第六節 異魚 ――綾――

異魚 ――綾―― その一

 一九一八年 一一月 帝居地下 神殿外郭部 管制室





 皇太子の前で多野教授からたしなめられた宮森。

 気後れし乍らも、集っている人物達に目をらした。


 瑠璃家宮の他には草野少佐と蔵主社長が控える。

 この大悪党四人組が何時もの顔ぶれらしい。


「いっ、いらっしゃるとはっ、気が付かずっ……」


 慌てて最敬礼の姿勢を取った宮森に、瑠璃家宮が鷹揚おうような口調で話し掛けて来た。


其方そなたが多野教授の。

 優秀な弟子だと聞き及んでいるぞ」


「宮森っ、遼一と、もっ、申しますっ!」


 緊張し過ぎて声が上ずってしまっているが無理もない。

 この国では現人神あらひとがみと呼ばれる太帝たいてい一族。


 然も瑠璃家宮は帝位継承権第一位である。

 一般階級の者は拝謁はいえつすら叶わない存在だ。


 最敬礼を続ける宮森に瑠璃家宮が続ける。


「其方にはある仕事に従事して貰いたい。

 詳細はこの後説明する。

 では教授、頼む」


 瑠璃家宮は説明役を多野に任せた。


 宮森はその事に不信感を抱く。


⦅多野教授の専門は歴史学と伝承学の筈だ。

 だが、この場所は見るからに理科系の研究室。

 一体どう云う事なんだろう……⦆


「宮森君、ここはある実験の為の管制室兼観察室と云った所だ。

 先ずはそこのを見てくれ給え」


一寸ちょっと待って下さい教授、とは何ですか?」


 聞き慣れない言葉を聞いた宮森に、ここぞとばかりに蔵主が答える。


「あぁ~、宮森さんは御存じありませんよねぇ~。

 というのはですねぇ~」


 宮森は、蔵主社長の(うんざりする程長い)説明を頭の中で要約した。


⦅撮影した、又は撮影している事象を、離れた場所に設置してある受像機に映し出せる装置?

 その装置の事をテレビジョンと呼び、その受像機に映る映像の事をと呼ぶらしいな……⦆


 表の歴史ではまだ原始的なテレビが開発されている途中で、カラーテレビの一般普及は一九五〇年代以降になる(日本では一九六〇年代以降)。

 もはや恒例となってしまったが、九頭竜会はこの時点で撮像、受像の全電子化と無線送受信の開発に成功、実用化が完了していた。


「……という事で御座いましてぇ~っ、我ら九頭竜会の科学力はぁ~っ、世界一ぃ~! と云う訳で御座いますぅ~」


「はは。

 理屈を並べるよりは実際に見た方が早かろう。

 そこのを観たまえ」


 草野に促された宮森は、机型の大掛かりな集合装置に埋め込んである七宝焼しっぽうやきに似た物体を見る。


⦅これがらしい。

 七宝焼きに風景が写っている。

 あの門があるので神殿外部か。

 誰かいる。

 遠景なので誰なのか迄は判らないが、体型からすると女性に思える。

 まさか、生贄だった娘……。

 ん? いま写真が動いた!

 いや、写真ではないのだった。

 にわかには信じられないが……。

 いま撮影していると云う情景そのものが、このガメンとやらに映し出されているのか?⦆


[註*七宝焼しっぽうやき=金属などの表面にガラス質の色釉いろぐすりを焼き付け、模様や絵などを表す装飾工芸の事。

 先程の場面は、テレビのブラウン管ディスプレイを初めて見た宮森の感想]


 興奮冷めやらぬ様子で画面に食い入っている宮森を横目に、草野が脇の研究員に指示を出した。


「御殿内に会員達が残っていないか確認せよ」


「はっ、確認します」


 宮森は研究員の方にも顔を向けた。


⦅あれは電話機か?

 だが、送話機が見当たらない。

 その代わりに、研究員は受話器であろう装置を自らの顳顬こめかみに当てて相手方と会話している。

 耳だけではなく、口元にも受話器が当たる様になっているのか。

 どうやら、送話機と受話器が一体になっているらしい。

 それに御殿と言ったな。

 神殿内部の座敷の事を指しているのか?⦆


「草野少佐。

 会員の方々、職員共に御殿内には残っておりません。

 準備完了しました」


「よし。

 神殿内部の隔壁を閉じろ」


「神殿内部の隔壁閉じます」


「続いて神殿区画外郭がいかく部、隔壁閉じろ」


「神殿区画外郭部、隔壁閉じます」


 草野が別の研究員達に指令を発すると、研究員達は机型の集合装置に備え付けられた梃子レバーを手前に引き下ろした。


 何処どこからともなく轟音が響いてくる。


 宮森は地下神殿まで降りる際に見た鉄扉の分厚さを思い出し、ようやく合点がいった。

 あの鉄扉は隔壁だったのである。

 だが、一体何の為の隔壁なのか。


「神殿内部の隔壁、閉鎖完了しました」


「神殿外郭部の隔壁、閉鎖完了しました」


 研究員から完了の報告を受けた草野は、瑠璃家宮に実行の許可を求める。


「殿下、準備が完了しました」


「やってくれ」


 瑠璃家宮の許可を受け、草野が指示を出す。


「海水の注入を開始せよ」


「海水の注入、開始します」


⦅海水の注入だと?

 この者達は一体何をしようと云うんだ……⦆


 混乱を僅かでも取り除くべく、宮森が草野に問う。


「あっ、あのっ、草野少佐っ、一体何を……」


「はは。

 今言った通りだよ。

 もうそろそろだ、画面の方を見給え」


 草野に言われるがまま宮森が画面を見ると、画面内の彼女の足元に液体が満ちて行く。


「神殿に海水が満ちるまでもう暫く御待ち下さいぃ」


 蔵主のわざとらしい申し出の後、草野から研究員に指示が送られた。


あや様を拡大しろ」


 研究員が機器を操作すると、画面内の人物の姿が拡大される。

 その人物は矢張り、生贄儀式の娘であった。


 宮森は驚き、そして草野の発言に気付く。


⦅綾様だと?

 あの娘は綾と云うのか……⦆


 草野が続ける。


「あのお方は綾様と申されましてな。

 ここにおられる瑠璃家宮殿下の許嫁いいなずけと考えて貰って構わんですよ。

 そして我々の……」


「これぇ。

 草野少佐、口が過ぎますぞ」


 多野が草野の発言をさえぎった事で、宮森の心には疑念が湧く。


⦅我々の、一体何だと云うんだ?⦆


「はは。

 これは失敬、俺とした事がついうっかりして。

 では本題に参ろう。

 綾様は今日のものを含めた一連の儀式で、めでたく御懐妊と相成る」


 草野が、衝撃の特種スクープをさらりと言い放った。





                異魚 ――綾―― その一 了

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