定着の儀式 その三
一九一八年一一月 帝居地下 神殿区画
◇
娘の痙攣と呻き声が高まり続け、狂態と凶声に変わらんとしたその時、遂にあの子供の神官が動いた。
後腰に佩いた
だが、そのままでは刀身が長過ぎて大人でも抜けない。
⦅並んだ神官達が酷く緊張しているように見える……⦆
宮森は確かにそう感じたが、その感覚は正しい。
他の会員達や多野 教授、草野 少佐、蔵主 社長、瑠璃家宮でさえ、その顔から余裕が消えているからだ。
そして子供の宮司が、
――抜く。
⦅矢張り、刀身は無いな⦆
宮森の推理は当たる。
「何の事はない、柄だけだったのか」
「脅かしおってからに……」
「ちぃっ、
緊張から解き放たれた会員達は破顔し始め、沈黙から解き放たれた口からは安堵の声が漏れる。
しかしナニかを認めたのか、彼らは直ぐに緊張の面持ちへと逆戻りしてしまった。
子供の神官が順手に持ち替えた剣の柄から、
――ナニかが出ている。
ナニが出ているのかは解らない。
ただ宮森には、剣の柄から一メートルばかり先までの空間が
『ブゥーーーーーーーーーーーーン……』
そして、この場全体に染み
宮森は観察する。
⦅シャボン玉の泡のような歪み方だ。
それに何だか、空気が震えているぞ……⦆
剣が抜かれた直後、針の如く細長かった空間の歪みは
宮森には何故か、その瞬間が認識できた。
肉眼だけで
宮森の五感全て……いや、それ以上の霊的本能が湧き上がり激しく
宮司の剣先から放たれるナニかを、
無理矢理に
厚みに関しては、
加えて、歪んだ空間からは耐え難い程の悪臭が漂い始める。
まるで魚の死骸と人間の糞尿を混ぜ合わせて長期間発酵させたものを、グツグツと煮立たせた末に遠慮なくぶちまけたような匂いだ。
余りの悪臭に、案内係や会員達の
耐え切れなかった者は、先ほど受け取った吐袋に
この為の吐袋だったのである。
それとは対照的に、吐袋を受け取らなかった多野、草野、蔵主、瑠璃家宮は、上物の
瑠璃家宮に至っては左手にワイングラスを持つ
殆どの会員達の面持ちは破顔から緊張へ、緊張から恐怖へと変貌を遂げていた。
彼らは怯え切った顔で、子供の神官とその先の磔刑台を
子供の神官が、不浄の妖気を湧き出させる剣を無造作に突き出した。
娘の下腹部を覆うように歪んだ空間と、そこから放たれる悪臭が娘の全身に吸い込まれて行く。
娘の四肢がとことん暴れ、猿轡ごしに絶叫しているのが判った。
宮森の目覚め始めた霊感が、ソレを捉える……。
⦅あの娘の胎内に
彼女の
いや、それだけではない……⦆
不意に悪臭が収まる。
⦅ん、何だ?
花の香りのような、何か別の……⦆
歪んだ空間は次第に領域を狭めて行く。
⦅邪悪さを感じない。
消滅する。
⦅モノ?⦆
――――。
娘の呻きと痙攣が止まり、全身が
彼女は深く
⦅死んだ……のか?⦆
宮森の眼前にその光景が映し出される。
娘の
見る影もなく萎縮し、霊性が
そう感じる宮森だったが……
⦅ただ、それとは別のナニかが、彼女の胎内に……⦆
悪意とは違う別のナニかも、同時に知覚しているようだ。
宮森は、
そして娘の霊的な
◇
子供の神官が他の神官達に目配せする。
神官達は娘に着けていた目隠し、猿轡、手枷、足枷を外し、磔刑台前に横たえた。
その後神官達は磔刑台の左右に四人づつ、子供の神官は現状の位置で向き直り、横たわった娘を前にして全員が一列に並ぶ。
娘の全貌が
誰も言葉を発しない中、瑠璃家宮が子供の神官に言葉を掛ける。
「
首尾は?」
驚愕した宮森は自問する。
⦅あの子供が宮司だと⁈
こんな幼い子供が神社を、恐らくは背後にある神殿……と、そこで執り行なう
待てよ……もしや子供ではないのか。
幼い頃の骨折などが原因で
只それらの場合も、肌だけは年齢の重なりが出るとされている筈。
肌の露出が少ないので決め手に欠けるが、目の前の宮司は子供にしか見えない⦆
宮森だけでなく他の会員達の中にも、宮司と云う呼び方に驚く者が居た。
上級会員に成り立ての新米なのだろう。
しかし乍ら多野、草野、蔵主、瑠璃家宮は、その顔色すら変えない。
過去にも同じような儀式が
⦅状況から見て、あの子供の神官はかなり特別扱いされている様子。
[註*
宮森の
すると、娘の身体に刻まれた紋様がなんと発光し始めた。
濁った黄色の光が段々と強まる。
同時に身体の痙攣も始まった。
いや、痙攣ではない。
身体は完全に弛緩しており、何の意思も感じられない。
――
発光する
娘の霊的な死を感じ取った筈の宮森も自身の目を疑う。
しかも、娘の中に忌まわしいモノが入り込もうとしているのが解った。
⦅悪意が這い回っている……。
来た!⦆
不気味な蠢動が収まり、刻印の発光も消える。
横たわっていた娘は静かに
彼女は左右の肘を交互に
宮森は娘の身体に不審な点を見付けた。
刻印の為に付けられた
そして傷跡が消えた身体には、
娘は寝ぼけ
その様子は年頃の女子そのもので、この異常な儀式を忘れそうになる程に
娘の背伸びに従い、
そこに覗いたのは、列をなした赤色の板状器官。
その板状器官……
そう、あの器官は
――
常識を超える出来事が
無理もない。
宮司の持つ剣、紋様の発光、傷痕の修復。
そして彼女の鰓に至っては、完全に会員達の想像の
そんな会員達を尻目に、娘は左右に居並ぶ神官達と前方の会員達を順に見回して、
――笑った。
娘から発散される年相応の無邪気さと滲み出る扇情的な妖気とが複雑に入り混じり、瞬く間にあどけない邪気へと暗転して行く。
男性の本能を直球で刺激する娘の笑みを、即座に危険と判断する宮森。
会員達の中には、既に股間が膨らんでしまっている者が出る始末だ。
宮森の霊感とでも呼ぶべき感覚は、娘の元々の人格が完全に消え去ってしまい、醜悪なナニかに乗っ取られた事をいみじくも告げる。
娘がこちらに向かい歩みを進めた。
彼女は
彼女と
ふたりは
心置きなく
◇
定着の儀式 その三 了
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます