりやのみや 皇太子殿下の御子おこが御生まれになる前に、一度は帝都の外もておきたいと思っているのです」


「……良かろう。

 確かに御子が御生まれになれば、教育係の君は御子から離れられん。

 手配しよう。

 ただし、宮中の行事が立て込む年始から、四月の始めにり行なわれる太帝祭たいていさいが終わるまでは、帝都外への外出は禁ずる。

 又、八月の旧七夕たなばた儀式までには戻って来てもらうぞ。

 宮森 君、君は我々にとって必要不可欠な人材。

 帝都外におもむく際には、警護を付けさせて貰う。

 それでも構わんか?」


「それは構いません。

 では、詳しい予定を組み次第連絡致します。

 警護の方の都合も有るでしょうから」


「うむ。

 急な出立にならぬよう、前以まえもって連絡するように。

 ではな……」


 多野はそう言い残し、車を待機させている地上へと階段を昇って行く。

 宮森も、下宿先である寛田かんだ陣保町じんぼうちょうを目指し地下道を進んだ。


 下宿前まで来た宮森に、脳中のうちゅうから話し掛けて来る者が居る。

 ひと月ほど前に知り合い、ゆえあって宮森の脳中に居候いそうろうしている異形の友人、比星ひぼし 明日二郎あすじろうからだ。


『なあミヤモリ、お前さんの部屋の屋根見てみろよ。

 又あの猫が居るぜ。

 それに、なんか空みてるぞ』


 宮森が自室の屋根上に目を向けると、一匹の白猫が北東の方角を向いて座っていた。

 しかも、口を開けて宙空に浮かぶ月を眺めている。


『明日二郎、きっとあれは〖金華猫きんかびょう〗だよ』


『キンカビョウ?

 ナンなのだソレ、食べられるのか?』


『ふふ。

 唐国からくにに伝わる妖怪猫さ。

 三年飼った猫は、毎晩夜中になると屋根上に登って口を開け、月の精華せいかを吸い込むとう。

 これを繰り返す事で、やがて妖怪の金華猫となり人を化かすんだと。

 金華猫には白猫がなりやすいと云われ、その地域では白猫を特にむ風習が有る』


『おお、化け猫だな。

 正確には、現在進行形で化け猫になろうと修業しておる所かの。

 白猫君、頑張っての~』


 白猫に向けて、三対さんつい胸脚きょうきゃくを振り声援エールを送る明日二郎。


『ミヤモリよ、お前さんもあの白猫君を見習って修業に身を入れねばならんぞ』


『分かりましたよオシショー様。

 う~寒い、もう中に入るぞ、いいな?』


 宮森(と明日二郎)は、金華猫になるため修業中だろう白猫に手を振り、自分達ばかりが温もろうと玄関をくぐる。


 彼らの一部始終を知ってか知らずか、屋根上の白猫は今まで月に向け開けていた口を閉じた。

 あごが疲れていたのだろうか、前足で顳顬こめかみを念入りにさすっている。


 マッサージを終えたらしい白猫は、屋根上から塀を伝って地面に降り立ち、さも面倒臭そうな足取りでどこかへと消えて行った――。





 一九一八年一二月 宮森の下宿先





 自室へと帰った宮森は、明日二郎に精神感応テレパシーの中継作業を要請する。


『明日二郎、早速さっそく 今日一郎きょういちろうに繋いでくれ。

 これからの予定を話し合いたい』


『ほいきた。

 ミヤモリもテレパシーには慣れたみたいだな。

 じゃ、オニイチャンと接続~っと……ハイッ、お二人共どうぞー』


 宮森と比星 兄弟ブラザーズの間に精神感応通信網テレパシックネットワークが形成され、彼らはいつものごとく談話を始めた。


『こんばんは宮森さん、明日二郎も。

 今日は休暇の申請をしたんだよね。

 で、どうなったの?』


『こんばんは今日一郎。

 休暇についてだけど、多野 教授から一応の許可は貰った。

 但し元旦から四月の始め迄は、宮中の行事が立て込んでいて帝都からは出られない。

 帝都から出られるのは、早くとも四月上旬頃になるね。

 そして八月上旬までには帝都に戻っていなければならないので、四月上旬から七月いっぱい迄が実質の休暇期間だ』


『となると四箇月弱……。

 それくらい有れば長逗留ながとうりゅうも出来そうだけど、宮森さんに行きたい所は無いの?』


『いま考え中。

 恐らく一箇所、行けても二箇所ぐらいだろうな。

 明日二郎、何か希望は有るかい?』


『オイラは温泉に入れてウマイもんが食えりゃーそれでいい。

 それに時間はタップリある。

 よくよく吟味ぎんみして臨むのだぞ、ミヤモリよ』


『まあ、どのみち警護の名を借りた監視も付けられるからな。

 自分と君ら兄弟水入らず、って訳にもいかない。

 なあに、温泉は逃げないからゆっくり考える。

 ウマイもんは逃げるかも知れないがな』


『ノおおぉぉ、いかん、それはいかんぞミヤモリよ。

 ウマイもんは逃がしてはならぬ~。

 努々ゆめゆめ忘れるでないぞ~』


 本気で心配している明日二郎を余所よそに、宮森と今日一郎は別の話題へと移った。


『宮森さん、倉井くらい 平吉へいきちの会社が販売していた煙草は見付かった?』


『いや、まだだ。

 近所の煙草屋にはなかったな。

 明日から晦日みそかまでは暇だから、昔の銘柄さがしに足を延ばしてみようかと思う』


 衝撃ショックから復帰した明日二郎が、ウキウキを隠しもせず割り込んで来た。

 大人顔負けの知力を持ち物質界この世に実体を持たぬ異形の身だが、彼はまだ六歳に満たない子供なのである。


『お出かけするのか?

 ウマイもん食いに行こうぜ、オデカケオデカケ♪』


『昔の煙草を探すんだぞ。

 ウマイもん食う為じゃないからな、明日二郎。

 子供みたいにはしゃぎやがって』


『オイラ子供だも~ん』


『こんな時だけ都合よく子供ぶりやがって。

 前に、「オイラはオ・ト・ナだからな」とか言ってたくせに』


『それはその……まーなんだ、言葉のアヤってやつよ。

 それにオデカケは確定している。

 昔の煙草探しとウマイもん食いに、レッツ&ゴー!』


 宮森と明日二郎のくだらない掛け合いを眺めていると、今日一郎にも子供が本来持つだろう気持ちが湧き上がって来る。

 しかし真面目で責任感が強い性格が災いしてか、いまいち羽目はめを外す事が出来ない。


『宮森さん、御霊分みたまわけの術法はどうだい。

 特訓は進んでいるかな?』


『ああ。

 儀式の時に試しているんだが、確かに精神的苦痛は減ったと実感するよ。

 後、九頭竜会の施設で拳銃射撃の訓練もやらされてるんだけど、その時も成績が格段に良くなるみたいだ。

 自分は結構いい線いってるんじゃないかと思うんだけど……明日二郎どう?』


『確かにミヤモリの意気込みは感じる。

 しかし、まだまだ気の練り方が甘い……餡子あんこより甘い!

 それと、あの拳銃の構え方は何だ?

 なんか横に構えるヤツ、カッコ付けてんのか?』


 宮森の射撃訓練映像を今日一郎に送信する明日二郎。


『宮森さん、なんだかんだ楽しんでるね。

 それと、御霊分けの術法を習得して貰ったら別の術法も覚えて貰う』


『確かにそうだろうな。

 御霊分けの術法だけでは、九頭竜会に対抗できない。

 今日一郎、優先的に覚えなくてはならない術にはどう云うものが有るんだ?』


『そうだね、後催眠暗示ごさいみんあんじ、精神感応、身体調節は、明日二郎がいるから先延ばしにしてもいい。

 となると……念動術ねんどうじゅつ障壁術しょうへきじゅつ断界術だんかいじゅつも早いうちから教えた方がいいかな』


『知らない単語が出て来たな。

 今日一郎、説明を頼むよ』


 魔術に関する話題となったが、場の雰囲気はほがらかさを失わず全員がくつろいで話を進めた。


『うん。

 念動術は字義の通りで、手を触れずに物を動かしたり破壊したり出来る念力の事。

 英語では、サイコキネシスとかテレキネシスとか呼ぶね。

 障壁術も、読んで字の如く霊的な障壁を作り出す術。

 英語ではバリア、しくはシールドかな。

 念動術も障壁術も、習得には霊感による所が大部分を占める。

 だから訓練せずとも使える人も居るね。

 明日二郎に付いて練習すれば、宮森さんもぐに感覚を掴めるはずだ』


『分かった。

 で、その断界術?

 それは聞いた事が無い。

 いったい何なんだ?』


 ここで宮森に、今日一郎が不敵に微笑ほほえ情景イメージが流れて来る。





                 金華猫の誘い その一 了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る