第一節 帝居地下神殿

帝居地下神殿 その一

 一九一八年 一一月 帝居ていきょ地下 神殿区画




 

 宮森は以前、組織に入会する為の儀式を別の場所で行う。

 その儀式は淫靡いんび冒涜ぼうとく的なものであったが、この日のそれは、入会の儀式とはまるで比べ物にならない程の邪悪さと狂乱さを湛えたものとなった。


 くだんの儀式は、帝居地下に建設された施設でり行われると云う。

 この国の帝都である東京の地下に何某なにがしかの秘密施設がある事は、宮森自身も研究の性質上薄々うすうす感付いてはいたのだ。


 大方おおかた、弾薬庫や緊急時の食糧庫、発電所に変電所、防空壕を兼ねた軍部の指令室、要人を帝都より脱出させる為の秘匿通路……。

 そんな物だろうと高を括っていたのだ。

 しかし、ここはそんな生易しい場所ではなかったのである。


 この場には、宮森の他に二十数人の九頭竜会会員が居た。

 全員男性である。

 服装から察するに、社会的地位の高い者達ばかりであろう。


 九頭竜会での所謂いわゆる上級会員達だ。

 軍服姿も幾らか見受けられる。

 その中には、彼を組織に推薦したかの教授も居た。


多野たの 剛造ごうぞう】。

 大日本帝国の歴史学、伝承学の権威で、現在は真道院しんとういん大学の学長を務めている。


 九頭竜会の後押しを受けて政界進出を果たすのではないかとのうわさも絶えない。

 宮森の師であり、彼を〈九頭竜会〉に引き込んだ張本人でもある。


 和装に西洋杖ステッキがトレードマークの好々爺こうこうやを演じてはいるが、時折り覗く眼光は凄まじく威圧的だ。


 多野教授の方から宮森に話し掛けて来る。


「来たか宮森君。

 今日は特別な儀式だ。

 まだ早いかとも思ったが、君にはある重大な仕事を任せたいと思っている。

 その為にも、今日は良く勉強して行くと良い」


「先生がそうおっしゃるなら、勉強させて頂きます……」


「君は嘘が下手だな。

 まあ良い。

 私の下で働くのならば悪い様にはせん。

 くれぐれも粗相そそうのない様にな」


 会話の最後の方は宮森を見ようともしない。

 彼の事を、自分に忠実な飼い犬として扱っているからこその振る舞いだ。


 宮森は歯痒はがゆさを感じたが今更どうする事も出来ない。

 多野の誘いに乗ってしまったのは誰でもない、宮森自身なのであるから……。





 案内係に先導された会員達は帝居へと続く通路を歩く。

 その後、地下への階段を降った。

 降り階段は緩やかな螺旋を描き乍ら続いており、もしやこの空間は巨大な円柱状なのか? と宮森に想起させる。


 階段の途中には他の通路と合流する箇所や換気口、壁面に取り付けられた扉、昇降口ハッチの類も確認出来た。

 建設用の足場が組まれている場所まであり、この地下空間の途方もない遠大さがうかがえる。


 ある程度降った所で、会員達は大型の昇降機エレベーターに乗り換えた。

 広い庫内は、大人二十数人が乗ってもまだ大幅な余裕が有る。

 只、機密保持の為なのか階数表示は見当たらない。


 案内係が昇降機エレベーター操作盤コンソールに鍵を差し込んだ。

 そのまま梃子レバーを動かすと昇降機エレベーターが降下し始める。

 鍵を差し込まないと所定の位置まで梃子レバーを動かせない仕組みの様だ。


 箱の中では会員達の挨拶が交わされ、見知った者同士で雑談している。

 宮森はその雰囲気には馴染めず、箱の隅で皆に背を向け独り地下施設を見物していた。


⦅箱が降下して行く、深い……⦆


 地質調査などならまだしも、何故なぜこれ程深い場所に大掛かりな施設を建設する事が出来るのか宮森は想像だに出来なかった。


 昇降機エレベーターから降りて十分程は歩いたであろうか、頑丈そうな鉄扉てっぴの前で会員達の足並みが止まる。


