前日譚 Scene2_シャルロット・ルフェーブル編 Page2


 西暦二〇八〇年 



「シャルちゃん、お帰り」

「「おかえり~!」」

 優しそうな顔をした老婆が小さな子供たち十人弱と共にシャルロットを迎える。

「おー元気にしてたのね。よしよし。おばちゃん、ただいま」

 シャルロットはしゃがんで寄ってきた子供達を受け止め頭をなで、帰還を報告する。

「シャルちゃんはいつも帰ってきてくれるねぇ……。皆嬉しいんだよ。おかえりって言えることが。だからこれからもちゃんと帰ってきておくれ……」

 目じりに涙をにじませ、老婆は微笑む。

「……も~、おばちゃんその話何回目? 大丈夫だって、私は帰ってくる。それより、ニーコはどこ?」

「ニーコかい? あれなら今日はいつもの所にずっとおるよ」

「そっか。ありがとね」

 シャルロットは踵を返し、歩き出す。

 湊や仲間の軍人たちに、なんだか拍子抜け、という雰囲気が漂う。

「……なに?」

 気になったシャルロットが問う。

「え、いや、気にしないんだなって思って」

「あぁ、そゆことね」

 返答に納得しシャルロットは話し出す。

 シャルロット一行はあれから線路を走りたどり着いたここ、シャトレ―レ・アル駅の駅構内は、いわばここに残る人たちにとっての“人類反抗の拠点”だった。

 が、しかし“人類反抗の拠点”と言えば聞こえはいいが実際はそんな仰々しく大した場所ではない。

 木の板一枚、もしくは段ボール一枚で隣を仕切り、横幅1メートルほどの最低限の通路を残し所狭しとすすけた部屋たちが存在しており、一部屋の床の大きさはせいぜい三畳程度で全く広くない。中に置かれている家具も大抵は錆び、塗装は剥がれ、腐り、ギリギリで機能をはたしているものを必死に再利用していた。食料も徐々に限界が近づいてきており、皆空腹にあえいでいた。全体的に色褪せ腐り朽ちている。スラム街、と言うのが最もぴったり合う、そんな場所。

 そんな疲れ切ったような色合いの街には疲れ切った人々がいる。

 死んだような目でマガジンに弾を詰めている者、

 狂ったようにギャンブルと酒に明け暮れる者、

 涙も怒りもとうに枯れたような、ぼんやり焦点の合わない眼で虚空を見つめる者。

 こんな施設にもどこからか噂を聞きつけてやってくるものがいる。

 最初は皆、外からの来訪者に興味を示していた。

 本質的にはその人持つ情報に、だが。

 人類の希望になるような話はないか? 

 少しでも明るい話はないか?

