第二節 邪霊とは

邪霊とは その一

 一九一八年 一一月 宮森の自室





『今日一郎と明日二郎が、邪神の落とし子……』


 比星兄弟ブラザーズの奇怪な出自に宮森は大いに驚愕し、それと同時に得心とくしんしてもいた。

 神が人間ヒトとの間に子を成す話などは枚挙まいきょいとまがないし、邪神復活儀式には昨日参加したばかりである。


 その邪神の落とし子とされる当の兄弟達の悲哀は、余人には計り知れないだろう。


 今日一郎から送られて来る思念は、一見落ち着きを取り戻している様に宮森には感じられた。

 ただ彼には、精神感応テレパシーの中継作業を受け持つ明日二郎が何らかの形で通信を調整しているのではないかと推察する。


他人ひとには話しにくい事だっただろうに。

 今日一郎、それに明日二郎も、無理してないか?』


『仕方ないさ、事実なんだから』


『気にするなミヤモリ。

 オイラの精神こころはハガネで出来ている。

 これくらいどうと云う事もない』


『それを聞いて安心した。

 今日一郎、話は続けられるか?』


『ああ、続けよう。

 明日二郎もいいな?』


『モチのロンよ!』


 比星兄弟ブラザーズの調子が戻った様で、宮森はほっと胸を撫で下ろす。

 そしてここからが真に重要な話になると気を引き締めた。


『今日一郎。

 今一度確認したいんだが、邪神が人間ヒトとの間に子を成す事が……その、物理的に可能なのか?』


『僕達が母に宿る時、いかなる儀式が行われ何が起こったのかは分からない。

 儀式の全貌を語れる者はもういないからね。

 只、僕達兄弟と云う結果が残っただけだ。

 僕達に解る事はおいおい話すよ』


『詳細は不明か……。

 続けてくれ今日一郎』


『僕達が生まれた後、祖父の播衛門は僕達を対象として高度な召喚の研究を始めた。

 九頭竜会が協力したのは云う迄もない。

 条件が揃わないと物質界こちら側に出て来られない明日二郎と違い、僕は物質界こちら側でも普通に活動出来る通常の人体カラダだったからね。

 物心付いた頃にはもう、祖父から魔術の手ほどきを受けていたよ』


『ちょ、一寸待ってくれ今日一郎。

 君は確か、数えで六歳ではなかったかな。

 何時いつ物心が付いたと云うんだい?』


『二歳頃にはもう、はっきりと自他を認識していたね。

 そこからは、とんとん拍子で今に至る知性が形作られたと思う』


『所謂天才という訳か……。

 それから、君達の祖父である播衛門さんと、その、君達の母御は?』


『母は心身共に虚弱だったけど、祖父の播衛門が二年前に逝去してからは益々病状が悪化した』


『播衛門さんは既に亡くなっていたのか……。

 その後はどうしたんだい?』


『僕は今いる九頭竜会の施設に引き取られ、母は千代田の城に幽閉された……』


『そして今に至ると……。

 昨日の草野くさの少佐の発言に「先代」と云う言葉があった。

 その先代が播衛門さんで、当代の宮司が君と云う訳だね』


『そうなる。

 僕が祖父の仕事を引き継ぎ、召喚を……行った』


 今日一郎の気分を再び沈ませるのは気がとがめると心配し乍らも、宮森は重ねて問う。


『管制室で多野たの教授が「定着率がまるで違う」などと言っていたが、それはどう云う意味なんだ?』


『多野教授、草野少佐、蔵主ぞうす社長、皇太子瑠璃家宮の四人は、僕達兄弟が生まれる前に祖父が召喚の儀式を行い、【邪霊じゃれい】を定着させた奴らだ』


『邪霊の定着……それは邪神と違うのか?

 今日一郎、ここは一つ御教授願いたい』


『ふふ、いいよ。

 僕で良ければ講義を聞いて行ってくれ』


『今のうちにオニイチャンから大いに学んどけよ、ミヤモリ!』


『明日二郎まで。

 勉強しまくって見返してやるからな。

 今日一郎、お願いする』


『センセイをつけんか、このバカチンが~』


 今日一郎による宮森の為の、本格的な邪神学講義が始まった。


『そうだな、先ずは召喚の概要を説明しておこう。

 邪神や邪神の眷属、それらは普段魔空界に封印されており、肉体はおろか精神体ですら物質界こちら側には出て来られない。

 その出て来られない存在を無理矢理物質界こちら側に出してしまおうと云うのが召喚。

 今の所、邪神やその眷属を物質化して召喚するのは無理だ。

 可能なのはその精神体のみ。

 その邪神や邪神眷属達、低次元に封印された存在の精神体を邪霊と呼ぶ。

 そして邪霊の召喚、その為に必要なのは……』


依坐よりまし審神者さにわ

 そしてにえ、だね?』


『流石は専門家、話が早くて助かる。

 先ずは従来の方法からおさらいしよう。

 従来の方法では贄をきょうすなどして交霊のを設け、霊能力を持った依坐、所謂巫女みこ童子どうじ童女どうじょなどと交感させていた。

 では宮森さん、その際の審神者の役目とは?』


『審神者の役目とは……依坐が霊と交感しやすいようを整えたり、依坐にいた霊的存在が何なのかを見分ける事だ』


『正解。

 まあ、当然だよね。

 そして、依坐と審神者は大概たいがい二人一組で仕事をする。

 この型の利点は、経験を積めば積むほど憑依や脱魂だっこんが安定する事だ。

 では不利点は?』


『不利点か……それは依坐の霊的資質や特性、審神者が用いる交霊術の流派や技術の練度により、呼び出したり接触出来る霊的存在とその系統がほぼ固定される事、だと思う』


『そうなんだ。

 霊も人間と同じ様にその性格や性質、求めている物事や果たしたい目的は千差万別。

 なのに、依坐が自身の霊能力を過信して明らかに身に余る凶大きょうだいな霊と交感してしまったり、審神者による霊力操作の失敗や交霊術知識の不足で交感対象となる霊との相性を見抜けなかったりすると、大抵の場合依坐の精神こころが破壊されてしまう。

