第七節 仙境にて

仙境にて その一

 一九一五年 一月 チベット ツァンポ大峡谷内部 仙境の寺院





 岡田 慧山は、二回目のチベット滞在期間をほぼツァンポ大峡谷内部の寺院で過ごす。

 魔術師としても人間としても、生涯忘れる事など出来ない体験であった。


 彼にとって仙境での生活は正直捨て難いものであったが、九頭竜会に忠誠を誓っている以上、ここで学んだ数々の事項を報告するため一度日本へ戻らなければならない。


 出立のこの日、ここに来た時とは違い岡田は一人ではない。

 かたわらには緑色の法衣ローブを纏った者。

 その者こそ岡田が探し求めていたモノ。


 大蔵経、そのであった――。





 一九一四年 チベット ツァンポ大峡谷内部 仙境の寺院





 岡田は仙境を離れる迄の一年間、〈エメラルド・ラマ〉の下で改めて魔術を学び直す。

 それらは想像を絶する苦行とは程遠く、目眩めくるめく快楽に満ち溢れたものであった。


光明集会こうみょうしゅうえタントラ】にもとづいた修行の中で最も一般的なものは性交である。


[註*光明集会こうみょうしゅうえタントラ=後期覚者密教経典群きょうてんぐんに属する経典の一つ。

 その内容は、覚者教の顕教けんぎょうでは禁じられている筈の性交や肉食の肯定、飲血、飲尿、食糞、人肉食、近親相姦、死姦、小児性愛、強盗、強姦、殺人など、反社会的行為をも教義として取り入れている(作中での設定)]


 仙境内の天女アプサラス達とは修行の一環で交わり放題。

 相手は天女アプサラスだけに限らず、初潮も迎えていない少女から奴隷として連れてこられた者達など幅広く、岡田は取り分け美少年僧との性交を好んだ。


 岡田は人糞じんぷん食や人肉食も進んでこなす。

 その中でも特に御気に入りの行為はこうだ。


 先ずはあらかじめ拷問、強姦しておいた子供、又は若い女性から血液を抜き取る。

 その抜き取った血液に人尿、人糞を混ぜ合わせた後、発酵させて糞尿血酒ふんにょうちざけを造っておくのだ。


 次に子供か若い女性の脳内から松果体しょうかたいを取り出し、熟成させた糞尿血酒と松果体を共に味わい乍ら美少年僧との性行にふけるのである。


 血のしたた瑞々みずみずしい松果体を頬張ほおばり、かぐわしい糞尿血酒を胃に流し込み、美しい少年僧の肛門をくじり倒し時に自らの肛門を抉り倒される度、岡田は邪霊カミとの合一を体験し自らの霊性が拡張されるのを感じていた。


