第一話
西暦二〇八五年 六月 十三日 午後六時 三〇分
東京都新海区二〇番地
海上に浮かぶ六角の土台に立ち並ぶビル。
なかでもひときわ高く目立つ「天狼タワー」と呼ばれるビルにて。
とある演説が始まろうとしていた。
「配信を見ている有権者の皆様、こんばんは」
カメラに向け、スーツを着た初老の男がにこやかな笑顔で手を振る。
「そして、会場にいらっしゃる皆さん、こんばんは。本日は【リアル演説会】にお集まり頂きありがとうございます。私は護人党の安間壮壱です」
同時にステージに立つ安間荘壱と名乗る男に、スポットライトが集まる。
天井の豪勢なシャンデリアのホログラムが消え、ステージ背後の一面ガラスの壁から輝くビル群の夜景が見えるようになった。
厳かな衣装に身を包み、ドリンクを片手に談笑していた人々の目がステージへくぎ付けとなる。周囲には数台のドローンが飛んでおり、搭載されたカメラが安間へフォーカスしていた。
「前時代の政治家はここで世間話をして炎上していたらしいですが、私はそんな冗長なことはしません。質疑応答は後半に予定しておりますので、早速本題へと入りましょう」
壮大なBGMともに、映像がステージに立つ男の後ろで流れ始める。
「さて、我々人類が、機械生命体、所謂『マシナリー』と共存し始め十年。共に文化を育み、少しずつ戦後の混乱から復興してきた、今の社会はそう言えるでしょう。しかし、それとは別に、常に我々には戦後の亡霊が張り付いてきている。
――それは何か?
そう、マシナリーの難民流入です。
彼らは人と違い、金属、そして電気を多く消費します。
我が国は海底熱水鉱床の開発により、鉱物資源、エネルギー資源、ともに自給率一〇〇%を達成してはおりますが、これ以上さらに供給する余剰はもはや残っておりません。
しかし、マシナリーの難民の数は年々増え続けていく一方。
これでは戦後復興に回される物資ですらも、彼らに食われてしまう。
さらに彼らによるテロや犯罪も増加傾向にある。
常に牙を研ぎ、目を光らせ、待っているのです。彼らは。
我々の喉元を掻っ切る時を。
いいですか皆さん。我々の国は差し詰め災禍の中に浮かぶノアの箱舟なのです。
当然乗船できる人数は限られ、許容量を超えて受け入れた先に待っているのは沈没です。
それだけは何としても回避せねばならない。
故に、この私、安間荘壱は『マシナリーの難民受け入れ停止』を政策として掲げているのです。
この国を十年前の地獄に戻さないために。
皆さんでこの政策を推し進め――」
大仰に手を広げ、語りかけようとした直後。
――暗転。
数瞬、演出を勘違いした聴衆は静かだった。
それを見計らったように、五つあるホール出入口から複数の人型の何者かが入ってくる。
――発砲。
聴衆だった人々は悲鳴を上げ、低く伏せる。
「な、何者だね君たちは――」
かろうじて威厳を振りまくように、語気を強めて話そうとした彼だったが、その蛮勇はいつの間にか背後に立っていた人型が彼の後頭部に回転式拳銃【マテバ】が突き付けることで中断させられた。
「安間代議士。その政策はいただけねぇなぁ」
人の声帯から発せられたと疑う余地もない自然な声。
しかし、安間は大体の予想がついていた。
「貴様、マシナリーか」
「その通り。じゃ、手ェ挙げてもらおうか?」
安間はしぶしぶ手を上げ、周りの様子を見る。
すでに、ホール内の人々も他のマシナリーによってさまざまな自動小銃を突き付けられ、ホール中心に集められ始めていた。
安間を人質に取ったマシナリーは近場に浮いていたドローンに向けて口を開く。
「おい、見てんだろ。護人党総裁さんよお。俺ら『小鳥の止まり木』は、ここにいる安間代議士を含め、ホール内の人々を人質にした。そのうえで要求だ。今、護人党の掲げる政策、マシナリー難民受け入れ停止政策。これを撤回しろ。マシナリー難民の受け入れ継続は継続してもらう。これを総裁直々に生放送で宣言してもらおうか。でなきゃどうなるか、わかってるだろ?」
