前日譚 Scene2_シャルロット・ルフェーブル編 Page3
「…文明浄化機?」
シャルロットには聞きなれない単語。
彼女は思わず反射的に聞き返す。
先の悠斗の話を聞き、シャルロット達は即座に酒場に向かっていた。
たどり着くとすでに反抗軍の皆が集められた後で、湊とニーコの二人が全員の視線を集めている。
「あぁ、北米大陸をものの三ヶ月で更地に変えた悪魔のことだ。文字通り、奴らの通ったあとには建物一つ残らず、文明の形跡は消え失せる。言い表すなら大挙して押し寄せる鋼鉄のバッタの群れだ。それが、ピレネー山脈を超えてこちらに向かってきている」
ピレネー山脈から向こう、そこにはスペインとポルトガルという国が"あった"。しかし、今は機械生命体のユーラシア侵攻の拠点――否、戦争経済を成り立たせる拠点となっている。現在では誰も内情を知ることはできない。
「どうにか、出来ないの?」
「無理だ。文明浄化機の出現は機械生命体が“ユーラシア侵攻”に本腰を入れたことを意味する」
「でも――」
「俺は、あれを実際に見たことがある」
シャルロットの言葉を容赦なく遮り、湊は語る。それはまるで同時に“望み”も切り捨てさせるようだった。
「見渡す限りの地平線が、鉛色とあいつらの赤いレーザーで埋まるんだ。あんなもん、ここにいる何十人かでどうにかできる代物じゃねぇよ」
一斉に全員の顔が青ざめる。
「そもそも本国が直接出張ってきた時点で、ここにいる俺らではどうにかできる事態じゃねぇって事だ。文明浄化機なんて、ここ数年間一度も現れてない。ただしこいつらが出てきたときの対応マニュアルは明確に定められている。その方法は――」
湊の表情は、事の深刻さを物語っている。何かを、言い淀んだ。
数時間しかまだ顔を合わせていないシャルロットにも、それぐらいはわかった。
「大陸間弾道ミサイルによる絨毯爆撃だ」
「なッ」
一斉に、動揺が伝播する。
「ふざけんじゃねぇ!! 俺らが必死に守った祖国を今から焦土にする、そう言いてえのか!!!」
湊たちを値踏みした屈強な男が真っ先に怒号を上げた。
「あぁ、その通りだ」
「テメェ!!!」
「――だが俺の国が爆撃しなくとも、どちらにせよここは焦土になる」
「ッ!!」
男は掴みかかろうとして、立ち止まる。
「いいか、今は感情で思考停止するのをやめろ。こんなの、言わなくてもわかってるだろ」
男を見る湊の瞳は、ここにいる誰よりも冷酷に映った。しかし、どこか悲しそうで心底悔しそうにシャルロットには見えた。
「とにかく、今は一分一秒が惜しい。奴らがここにたどり着くまであと六時間もない。本国は文明浄化機の都市部に集まる習性を逆手に取ってここパリに集まるであろうタイミングで爆撃が飛ばしてくる。これはもう決定事項だ。つまり、どちらにしてもここに居れば六時間後に死が向こうからやってくることになる」
ピレネー山脈からここパリまでは約九百km、六時間ということは、文明浄化機は少なくとも平均時速百五十キロでこちらに向かいながら地面を平らにしていることになる。信じられない速度だ。
鋼鉄の大群がそんな速度で押し寄せてくれば、ひとたまりもない事ぐらい、その場にいる全員が容易に想像できた。
「六時間…」
誰かが呟いた。皆がその言葉を咀嚼しなんとか受け入れようとしている。
六時間という数字は、普通であれば長く感じるかもしれないが、数百人いる難民を連れて何百キロと離れなければならない現状ではむしろあまりに短い。
「じゃあどうするんだ? 六時間あっても今から徒歩で移動してもパリ郊外に出るのがやっとだ。そのうえ、道中襲ってくる機械生命体の兵器から数百人を守りながら逃げるなんて、とてもじゃないが不可能だ」
諭され多少は落ち着いたのだろう、男は冷静に懸念材料を並べた。
「それには僕が答えよう」
隣にいたニーコが唐突に口を開く。
「まず、東駅向かう」
「なに?」
「パリ東駅、あそこなら蒸気機関車がまだ残されている。それに乗ってにげるのさ」
「本気で言ってんのか? そんな骨董品が動くと本気で思ってんのか?」
「道中はメトロの地下線路が使えるから襲撃の可能性もほとんどない。もし動けば、パリ郊外まで全員で誰一人脱落することなく駆け抜けることが出来る。これ以上に良い案はあるのかい?」
言い返せなくなる。今この状況で数百人を、同時かつ安全に移動させる方法は、この案以外無い。
