第二節 邪霊とは
邪霊とは その一
一九一八年 一一月 宮森の自室
◇
『今日一郎と明日二郎が、邪神の落とし子……』
比星
神が
その邪神の落とし子とされる当の兄弟達の悲哀は、余人には計り知れないだろう。
今日一郎から送られて来る思念は、一見落ち着きを取り戻している様に宮森には感じられた。
ただ彼には、
『
今日一郎、それに明日二郎も、無理してないか?』
『仕方ないさ、事実なんだから』
『気にするなミヤモリ。
オイラの
これくらいどうと云う事もない』
『それを聞いて安心した。
今日一郎、話は続けられるか?』
『ああ、続けよう。
明日二郎もいいな?』
『モチのロンよ!』
比星
そしてここからが真に重要な話になると気を引き締めた。
『今日一郎。
今一度確認したいんだが、邪神が
『僕達が母に宿る時、いかなる儀式が行われ何が起こったのかは分からない。
儀式の全貌を語れる者はもういないからね。
只、僕達兄弟と云う結果が残っただけだ。
僕達に解る事はおいおい話すよ』
『詳細は不明か……。
続けてくれ今日一郎』
『僕達が生まれた後、祖父の播衛門は僕達を対象として高度な召喚の研究を始めた。
九頭竜会が協力したのは云う迄もない。
条件が揃わないと
物心付いた頃にはもう、祖父から魔術の手ほどきを受けていたよ』
『ちょ、一寸待ってくれ今日一郎。
君は確か、数えで六歳ではなかったかな。
『二歳頃にはもう、はっきりと自他を認識していたね。
そこからは、とんとん拍子で今に至る知性が形作られたと思う』
『所謂天才という訳か……。
それから、君達の祖父である播衛門さんと、その、君達の母御は?』
『母は心身共に虚弱だったけど、祖父の播衛門が二年前に逝去してからは益々病状が悪化した』
『播衛門さんは既に亡くなっていたのか……。
その後はどうしたんだい?』
『僕は今いる九頭竜会の施設に引き取られ、母は千代田の城に幽閉された……』
『そして今に至ると……。
昨日の
その先代が播衛門さんで、当代の宮司が君と云う訳だね』
『そうなる。
僕が祖父の仕事を引き継ぎ、召喚を……行った』
今日一郎の気分を再び沈ませるのは気が
『管制室で
『多野教授、草野少佐、
『邪霊の定着……それは邪神と違うのか?
今日一郎、ここは一つ御教授願いたい』
『ふふ、いいよ。
僕で良ければ講義を聞いて行ってくれ』
『今のうちにオニイチャンから大いに学んどけよ、ミヤモリ!』
『明日二郎まで。
勉強しまくって見返してやるからな。
今日一郎、お願いする』
『センセイをつけんか、このバカチンが~』
今日一郎による宮森の為の、本格的な邪神学講義が始まった。
『そうだな、先ずは召喚の概要を説明しておこう。
邪神や邪神の眷属、それらは普段魔空界に封印されており、肉体はおろか精神体ですら
その出て来られない存在を無理矢理
今の所、邪神やその眷属を物質化して召喚するのは無理だ。
可能なのはその精神体のみ。
その邪神や邪神眷属達、低次元に封印された存在の精神体を邪霊と呼ぶ。
そして邪霊の召喚、その為に必要なのは……』
『
そして
『流石は専門家、話が早くて助かる。
先ずは従来の方法からおさらいしよう。
従来の方法では贄を
では宮森さん、その際の審神者の役目とは?』
『審神者の役目とは……依坐が霊と交感しやすいよう場を整えたり、依坐に
『正解。
まあ、当然だよね。
そして、依坐と審神者は
この型の利点は、経験を積めば積むほど憑依や
では不利点は?』
『不利点か……それは依坐の霊的資質や特性、審神者が用いる交霊術の流派や技術の練度により、呼び出したり接触出来る霊的存在とその系統がほぼ固定される事、だと思う』
