禁断の舞楽 その三
一九一八年 一一月 帝居地下 神殿内部
◇
又もや宮森の常識を
舞台中央には今尚、宙に浮いた剣を中心に虹色の球体群が柱を形成している。
その
だが彼自身の、と云うより世間一般の常識や伝わっている歴史の方が為政者側の都合に合わせて隠蔽、改竄、捏造が成されて来た偽物であった。
宮森は屈辱の心持ちで楽屋を見詰める。
宮司は楽屋中程に配置してある楽琵琶の
[註*
⦅まさか、あの化け物が楽筝を演奏するのか?⦆
更なる掟破りで、宮森の顔には苦笑いの表情が張り付く。
化け物は
だが、化け物の
あれでは手前の絃までしか届かず、楽筝の演奏は出来そうにない。
宮森が注視していると、化け物のゼラチン質の体節が
その結果
そればかりか右手指状器官の親指、人差し指、中指の腹が硬質化し、長方形の
箏爪の形状まで生田流。
しかも、
この化け物はとことん
観覧席では会員達の大部分がまだ悪臭に悩まされているらしく、不幸にも吐袋が満タンになってしまった者は案内係に使用済みを渡し、新たな装備で第二波の到来に備えている。
宮司が撥を再び楽琵琶に戻した。
調弦が済んだ合図。
今や管方でもある宮司に吹物と
化け物に顔は見当たらないが、体表に植わっている全ての眼球が隣の宮司へと向いている。
注目するとはまさにこの事であろうか。
宮司が羯鼓奏者に目配せする。
羯鼓奏者が
笙の奏者は火鉢で温めていた笙を構える。
笙の幽玄な音色が舞台を包み始め、演目が開始された――。
◇
舞台上に舞人が不在のまま、宮司も管方として楽琵琶を演奏している。
化け物も楽筝の演奏に
音が小さい筈の絃楽器も、彼らが演奏すると何故かはっきりと聞こえる。
それは無理矢理にでも鼓膜を振動させてやろうと云う、厳然たる悪意の結果として宮森には感じられた。
だが霊感の乏しい者には化け物が楽筝を
その不可視の管方が巻き起こす超絶技巧は、霊感に乏しい会員達に明らかな混乱を
あの娘だ。
隣りの瑠璃家宮に何かを訴える様な視線を投げ掛ける。
瑠璃家宮は何もかも解ったかの様な顔で頷き、二人で舞台へと上がった。
今度の演目はこの二人が舞人の様である。
二人が舞台に上がってしまったので、殆どの会員達は混乱の度合いを深めていた。
その中にあって多野教授、草野少佐、蔵主社長の三人は、昔を懐かしむかの様に顔を
宮森の席からは三人の表情は窺えない。
だが彼の霊感は、三人の邪悪な精神が喜びに満ちて行く様を有り有りと感じ取っていた。
舞台上では瑠璃家宮と娘が楽屋側の階段まで歩き、観覧席側に振り返って剣の前に並び立つ。
瑠璃家宮と娘、二人の洋装は凄まじく場違いであるが、二人に文句を言える者など当代の太帝を除いてはこの国に存在しない。
化け物は生意気な事に、
[註*
宮司が撥を
化け物は鶏足を一斉に解く。
曲調が
楽器それぞれの奏でる音がずれて行く。
怪しく不穏な響きに変わる。
化け物の体表から飛び出ている触手の先端がぱくぱくと開閉を繰り返す。
ずれが段々と大きくなる。
現界と異界が次第に
宮森の意識に、憶えの無い
⦅
⦅
⦅深川鼠色の石畳⦆
⦅灰色の
⦅そして磐座の上には、虹色の……しゃぼん球?⦆
⦅あの高舞台は、環状列石での儀式を模した……⦆
宮森に底気味悪い予感が
⦅これは……まさか!⦆
曲調が更に
霊感などなくとも、まともな感性の持ち主ならば思わず耳を塞ぎたくなる無秩序さだ。
会員達の中には不覚にも第二波が訪れてしまい、予備の装備に手を付けざるを得なくなる者まで出て来る。
それに加え、化け物の体表に散っている青紫色の輪紋が不規則に点滅し出した。
気分が
演目は
化け物が曲に合わせその身を
その度に会員達の誰かが
胃に吐瀉物が残っていない者も盛んに
この国を代表する権力者達の殆どが
この国に伝わる国生みの神話――。
その神話では、兄と妹が柱を廻る。
超絶技巧はそのままに、化け物の
奏でられている不浄の旋律は、宮森の中で膨大な戦慄へと変換され始める。
宮森の
宮森の
化け物の体節全体がびくびくと震えている。
最も上部の体節が
一生懸命に何かを絞り出そうとしている。
化け物からはヒトのカオが現れる。
絞り出されたソレは、
そして、
赤い目をして、顎のない、
宮司と同じカオをしている。
化け物は
お兄様。
オニイチャン。
変換され終えた膨大な戦慄が、
宮森の精神を容赦無く飲み込んで行った――。
◇
禁断の舞楽 その三 了
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