「というか、つまるところそれしかないんだ。動かし方は僕が知っている。故障してなきゃ、必ず動かすと約束しよう。いいや、壊れていても無理やり動かして見せる。こういう時に頭脳だけでトップをやってきた僕が役に立たなかったら意味ないからね」
へへ、とガキのように笑うニーコ。しかして反抗軍のメンバーはこの笑顔は信用できることを経験から理解していた。ただし――
「ただ、問題が二つほどある」
「な、なんだ?」
その時には一緒に無理難題が付いてくる。
「まず一つ目、どう頑張っても、蒸気機関の始動には五時間半ほどかかる。できるだけ急ぐがそれでも、出発はギリギリになる可能性が高い。まぁ正直これは僕の頑張り次第だ。何とかするさ。それより問題は二つ目だ」
――いやそれもなかなかの問題だが。
と全員が突っ込みたくなったのは置いておいて。
「始動の間、蒸気機関車は動けない。無防備だ。攻撃をよけることすら叶わない。当然、蒸気機関車に弾丸を防ぐ装甲なんてついてない。攻撃が加わろうものなら、僕らの生命線はそこで立たれるだろう。つまり、その間完璧に守る必要があるって事さ」
動かない的を完璧に死守する。やはり無茶だ、と全員が諦観する。今までとは違う、相手は手を抜いていない本気になった機械生命体軍だ。感づけばすぐに全力で阻止しようとするだろう。
「あぁ、これも安心してほしい。解決策は用意してある」
そう言うとニーコは床に地図を広げ、全員に集まるよう促す。
彼が提示した作戦は、こうだ。
まず、難民と最低限の護衛で構成された地下の線路通りパリ東駅に向かうA班と、反抗軍メンバーで構成された地上を行くグループのB班に分かれる。
A班は即座に出発、東駅につき次第大半はメトロに隠れ僕と最低限の護衛だけで機関車の始動作業に取り掛かる。
対するB班はこの駅に残り、派手に戦闘を開始、機械生命体軍の注目を集める、所謂囮部隊。
そのまま徒歩で徐々に東駅まで時間稼ぎをしながら撤退。機関車が始動した時点でA班に合流し、全員が機関車に乗り込み次第逃げるというもの。
「確かに、これらなら行けるかもしれない…けど」
シャルロットが、皆の感情を代弁する。そこにあるのは一縷の望みとさらに大きなリスクだ。
「あぁ、囮を担うB班にはかなりのリスクを負ってもらうことになる。最悪、全滅もあり得る」
沈黙が、張り付く。ここまで5年間戦い続けてきた歴戦の兵士たち、その実力を加味しても“全滅”という文字が出てくる圧倒的戦力差。周囲一帯の機械生命体軍を全て引き付けておくということはそう言うことだった。
「だから、今回僕は志願者のみをこのB班に入れようと思う。志願しない者は、A班の護衛に当てる」
珍しく、ニーコにしては連ねる言葉が少し弱かった。いつもなら多少強制ぐらいして見せたが今回は、
――死んで来い。
この命令はそう言うに等しい。そんなものを命令で強制できるわけがなかった。
地図を見下ろしたまま、ニーコは顔を上げない。
「……なんか、オレなっさけねぇな!」
先まで問題点ばかり上げていた屈強そうな男が、わざとらしく声を上げた。
「わけぇガキにここまでの覚悟させといて、オレはビビって問い詰めてばっかじゃねぇかよ」
全員の視線が集まり、男はふんぞり返りサムズアップして言う。
「B班、俺がやってやる!」
覚悟の火が、灯る。
「おいおいビリー水くせぇこと言ってんじゃねぇぞ。俺もやらせろ」
「俺だってやってやる!」
「あたいもやるよ!」
結局その場にいた反抗軍メンバーのほとんどが志願することとなった。
志願しなかった者も、涙ながらに謝罪したが、それを咎めるものは誰もいなかった。
なぜなら彼らはそれぞれ生きたい、そう願う者理由を持つ者たちだったから。
これに志願したメンバーは、己の生を投げ捨てでも何かを守りたいと思えた、それだけなのだ。
生を捨てる選択を他人に強制する権利など、何人たりとも持ち合わせはしない。
シャルロットも、迷うことなくB班を選んだ。
「申し訳ない、皆」
ニーコは頭を下げる。
「ちげぇだろ。そこは“ありがとう”って言うんだぜ。大将は守ってもらうのも仕事さ」
「そうか。一つ学んだよ」
「俺らも、B班のほう混ぜさせてもらうぜ」
湊はまるで遊びに混ぜろという小学生のようなノリで言い放つ。
シャルロットの隣の悠斗のところまでいつの間にか来て、肩を組んでいた。
