邪霊とは その二

 一九一八年 一一月 宮森の自室





 邪神や邪神眷属の精神体が魂魄の魄。

 この説明には宮森も驚いた様だ。


『なんだってー⁈

 済まない……思わず取り乱してしまった。

 魂の説明はまあ、理解出来ない事もないが。

 その、魄の部分が邪霊……。

 確か、魔空界に封印されている邪神の精神体だったな。

 その邪霊である事がいまいち理解出来ない』


『当然だ。

 一般的な学問は大抵嘘が混じっているか、真実に繋がる要素が隠蔽いんぺいされているからね。

 宗教関連なんていい例だよ』


『この世界の支配者層や魔術結社らが真実を覆い隠しているんだな。

 自分の人生がむなしいものに思えるよ、今日一郎』


『それは御愁傷ごしゅうしょう様。

 話を戻すと、魔空界とは別に【幽界ゆうかい】と呼ばれる次元がある。

 そこに繋がれているのが、人間の魂魄で魄の部分を構成する邪霊だ』


『幽界か。

 様々な宗教や文化に観られる死後の世界観だね。

 単純にあの世と考えて良いのかい?』


『その認識で大丈夫だ。

 今僕達が居るこの物質界を三次元とするならば、魔空界は一次元、幽界は五次元に相当する。

 二次元と四次元に相当する世界も勿論存在しているんだけど、それは後の講釈で』


『あの世の存在がこうも簡単に肯定されるとは、唯物論者ゆいぶつろんしゃはひっくり返るね。

 それでは、五次元より上も存在するのか?』


『五次元より上は存在する筈だ……としか僕には言えない。

 僕の力でも見通せるのは精々せいぜい四次元まで。

 それより高次元は認識出来た事がない』


『では聖霊の存在について。

 それは、聖架せいか教やアラム教でかれる所の天使を指すのか?』


『聖霊についてはその考え方でおおむね合っているんじゃないかな。

 只、僕の力をもってしても接触や認識は叶わない。

 高次元の存在だからだと思う』


『今日一郎にも認識出来ないのか。

 旧神と何らかの関係がある様に思えるが?』


『それもはっきりとは解らないね。

 特に旧神はムー・アトランティス時代を終焉に導いて以来、一度も姿を現していないと九頭竜会の記録にある』


『そうか。

 では邪霊について、あの世の幽界にも邪神がいるのか?』


『邪神はごく一部の例外を除いて魔空界に封印されている。

 幽界に繋がれているのは、邪神から切り離された邪霊だ』


『切り離された邪霊。

 うん、解らない』


『そう難しく考えなくても良い。

 魔空界に封印されているのが邪神の本体、幽界に繋がれているのが本体から切り離された分霊ぶんれい、所謂分御霊わけみたまに相当するね』


『今日一郎、分御霊が繋がれていると表現するからには、幽界とは地獄を指しているのか?』


『恐らく、幽界の下層が一般的な宗教で云う所の地獄に相当すると思う。

 この世の場所に例えると、刑務所などの更生施設に当たるのかも知れない』


『地獄の存在もあっさりと肯定されたか、宗教家は手を叩いて喜ぶな。

 で、邪霊達はそこで責め苦を受けている訳か』


『僕も直接幽界を認識出来る訳じゃない。

 しかし九頭竜会などの魔術結社は、魔術師ではない一般会員に地獄の存在を歪曲わいきょくして伝えている様だ。

 邪神崇拝者は死後地獄で責め苦を受け続ける事になる、なんて言われると組織への協力を躊躇ちゅうちょする者が出るだろうからね。

 その事からも邪霊が責め苦を受ける場所、地獄は存在すると思うよ宮森さん』


『邪霊も思わず更生してしまう程の責め苦か、くわばらくわばら……。

 で、更生した暁には邪霊はどうなると?』


『更生を終えたらもう邪霊じゃなくなるだろうからね。

 浄化が終わり聖霊に戻るとかかな?

 僕にも確かな事は解らない。

 ただ魔術師達の見解によると、幽界に繋がれている邪霊に更生の意思が認められた場合、を受ける事になるらしいよ』


『試験だって?

