帝居地下神殿 その三

 一九一八年一一月 帝居地下 神殿区画





 宮森は哀しみの内に理解し始めた。

 大学時代の論文が認められなかった訳を。


 宮森の執筆した論文の中で、ムー・アトランティス文明時代に言及した部分を、学会の歴々達は事実と認めなかった。

 もしそれを事実だと認め内容が海外にでも流出してしまえば、世界各国の考古学者や歴史学者達がこぞって研究を始める。


 そして、探検家や冒険家と呼ばれる者達はまだ見ぬ世界の秘境へと、よろこび勇んで旅立ってく事だろう。

 そうなれば、いつの日かこの世の真実に触れる者が必ず現れてしまう。


 世界を支配している為政者いせいしゃ達がひた隠しにしている、醜く悍ましい真実に触れる者が。

 この国の、この世界の仕組みに疑問を持つ者が出て来る。


⦅論文が評価されようがされまいが、往き着く所はそう変わりはしない。

 組織に消されるのか飼い殺しにされるのか。

 組織にくみする事を選んだ以上、堕ちるところまで堕ちるしかないのだろう……⦆


 悲しみのうちにそう理解し終えた宮森。

 彼は落ち込んだ気分を誤魔化すかのように、灰色の斎服を纏う子供の神官を注視する。


⦅神官達の中でも特別な存在なのだろうか。

 あの子供の神官だけは、後腰うしろごしにひと振りいている。

 さやの形状を見る限り、真道の儀式で今現在用いられている曲刀ではなく直刀。

 しかも四しゃく(約一二一センチメートル)近くある長大さに見えるぞ。

 唐太刀からたちだとしても、ここまで長大な品物は見た事が無い。

 それに、あの小さな体に対して刀身が余りにも長すぎる。

 子供が身に着けて動ける大きさじゃない。

 なのに、なぜ子供の神官は平然としていられるんだ。

 まさかの部分とさやが有るだけで、刀身は竹製、しくは刀身自体が無いのか?⦆


 一応の見解を得た宮森。

 次はこしらえに目を移す。


⦅拵えの方も独特だ。

 鞘に巻いてある表皮も、鮫皮さめがわにしては斑紋の大きさが不規則。

 は灰色に見えるが強い光沢を有し、光源の強さや向きによって色が千変万化せんぺんばんかしている。

 まるで、大小のシャボン玉がちりばめられているかのようだ……。

 つばもまた変わっている。

 一見しただけだと青海波紋せいがいはもんに観えるが、波紋ひとつひとつのゆがみはかなり大きい。

 幾つかの泡が集まっているような……。

 いや、本当に珍しい。

 柄頭つかがしらの形状も独特だ。

 球形で半透明の宝玉が収まっていて、内部の模様が透けて視えるぞ。

 七色の光が揺らめいていて、子供の神官が姿勢を変える度に模様が変化する。

 蛋白石たんぱくせきとは違うみたいだが、遊色効果が認められる。

 全体の雰囲気としては、東洋、西洋、中近東、北欧のいずれにもそぐわず、無国籍風とでも呼ぶしかない代物。

 この刀剣が世に出れば間違いなく国宝級の芸術品として扱われるだろうけど、出ていないと云う事は……⦆


[註*蛋白石たんぱくせき=非晶質の含水珪酸がんすいけいさん鉱物。

 内在する不純物により様々な色が現れ、美しい物はオパールの名で宝石として取り引きされる]


⦅子供の神官が佩いている刀剣については、この不穏な空間とこれから始まる儀式に答えが有る……⦆


 刀剣から伝わる緊迫感を緊々ひしひしと感じ取る宮森。

 その間、他の神官達に動きが有った。


 床に降ろしてある駕籠かごの中から、何かを引きり出している。

 出て来たのは、髪が長く華奢きゃしゃな体格の女性。


 女性は両手を後ろ手に縛られ目隠しをされた上、猿轡さるぐつわを噛まされている。

 自由に動けないよう、足枷あしかせまでされていた。


 猿轡を噛まされている口からうめき声が漏れる。

 その容貌からも、二十歳を超えてはいない事がうかがえた。


 宮森には彼女が何なのか、粗方あらかた予想が付く。


⦅……生贄だ⦆

 

 ひと組の神官達が、長持の中から縄をひと束と白木しらきの箱を幾らか取り出している。


 別の神官達はと云うと、木製の板を組み合わせて即席の磔刑台たっけいだいを仕立てていた。

 石柱はその土台である。


 磔刑台が床へ置かれると、生贄の娘が神官達によって仰向けの格好で台上へと転がされた。

 娘は抵抗していたが男の力に敵う筈もなく、両手両脚を大の字に広げられた格好で台に括り付けられる。


 その後神官達は磔刑台と土台との接合部を縄で縛り補強すると、娘の乗った磔刑台を起こした。

 そして土台となる石柱へと嵌め込み、縄で縛り固定する。


 会員達の期待と興奮が宮森にまで伝わって来た。


⦅拷問が、始まる……⦆


 突然、後方に控えていた案内係が会員達に注目するよう声を掛けた。


 どうやら宮森達よりも後に入場した者が居たらしく、案内係は今回の主催者だと説明している。


 宮森は主催者の顔を見ようと前に出た。


 他の会員達が、主催者に対し次々と最敬礼さいけいれいする。

 あの多野 教授ですら深々と頭を下げていた。


 宮森はしばら茫然自失ぼうぜんじしつしていたが、最敬礼をしていないのが自分だけだと判るや否や慌ててそれに倣う。


 頭を下げている最中、生きた心地がしなかったのだろう。

 気が動転し過ぎて、オペラグラスを仕舞う事すら忘れている宮森。

 彼は、『目の前の人物は自分の幻覚なのではないのか?』とも疑った程だ。


 宮森は頭を上げて何とか生き返ろうとする。

 そして見た。


 恰幅かっぷくが良いとも引き締まっているとも云えない体格。

 どこか間の抜けた顔に、のほほんとした雰囲気。


 宮森は心中でつぶやく。


⦅覇気などは微塵みじんも感じ取れず優しさがにじみ出ていると述べる人もいるが、あの人物を直接見た事が無い者の戯言ざれごとだ……⦆


 多野がその人物と何やら話している。

 その間に、宮森は有ろう事かその人物の眼を見た。


 出来る事なら視たくはなかったのに。

 なのに観てしまった。

 魅せられてしまったのかも知れない。


 夢かうつつか、はたまたまぼろしか。

 宮森はその人物の瞳を、うつろな心持ちで見遣みやった……。


⦅長方形の瞳。

 あれは、たこの……⦆


 ――眼だ。



 夢ならどれほど良かったか。


 幻ならどれほど救われたか。


 その者と同じ空間に居るだけで感じ取れてしまう、蠱惑こわく的な魔の芳香。


 その者と同じ時間を過ごすだけで見せ付けられてしまう、圧倒的な悪の威厳。

 まさに、存在そのものが、


 ――邪。


 その人物は多野を見ており宮森を視てはいなかったが、宮森は観られたと確かに感じた。

 いや、今この瞬間も、


 ――みられている。





 これが、後に神日本帝国太帝として即位しこの国のみならず全世界に破壊と殺戮をもたらす事になる瑠璃家宮 玖須人 親王と、その企みを阻止するべく命をしてあらがった宮森 遼一との、忌むべき邂逅であった――。





 帝居地下神殿 その三 了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る