第三節 大広間にて

大広間にて その一

 一九一八年 一一月 帝居地下 神殿内部





 案内係が手押し車カートからワンピースドレスを取り出し、先程まで生贄だった娘に着せた。

 寸法サイズはぴったりで、あの娘の為にあらかじめ用意されていた事は明白である。


 瑠璃家宮と娘が神殿内に入ると他の神官達や会員達も続いた。

 宮森は列の最後尾に付き、少しでも長く外装を検分しようと試みる。


⦅神殿の外壁はまだ新しい。

 建造されてから間もないと云う感じだ。

 材質は花崗岩かこうがん、建材としての呼び名では御影石みかげいしか。

 ありふれてはいるが、花崗岩は非常に硬く加工が難しい上に重量もかさむ筈。

 それにもかかわらず、表面の質感は滑らかで光沢が強い。

 量もふんだんに使われているな。

 人海戦術なのか最新の加工器具、しくは加工技術なのか判らないが、どれ程の労力が投入されたのだろう。

 表面は深緑色で、大振おおぶりな鉱物粒こうぶつりゅうで構成されている。

 国産の御影石でこの様な物は、未だかつて見た事がない⦆


 宮森は九頭竜会の持つ莫大な財力に唸らされはしたが、金に糸目を付けなければやれない事ではないだろう、とも思っていた。


⦅矢張り、特段異質なのは神殿前の門……⦆


 彼はその事を頭のすみに留め置いてから、より細部へと目を向けた。


 外装の様式も宮森がこれ迄に見た事がないもので、矢張り多国籍、多文明の要素が混交している。

 壁面には精緻だが不気味な浮彫レリーフが刻み込まれ、彼の旺盛な知識欲を大いに刺激した。


 壁面を調べ尽くしたいと云う強い欲求に宮森は駆られたが、如何いかんせん時間が足りない。

 後ろ髪を引かれる思いであったが、彼は仕方なく神殿内に入った。


 ――⁉


 神殿内に入って直ぐ、一瞬だが猛烈な悪寒と潮の香りを宮森は感じる。

 地下空間の気温と湿度は調整されている筈なのに、だ。



 ――生物の死骸が幾星霜いくせいそうも降り積もった海の底から、得体の知れない凶大な怪物がよみがえる……。


 ――その怪物と眷属達によって、世界そのものすらも飲み込まれて往く――。



 その様な情景イメージが宮森の脳裏に雪崩れ込み、逃げ場のない感触が徐々に彼の身体を支配した。

 ここは常識がまるで通用しない未知の場所である、と宮森は痛感せざるを得ない。


 神殿の入り口はかなり巨大で、内部の回廊も同様であった。

 回廊の壁面に浮彫レリーフなどは無く、武骨で無機質な混凝土コンクリート壁のみ。


 装飾があったりなかったり、建材も御影石であったり混凝土コンクリートであったりと、いかにもちぐはぐな感がある。

 未完成なのかも知れないと宮森は判断した。


 壁面には照明が等間隔で設置してあり充分明るい。

 内部は電気も通っており近代化されている。


 回廊を抜けると、そこには恐るべき規模の広間ホールが広がっていた。

 これ程の大規模屋内広間ホールで一般に公開されている物は、世界中何処どこを探しても未だ存在しないだろう。


 回廊の出口からは下方へと向かう幅広の階段が伸び、階段左右にはが設置してある。


 何故と表現するのかと云えば、一席あたりの空間が異様に大きく明らかに人間の寸法サイズではないからだ。

 まるで身長八メートルから一〇メートルの巨人が座る為に作られた様な巨大座席が、階段左右に二十席以上も並んでいる。


 大広間ホールの柱や壁面も巨人寸法ジャイアントサイズの石造りで、相変わらずの多宗教多文明混交様式であった。

 若干だが装飾過多のおもむきがあり、その部分はマヌエル様式的だと云えるかも知れない。


[註*マヌエル様式=建築様式の一種。

 地球儀、ロープなどの航海に関する器物や魚貝類など、海に関する物をモチーフとした装飾が特徴的。

 又、それらが過剰に施される傾向が強い装飾手法の一種]


 宮森が装飾に目を向けてみると、柱や壁面には見物客に合わせたであろう寸法サイズ浮彫レリーフが彫り込まれていた。


 宮森は、目にした浮彫レリーフを頭の中で大まかに列挙れっきょしてみる。


⦅人と獣の合いの子の様なモノ……。

 あるいは獣頭人身の、おそらくは神官……。

 獣頭の他にも鳥頭、魚頭、蛇頭、頭、蠅や甲虫などの頭を持つ異頭人達……⦆


⦅甲殻類を思わせる鋏と円錐形の胴体を持ち、三つ目の頭部器官を持つ生物……⦆


⦅直立した樽状の胴体と海星ひとで状の頭部を持つ生物……。

 そして、それを襲う名状めいじょうがたい不定形の何か……⦆


⦅大勢の小人達と、明らかに現生の哺乳動物とは違う奇妙な獣……⦆


⦅人間が住めるとは思えない建築様式の街や城、正体不明の建造物、平原、山、川、海、太陽と月、未知の惑星とその配列……⦆


⦅異頭人、有角人、単眼人。

 神殿と生贄の儀式。

 天変地異と……戦争⦆


『浮彫の流れから行くと異頭人、有角人、単眼人は巨人で、小人達こそが現生人類と見て間違いないだろう』と宮森は断じる。

 そして、一際ひときわ目立つ浮彫レリーフに彼の目が留まった。


小人達現生人類はおろか、異頭人、有角人、単眼人達でさえかしずいている……⦆


 その浮彫レリーフには、恐るべき光景が彫り込まれていた。



 ――人々より遥かに巨大、強壮であり、遥かに悍ましく忌まわしい怪物達……。


 ――その怪物達が、虫けらでも踏み潰すかの様に小人達現生人類を蹂躙している……。


 ――怪物達同士と、ソレを崇拝する達が相争っていた。


 ――そして迎える……滅び。



 気の遠くなる年月と密度で織りなされる文明の勃興ぼっこうと滅亡。

 為政者達が隠し通す世界の真実がそこには在った。


 既に知っていたのである。

 多野教授やこの国の太帝一族、恐らくは世界の権力者達も。

 有史以前に何が在り、何がこの地上を支配していたのか……。


 宮森は苦心して求めていた研究の答えを、心ならずも此処ここに見付けてしまう。

 その代償として、これまで研鑽けんさんを重ね自身を打ち込み築き上げて来た彼の世界は今、


 瓦解がかいした――。





                  大広間にて その一 了

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