 訳が分からなくなって来た……』


『更生の意思を認められた邪霊は、魄として物質界この世転生てんしょうするらしい。

 人間ヒトとして生まれ、邪神の誘惑を断ち切って人生を送れるかどうか、と云う事だろう。

 ただし、元々が邪神なのだから道を踏み外す可能性が非常に高い。

 だから聖霊も魂として転生、魄と融合を果たし、魄が邪神の誘惑に負けてしまわぬよう寄り添う、とまあこう云う事らしい』


『転生まで肯定されるか、転生論者は狂喜乱舞する事だろう。

 それに、聖霊と邪霊を融合させたものが人間ヒトと言う存在……。

 どうりで罪深い訳だ』


『そう、元々が邪神の分御霊だからね。

 悪徳と親和性が高い。

 そして、非人道的行為を繰り返すと魂魄の魂の部分、聖霊の調整が効かなくなる。

 これが【堕落】だ』


 邪神学講義はまだ序盤。

 これからどの様な秘密が明かされるのであろうか。


朧気おぼろげ乍ら解って来たよ今日一郎。

 その堕落した人間の魄と、魔空界に封印されている筈の邪神の精神体が結合するんだね?』


『正解、それが邪霊の定着。

 定着率は言葉の通りで、魔空界に封印されている邪神の精神体がどれ程の割合で人間の魄と結合出来たか、と云う事だね』


『今日一郎。

 矢張り多野教授、草野少佐、蔵主社長、皇太子瑠璃家宮は、邪神をその魄に宿しているのか?』


『ああ。

 四人とも邪神級が憑いている。

 特に瑠璃家宮に憑いている邪神ヤツは恐ろしく凶大だ。

 今現在確認出来ている全邪神の中でも、五本の指に入る力を持っている』


『まさかそれ程とは……。

 一国の皇太子とその側近がことごとく邪神の依坐だなんて、とんでもない事だな……』


『各国の貴族、王族、指導者達が邪神の依坐だと云うのは今に始まった事じゃない。

 太古の昔からのならいだ、貴方が気に病む事じゃないよ』


『まあ、そうなんだろうが。

 自分も九頭竜会の最重要儀式に参加させられて、おまけに霊感まで目覚めてしまったみたいだしね。

 他人事ひとごとではなくなった。

 そう云えば昨日、君の力が「先代と比べて突出している」と草野少佐が言っていた。

 それは君が、君達兄弟が邪神の落とし子だからか?』


『そうさ。

【比星式邪霊召喚法】の確立と云う一族の悲願は、僕達兄弟の誕生と云う形で結実した』


『それは、先代の播衛門さんとは召喚方法やり方が異なり君達兄弟でないと出来ない事があると?』


『まさにそうだ。

 先程も少し触れたけど、明日二郎は普段物質界と魔空界の間にいる』


『物質界が三次元、魔空界が一次元だから、その間は二次元と云う事になるね。

 そこは一体どう云う世界なんだ?』


『一言で表すと、人間ヒトが見る夢の世界さ。

 魔術師達は【幻夢界げんむかい】と呼んでいる』


『夢の中の世界まで肯定されるのか。

 もう何でもありだな、全く解らん。

 今日一郎先生、お願いします』


『ふふ。

 宮森君、よく聴いておくように。

 正確には、睡眠などで肉体の活動がいちじるしく鈍っている間、魂魄の魄の部分が活動する世界だ。

 その幻夢界の下層が魔空界と接触しており、邪霊の召喚などに利用されている』


『では今日一郎先生。

 魄が幻夢界で活動している間、魂は一体どうなっているのですか?』


『魂については詳しい事が解らない。

 只、幽界以上の高次元に戻っているのは確実だろう。

 又、人間が睡眠状態などに入ると魂と魄との融合が弱まる現象が確認されている。

 完全に分離する訳ではないみたいだけどね』


『勉強になるなあ。

 もしかして、明日二郎はその幻夢界と魔空界を行き来できたりするのかな?』


『実に賢い生徒さんだね、その通り。

 明日二郎、この場の説明は任せる』


『おうよ! このオイラにまかせんしゃい。

 ではミヤモリ君、心して聴くよーに』


『じゃあ明日二郎、頼むよ』


『センセイをつけんかこのバカチンがー。

 では始めるぞ。

比星兄弟流特別召喚法比星ブラザーズスペシャル】の詳細であるが~。

 先ずはオニイチャンが物質界そっちで儀式を執り行い、交霊の場を設ける。

 それに呼応してオヤジ殿が顕現した出て来たら、オニイチャンとオイラとでオヤジ殿に「門になっといてくれ~」と頼み込む。

 オヤジ殿が了承したらオニイチャンは場の維持、オイラは幻夢界の下層から魔空界へとひとっ飛び。

 但し、この時オイラは依坐の魄、つまり依坐の幻夢界を経由して魔空界へとおもむくのだ!』


『明日二郎センセー。

 それでは、魄が活動する幻夢界は個々人ごとに存在すると云う事になりますね』


『そのと~り。

 幻夢界とは人間ヒト精神ココロの中とも云えるな。

 ソコにオイラがシュシュッと侵入してだな、下層から魔空界まで行っちゃう。

 そしてそっからが大事だ。

 依坐の魄と同調する邪神を見付けて拾得ピックアップ、邪霊に変換コンバートして物質界そっちまで搬送デリバリーするのだ』


『見た目から普通じゃないけど凄い事してるな、明日二郎センセー。

 と云うか、英単語が入るとこの精神感応、テレパシーは便利だな。

 知らなかった英語の意味まで感覚的に理解出来るぞ』


『だろ?

 オイラに感謝しろよミヤモリ君。

 で、まだ終わりじゃないぞ~。

 持って来た邪霊を依坐の魄と結合させなきゃならん。

 大抵の場合は拒絶反応が起こる。

 凶大な邪霊ならナオサラだ。

 祖父ジイサマの代までの邪霊召喚法では、門を開いて邪霊を持って来る迄に大量の邪念と術者の霊力を使っちまって、ホント中途半端な結合しか行えなかった。

 しか~し、この比星兄弟ブラザーズは違う!

 召喚門の開門オープン、邪神の拾得ピックアップ、邪霊への変換コンバート物質界そっちへの搬送デリバリー、全てが迅速スピーディー

 結合の段階に至っても場の邪念、術者の霊力共に余裕がある。

 それならばおのずと、依坐の魄と邪霊との結合にく手間も掛けられると云うもの。

 結果として、今迄の方法では叶わなかったバツグンの邪霊定着率を叩き出せるのだ。

 まさに、シュシュッと搬送! グバッと定着!

 ミヤモリ君、これで覚えたまえ』


比星兄弟流特別召喚法比星ブラザーズスペシャルは、シュシュッと搬送! グバッと定着! ね。

 一発で覚えられそうだ……』


『良い講義だったよ明日二郎。

 これで宮森さんの勉強もはかどる』


『そうだろう、そうだろう。

 道に迷ったその時は、このオイラにその問いをぶつけて来るがいい!』


 今日一郎と宮森からの賛辞を受け、明日二郎の得意がる思念が場に広がる。

 兄弟のやり取りを間近で観ていた宮森も、九頭竜会に入会してこのかた感じた事のない居心地の良さを味わっていた。





                   邪霊とは その二 了

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る