「いや、しかしあなた達は」
「俺達にも原因の一端はある。俺たちが救出活動で救い出した難民は多い。今回の襲撃は、それが原因で起きたのかもしれないんだ。だから、手伝わせてくれ」
ニーコの制止があったものの、彼の表情は真剣そのもの――と思いきやすぐに得意げな表情になり、
「それに俺ら、結構強いんだぜ?」
「えぇ、隊長に散々しごかれましたから」
などと言い放つ。
「わかった。お願いしよう」
「おう。任せとけ」
これで、全てが整った。あとは、遂行あるのみ。
「では、皆、行動開始だ」
「「「了解!!」」」
●
「シャル、君までB班になる必要はなかった」
皆が解散し各々の準備を始めた後、ニーコがシャルロットに話かけてきた。
「はぁ?」
「君は、十分戦った。肉親も失い、なお戦い続けてくれた君はもう、安全な所にいるべきだ」
その様子を見たシャルロットはおどけた表情になる。
「え、なに? 熱でもあんの? 怖」
「茶化さないでくれ、僕は――」
少し向きになって何かを言おうとしたニーコだったが、次の瞬間にはみぞおちに肘鉄が入っていた。
ニーコは思いっきりうずくまり咳き込む。
「げっほげほ……いきなり、なんだ……」
「あのさ、何言ってんの? 今更降りる? ありえないっしょ。私はね、私の意志でここにいんの。それにね、B班になったやつら、私も含めてだけど、死ぬつもりなんてハナっからないから」
「でも」
「でもじゃない」
彼女の瞳を、ニーコはうずくまりながら、覗き見た。
その瞳には、ニーコにとって懐かしい色が、灯っていた。
「私ね、まだよくわからないけど、ゴッチャゴチャだし、何一つとして整理がついてない。けど、だからこそこのままで死んでやらない。ふざけんな」
吐き捨てるように言い放たれた覚悟。
「……プッ」
それを聞いたニーコは思わず噴き出していた。
「は? もっぱつくらいたい!?」
「……フフ、アハ……くっくっ……ごめっ」
キッとなって睨んだシャルロットだったが、あまりにツボに入っているニーコをみてジト目になる。
「――あのさぁ……そんな可笑しいの?」
「いや、その、」
笑いをこらえていた顔を上げ、シャルロットを見上げたニーコ。
「そういう、横暴な君、久しぶりに見たなと思ってね」
一瞬返答の内容に拍子抜けしたシャルロットだったが、ふふん、とドヤ顔をする。
「わかった。今の君ならB班を任せられるよ」
「わかればよろしい。じゃ、私急いでるから」
「あぁ」
「「また後で」」
●
唐突にデカい花火が戦場で上がった。
白く輝き、夜空の星々を刹那に塗りつぶす。
既に拠点情報が全体通知されているのか、ゾンビ映画のように群がる機械生命体軍の兵器が大挙して押し寄せていた。
地上のバリケードを突き破って、ジープが飛び出す。
操縦席には悠斗、ほかにも軍服姿の大人数人が乗り込み、閃光瞬く銃声(ファンファーレ)を響かせる。
同時、“影“がジープから放り投げられるように飛び出した。
影は、宙を舞う。無数の軌跡が放たれ、周囲の歩兵型オートマタを一瞬で鉄塊(てっかい)へと還らせ、地に堕ちる。
その影の両手には二丁の“FN-57”。
「こりゃあド派手な歓迎じゃねぇか!!!」
牧本湊は、目の前の大軍を瞳に収めてなお、笑っていた、否、嗤っていた。
機械生命体にあっけにとられるという単語はない。即座に、湊の“いた場所”はハチの巣になる。
まさしく疾駆と名付けるにふさわしい機動。
一発でもかすりでもすれば命を奪う凶弾の雨の中を、ワルツでも踊るかのように駆け抜けていく。
追って、反抗軍のメンバーが雄叫び突き破られたバリケードから飛び出してくる。
「欠片も出し惜しみなんかすんじゃねぇぞ!!!!」
「「了解ッ!」」
彼らの火力は圧倒的だった。それは鉄のカーテンと言うにふさわしい。点ではなく面が迫ってくるような弾丸の雨。
それもそのはずだ。
これは己らの生存をかけた総力戦なのだから。
バリケード正面にいた機械生命体軍が、“まさしく”なぎ倒されていく。
しかして、当然。機械生命体軍の戦力は地上戦力だけではない。
大型武装ドローンが空の覇者を誰かわからせるかの如く轟音をまき散らし迫ってきていた。
直後、金属音。
小石を鉄板に投げつけるような小さな音が鳴ったと脳が知覚すると同時、爆発音と同時にプロペラが、もげる。