 拷問、強姦で苦痛と恐怖の頂点に達した子供や若い女性の松果体から抽出される血液は極上の麻薬となる。

 服用すれば強い酩酊めいてい感と多幸感が得られる上、精力絶倫になる薬効まであるのだ。


 極め付きは若返りの効能である。

 実年齢から算出して、最大四割程の若返りアンチエイジング効果が期待出来た。

 岡田はこの時点で四十代後半であったが、外見年齢は多く見積もっても三十代前半である。


 くだんの採集方法はこうだ。

 子供や若い女性に拷問、強姦で苦痛と恐怖を与えた後、眼球から脳内の松果体にまで届く特別製の注射針を挿入、松果体から直接血液を抜き取るのである。


 だがその効能ゆえ非常に貴重な品物なので、前述の行為が繰り返されるのは必定ひつじょう

 しかし乍ら拷問、強姦を繰り返すうちに効能が薄くなって来るのだ。

 高い効能を持つ血液が採取出来なくなると、遂には事になる。


 以上の行為は魔術結社では当たり前の様に行われているが、松果体をじかに食せるのは組織に対し何かしらの貢献をなした時だけだ。

 岡田の様な結社の一魔術師には、まず縁の無い贅沢なのである。


 松果体――。

 アダムとエバがエデンの園を追われる原因となった禁断の知恵の実……。

 その実を食せば、食した者の霊性と等しい霊性の神々との直接交感が可能だ。


 しかし乍ら松果体は脳内にある。

 松果体を喰らおうと云う者の霊性が高い事など有り得ない。

 よって、交感する神々は必然的に邪神となる。


[註*松果体しょうかたい=脳内にある松かさ状の内分泌器。

 生体リズムに関係すると云われる。

 霊能力とも関係が深く『第三の眼』との異名を持つ(作中での設定)]


 修行は性交だけではない。

 儀式で使用する麻薬の原料となるあさ阿片芥子あへんけし、黒蓮などを栽培する為に必要な奴隷調達も行った。


 岡田はここに来る為にシェルパ達を雇ったのであるが、その大半が途中で逃亡を試み残った者も発狂して雪山に消えて行った事も、仙境で生活する今なら合点がいく。


 仙境内で見られる身体を欠損した者達は奴隷で、近隣集落から寺院に献納けんのうされる者もいれば仙境の僧達によって遠方から連れ帰られる者もいた。


 岡田も心ゆくまで奴隷狩りを楽しんだ口である。

 チベットやネパールは勿論、インド、ビルマ(ミャンマー)にまで足を延ばし、秘境伝説に興味を持ってアジアを訪れた外国人、特に西洋人を狙った。

 仙境で西洋人はまだ珍しく、仙境の僧達にことほか喜ばれたからである。


 近隣集落から献納された者達はと云うと、この辺りの掟を知らず運悪くかどわかされた旅人や罪人が多い。

 そのようなやからは、集落からいなくなっても誰も困らず後腐れがないからだ。


 近隣集落の村人には奴隷を貢いで貰う代わりに、仙境内で栽培された麻、阿片芥子、黒蓮など、麻薬原料の貿易を任せている。


 その他の奴隷達は仙境内で生まれた子供達が成長した姿だ。

 当然、子供達の親に当たるのは仙境の僧と天女アプサラス達である。

 毎日ともいえる乱交儀式に伴い出産される子供の数もそれなりに多いが、子供の数が多くなり過ぎる懸念はない。

 余った赤子は殺して喰らうからだ。


 赤子の内に運良く死を免れたとしても、生き残りの子供達には拷問、強姦の生き地獄が待っている。

 その間に邪霊の器となれるかが僧達によって審議され、遅くとも七歳迄には寺院で行われる儀式で邪霊を定着させられる。


 邪霊が上手く定着した場合、男児は僧に、女児は天女アプサラスへと昇格。

 邪霊が定着したとしても定着率が低い場合、男児は兵士か奴隷頭、女児は寺院内の家事雑用係か他の奴隷の管理。

 儀式に参加出来なかった場合は、奴隷にされるか別の儀式での生贄にされる。


 仙境の僧と天女アプサラス達は、その悉くが自らの親と交わり自らの子を喰らって来た者達なのだ。


 仙境内の天候は常に操作されている。

 麻、阿片芥子、黒蓮などの栽培の為だ。

 寺院内には気象操作装置があり、〈エメラルド・ラマ〉と高位の僧のみが操作を許される。


 仙境は土地も良くえており、ここで栽培された麻、阿片芥子、黒蓮は、麻薬の原材料として非常に品質が高い。

 九頭竜会を始めとした世界中の魔術結社から引っ張りだこだ。


 土地が肥えている理由はその肥料にある。

 通常の屎尿しにょうに限らず、人骨を砕いた物を畑に振り掛け人肉をいた物を畑にき込んでいるのだ。


 以上の様な仙境での日常は魔術師である岡田を十二分に満足させるものである。


 だが〈エメラルド・ラマ〉との対話は、満足以上の無上とも云える幸福を、岡田にもたらしたのだ。





                   仙境にて その一 了

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