帝居地下神殿 その二

 一九一八年 一一月 帝居地下 神殿区画





 宮森の目に飛び込んで来た地下空間は、恐ろしく広大で非常識なものであった。


 一定の間隔を置いて巨大な混凝土コンクリートの柱が床から天井までを繋いでいるが、天井が高過ぎて明かりが届いていない。


 昔、植物図鑑で見た事のあるバオバブの木を宮森は思い出していた。


 余りに広過ぎるので、軍用の投光器が間隔を空けて設置され空間内を照らしている。

 照らされている範囲だけでも一〇〇メートル四方は有りそうだ。

 それでも尚、投光範囲外の暗闇の方が圧倒的に広大だと思わせられる。


 初めは空間の広大さに驚嘆した宮森だったが、直ぐさま空間内に鎮座する建造物に目が……いや、視覚だけではない。

 感覚の全てが釘付けになってしまう。


 ――神殿。


 その様に形容する事しか出来ないモノであった。


 神殿の威容いように圧倒された宮森。

 彼は背広の物入れポケットに忍ばせていたオペラグラスを取り出し、謎の神殿の検分に掛かる。


 研究者のサガというべきか、やや興奮気味だ。


[註*オペラグラス=観劇用などに用いられる双眼鏡]


⦅意匠をざっと検分した限りでは、この国の国教である【真道しんとう】式に見えなくもない。

 だが、この国を含めた東アジア諸国で広く信仰されている【覚者教かくしゃきょう】や、主に西洋諸国で信仰されている【聖架教せいかきょう】の他、中近東で信仰される【アラム教】、エジプト文明、メソポタミア文明、中南米、ポリネシアなど、様々な宗教や文明の痕跡が見て取れるぞ……⦆


[註*真道しんとう=日本古来の民族宗教。

 盟治めいじ維新後には国教に指定され、太帝たいてい一族の祖先を祖神おやがみとして祀る国家真道こっかしんとうとして制定された(作中での設定)]


[註*聖架教せいかきょう=主に西洋諸国で広く信仰されている宗教(作中での設定)]

 

[註*覚者教かくしゃきょう=大日本帝国を含め主に東アジア、東南アジア諸国で広く信仰されている宗教(作中での設定)]


[註*アラムきょう=主に中近東地域で広く信仰されている宗教(作中での設定)]


 不可思議さと底知れぬおぞましさとが渾然一体こんぜんいったいとなった様式フォルム

 正体不明の威圧感とある種の誘惑をもはら意匠デザイン


 それらが宮森の感覚を何の遠慮もなく侵略した。


 彼はこの地下空間の広大さとその異様さに圧倒され乍らも、他の参加者にならい神殿の建屋に近付いて行く。


 途中、二台の手押し車カートと共に数人の案内係が待機していた。

 手押し車カートには何に使うのか、巾着袋きんちゃくぶくろがかなりの数用意されている。

 その他にも大きめの紙袋が乗っていた。


 案内係が会員達を認め一礼する。

 彼らも同行する様だ。


 地下空間の広大さと神殿の威容に気を取られていて気付かなかったが、ここは肌寒くも蒸し暑くもないと宮森は感じる。

 これほど広大な空間の温度と湿度を一定に保つには、相当大掛かりな空調設備と莫大な電力が必要な筈で、宮森は改めて九頭竜会の持つ力の程を思い知らされた。


 更に神殿へと近付くと、参加者の歩調が緩やかになり神殿の入口前で止まる。

 そこには、門か鳥居とりいの様にも観える建造物が神殿とは独立して建てられていた。


 当然宮森は門を観察する。


⦅二本の門柱が屹立きつりつし、床から五メートル程の所で横に折れているな。

 そして、もう一方の門柱へと滑らかな右回りの螺旋を描き乍ら水平に伸び、もう一方の門柱から伸びる螺旋と絡み合って、丁度ちょうど真道の鳥居に見られる注連縄しめなわの様な案配あんばいだ。