姿勢を崩し明後日の方向へ回転しながら墜落していった。
射角、発射音、マズルフラッシュの閃光。その全ての発生源は、教会だったであろう、厳かな彫刻と装飾の施された建物の一番高い場所にいた。
NTW-20、アンチマテリアルライフル名を冠する狙撃中の威力だ。伊達じゃない。
今この戦場において唯一どの兵器も的確に弱点を突き破壊することが出来る反抗軍が行使出来うる最強の兵器。
それは今、この戦場でたった一人の少女の手に握られている。
漆黒のローブを身にまとう彼女の紅の瞳には既に、次の対象が収まっていた。
――閃光と、轟音。
次の瞬間にはもう一機のドローンが先のドローンを同じ運命を辿る。
爆炎が二か所から上がり、華々しい刹那の花を咲かせる。
この一瞬、機械生命体軍は圧倒された。
しかして、戦いはまだ。始まったばかり。
約5時間、――むしろ“ここから”が本番だ。
●
「皆もう少しだ。頑張ってくれ」
ニーコは、難民を励ましながら、誘導していた。
場所は、パリ東駅。
その中の一人の老婆が、ニーコに近寄ってくる。
「あぁ、ニーコ。シャルちゃんはどこかね?」
心底心配そうにしているのが、ニーコにも伝わる。
ニーコは自信をもって、笑顔で返す。
「大丈夫。婆ちゃん。シャルは帰ってくる」
「おぉ、そうか。そうだねぇ」
そして、意を決して、話しかける。
「婆ちゃん。僕、行ってくるよ。そして帰ってくる。だからここで待っててね」
「……そうかい。行っておいで、ニーコ」
聞き終えるとすぐ、ニーコは踵を返し駆け出した。
ホームへ向かうと、満天の星空が見えた。
ニーコはそれにも目もくれず、機関車の存在を確認し、乗り込む。
遅れて護衛部隊が続き、周囲の警戒を始める。
幸い、ホーム周辺は静かなもので囮部隊がしかり引き付けてくれているようだった。
蒸気機関車の中は埃にまみれ、とてもではないが誰かが使ていた痕跡はなかった。
「やるぞ。やってみせる」
そういうとニーコは何年も動いていない蒸気機関車に再び火を、吹き込み始めた。
ここからは――時間との勝負だ。
●
B班決死の囮作戦は、決して順調とは言えなかった。
既に部隊の一割ほどの死傷者が出ており、やむを得ず撤退戦を引き直し続けているため、想定よりもパリ東駅に近い位置に来てしまっていた。しかし、それでも一割で済んでいるのは日本軍の彼らの貢献、特に湊の貢献が多かった。
彼は単独で群れの中に飛び込みその全てをほとんど無力化していく。
鬼神とでもいうべき無双の戦いっぷりだった。
「くそったれがああああああああああ」
一人の男がライフルを乱射し、注意を引き付ける。
それに反応し、機械生命体の濁流のような群れが一斉に移動を開始する。
「まだか!?」
男が無線に問いかける。
『もう少しだ!走れ!!』
鼓舞する声を受け、男は決死に走る。
『爆破しろ!!』
同時、崩落寸前のビルが爆発。中間部分からへし折れ、機械生命体の群れがいる場所へ落下。
膨大な量の機械生命体軍の殲滅に成功する。
『よし!よくやった!!マッド・ワン!』
しかし、返答はない。
『……マッド・ワン?』
遠方から送っていた無線の主が、爆破後の徐々に粉塵が収まる中、囮になった男がいるはずの場所に目を向ける。
すると、赤い花をいくつも散らせた男の姿が目に入った。
『ッ……すまない』
イヤホンに届く無線を聞いていたシャルロットは、また一人、死んでしまったんだと理解する。
一瞬歯ぎしりし、沸き上がる激情を抑える。彼女の獲物は、少しの手元の狂いがもろに出る。
感情に左右され、取り回しを間違えるわけにはいかなかった。
何せ、彼女のNTW-20の残弾も、もう多くはない。
一発たりと、外すわけにはいかないのだ。
ふぅ、と一つ大きく息を吐き構えなおす。
刹那、シャルロットは真横からライトに照らされ反射的にそこから飛びすさる。
間一髪機銃の雨を回避に成功する。撃ってきたのは、ステルスタイプ小型ドローン。
このタイプはプロペラの駆動音が極端に小さく、轟音轟く戦場においてはまず聞き取れない。
回避に成功しても、安堵している暇はない。シャルロットはそのまま屋根の上を駆け抜ける。
ドローンはそのまま背後に追いすがってくる。
追いつかれ、射程に入る。複数あるミニガンの銃口が回転を始める瞬間。
シャルロットが体をひねり、明らかに人体から発生することの無い駆動音を唸せる。
