バベルの図書館のSFコーナーで
いとうはるか
それって虐殺器官のパクリですよね?
「クソがッ!!!また星新一だ!!!」
自分しかいないのをいいことに、図書館の検索機の前で絶叫した。
西暦20020年。SF小説は10000年と8000年の長きにわたって、時代ごとに一定数存在したSF作家とSFファンたちに支えられて生き延びてきた。そして今までに書かれたSFの総数は、日本語のものだけでもとっくに10^50作品を超えていた。
そして、およそ200年前。ついにSF作家は絶滅した。
理由は簡単―――アイデアが出尽くしたのだ。
20020年の世界に生まれた運命を呪いながら、椅子に座りこむ。今日もいつものようにSFのアイデアを思いついて、いつものように他作品のパクリにならないよう図書館で検索したのだ。今どきの図書館の検索機なら、現代に残っている全ての作品群を網羅できる。今回は「深い穴 廃棄物 SF」で検索した。
そしていつものように、自分が書こうと思ったものが既に書かれているのを発見したのである。ちなみに今回は「おーい でてこーい」という短編とネタが被った。
「星新一め……なぜこんないいアイデアを短編で使ってしまうんだ……」
偉大な先達に恨み言を吐く。星新一は実によく出てくるのだ。次によく出てくるのは藤子・F・不二雄。三日三晩寝ずに考えたアイデアが、伊藤計劃という作家によって既に使われているのを発見したときは、図書館のトイレで静かに泣いた。
「いや、確かに面白いんだけどさ……」
そう、面白いのだ。本当にネタが被っているか確認のために、検索で出てきた作品は一応全部読むのだが―――同じネタを思い付くくらい気の合う作家の作品だからだろうか。どれも、素晴らしく面白かった。
今まで読んだ数々のSFを反芻しつつ、誰もいない図書館をぼんやりとうろうろする。周囲には誰もいなかった。遠い昔には司書なる仕事があったそうだが、いまとなっては何もかも自動管理だ。まあ、そのおかげで図書館で発狂しても誰の迷惑にもならずに済むのだが。
とりとめのない思考―――そして、突如として脳に電流が走る。
この状況そのものをSFにすれば、誰とも被らないのではないか。
アイデアが枯渇しきった時代など、その時代以前の誰も夢想できないのではないだろうか。つまり自分の、いまのこの状況をSFとして物語の形にまとめれば―――
自分の発想に興奮した。急いで検索機に駆け寄る。「アイデア 枯渇 SF」と入力。すでに体にしみ込んだ動作で検索のボタンを叩いて―――
そして結果が表示された。
<検索結果:1件 著:いとうはるか 題:バベルの図書館のSFコーナーで>
「……帰るかぁ……」
バベルの図書館のSFコーナーで いとうはるか @TKTKMTMT
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