 鉄扉は警備の男二人が警護していた。

 軍人ではない。

 制服を見る限り警官の様だが、普通の警官とは目付きが違う様に宮森には思えた。


帝宮警察ていぐうけいさつ……⦆


 帝宮警察官は一般の警察官とは違い誰も彼もが成れる訳ではない。

 重要視されるのは能力ではなく血筋。

 そう、ほぼ世襲制なのだ。


 その上、太帝たいてい一族への絶対的な忠誠心が問われる。

 太帝一族に死ねと言われれば即刻死ねるくらいの、まさに盲信のごとき忠誠心が。


 軍人や裏街道の人間とは別種の威圧感をかもす帝宮警察官を間近に、宮森はそこはかとない気味の悪さと、この国の未来へと通ずる一抹の不安を覚えずにはいられなかった。

 

 案内係が警備の帝宮警察官に書面を提示している。

 警官の一人が書面を読み取ると、もう片方に合図を送った。


 合図を受けた方は鉄扉に取り付けられた三つのツマミを全て回した後、同じく鉄扉に取り付けられた輪状把手ハンドルを反時計回りに回し始める。

 何か重量のある物体を動かしているのだと察せられた。


 輪状把手ハンドルを回していた警官の手が止まると、もう一人が腰の帯皮ベルトに下げた小物入れポーチから鍵を取り出し解錠する。


 ここまで警官達の表情は全く動いていない。


 警官達は筒状の把手とってを二人掛かりで握り、扉を真横に滑らせに掛かった。

 傍目はためから見ても警官達の手に力が入っているのが判る。


 警官達は扉を滑らせ切った所で全開にしたまま固定、その後開閉部の両脇に控えて直立の姿勢を取った。


 ここでも、警官達の表情だけは全く動いていない。


 警官達が二人掛かりで引いた鉄扉は酷く分厚く、宮森には厚さ五〇センチメートル程は有るように思えた。


 内部を確認出来る様にする為なのか、横開き式の小窓も付いている。

 小窓は今の所閉まっていてその内部は確認出来ない。


 宮森は敷居の軌道溝レール部分も見てみる。

 切ってある軌道溝レールを確認すると、一枚扉ではなく三重構造になっていた。


 その中でも特に宮森の目を引いたのは中央の軌道溝レールである。

 溝の中で最も幅広く、前後に護謨ゴム製と思われる詰め物パッキンが敷いてあるのだ。


 彼はここが地下である事を思い出す。

 豪雨対策の放水路や貯水槽が有っても何らおかしくはない。

 浸水を何としてでも避けたいとする意図が有るようだ。


 しかし彼のこの考えは、余りにも涜神とくしん的な理由でくつがえされる事になってしまう。


 宮森は扉の端も観察した。


⦅三重構造のうち、外側の部材は鉄板だろう。

 只、一五センチメートルかそこらはある。

 まるで戦艦の装甲板だ。

 そうまでしてでも守りたい、もしくは隠したいものがあるとでも云うのか?

 中央の部材はどうか……硝子だと?

 なんという厚さだ。

 道理で重たい筈。

 しかし、硝子を使う理由は一体何だ?⦆


 まだこの時点ではその謎を看破出来ず、宮森は推理を中断するよりない。


 こちらを向いた案内係が会員達に向け一礼すると、案内係が会員達を扉内にうながした。

 会員達が入場したのを見届けた後、最後に案内係が入場する。

 すると、先程まで直立の姿勢を取っていた警官達は通路側から鉄扉を閉め施錠する作業に入った。


 矢張やはり、最後まで警官達の表情は全く動かない。


 警官が輪状把手ハンドルを回す度、巨大な硝子ガラス板が壁面に固定される音が生々しくこびり付いて行く。


⦅自分はもう、日の当たる世界へは帰れないのかも知れない……⦆


 現世との別れの声にも似たその音は、宮森の心中に仄暗ほのぐらい諦念を抱かせた――。





                 帝居地下神殿 その一 了

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