直後、人間とは思えない跳躍を見せ、ドローンの視界から一瞬消えた。
ローブがはためき、露になったシャルロットの右腕が戦場の赤い炎の光を反射して“紅蓮”に染まる。
次の瞬間、シャルロットはその“紅蓮の銀腕”だけで、NTW-20を保持、宙を舞ったままトリガーを引く。
放たれた弾丸は、ドローンに寸分たがわず突き刺さり、爆発四散させた。
ドローンの飛び散った破片と共に屋根に着地。
するとすぐに踵を返して駆け出す。
当然だ、今の戦闘音でそこに誰かがいるのは間違いなく敵に察知されている。
さっきの芸当は二度やれといえばできなくはないがかなりのリスクがある。
スナイパーは本来、近接戦闘は不向きなのだ。
それは“右腕右脚を強化骨格義肢”にしているシャルロットとて、例外ではない。
今後、戦闘はまだ続く。であればこそ、しっかりと安全マージンはとるべきだ。
私達の役目は撃滅ではなく、時間稼ぎなのだから。
――戦闘開始から、三時間。
蒸気機関始動まで――あと二時間。
●
「なかなか、うまくいかないもんだな」
ニーコは、慣れない蒸気機関に苦戦していた。
炉の中では轟々と炎が猛狂うように燃え上がっているが、いかんせん動力が来ない。
まだ熱が足りていないのか、それとも蒸気がどこかで詰まっているのか。
原因はいくつか考えられる。まず燃料が石炭ではない。拠点内から集めた可燃物であろう物の寄せ集めを代用として使っている。
次に、整備などろくにもう何年もされていないという点。
もしかすると本当に故障して――。
ボン
何かの破裂音と共に、突然はねるような動力が伝わってくる。
やはり、何か詰まっていたらしい。
「よっし!動いたッ!!」
しかし、喜んだのもつかの間、護衛についていた反抗軍兵士が駆け込んでくる。
「ニーコ! まずい!! 機械生命体軍の一部がこっちに感づいた!!!」
「……まぁ、そりゃぁそうだよね。すまない、対処を頼む。これから僕はコイツを客車と繋がなきゃならない」
「あぁ、わかってる。お前も気を付けろよ!!」
兵士は報告だけ済ませると再び駆け出した。
「いいかい!? 君たちは囮になる必要はない。すべて容赦なく撃滅するんだ!」
遠くなっていく背にニーコは命令を飛ばす。少しでも彼らが生き残れるように。
「……クソッ」
おそらくこの蒸気機関巻き上げる蒸気と煙が狼煙なって目立ってしまっている。
盲点だった、と後悔する。
――僕としたことが、こんな初歩的な見落としをするとは。
これでは囮の意味が半減してしまう。
しかし、もうじたばたしても仕方がない。
やるしかない。でなければ全滅だ。それだけは回避せねば。
ニーコは自分にはっぱをかけ、全力でその役割をこなす。
近くで戦闘音が鳴り響きだした。おそらく、護衛部隊が交戦を始めたのだ。
もう、囮部隊の戦闘音もかなり近づいてきている。
急がねばならない。
――同刻、日本列島の各軍事基地から、無数の大陸間弾道ミサイルが発射された。
●
湊は、焦っていた。
手が足りない。
どこまで行っても救いきれない。
既に反抗軍の死傷者は部隊の四割に上り、組織的抵抗が不可能になる段階を超えた時点で完全に戦線が崩壊した。
今はそれぞれの反抗軍メンバーがどこにいるかも把握しきれておらず、混戦状態になっていた。
もしかすると、もうすでに損害は五割を超えているかもしれない。
最悪のイメージだけが、募り積みあがっていく。
焦りがより加速する。
牧本湊という男は、これまでその腕だけでのし上がってきた。
FN-57を二丁持ちし、近接戦を挑むというセオリー無視の型破りなスタイルでワンマンアーミーとしてやってきた。これは彼がどん底で生き残るために身に着けたオリジナルの業であり、当時の彼には“それしかなかった”。
しかして、現在、実力を認められ、斥候として世界各地に派遣されるようになった今。
己の無力さを度々痛感していた。
どれだけ強く、どれだけ機械生命体軍に対して一騎当千の力があろうとも、手の届く範囲でしか守れない。
人はそれを未熟と言うだろう。だが、彼の場合は断じて、否である。彼は誰より諦めが悪いだけなのだ。
今も一人、あわやREXタイプに踏みつぶされるところだった反抗軍兵士を助ける。
陥没するように穴の開いた建物の中に駆け込み、兵士を物陰まで誘導する。
「あんた……すまない」