直後、ドローンは撃ち抜かれ墜落。映像は途切れた。
――十分後
代議士とそのホールにいたものを人質に取ったテロ、幸か不幸か中継していたことで早々に事件発覚。現場ビルの周辺を警察が包囲。
ビル内部に居た人質に取られていない民間人と一般の犯罪とは関係のないマシナリーを避難させているところだった。
そんな中、一人の若い警官が愚痴をこぼす。
「避難させたからってどうにかなんのかよ? 相手は機械だぞ。根本的に射撃の精度が違う。なのに、人質まで取られているうえにしっかり武装もしてるだって?」
「何愚痴ってんだ。お前は愚直に避難誘導やってりゃいいんだよ」
たまたまその愚痴を聞いていたらしい中年の警官が若い警官に呆れたように言う。
「じゃ、どうやって解決するんすかぁ?」
「あーそうか、お前この規模のマシナリー事件は初めてか」
中年警官が何かに気が付いたような顔になる。
「そうっすけど……。それがなんか関係あるんすか?」
「じゃなーんも心配しなくていい。お前の今日の仕事はこれだけだよ。あとはぜ~んぶ【キタイ】の奴らがやってくれるさ」
「は? 【キタイ】? 何ですかそれ」
「【機生犯罪対策第一課】。マシナリー犯罪専門の特殊部隊だよ。俺たち現場では略して【機対】ってよんで――ほら来た。噂をすればなんとやらってヤツだな」
中年警官が指さすその先には一機のヘリが飛んできていた。
●
一人の少女が、本を読んでいる。
とある事件の起きているビル屋上の縁に座りながら。
海風が白髪の髪をなびかせ、端正な少女の顔の輪郭を露わにする。
ガムを噛み、何かを待っているようだった。
『結城ちゃーん。シャルロット、位置についたのですよぉ』
直接、脳内へ声が響くような感覚。彼女は遠隔の通信に、外部の電子機器を必要としない。
少女は本を閉じ、しまう。
眼下のビル群を見下ろす澄んだ青い瞳は、煌びやかな夜景の光を映している。
まるで日暮れ直後のにだけ垣間見えるダークブルーの星空のようだった。
「うん、時間ちょうどだね。こちらもちょうど本を読み終えたところさ」
少女は立ち上がると、近くにあったソーラーパネルを支える支柱に自身の体についているロープのフックをひっかけ、強度を確かめる。
「よし、問題ない」
『せんぱぁい、その体で命綱なんているんですかぁ?』
快活だが、どこまでもあざとい声が届く。
「さすがにほとんどが機械の体とは言え、脳筋ゴリラになったつもりはないよ」
苦笑いしながら上空に飛ぶヘリを見やり、少女は答える。
目を閉じ、表情がにやりとした笑顔に切り替わり――呼び出す。
「さて、点呼を取ろうか」
「実音?」
『いけるぜ』
快活でボーイッシュさを想起させる声が返ってくる。
「透榎?」
『いつでも問題ありません』
冷静ではあるものの少しお堅そう、そんな返答。
「彩榎?」
『準備オッケー☆』
あざとさナンバーワン、しかしなぜか不快ではない。
「じゃ改めて、シャル?」
『早く撃ちたくてうずうずしてるのですよぉ』
気の抜けてしまいそうなふわふわとした声だが、そこには明らかに別種の明確な意思が備わっているのが感じられる。
少女は全ての返答を聞き終えると、噛んでいたガムを膨らませ、
――パン。
小さな音を立て、確かに破裂させた。
「じゃ、いくよ。“さぁ、動け!(Let's move)”」
刹那、少女はその身を宙へ落した。
●
「もう、十五分だぞ」
安間壮壱にマテバを突き付けているマシナリーは苛立っていた。
十五分たっても護人党からの反応がない。協議の時間や、当然もろもろの準備がいる。焦るには早すぎる時間。
「くそ、どうなってんだ」
何か、当てが外れたような。そんな発言。
「無視してるとどうなるか教えてやろうじゃねぇか」
『ほう、どうなるんだい?』
怒りのままに次の行動を起こそうとした時、背後の一面ガラスの壁から声が聞こえ、マシナリー達はとっさに振り返る。
しかし、狙撃をさせないためにガラスを不透過仕様に変更したため、何も見えない。