 しかしそんな話はいつまで経っても舞い込んでこなかった。

 結局皆は、どうせ絶望を知ることになるのなら、と耳を塞ぎ目を閉じ外の世界に興味も示さなくなった。

「――だから、貴方たちを見ても話しかけないし触れもしない。腐ってないのは反抗軍の構成員ぐらいで、大半はみんなもう、諦めているのよ」

「……そう、か。そういうことか」

 ヘラヘラしていた湊が、少し真面目そうな顔をしていそうな声がした。

 シャルロットは少し気になって、ちらっと振り返ったが既に表情はニコニコしており、振り返ったことを後悔する。

 ちょうど、そのタイミングで目的の場所にたどり着いた。

 先の老婆がいつもの所と称した場所。そこには皆が所狭しと暮らしているにも関わらず、両開きの大きなドアがあった。

 ドアをあけ放ち、くぐった先は、すすけた小さな酒場、といった雰囲気の場所だった。

 しかし、空気は圧倒的に違った。ここに、諦観を匂わせる重苦しい空気はない。

 あるのは使命感を持つ意志ある者たちの特有の熱を帯びた空気だった。

 中に居た数十人の戦士たちが、物珍しい人間に注目する。

 一人の屈強そうな男性が近寄ってきて、シャルロットの肩を掴む。

「おいシャル、こいつ等はなんだ?」

「日本軍だって。仕事中にたまたま出くわして機械生命体の連中に襲われてるところを助けたの」

「ほぉう」

 男は値踏みするように湊らの顔を一人一人見ていく。

 彼らは、迷い込んだ兵士がまた増えた、程度にしか考えていない。

 様々な出自の残党兵がここには集まっている。何も珍しいことではなかった。

「私達、ニーコに用があるから、ダル絡みなら後にしてくれる?」

「ヘイヘイ。わーったよ」

 シャルロット一行はそのまま酒場の奥へと抜けていく。

 すると、演説台の上に座った黄緑色の髪をした少年が見えてきた。

「シャル。おかえり。無事でよかったよ」

 少年は朗らかに笑い少女の帰還を歓迎する。

「ニーコ、ちょっと話したいことがあるんだけど――」

 この少年がニーコと呼ばれる少年だった。なぜ、シャルロットがこの少年の元へ案内したか。それは――。

「話したいこと? あぁ、そゆこと」

 ニーコは湊たちを見て何かを察する。

「僕はニーコ。ここでフランス人類反抗軍のトップをやらせてもらっている。待ってましたよ。日本軍の皆さん」

「いやぁ、どうも。――って、え?」

「え?」

 湊と、そしてシャルロットもその反応に驚く。

 少年は人畜無害そうな笑顔から、得意げに口を歪ませるマセガキのような表情になった。


 ●


「いや、申し訳ないね。こんな狭い部屋に案内することになっちゃって」

 あの後、一同はニーコの個室に案内された。とはいっても、日本軍4人のうち二人は多少の怪我もあり、医務室へと連れていかれている。

「ここなら安心して話せるんで」

 他三人が立っているにもかかわらずニーコはベッドに座る。

 ベッドに木製の机、紙のメモ帳にゼンマイ式の懐中時計と灯油ランタン。

 たったのこれだけしかない質素な部屋。

「ちょっと。いきなり何? 待ってたってどうゆうこと?」

 シャルロットが待ちきれず、聞く。

「この程度驚くにも値しないだろ? 僕らだって日本が機械生命体との和平に成功したことぐらい知っている。仮にもし、僕らの所に迎えに来るような余裕があるとしたら日本しかありえない。だからああ言った」