「気にすんな。お前はここでその怪我、治療したら、東駅に向かえ」
「いやしかし、」
「もう時間だ、ニーコが言ってた通りに蒸気機関を起動できたんだろうよ」
そう言って建物の隙間から見える夜空に指をさす。
たしかに狼煙のようなものが上がっている。
「そうか……わかった。あんたも気をつけてな」
「おう」
その一言を最後に、すぐに飛び出す。
REXタイプは対象を見失い頭を振っていた。
建物の中を駆け抜け、ひび割れた窓ガラスを突き破って飛び出す。
飛び出した先は、REXタイプの懐。
そこには電磁投射兵器の銃身がある場所。
手に握られているのは、FN-57ではなく、グレネード。
ピンを引き抜き、その銃口に投げ込む。
REXタイプは実は図体が大きい割に武装が少ない。
電磁投射兵器の機構部分を収めるためにそうならざるを得ないのだろうと、言われている。
――つまり、何が言いたいかと言うと。
「お前はこれを壊されたらただのデカいロボってになり下がるってぇことだッ!」
即座に出てきた建物にまた戻り、爆風に備える。
雷が落ちたような爆音。
舞い上がった煙が収まった後に覗き見る。
そこには想像以上の効果が、発生していた。
完全に動作停止していたのだ。
確認出来次第すぐに走り去る。
次、どこでだれが死にそうになっているかわからない。
湊は止まっているわけにはいかなかった。
●
「はぁっ、はぁっ、つっ……はぁっ」
――もう、どれだけ立ち止まっていない?
シャルロットの体力も限界を迎え始めていた。
いくら、ほぼ半身を機械に置き換えているとはいえ、体力そのものが強化されるわけではない。
そろそろ、作戦開始から五時間半、東駅はもう目と鼻の先に。
まだ合図はない。
だから、まだここは一匹たりとも通すわけにはいかない。
一撃確殺。
それを守り、何度もトリガーを引き続けてきた。
しかし、その無理ももう効かなくなってきている。
ずっと屋根の上を伝い、かけまわっている。
突如、背後から機銃の雨が薙ぎ払うように迫ってくる。
――最っ悪ッ! またステルスタイプ!!
屋上に来るための階段へ身を投げ込み、間一髪で回避するも、屋上のコンクリごと抉られている弾痕を見れば、その威力は想像に難くない。
何度目かのマガジンロックを外し、マグポーチに手を突っ込む。
もうすっかり軽く――いや、もう空になった。
これが最後のマガジン。
つまり、この銃身にこめられている一発を含めて、残り残弾数、四。
「……ふぅー」
深く、深く息を吐く。
目を閉じ、落ち着かせる。
もう、周囲の敵の位置すらまともに把握できていない。
間一髪生き延びて、それから対処する。そんな流れがずっと続いている。
集中力も気力も、体力も。
何もかもが限界に来ていた。
無線はもはや混戦状態で怒号、悲鳴、様々なものが飛び交っている。
『――』
そこに新しいノイズが乗る。
『よし!繋がった!!』
思わず顔を上げ、目を見開く。
ニーコの声だ。
『お待たせ。準備完了だッ!!』
無線に各自の喜びの声が聞こえてくる。
『喜ぶのは後に取っとけ!! 今は全力後退だ!!! 急げ!!!!』
屈強な男の号令が飛ぶ。
『『了解』』
シャルロットも、笑っている。
隠れ、立ち上がる気力もギリギリだったが、今なら立てる。
刹那、シャルロットは隠れていた階段から身を躍らせ、直後に、NTW-20のクロスヘアにドローンを収め、トリガーを引いた。
爆散。
その姿も最後まで確認せず、東駅の方へ走り出す。
しかし、都合の悪いことに大型武装ドローンに見つかってしまう。
「ッやっば!!!」
間髪入れずに何発ものミサイルがシャルロットに襲い掛かる。
シャルロットは咄嗟の判断で、その身を屋上から躍らせた。
間一髪、ミサイルはシャルロットを追い切れずビルの縁に当たって起爆するも、その爆風で吹っ飛ばされ、地面に叩きつけられる。
「――ッく、ぁ」
声ではない。痛みと衝撃で、肺の中の空気が押し出された音だ。
奇跡的に右腕から落ちたことで、何とか生きている。
が、しかし、もう義肢は動かなかった。
全身を強く打ち、視界が揺らぐ。
音が、知覚できない。金属音のような高い音が頭蓋を駆け回る。
何とか、上半身だけを起こす。
頭から液体が滴り、落ちた。
右目にその液体が入り、思わずとっさに目を置閉じた。
――風圧。
まずい、もう目の前にいる。
動け、
動け。
動け!