同時、ガラスが一瞬で砕け散り、影が飛び出す。
――発砲。
代議士を抑えていたマシナリーは、初弾でマテバをその手から弾かれる。
そして無音の弾丸が続いて着弾。
寸前で理解する。相手が二丁を持っていることに。
しかしすでに遅く、次の瞬間に視界が暗転した。
ガラス破片が光を乱反射させ、きらきらと白髪の少女――牧本結城の登場を彩る。
他のマシナリー達は一瞬動揺するも、少女めがけて発砲しようと照準を合わせる。
「彩榎」
結城のコールに応答し合図が始まる。
『待ってたよ~! 行っくよお姉ちゃん!』
『えぇ、さぁお仕事の時間ですよ。私の子どもたち!』
立て篭もり後、マシナリーの手によってロックされていたホールのドアロックが突如開錠され、まるでアルファベットのTに手足が生えたような見た目の二足歩行自立兵器「メイトン」が突撃してくる。
「≪オトナシク、テヲアゲロ、テヲアゲロ≫」
メイトンたちが駆け出し、個々でマシナリーと制圧していく。
正面の装甲が厚いのか多少の銃撃にもものともせず突っ込んで取り押さえていった。
そんな中、鉄の巨人ともいうべきパワードスーツで現れた少女、栗花落透榎は集められていた元聴衆、現人質の演説の観客を保護していた。
「皆さん、もう大丈夫です。落ち着いて、私の誘導に従ってください」
人質となっていた人々は、一瞬鉄巨人を駆る少女に度肝を抜かれて固まるも、徐々に立ち上がり、誘導にしたがう。
代議士に組み付いていたマシナリーをかたづけた結城は、代議士に歩み寄っていた。
「安間代議士、大丈夫? 怪我してないかい?」
まだ成人もしていない少女の言葉遣いにムッとした顔をする安間。
「君、助けてくれたことには礼を言うが、なんだその口の利き方は――」
「はは、悪態が返せるなら大丈夫だね、それじゃ」
遮るように口を開きにこやかに笑うと、結城はUターンしその場を去ろうとした。
「あ、いや、ちょっ、ちょっと待ちたまえ!」
それを安間はとっさに止める
「なんだい? ボクぅこれでも忙しいんだけど?」
「違う! 私の政策プランナーがまだステージ裏の楽屋にいる! 彼も助けてやってくれきっと襲われているは――」
結城は再び口を遮るように話す。
「あぁ、そっちなら心配ない。もう僕の仲間が助けに行ってるさ」
「な、仲間?」
「あぁ、最高にデンジャーな仲間がね」
ニヤリ、と笑う結城の告げる内容に、不安と安心のどちらを取って良いのかわらなくなる安間だった。
●
黄色の髪に、黒のメッシュの女性――芹沢実音が狭い通路を疾駆する。
二機のマシナリー達は迎撃しようと発砲。
しかし、命を刈り取るその凶弾は、対象に届かない。
実音は壁に向かって跳躍、さらに右足で壁を蹴り、一回転、眼前マシナリーの頭に向けて左足を振り抜く。
遠心力の乗った体のままさらに姿勢を低くし一回転、左手でナイフをもう一機のマリナリーへ向けて投げた。
蹴られたマシナリーは衝撃にたまらず吹っ飛び、もう一機のマシナリーは的確に胸部バッテリー接続部を貫かれ行動停止した。
実音は吹っ飛んだマシナリーが起き上がろうとするところにまたがり、腰から引き抜いたもう一本のナイフで確実にバッテリーを貫く。
ナイフを引き抜くと、刺さった周囲の金属がナイフの発する高周波振動の影響で赤熱していた。
実音はもう一機からも引き抜き、通路隣のドアを少し開け顔を少し近づける。
しかし、数瞬でドアを蹴り開け、まるで最初から位置を理解していたかのように中に居た一体のマシナリーにとびかかる。彼女が、使っているのは音だった。彼女は、目で見ない。すべてを音で把握する。
しかし、マシナリーも何とかナイフに触れず、振り下ろされた実音の右手首をつかんで止める。
「ひいいい」
中に居た一人の男性が怯えた声を出す。
実音はそれには構わず左手で次を振り下ろすも、バックステップで回避される。
そのマシナリーは不利と悟ったのか、室内の窓ガラスを割り、飛び降りた。