「あぁ、そういうこと……」

「で、その日本軍の君、ええと、名前――」

「あぁ、すっかり忘れてた。俺は日本軍の牧本湊。一応この四人の斥候部隊隊長をやってる。階級とか、所属は、まぁ必要ないだろ?」

 一歩前に出て、湊は名を名乗る。

「もちろん。この場においてその情報はいらない。そっちの君は?」

 ついて回っていた真面目そうな男も自己紹介をする。

「自分は、井上悠斗と言います」

 それだけ言うと一歩下がり、湊の後ろに下がった。

「ふむ。ありがとう。それで、湊さん。僕に何か話があるからわざわざシャルに頼んでここまで来たんだろ?」

 湊は、B線を走行中にシャルロットにフランス人類反抗軍のトップに面会したいと頼んでいた。

 まぁ、シャルロットは頼まれなくてもどうするか扱いを考えるのが面倒くさいので、ハナからニーコに投げるつもりではいたのだが。

「その通り」

「ふむ。要件を聞こうか」

「じゃ、単刀直入に。我々、日本軍からフランス人類反抗軍及びここにいる難民に一つの提案がある。それは、国外避難という選択肢だ」

「え――」

「国外、具体的には日本への避難。そうすれば少なくともここよりもっとマシな生活が――」

 衝撃を受けたのは、この部屋でただ一人、シャルロットだけだった。

 ニーコはさも当たり前の話を聞くかのように受け答えしている。

 湊もそのまま言葉を続けていく。

 シャルロットは日本軍が支援しこの戦線を解放してくれるのではないか、そう思っていたのだ。

 そのための状況把握として、彼らが送り込まれたのだと、勘違いしていた。

「ちょ、ちょっと待って? 避難? 支援じゃなくて?」

「そうです。避難です」

「どうして? 日本から救助に来れるってことは相応の戦力がいるはずでしょ? それを使えば――」

「シャル」

 捲し立てるように話すシャルロットに静止を促すニーコ。

「……やっぱりか。知らないんだな」

 シャルロットの様子を見て何かを悟る湊。

「?」

 何が言いたいのか、シャルロットにはさっぱりだった。

「ニーコさん、貴方は?」

「僕も知りはしないよ。ただ“予想”はついてる。この戦争そのものが茶番だ、ってことだろ?」

 確認とるように問い返すニーコの言葉に、少し頷く湊。

「どう、いう……こと?」

 シャルロットの声は震えていた。何か崩されてはいけない前提が崩される。そんな予感を感じていたからだ。

「答えを知ってる人間の前で推測を語るのはあんまり好きじゃないんだけどな。だって外れた時カッコ悪いだろ?」

 ニーコははぐらかして、湊の方へ目配せする。

「じゃあ答えを知っている俺から話そう」

 少し息を吸い、吐く。それは、相手をこれから傷つけるとわかっている真実を話すときのしぐさ。

「この紛争は、機械生命体がわざと引き起こし続けている」

「――は?」

「戦争経済、という言葉を知らないわけじゃないだろう?」

 経済とは、基本的に“消費”の上に成り立つものだ。

 消費者が商品を消費するから生産がある。

 戦争は、兵器が消費される。

 戦争経済とは、その兵器の生産と消費で経済活動を行う経済体制。

「機械生命体は、この紛争そのものを国家が運営する娯楽を兼ねた仕事にしたのさ。兵器を国が買い取り、遠隔操作で運用するために雇用を作り、ゲーム感覚で国民に戦争を代理させている。もちろん君たち反抗軍側にも物資を渡して戦えるようにし続けてきた。うまいことカモフラージュして。じゃないと戦いにならないからな。つまり、マッチポンプなんだよ、この紛争自体」

 それはあまりにもシャルロットには残酷な事実。

 決死に人類の為、そしてある人の為を想って機械生命体を目の敵にしてきた彼女にはあまりに、凄惨だ。

「う、嘘……そんな――」

 シャルロットは口元を抑え足元から力の抜けていくような感覚に襲われる。

そこにニーコが淡々と、さらに続ける。

「いや、嘘じゃないんだろう。僕もそんな気はしていたんだ」

「どう、して?」

「おかしいとは思わなかったのかい? 

 彼らは、“大戦時に北アメリカ大陸を数か月で蹂躙する”ような技術力を持った奴らだ。

 なのになぜ今現在に至るまで、数十人程度の兵力かつ旧世紀の兵器で戦うこんな僕らが抵抗できている?

 どの兵器にもあからさまに弱点が用意されていたのは?

 いつまでたっても僕らの本拠地に攻めてくる気配もないのはなぜ?

 しかも定期的に僕らが物資目的で襲撃する機械生命体側の輸送ドローン、あれには護衛も無く通るうえにその中には“人用”の食糧が積まれている。そもそもなんでわざわざ戦場の上に、しかも撃墜されるような高度で、インフラに重要なものが飛んでる?

 どれもよくよく考えればおかしな話さ」

 ニーコは嘲るようにに笑う。しかしどこか、自虐的にも見えた。

「それは、でも、ニーコ言ってたじゃない! 他の戦線に戦力が持っていかれてまともな兵器が作れないから低コストで作っているから平気に弱点があるんだって。輸送ドローンだってそう、余力がないから護衛がいなくて、食料に関しては機械生命体側につかまった人類が食べるための物だって!」

 必死に反論する。シャルロットは、拒むように、吐き捨てるように、現実を否定しようとする。

 ただし――

「詭弁さ。君たちを納得させるためのね」

 無情にもその反論という剣は、あっさり砕かれる。

「じゃあなんで言わなかった!? その可能性があるならなぜ――」

 まだ、喰って掛かる。ニーコの肩を掴み、身体を揺らす。

「言ってどうなったというんだ?」

 しかしてその返答が、シャルロットの気迫から牙を抜く。

 見返すその目はとてつもなく冷酷だ。

「――え?」

「言ってどうにかなったのか? と聞いているんだ」

「それは……」

「本陣を探し当てて攻め入るのか? それともそれを知って逃げるか? 無理だろ。どっちの手段も機械生命体側にとっては“都合の悪い行動”だ。そんなことをすれば徹底的に潰されるのは想像に難くない。あいつらに遊ばれる以外、僕らには何もできなかったんだよ」