無事の左腕で無理やり、手元にあったNTW-20を持ち上げる。
「ッぐ、ぅうあああッ!!!」
生身のその腕では、NTW-20の重さは致命的だった。
腕がちぎれそうになり、悲鳴を上げる。
一か八か、無理やりトリガーを引いた。
「ぎッ」
反動で吹っ飛ばされる。
「うぁ“ぁ”ッ!!」
左肩が外れた。
満身創痍の体に、さらに激痛が奔り悶える。
かろうじて顔だけ、向ける。
中途半端に、時間がたち、視界だけが鮮明に戻ってくる。
目の前を、大型武装ドローンが悠々と飛んでいた。
弾丸は――無残にも明後日の方向へ飛んでいってしまったのだ。
しかし、まだ、撃たない。
――なぜ。
その疑問が浮かぶと同時、シャルロットの背後からミサイルが飛んでいった。
目の前で爆発し、姿勢を崩したドローンはそのままビルへ突っ込んでいった。
反対へ顔を向ける。
「シャルロットさん!」
軍服姿の男がジープを降り駆け寄ってくる。
「もう大丈夫ですから!!」
悠斗だ。
彼は即座にNTW-20を背負い、シャルロットを抱きかかえると即座にジープへ戻る。
「だから、死んじゃいけませんよ!!」
シャルロットは後部座席に座らさせられる。
「すぐにニーコさんたちと合流する!」
「了解」
同乗する二人の軍人は応答と同時に駆け抜けるジープに乗りながら迎撃を開始した。
「はは。ごめ、ん。……助、かったよ」
何とかかすれた声を絞り出す。
「絶対無事に合流して見せますから、もう安心して」
ジープはついに、東駅線路横に出た。
ここにたどりつくまで間ずっと銃声は止まなかった。
煙と蒸気を勢いよく発生させる汽車が見える。
悠斗は段差も気にせず線路側へハンドルを切った。
しかし、同時に機械生命体軍の群れもついてきてしまっていた。
「君たち!!! こっちだ!!!!!!」
ニーコの大声が聞こえる。
同時、ホームから列車は走り出した。
おそらく、追撃してきている群れを確認して限界だと判断したためだろう。
悠斗もそれに並走させるため、ジープを一気に寄せる。
「悠斗!!!」
その声は湊のもの。
湊は列車客車連結部分のバルコニーに居て手を伸ばす。
「湊さん!! まず、彼女をお願いします!!」
同乗していた軍人がシャルロットを抱きかかえ、身を乗り出す。
「シャルロット!? お、おう!了解だ」
湊が、慎重に受け取る。続けてNTW-20も受け取った。するとすぐに客室に戻り、客席に寝かせる。
「お姉ちゃん!?」
何人かの子供たちが目を見開いて驚く。
「シャルちゃん、大丈夫かい!?」
だらんと腕がたれ、身体に力入っていないように見える。息も荒く苦しそうに映っただろう。
難民の多くが寄って容体を見ようとする。
「ばあさん、この子の事見といてくれ!俺は戻る」
湊はバルコニーに駆け戻る。
「待たせた!来い!」
「行ってくれ!!」
徐々に列車が加速し、並走しているとは言ってもそろそろ危なくなってくる。速度を合わせるのも至難の業だ。
悠斗と同じくこの激戦を乗り越えた、二人の部隊員が先に列車へと移る。
「悠斗、あとはお前だ!」
そうすると即座に悠斗は列車側のドアを開け、飛ぶ。
湊が素手を掴み、引き上げた。
「湊、ありがとうございます」
「礼なんていらねぇよ」
一瞬、ふっと安堵する。
しかしすぐに気を引き締め客室へ戻る。
人なみをかき分け、シャルロットを寝かせた客席へたどり着く。
すると、ちょうどニーコ現れる。
ニーコは満身創痍のシャルロットを見るとすぐさま駆け寄った。
「シャル! シャル!! 大丈夫かい!?」
「……ッう、へへ、生きては、いるよ」
シャルロットは、笑う。
その姿に、ニーコの目が潤む。
「この、馬鹿」
安堵し、ニーコも微笑む。
しかし、そんな安堵も束の間。
轟雷が、堕ちる。
一瞬、列車がはねた。
「なんだ!?」
湊がいのいちばんに客車から顔を出す。
すぐには、見当たらなかったしかし、閃光を捉え、遠い夜空に“それ”がいるのを確認する。
「伏せろ!!!」
直後、轟音と共に閃光がかすめていった。
まさに間一髪。
再び湊は顔を出し真っ先に瞳にとらえ、正体を理解する。
大型武装ドローンの二回りほどの巨体を浮かせ舞う空飛ぶ武器庫。
湊たち日本軍にはそのシルエットに見覚えがあった。
「イカロン!?」
それが迫ってきていた。
「くっそが! 意地でも逃がしたくねぇってか!!!」
「なんだ!? なんなんだあれは」
ニーコが初めて見た化け物に困惑して問う。
