仙境への道 その二
一九一四年 一月 チベット ツァンポ大峡谷
◇
あれから十年余りが過ぎ、再び九頭竜会の許可を取り付けた岡田はチベットの地に舞い戻った。
そして、夢にまで見た仙境の入り口へと辿り着く。
僧達に招かれた岡田は岩壁の大穴へとその身を投じた。
中は岩肌を
洞窟内には灯りがなく、完全な闇。
僧達が持つ
一行が洞窟に入り暫く経った頃、松明に照らされた岩肌に変化が出始める。
色とりどりの壁画が姿を現した。
松明の灯りだけなので細かな色味は判然としないが、使われている色は赤、白、青、緑、黄、紫、黒、銀、金など、極彩色である事は間違いない。
更に奥へと進むと、
岩肌に直接掘られた
その摩崖仏も極彩色の彩色が施され
アジア美術を扱う者が目にしたら
摩崖仏
一行の持つ松明以外の明かりである。
闇に馴染んだ岡田の眼は、その明かりに慣れるのに時を要した。
岡田の胸は期待に高まり
遂に岡田は伝説の仙境へと到着した。
洞窟の外は雪が積もっているのに、ここにはひとひらの雪すらも降り注いで来ない。
おまけに雲一つない夕空である。
それに信じ
桃源郷とはまさにここの事であろう。
老僧が岡田に話し掛けて来た。
「セライ・アムチー殿、あちらを御覧あれ」
老僧が示した花畑の先には湖があった。
湖の中程には大小三つの
左側と右側には小振りな建造物、中央の中州には一際大きい建造物が建てられていた。
中央の中州からは、左右の中州それぞれに手前と奥から橋が伸びている。
岡田はその建造物群を寺院だと断定した。
その寺院を目指し一行は歩みを進める。
湖へと向かう途中、この土地の住民であろう者達を岡田は幾人か見掛けた。
彼らの衣服は
その
岡田は彼らの身分を直ぐに察する。
⦅奴隷だな……。
それも完璧に服従させている⦆
奴隷と思われる者の他にも、幾分ましな服装で銃を携えている者もいた。
彼らには身体の欠損が見られない。
⦅兵士、それとも奴隷
岡田は忍び笑いで思い巡らす。
⦅これだ、これこそ我が結社が求める理想の世界。
我ら魔術師がそれ以外を家畜として支配する世界だ……⦆
一行は湖に差し掛かる。
湖面には黒い
その光景を眺めた岡田は
⦅ここだったのか!
遂に見付けたぞ
これで瑠璃家宮派に差を付けられる。
もう奴らの好きにはさせん……⦆
黒蓮に彩られた湖の
弓形の
只、左右の石柱を始め緻密な彫刻が施されており、然も極彩色で塗り分けられている。
彫刻の
その肉感的な肢体は見る者の煩悩を刺激せずにはいられない。
又、
それらの装飾は何故か、観る者に何処となく性的な印象を
門を潜ると寺院へと向かう水上に石橋が伸びている。
その石橋は緩やかに屈曲し乍ら中央の中州へと伸び、岡田の身長を超える高い壁面には門と同じく
岡田には何故か、石橋のうねり具合と壁面に彫刻されている
そして一行は湖上の寺院へと辿り着いた。
建造物の配置であるが、玄関から続く拝殿とその後ろに連結された本殿からなる。
本殿は拝殿よりも左右に膨らみ、拝殿と本殿を合わせればアルファベットのT字型になっていた。
又、本殿左右には別の中州へと続く橋が二基づつ架けられている。
中央の中州奥から左右の中州へと伸びる橋の先端部は、放射状に広がった形状で非常に特徴的だ。
この配置を観て、自身も魔術師である岡田はその意味を看破する。
⦅畔の門は
架かっている石橋は産道。
左右の中州は卵巣。
中央の中州奥から左右の中州まで伸びる橋は卵管。
橋先の広がった部分は
黒蓮の
そして、前方の拝殿と左右に膨らむ後方の本殿は子宮だな。
紛れもなく女性器の形状を模している……⦆
正面階段を登ると、岡田が今迄に見た事もない建造物が
その威容に岡田は言葉を失う。
緻密な彫刻と鮮やかな彩色は当然だが、その内容が悉く異様なのだ。
今度の題材は
戦士、王、従者などと思われる人間の男性の他、犬猫、牛馬、鹿、虎、獅子、孔雀、蛇などの動物。
龍や麒麟などの幻獣。
一見すると
然も、それらの多くが
寺院の威容に心を奪われた岡田であったが、二人の僧に促されて拝殿の内部へと立ち入る。
拝殿に入って直ぐに岡田の目に飛び込んだのは巨大なリンガだ。
リンガの周りには数人の女性がひれ伏しており、虚ろな目つきでそれを
この部屋を受け持つ僧達が部屋の四隅で香を
香の匂いを嗅いだ岡田はその正体が
岡田はリンガと部屋の僧達に向かって一礼し、本殿へと進んだ。
[註*リンガ=男性器をかたどった像、もしくはその象徴。
中央・南アジアの民族宗教では度々崇拝の対象とされる]
本殿に近付くにつれ、地のうねりの様な声が響いて来る。
岡田も聞き慣れたこの斉唱、
但し、その斉唱には不規則でじゃらじゃらした女声が入り混じる。
岡田の高まりと時を同じくして、一行は遂に本殿の中心部へと至る。
広大な空間に沈殿する青紫色の
充満し、凝縮されたありとあらゆる体液の匂い。
絶え間なく流れる
そこに広がっていたのは、
生きた像で描かれる立体曼荼羅。
広大な空間に整然と広がるも、
その中心部、八対の僧と
その者だけは対となる
そして、その者からの思念波が岡田へと放射される。
『約束通り参ったか……。
我も肉体を新調し
来るが良い……』
岡田が近付くとその者が
現れたのは、二十歳にも満たないであろう若者だ。
身体に対して頭部が大きく、より幼い印象を与える。
その者が半眼になる。
法衣の胴体部分を唐突に両手で掻き開く。
額に埋め込まれた緑色の宝石が邪悪な輝きを放つ。
そこにはあるべき
観えるのは虹色の山脈、怪物が
その者は岡田の首に手を伸ばす。
首筋へと指を這わせる。
指が
『我の名を唱えよ……』
「〈※、※メ※※ド・※マ〉……」
岡田はその者の名を呼ぼうとするも、声が上ずってしまい上手く呼ぶ事が出来ない。
身体のあちこちが痙攣している。
『我の名を唱えよ……』
「エ、〈エメラルド・ラマ〉…………‼」
〈エメラルド・ラマ〉の
〈エメラルド・ラマ〉が岡田の首筋から指を引き剥がす……。
その〈エメラルド・ラマ〉の五指には、
◇
仙境への道 その二 了
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