 しん、と静まりかえる。

 何か言おうと口を動かそうとした、頭を動かそうとした。シャルロットはそんなことを受け入れるわけにはいかなかった。空気を吸うことすらも困難だった。

 しかし、何も出てこない、何も、言えなかった。

 かろうじて絞り出せたのは――

「なら、今まで死んでいった人々は、何の為に死んでいったの? そんな茶番で死んでいったってことを受け入れろって?」

 嘆きだった。

「仕方ない。と言っても君にとっては受け入れがたいだろうし僕が憎いだろう。いいかい、シャル。君が前から僕に言うように、僕はずるい奴なんだ。――君にとって僕はそれでいい」

「ッ!」

 これまでで紛争で失われた大切なものの数々に対するやるせなさと、それと同時に、ニーコが今までどれだけの思いで言わずにいたか、そのうえで憎まれてもいいというニーコの気持ちも、シャルロットはわかってしまった。

 責める権利などない。しかし、心の中で暴れまわってと止まることを知らない感情の奔流を止めることもできなかった。

 シャルロットは肩を掴んでいた手を放し、部屋を出ていく。飛び出していったわけではない、静かにおぼつかない足取りで出ていった。

「……」

 直前のシャルロットの剣幕と無念に、湊たちは若干気おされ、言葉が出なかった。

「あー、すまないね。彼女は、いや、僕について戦ってくれている数十人の彼らは、あまりにも、多くを、そして大きなものを失いすぎている。皮肉だけどそういう連中だから今日これまでたってこれたんだ。ああなって仕方ないし、ああなってしかるべき仕打ちなんだよ。この事実と現状は」

 ニーコはそう言って湊たちに気まずそうに苦笑いする。

「まぁ、その、なんだ。俺達も見たことがないわけではないさ。むしろこうして救出作戦を遂行する間、何度も見てきた。ただ、何度体験しても、慣れないね。この感覚は。――いや、慣れたくはない、が正しいか」

「ほう? 慣れてしまった方が君のような人間は楽に生きられると思うが。まぁ君の何を知っているわけでもないんだが、何となくそんな気がしてね」

 遠慮気味ではあるが、忠告をするように、ニーコは言う。

「いや全くその通りだ」

 こりゃ一本取られた、といった風に笑う湊。

「その方が楽だし、人間の心はそんなに強くない。多分そうするのが本来正しいし、そんな環境に晒され続ければそうなっていくさ。心ってのは心が壊されないためにそうできてる。ただ、そうなったら誰かの不幸を悲しいと感じられなくなる。俺はそれが嫌でね」

 言っている内容とは裏腹に冗談でも話すかのような声音。

「はは、なるほど」

 ニーコの目が細くなる。今度は申し訳なさそうではなく、正真正銘のであって最初に見せた朗らかな笑顔になっていた。

「さて、じゃあ、僕ら、“フランス人類反抗軍”は君たちの救出作戦に乗る。誰に許可も取る必要はない、これは僕の下す皆を守るための決定だ」

「了解した。救出なんて大それた言い方で銘打ったわけだが、実際は君らはほぼ待っているだけでいい。俺たちがこのまままた一度本隊に帰還して報告すれば、個々の救出のために本隊ごと連れて戻ってくるだけ――」


 湊とニーコは、本格的かつ具体的話を始める。

 ただ一人、井上悠斗、シャルロットの出ていったドアに目を向けている彼を覗いて。


 

 どれくらい、あれからたっただろうか?