『そうなんだ。
霊も人間と同じ様にその性格や性質、求めている物事や果たしたい目的は千差万別。
なのに、依坐が自身の霊能力を過信して明らかに身に余る
霊媒として使い物にならなくなってしまうばかりか、最悪死に至る事にもなりかねない。
特に凶大な邪霊との交感を図る場合は、その特性ごとに相性の良い依坐と審神者を用意しなければならない、と云うのが通常の
『では今日一郎。
比星一族はその例には当て
『そう。
その点で比星一族が崇拝し、力を利用して来た邪神はまさに別格だ。
時空間操作や次元跳躍に関しては右に出る
その特異な能力を持つ邪神と安定した交感を可能とするのが比星の血脈。
更に、一族は何世代にも渡って独自の
その努力の甲斐もあり、比星一族は召喚術の専門家として各魔術結社から引く手
『まさか歴史の裏がそんな事になっていたとはね……。
で、その依坐と審神者を使った基本的な
『端的に説明すれば、霊との接触や憑依において依坐の霊能力に左右されにくい点が一つ。
審神者は比星一族の宮司が務めるので、交霊の場を設ける際にもその
まあ、幾らかの微調整は必要だけどね』
ここに来て、何かに思い至ったらしい宮森から珍しく
『今日一郎!
それは、帝居の地下神殿での儀式の時に君が唱えていた……いや、自分には君自身から放たれていた様に視えたが……あの言霊なのか?』
『矢張り視えていたんだね。
そうだよ、その
贄を供して場を造り、一族の血を引く者がその言霊を唱える事で比星一族が祀っている邪神を呼び出せる』
『確か、比星一族が祀っている邪神は時間と空間を自在に行き来できるんだったな。
ん? そうか。
その邪神に魔空界と
『御明察だよ宮森さん。
比星一族の宮司が直接召喚するのはその邪神だけだ。
その邪神を召喚出来れば、同時に魔空界との門が
後は、場に集められた邪念の大きさに応じて依坐と相性の良い邪霊を誘導すればいい』
[註*邪念=負の感情、ダークフォース、殺意の波動、闇黒パゥワー(作中での設定)]
『なるほど。
その方法なら必ずしも依坐が霊能力者で有る必要は無いし、呼び出したい邪霊の特性や儀式に精通した審神者を別個に用意せずとも召喚が可能になる。
よくそんな規格外の方法を考え付いたものだ』
『ああ。
邪霊の召喚が大幅に簡略化されるのは間違いない。
但し欠点もある。
儀式を取り仕切る比星一族の宮司が必須なのは当然として、比星一族が祀る邪神は邪神達の中で最も凶大な
その凶大な邪神を一旦召喚して門として扱うのだから、相当量の邪念とそれを生み出す贄が必要になる。
召喚の目的が邪神級ではなく邪神の眷属級である場合、費用対効果の面では割高になってしまうね』
『では今日一郎、九頭竜会はそれをどの様に使い分けているんだ?』
『眷属級の邪霊召喚に比星一族が関わる事はまずないかな。
でも、目的の邪霊を呼び出せる術者を組織が用意出来ない時もあるから、そこは比星一族に
そういう場合は、贄の生み出した邪念をなるべく無駄にしないよう複数の邪霊を召喚したり、余った邪念を利用して魔術に絡んだ研究や実験をしているみたいだ』
『九頭竜会はやり
じゃあ、さっき言っていた邪霊の定着と云うのは?』
『邪霊の定着と云うのは、邪霊を依坐に憑依させた際、大量の邪念を用いて対象となる依坐の
『魂魄ね。
講義らしくなってきたじゃないか。
人の精神を司る気を
『相違と云うよりは、単純に説明不足だね。
魂と云うのが
そして、それと
邪霊の事だよ――』
◇
邪霊とは その一 了
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