「安間代議士の政策プランナーさん、であってるかい?」
実音は振り返り、音声で男性の身元を確認した。
「え、えぇ、そうです。助けてくださってありがとうございます」
「いえいえ、怪我もなさそう……だな。それなら何よりだ。オレが案内するからついてきてくれ」
「はいぃ」
これでは手が空くことはない、と判断した実音は別の所で待機する仲間に逃亡者の追撃を依頼する。
「シャルロット! 見えてるだろ? あと頼むわ」
『はぁい。まかされましたぁ~』
実音の依頼にシャルロットは返答する。
●
シャルロット、そう呼ばれる彼女がいたのは、事件発生ビル周辺のがよく見えるさらに高いビルの屋上。
ニット帽から洩れた瑠璃色の髪が揺らめいている。
スナイパーライフルというニアあまりに巨大な銃身、極太なバレル。NTW-20、口径にして二十×百十ミリメートルという本来であれば設置型機銃の放つ超大口径を持つアンチマテリアルライフルを立ったまま構えていた。
右足は変形しアンカーと三脚のようなアームが飛び出し、ビル屋上のコンクリートを抉るように刺さっており、トリガーに伸びている右腕も変形し、ストックと二の腕の間にショックアブソーバーが出現していた。
「見えてますよぉ~」
シャルロットの構えるNTW-20のスコープに映るは、先に実音がとり逃したマシナリー。警官たちの包囲網を強行突破し、今まさに尋常ならざるスピードで道路を駆け抜けていた。
「だめですねぇ。乱暴働いちゃ。うちが許してあげないからね」
舌で一瞬上唇をなめ、呼吸を止める。
――直後、大気を震わせるような爆音とともに巨大な弾丸が音速の壁を越えて飛翔していった。
その弾丸は、スクリューを巻いて対象胸部に直撃、衝撃に耐えきれなかったマシナリーは爆発四散した。
「よぉっし! かたづけちゃいましたよ~」
命中を確認したシャルロットはウキウキでガッツポーズする。
「うちの頼れ~る電子背担当の彩榎ちゃーん? もうお仕事は終わりでいいかしらぁ?」
『はいはーい! 今現在確認ちゅ~! もうちょっと待ってねん!』
あざといその声の主を見るように、シャルロットは上空のヘリに目を向けた。
●
「へへ、アタシの監視網からはミトコンドリア一匹だって逃がさないよ~ん」
紅い髪の少女――栗花落彩榎が中に浮かぶ三つのキーボードを器用に使い分け、正面モニターに映る情報を爆速で処理していく。今回の作戦、無線のセキュリティにホールのドアセキュリティ、さらには監視カメラに戦術オペレート、その全てを担っていたのが彩榎だった。
「今お姉ちゃんが取り押さえてるのに、せんぱいが倒したやつ、それに実音ちゃんが倒した二機に、シャルちゃんが撃ち抜いた一機で~おっけい! 足りてる足りてる! それで全部だよ! おつかれさーま!」
彩榎は自分の作った端末に向かって声をかける。とはいってもそれは脳内にあり、四人の各メンバーにつながっているものだった。
『よし、作戦終了!』
その端末から結城の返答がかえってくる。
合図を聞いたそれぞれから安堵と喜びの声かかえってくる。
「もしかしなくても、今日もアタシのサポートは完璧だね!」
彩榎は誰が見ているわけでもなく、両手でピースした。
そう、彼女らこそが、【機生犯罪対策第一課】。
機械生命体犯罪のために作られた対機械生命体犯罪のプロフェッショナル部隊。
――全身を義体に変えた少女 牧本結城
――目を使わず敵を屠るアサシン 芹沢実音
――隻身の狙撃手 シャルロット・ルフェーブル
――鉄の兵団と鉄巨人を駆る女王 栗花落透榎
――電子戦の申し子 栗花落彩榎
彼女らは出自も、国籍も、年齢も違う。一人は、人間かすら怪しい。
彼女らが行動を共にし始めたのは、つい一年前である。
これは、そんな彼女らが問う、心の存在証明の足跡である。
機生犯罪対策第一課 芽野エルナ @yowamusi
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