 シャルロットは、一人で地上に出ていた。

 シャトレ―レ・アル駅の地上、ネルソンマンデラ公園の三つ球体を縦に連ねたような形の滑り台の上に座り、星空を見上げて佇んでいる。

 本来ならばいつ見つかるかも話かもわからず、ありえない危うい行動。

 しかし、もう真実を知ってしまったシャルロットは一切警戒しなくなっていた。

 ――カン、カン。

 何やら下から音が聞こえ始めた。

 しかし、シャルロットは振り向きもしない。すっかり、放心していた。

 やがて音の主は、シャルロットの隣に来て、座る。

「どうして、そこまで思いつめるのか聞いてもいいですか?」

「貴方は――」

 そこに居たのは、真面目そうで、感情表現が苦手そうな、井上悠斗と名乗っていた人物。

「それ、そんなズバッと単刀直入に聞く? 普通」

「えぇ、申し訳ない。いかんせんそう言うのがいまいちわからないものでして。アプローチとして間違っていたでしょうか? 聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥と、湊に教わったものですから……」

 その様子にシャルロットは少し噴き出して、星空を見上げたまま笑う。

「あはは。最低最悪だよ。それ」

 悠斗がちらりと覗き込むと、シャルロットはすでに泣き腫らした後のようで、目元が赤くなっていた。

「申し訳ないです……」

 シュン、として落ち込む悠斗。

「でも、いいや。なんかむしろかえって話しやすくなった」

「え?」

「――私、両親と妹を殺されてるの。機械生命体の兵器に」

 緋色の瞳に星空がしている。暗い話をし始めるはずなのに、その瞳はどこまでも澄んでいた。

「それは、その、なんといったら――」

「聞いてて。最後まで聞いたら感想教えてよ。

 で、ぶっちゃけ両親の方はいいんだ。

 私が物心つく前に死んでるから、思い出なんて正直言って一個も覚えてない。

 問題は、妹の方。私と妹はこの戦場で、二人で人類反抗軍所属の傭兵家業をやってたの。

 私がスナイパーで、あの子がスポッター。そういう役割分担だった。

 二人で依頼を受けては機械生命体の兵器を倒しに行って、生計を立ててた。

 あの頃はまだ、かろうじて経済ってものが私たちのところで形成できていたからね。

 でも二年前のある日、いつものように依頼を遂行していた時。

 事前の調査にはいなかった兵器が出てきた。

 たった二人で動く私達にとって、そういうの、想定外は命取りでさ。

 そこからは、ホントにあっけなかった。

 何もかも後手に回って、追い詰められて、あの子は私をかばって機関砲でハチの巣にされた。

 遺言とか、別れの言葉とか、そんなアニメや映画みたいなドラマはなかった。

 ただ、あっさり目の前で肉片になったの」

 徐々に、声が震え始める。一瞬下唇を噛み再び口を開く。

「ほんとに、あっけなかったんだよ。

 十何年も苦楽を共にしてきた唯一の肉親だよ?

 もう少し、何かあったって、いいじゃんか。

 好きだよとか、疲れたね、とかもっと話したいことあったんだよ。

 あんなに紛争が終わった後の事話して、いろいろ憧れてたんだよ?

 それを一瞬で、目の前で、奪われてさ。

 やっと、やっと、二年かけてそれに蹴りをつけて。復讐することで、折り合いをつけようってところで、

 実は――全部お遊びでした、なんてさ。……あんまりだよ」

 シャルロットは俯き、声を上げずに泣き始める。しかし抑えきれない嗚咽で、身体が時折震える。

 悠斗は、返答に迷う。数回口を開こうとしては躊躇して辞める。

 そうして十数秒経った頃、やっと一言少なくとも言わなければならないことを見出す。

「復讐が正しくないとか、かわいそうとか、辛かったねとか。安っぽい同情はしません。ただ、どうしてそう思うのかというロジックは理解しました。そして、すみませんでした」