「イカロン、単騎で一個中隊を平気で轢きつぶせるバケモンだ」
「なッ」
「あんなもんに追いつかれたらこの列車ひとたまりもねぇぞ! もっとコイツ早く出来ねぇのか!?」
湊はニーコに睨むように言う。
「もう、全速力で走らせている。これ以上の速度は出ない!」
その返答へ聞き、湊は即座にシャルロットのいる客席の横に立てかけてあるNTW-20を手に取った。
「それをどうするんだい?」
「さっき、二発撃ってきたのは二連装長距離狙撃用のレールガンだ。奇跡的に外れたが、そう何度も回避できるわけねぇ。再装填は時間がかかる。その間に俺がこれで狙い撃つ」
湊はそう言い放つとバルコニーに出ていく。
「でも、無茶だ。この列車はただでさえ走行していて安定しない。しかも、僕の目測だがあいつまでにはまだ、一キロ以上ある。」
「だとしてもやるしかねぇだろ」
そういうと、湊はNTW-20のマガジンを一度外して中身を確認する。
「残り、二発か」
「私にやらせてください」
「悠斗?」
「私なら、性格に狙うことが出来ます」
「そう、だな。頼む」
そういうと、湊は悠斗にNTW-20を渡す。
悠斗が深く息を吐き、構える。
クロスヘアが細かく振動し狙いが定まらない。
しかし、それでも何とか狙いをつけている。
列車のランダムな振動に規則性を見出す。
イカロンは、の弱点は大型ドローンと変わらない。
プロペラの付け根、そこを狙い撃つ。
追ってきている都合上、プロペラは正面に配置され、狙うことは出来る。
それでも的は小さい。
下手を打てばかすりもせずに飛んでいくことになる。
それでも、悠斗は意を決して撃った。
しかし、それは無慈悲にも、イカロンの装甲をかすめるだけに終わる。
「ッ……いや、まだ一発あります」
そうして再び狙いを定めようとした時、
「――私が撃つ」
一斉にその場にいた全員が振り返った。信じて見守る者も、神に祈る者も、皆が声の主へと振り返る。
そこに居たのは立つのもやっと、といった姿のシャルロットだった。
「でも、その体では――」
と、悠斗が言いかけたところでシャルロットはいきなり、座席に自分の左肩を思い切りぶつけた。
「ウ、ッアッガッ……」
あまりの激痛によろけるも、踏みとどまる。
「シャル! 何やって!?」
「…ッはッはァッ、こ、れで、左腕、が動く」
その場の全員がその気迫に驚かされた。
沈黙の中、シャルロットは悠斗に歩み寄る。
「……わかりました」
悠斗はバルコニーの手すりの部分にNTW-20の銃身を置き、歩いてきたシャルロットに譲る。
「弱、点は?」
「大型と一緒です」
「オッケー、プロペラの、付け根、ね」
ふう、と息を吐き、気迫のともる目が、クロスヘア越しにイカロンを捉える。
揺れ、乱れ、利き腕でもない、頭もはっきりしない。最悪のコンディション。
だというのに、シャルロットは何故か不自然なほど、狙いを外す気がしなかった。
トリガーに、指がかかる。
――轟音と閃光
正真正銘最後の、弾丸が、稲妻のごとく放たれた。
音の壁を越え、空を切り、その鋼鉄の悪魔を撃滅する。
次の瞬間、空飛ぶ武器庫は姿勢を崩し、墜落していく。
どっと歓声が沸き上がる。
「やるじゃねぇか!!!」
「お見事です」
皆口々にシャルロットを称賛した。
しかし、シャルはその場に崩れ落ちる。
「シャル!?」
ニーコが駆け寄り、背後から受け止める。
ゆっくり、顔を上げ、
「へへ、すごいっしょ、私」
と力なく笑う。
「ホント、すごいよキミは」
「にひひ」
子供のような笑みだった。
ニーコは思わず瞳が潤んだが、目をこすり笑う。
「作戦、成功だ」
「だね」
●
エピローグ
あの後、パリは焦土になった。
故郷が燃えなくなるのはやっぱり悲しかったけど、それを思いださなくなるぐらいそれからは色々あった。
私達は、日本軍に保護され、日本へ難民として入国することになった。
最初は色々なれなかったし、驚いた。
人と機械生命体が仲良く暮らしてるなんて。
日本語を覚えたりとか、いろんなものを見て、価値観を変えさせられた。
私の生活補助として日本語を教えてくれたのも機械生命体だった。
どこから伝わったのか、私の狙撃の腕を買われて、警察からスカウトが来た。
――しかも、それを言いに来たのはたった一人の少女だった。
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