A*A続編として書いて没にしたもの

「これで五件目だ」


 日本の鹿じまわんに作られた人工島。拡張都市ミソラの十二区画の路地裏にて。市警の本田警部はしぶい顔をしていた。ごみばこかげかくれるようにたおれていた死体に向かって手を合わせ、改めて周囲を見る。

 路地裏をふさぐように張られた黄色のテープの前に人々が集まっている。しかしかれらの格好は様々だ。いや、街の姿さえ現代日本としょうするべきではない。中世をモデルにした石造りの街並みに服装。RPGゲームの世界とも言うべき姿だが、戦士の格好の青年がカメラ機能付きのけいたい電話を片手に持っていて、彼は溜息をついた。

 彼もコートの内ポケットに入れていた携帯電話で時刻などをかくにんする。2030年の五月一日午後九時四十七分。四月から確認されている事件との関連性がいため、ろうにじみ続ける。そんな彼の目前に画面が表示される。空中にかぶ映像に慣れているため、おどろくことはない。


「小河原警視……わざわざAR通信ですか?」

『そうだ。携帯電話では音がいっぱんじんれる可能性があるからな』


 拡張Augmented現実Reality、略してARによる技術は大いに発展した。それを生活に根付かせる目的で作られたのが拡張都市である。街並みをわざと中世を想定しているのも、服屋にゲーム世界のようなデザインが売られているのも、このARをませるためだ。

 ピアス、ネックレス、うでけい、果てには携帯電話。常に身に着ける物からの無線通信を受け取ってコンタクトレンズに映像を投射し、骨伝導による通信を可能とした。近未来とまで言われた技術が目前にあるのだが、それが上司からのくぎしに使われてはへきえきするというものだ。

 宙に浮かぶ警視からの映像や声も通信相手である本田警部にしか伝わっていない。警察のれんらくもうであるため簡単に不正介入ハッキングすることはできないが、それでも不用心だと思わずにはいられない。だが急を要するなら仕方ないとなっとくする。


『君からの報告にあったアプリケーションの予告は実行されたのだな?』

「予告じゃないです。これは【ミライフォト】ですって」


 携帯電話に向かって声を出しつつ、彼は画面を操作してやわらかい四角のアイコンを指でれる。それだけで画面がわり、わいい画面と共に拡張都市の地図が表示される。地図の要所には目印となるピンがさっており、そこを指で触れると一枚の写真が出てくる。

 彼は今死体が横たわっている裏路地に正確にさったピンをタッチする。そして出てくるのは今と全く同じじょうきょうを一部写した静止画が表示される。塵箱のかげから流れ出た大量の血。画面のはしには05/01.21:43と表示されていた。

 このアプリケーションで地図上に今回の事件が起きた場所にピンが立ったのは一週間前。その時点でまるで未来の出来事を直接ったのではないかと思われる写真がアップロードされていた。警察では予告状という点からそうしているが、本田警部はちがうとも考えていた。


 現場は一時間前から立ち入り禁止にしており、警官たちで周囲を見張らせていた。黄色のテープも張ってしんにゅうを防いでいた。さらに五分ごとに路地内部を確認して異変がないかも確認済み。うまとして集まった若者達が携帯電話片手に未来視アプリについてさわいでいたが、あやしい者はいなかった。

 九時四十分に路地裏を確認してもねこぴきすら見当たらない状況だったにもかかわらず、上空から落ちてきただれかがねらいすましたように塵箱の影に。地上をけいかいしていた警察としては空など意識の外であり、助ける術もなかった。

 いまいましいと本田警部が路地裏のかべなぐったのが九時四十五分のことだ。壁にえがかれた悪戯いたずら書きのとらにさえ笑われているようで、腹のおくたぎる。救急車のサイレンが近づいてくる。中世の街並みには似合わないふんだが、それも都市計画を立てたぎょうに文句を言うしかないだろう。


 落ちてきた者は体がつぶれて男女の区別さえも難しい状態だ。誰が見てもそくだったが、死亡しんだんしょと身元判明のため、一度病院に運ばなくてはいけない。車から出てきた救急隊員はひどい有様の死体を正視できずに口元をさえた。現場写真を撮り終えた警官が道をゆずる。

 遠ざかっていく救急車をながめながら、本田警部は携帯電話に向かって話しかける。骨伝道で音は体内部にひびくが、話す時は声を出すしかない。それでもなるべく小声で、散らしても集まってくる若者達に聞こえないようにひそやかに伝える。


「このアプリ製作者をめない限り……真実はわかりません」

『第一容疑者だからな。かいはんの可能性もある。現在調査を進めているが、一番は現場をつかむことだ。ていねいに予告までする大馬鹿者を、いつまでも放置しておくな』


 現場も見ずに好き勝手なことを。そう思いながらも本田警部に返す言葉はない。こぶしにぎりしめて通信映像がれたのを見届ける。たとえ目の前に女の子が手の平をっていても、その視線は少女の向こう側にあるまみれの壁だ。

 頭にゴーグルをつけた少女は少しだけ困った顔をする。立ち入り禁止のテープなど気にかけず、誰の目にも映らないまま、上空を見上げる、現実では建物のはるか上に星空。公共AR空間チャンネルでは蒸気機関構造の飛行船が飛んでいる。

 公共AR空間の飛行船はうり型の白いぶくろに船をつるしているような構造で、瓦斯袋の表面にはすでに路地裏で起きた事件がニュース映像として映し出されていた。少女は明らかにんだ様子で路地裏から去る。立ち入り禁止のテープもすりけて、若者の壁さえも障害とせずに。


〈困ったなぁ。万結のいるAR空間に気付いてくれれば事件の真相を話せるのに〉


 独り言をつぶやきながら少女は十一区画に向かって歩いていく。

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ごちゃまぜ! 文丸くじら @kujiramaru000

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