仙境にて その二

 一九一四年 チベット ツァンポ大峡谷内部 仙境の寺院





 岡田が仙境での生活に慣れた頃、彼は〈エメラルド・ラマ〉から寺院の地下へと案内される。

 そこにあったモノは、岡田だけではなく誰が見ても目を疑う光景であった……。


 岡田とラマ、そしてラマ側近の僧二人が寺院最深部を目指し階段を下る。

 壁面には一定の間隔で松明たいまつが設置されており、照らされた壁面には様々な壁画が映し出されていた。


 描かれている題材モチーフ有角人オーガ単眼人サイクロプス異頭人ハイブリッド天女アプサラス、幻獣など。


 寺院内外に施された彫刻や壁面とほぼ同じなのだが、どうも様式が異なる。

 アジア美術と云うよりもむしろエジプトなどの中近東の様式に近い。

 又、描かれている題材の中では幻獣の割合が多く、寺院の装飾では見られなかったものも確認出来る。


 ある程度階段を降るとそこからは回廊になっていた。

 前方へ歩くと不意に明かりが灯る。


 壁面の意匠デザインが未来的なものへと変わっていた。

 現在の最先端技術で造られた物ではなく、明らかに超古代文明の遺物だと岡田には感じられる。


 前方に歩き続けると扉に行き当たったが、その扉は一行に反応して自動的に開いた。

 岡田は滑らかな扉の開閉に少し驚いたが、ラマ達は構わずに歩みを進め扉へと辿り着く。


 ラマが壁面にしつらえられた羽目板パネルに手をかざすと扉が開いた。

 昇降機エレベーターである。


 物理開閉器スイッチ梃子レバーとは違い、手を触れずに操作する装置には九頭竜会に在籍している岡田でさえも驚きを禁じ得ない。

 現代では非接触型開閉器スイッチとして一般化されている技術だ。


 一行は昇降機エレベーターに乗り込み更なる下層へと赴く。

 昇降機エレベーターを降りた一行はそのまま別の扉前へと進んだ。


 扉が又もや自動で開くとその室内中央には円形台座があり、四人の僧が左右、手前、奥と、それぞれに一人づつ座っている。


 室内の僧達がラマ一行を認め一礼した。

 彼らが受け持ちの操作卓コンソールを操作すると、様々な色と形の光が台座の中央空間上に投影される。


 投影されている画像は仙境付近の地図に始まり、ここ最近の天候、気温、湿度を示した折れ線図形グラフ、寺院や仙境内の3D精査スキャン画像、地上天気図、高層天気図、雲の動きを実時間リアルタイムで示し続ける画像などなど。

 中には未来の天気さえ表示しているものすらあった。


 現代人がここの光景を見たならば立体映像投影装置ホログラフィックディスプレイの一種だと判断するであろう。


 仙境内の天候を操作している中枢に入室を許された岡田は、感激にむせび辺りを見回した。

 投影されている画像や数値の意味は彼にもある程度推察出来ていたが、九頭竜会の気象操作技術とは技術水準の差が歴然である。


 仙境の洗練された技術に感動すら覚えていた岡田に、ラマからの思念が放射された。


此処ここの技術を其方らに渡す……。

 これで、アトランティスの者共にも遅れはとるまい……』


『ラマの御力添え、有り難く頂戴ちょうだい致します』


 一行は気象操作室を後にし、再び昇降機エレベーターに乗り込み階層を降った。

 到着した一行は昇降機エレベーターのある部屋から退室し、回廊を進んでから一枚の扉に行き当たる。


 この扉は自動では開かない物の様だが、ラマが扉側面にある羽目板パネルに手をかざすと文字らしき光が灯った。


⦅文字と云うよりも図形、旧カタカムナか……⦆


 ラマは羽目板パネルを直接指で操作する。


 八目鰻やつめうなぎの口器にも似た吸盤状の歯列を持つラマの指に、岡田は恍惚こうこつの表情で見蕩みとれていた。


 直ぐに扉は開き、目に飛び込んで来た光景に岡田は思わず息を呑む。

 自動で明かりが灯ったり扉が開いたぐらいで驚いていたのが情けなくなる程の絶景である。


 扉内部は広大な空間になっていた。

 広大な空間の左右には円筒が延々えんえんと立ち並ぶ。


 円筒上部と下部以外は透明な素材で内部が透けて見えていた。

 気密容器カプセルである。


 気密容器カプセル寸法サイズは幅が一・五メートル、全高が三メートル程。

 その低部には人間ヒトの骨格が溜まっているのが確認出来る。


亡骸なきがらが残っている様だが……一体何の施設だ?⦆


 この部屋の光景を観て岡田は疑問に思った様だが、大抵の現代人は人工冬眠コールドスリープ装置か複製クローン人間の培養槽を連想するのではなかろうか。

 正解は勿論、複製クローン人間の培養槽である。


 岡田が驚嘆きょうたんしている所へラマからの思念が放たれた。


『三千年程前までは稼働しておった……。

 破壊されてはおらぬが、停止しておる……。

 く科学技術を発展させるのだ……。

 アトランティスの者どもが此処を狙っておる……。

 阻止せよ……。

 此処を動かす事が出来れば勝利は目前ぞ……。

 後は言わずとも察せられよう……』


 ラマからの下知げちも下り、岡田は意気揚々と答えた。


『ラマの御本願ごほんがんを成就するべく、全力を以て事に当たる所存で御座います!』


 複製クローン人間の培養槽を見学した一行は、再び昇降機エレベーターを使い別の場所へと降り立った。

 遂に仙境寺院最深部へと入室する一行。


 その室内は先程の複製クローン人間培養室よりも更に広大で、三倍以上の面積が確実にあった。

 複製クローン人間培養室と同じく多数の気密容器カプセルも立ち並んでいる。


 気密容器カプセルの直径は三メートル、全高六メートル以上はあろうかと岡田には思えた。

 但し全ての気密容器カプセルに破壊の痕跡が残っており、とても機能している様には見えない。


 気密容器カプセル内部に巨大な骨格がくずおれているのを岡田は発見する。

 内部の骨格群はその巨大さもさる事乍ら、どの現生動物とも違う特徴を有していた。


⦅多椀、多脚、上半身は獣類の特徴が見られるが、下半身は魚類の物。

 翼手よくしゅ類の翼が肩部から発生している上に、長い尾部と長い頸部、これは……竜なのか?⦆


 岡田は気密容器の中身を検分し乍らラマ達に続く。


 それと同時に、日本で出会ったある男の事を回想していた……。





                   仙境にて その二 了

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