「――は? な、なんであなたが謝るわけ?」

 意味不明な言動に困惑しシャルロットは悠斗の方を見る。

 すると悠斗はおもむろに左腕の迷彩服の袖をまくり、腕を見せる。

 突如それはまるで昔の車が人型ロボットに変形していた映画を思わせる動きで変形し、金属でできた骨格があらわになる。

「自分が――機械生命体だからです」

「……なに、よ、それ」

 夢にも思わない事実に、シャルロットの瞳が見開かれ、驚愕が全身を伝う。

 だが次の瞬間、シャルロットは悠斗に馬乗りになって、腰から引き抜いたナイフをみぞおち付近に突き付けた。

 そこは、機械生命体の主電源バッテリーがある部分。致命傷になり得る場所。

 悠斗は、抵抗しなかった。

「……だから、ここで殺されても、仕方ない。そう思っています」

 シャルロットの顔は影ってよく見えない。

 しかし、ナイフを突きつける、その手は震えていた。

「――どこまで、馬鹿にする気なのよ」

 今迄に聞いたことのない、心の悲嘆そのものを吐き出したような声。

「根掘り葉掘り、自分の同族が殺した、自分達より下等種族だと思い込んでる人の過去掘り返して、そんなに楽しい?」

「いえ、楽しくはなかったですよ」

 死ぬかもしれない、そんな状況なのに、悠斗は一切怯えていない。

「ただ、貴方をわかりたかったんです。そして私たちのことも、わかってほしかった。機械生命体全てが、貴方が考えるような悪魔でないと。たとえここで殺されてでも、私は、私の大切に思う同族と大切に思う人間が今後さらにその刃を向けあわないために。貴方に知ってほしかったんです」

「なによ、それ。綺麗ごとじゃない」

「えぇ、綺麗ごとです。でも、私は大切な人から教わりました。綺麗ごとだとしても、それを本気で願う人間がいなければ、世界は一歩も前に進めないと」

 抵抗せず、ただ、悠斗は見ていた。これがシャルロットにとってさらに残酷な世界の提示になってしまったとしても、それでも。そう願っていた。

「--ッ!!!」

 ナイフがついに振り上げられた。しかし、それが、再度振り下ろされることは、なかった。

 手から滑り落ち、ナイフははるか下の地面へ落下していく。

 シャルロットは馬乗りの状態から退き、うつむいて座り込む。

「……あはは。私何論破されてんのよ。機械生命体に」

 声音は笑っていた。

「いいんですか?」

「何言ってるのよ。こうさせたのは貴方でしょ」

「私は殺されてでも……と――」

 しつこく食い下がる悠斗に腹が立ったシャルロットは――

「あーもー! 何ごちゃごちゃ言ってんのよ! 自我を獲得した知的生命体ならもっと柔軟に考えなさいよ!!」

 ガバッと顔を上げ、怒鳴った。

「ほんと、心底憎いけど、その通りなのよね。貴方は私の妹を殺した機械生命体じゃない。つまりあなたに罪はない。いやでも実際同族ってだけで腹立つけど。

そして心底綺麗ごとだと思うし反吐が出るけど復讐は争いの連鎖を引き起こすだけ、いつまでたってもそれじゃ私や妹の願った平和はやってこない、って言うのは事実だしね。ま、それでも復讐はやってもやらなくても戻っては来ないからやってすっきりした方が復讐する本人の個人的都合としては得だと思うけど!!!!!」

 さらに捲し立て言いたいこと全部言い放つ。

 悠斗は目を白黒させ聞いていた。

「結局どっちなのかよくわからない人です……」

「許してやるって言ってんだから素直に受け取りなさいよ、馬鹿なの? ねぇ?」

「なんか、性格変わってませんか?」

「うっさあい!!」

 機械生命体を許す、それが軽々しくできるようになったわけではない。

 けれど、悠斗の好奇心と献身が、シャルロットを変えたのだった。

 そうやって二人が騒がしくしていると、悠斗の通信機に連絡が入る。

 聞いていた悠斗の顔が険しくなっていく。

 十数秒で通信を切り、悠斗はシャルロットを見る。

「シャルロットさん。拠点に急いで戻りましょう」

「何よ? どうしたの?」


「機械生命体軍が、一斉にこの拠点に向けて進軍を始めたらしいです」

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