 しかし、真道しんとうの一般的な鳥居に見られる島木しまぎぬきがない。

 水平に湾曲した後、螺旋を描いて絡み合って行く。

 これほど奇妙な様式はこれ迄に見た事がないな……。

 それに、門柱自体が異常とも云える程の滑らかな質感を持っている。

 特に螺旋状になっている部分はどうやって彫ったのか、自分には皆目かいもく見当が付かない。

 門柱は円筒形の石造りで塗装はされていない様だな。

 装飾の類も見当たらない。

 多数の装飾が確認出来る建屋と比べると若干じゃっかん拍子抜ひょうしぬけの感はあるが、このちぐはぐさには妙に不安をき立てられる……。

 自分は建築に関しては門外漢もんがいかんだが、門柱の材質には古さを感じない。

 建設されたのは極最近なのか?⦆


 彼はさりなく門柱に触れてみた。


⦅石造りで間違いない。

 だが、てのひらに吸い付いて来る妙な感触は何だ?

 とても、きもちがいい……⦆


 宮森は何故か、この柱の感触をずっと味わっていたい誘惑に駆られていた――。





 門前の人の波が動く。


 会員達が門の正面から離れ、門の正面を遠巻きにして並んだ。

 すると門の正面左右にある投光器後方の暗がりから、異様な風体ふうていをした人物達の集団が現れる。


 左右の暗がりから門の正面に出て来た人数は八人程。

 彼らは二人掛かりで何かを担いでいた。


 ある組は担ぎ棒が通してある長持ながもち

 もう一組は石柱。

 別のもう一組は木製の板。

 また別の一組はむしろがかけられた雲助駕籠くもすけかご


 担ぎ物が門柱前の床に降ろされる。


[註*雲助駕籠くもすけかご=人を運搬する為の乗用具で、簡素な造りの物]


 そして最後に、荷物を担いでいない者が一人出て来た。


 その光景を見ていた宮森は急速に違和感を覚える。

 荷物を担いでいない者の体格が異常に小さいのだ。


⦅まさか子供なのか⁉⦆


 年の頃は五、六歳程に見える子供が一人。

 他の者達を合わせると、暗がりから登場した集団は全部で九人。


 宮森は一瞬戸惑ったが研究者としての習性が驚きよりも勝り、早速さっそくその集団の分析を始めていた。


ず彼らのまとっている衣服。

 この国の国教である真道の斎服さいふくか。

 なので神官ではあるのだろう。

 ただ色が違う。

 通常は白地に無紋の筈だが……。

 彼らの纏っている服の色は朱色が二人。

 藍色が二人。

 若苗色わかなえいろが二人。

 墨色すみいろが二人。

 子供の神官……は灰色か。

 かむっているかんむりいている足袋たび浅沓あさぐつも服色とそろいだな。

 自然光の下で観察した訳ではないが、多分間違ってはいないだろう⦆


[註*若苗色わかなえいろ=明るい黄緑色]


⦅次は、神官達の顔下半分を覆っている布だが……。

 布は目から下の部分を覆う様に掛けられ、耳上を通すひもを頭の後ろで結んでいるな。

 布地の色は白色で、そこに黒字で何か描いてある。

 覚者教かくしゃきょう梵字ぼんじ……いや、もっと記号に近い。

 何処どこかで見た様な気がする……まさか、これは!⦆


 伝承学の研究者である宮森は、それが何なのか理解するに至る。


 研究者である彼でさえ文献に描かれたものを見た事が有るだけで、文献以外の品物に描かれたそれを目にしたのは初めての事であった。


 布に描かれた文字は、太古に滅んだとされる【ムー・アトランティス文明時代】に使用されていた【ナアカル語】、【旧カタカムナ文字】などと呼ばれているものだったのである。





                 帝居地下神殿 その二 了

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