 霊媒として使い物にならなくなってしまうばかりか、最悪死に至る事にもなりかねない。

 特に凶大な邪霊との交感を図る場合は、その特性ごとに相性の良い依坐と審神者を用意しなければならない、と云うのが通常の交霊方法やり方だね』


『では今日一郎。

 比星一族はその例には当てまらないと?』


『そう。

 その点で比星一族が崇拝し、力を利用して来た邪神はまさに別格だ。

 時空間操作や次元跳躍に関しては右に出る邪神モノなしと云って良い。

 その特異な能力を持つ邪神と安定した交感を可能とするのが比星の血脈。

 更に、一族は何世代にも渡って独自の研鑽けんさんを重ねて来た。

 その努力の甲斐もあり、比星一族は召喚術の専門家として各魔術結社から引く手数多あまた……どころか、比星一族の力を独占しようと全世界規模で争奪戦が繰り広げられている』


『まさか歴史の裏がそんな事になっていたとはね……。

 で、その依坐と審神者を使った基本的な交霊方法やり方と、比星一族独自の交霊方法やり方は具体的にどう違うんだ?』


『端的に説明すれば、霊との接触や憑依において依坐の霊能力に左右されにくい点が一つ。

 審神者は比星一族の宮司が務めるので、交霊の場を設ける際にもその都度つど霊の好みに合わせて供する贄や唱える祝詞のりとを大幅に変更しなくて済む点かな。

 まあ、幾らかの微調整は必要だけどね』


 ここに来て、何かに思い至ったらしい宮森から珍しくはやり立った思念が発せられる。


『今日一郎!

 それは、帝居の地下神殿での儀式の時に君が唱えていた……いや、自分には君自身から放たれていた様に視えたが……なのか?』


『矢張り視えていたんだね。

 そうだよ、その言霊ことだまこそが一族の秘伝だ。

 贄を供して場を造り、一族の血を引く者がその言霊を唱える事で比星一族が祀っている邪神を呼び出せる』


『確か、比星一族が祀っている邪神は時間と空間を自在に行き来できるんだったな。

 ん? そうか。

 その邪神に魔空界と物質界こちら側との門を開かせる、あるいはその邪神自体が……門、そのもの⁉』


『御明察だよ宮森さん。

 比星一族の宮司が直接召喚するのはその邪神だけだ。

 その邪神を召喚出来れば、同時に魔空界との門が物質界こちら側に開く事になる。

 後は、場に集められた邪念の大きさに応じて依坐と相性の良い邪霊を誘導すればいい』


[註*邪念=負の感情、ダークフォース、殺意の波動、闇黒パゥワー(作中での設定)]


『なるほど。

 その方法なら必ずしも依坐が霊能力者で有る必要は無いし、呼び出したい邪霊の特性や儀式に精通した審神者を別個に用意せずとも召喚が可能になる。

 よくそんな規格外の方法を考え付いたものだ』


『ああ。

 邪霊の召喚が大幅に簡略化されるのは間違いない。

 但し欠点もある。

 儀式を取り仕切る比星一族の宮司が必須なのは当然として、比星一族が祀る邪神は邪神達の中で最も凶大な一柱ひとはしらの一つなんだ。

 その凶大な邪神を一旦召喚して門として扱うのだから、相当量の邪念とそれを生み出す贄が必要になる。

 召喚の目的が邪神級ではなく邪神の眷属級である場合、費用対効果の面では割高になってしまうね』


『では今日一郎、九頭竜会はそれをどの様に使い分けているんだ?』


『眷属級の邪霊召喚に比星一族が関わる事はまずないかな。

 でも、目的の邪霊を呼び出せる術者を組織が用意出来ない時もあるから、そこは比星一族に御鉢おはちが回ってくる。

 そういう場合は、贄の生み出した邪念をなるべく無駄にしないよう複数の邪霊を召喚したり、余った邪念を利用して魔術に絡んだ研究や実験をしているみたいだ』


『九頭竜会はやりり上手、と。

 じゃあ、さっき言っていた邪霊の定着と云うのは?』


『邪霊の定着と云うのは、邪霊を依坐に憑依させた際、大量の邪念を用いて対象となる依坐の魂魄こんぱく、正確にははくと結び付ける事を云う』


『魂魄ね。

 講義らしくなってきたじゃないか。

 人の精神を司る気をこんと呼び、肉体を司る気を魄と呼ぶのが一般的な解釈だけど、相違ないかい?』


『相違と云うよりは、単純に説明不足だね。

 魂と云うのが人間ヒト本来のたましい聖霊せいれいとも呼ばれるもの。

 そして、それとついになる魄とは、


 邪霊の事だよ――』





                   邪霊とは その一 了

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