前日譚 Scene2_シャルロット・ルフェーブル編 Page1

『機械生命体解放戦争』

 第三次世界大戦と称され、人類の全滅戦争になると予言されたそれは、何とか人類の滅亡は回避した。

 しかし、それでも、残された爪痕は大きく、世界では火種がいまだ燃え続けている。

 フランスの首都――パリ。

 かつて花の都と呼ばれ、人々が栄華を極めた街。

 しかし、今、その街は血と炎にまみれ、色褪せた灰の街へと変貌していた。

 硝煙の臭いが街を覆い、どこか遠くから絶えず銃撃と爆発の音が響いてくる。

 パリは、戦場だった。

 この地で、皮肉にも再び人々は自由の為に戦っていた。

 大型の武装ドローンが夜空を切り裂いて飛ぶ。

 ――ドローンの飛び去った真下の建造物。

 十九世紀に造られた伝統的な石造りのアパルトマンの屋根の上に、のそりと動く物体があった。

 一見すると屋根と同じ模様にしか見えないそれは、布のように曲がると中からNTW-20の銃口が出てくる。

 同時に少し浮いた隙間から、スコープを覗く女性の顔が見えた。

 その瞳に収まっているのは先に飛び去っていた大型武装ドローン。

 両翼端にプロペラを持つ、所謂ティルトローター機である。

 女性の紅色の瞳は右側の回転翼の付け根を捉えていた。

 距離にして――間もなく二キロメートル。

 スゥ、と小さく息を吸い込み、止める。

 ――閃光。

 約一・五キロメートル先の人間を優に両断する威力を持つ弾丸が、空を引き裂き音を置き去りにする。

 かすかな金属音、直後に右回転翼が急な強度低下に耐えられず自身の遠心力でちぎれ飛ぶ。

 武装ドローンはコントロールを失い、墜落した。

 撃墜を確認した女性は、即座に撤収を開始する。

 NTW-20を担ぎ、かぶっていた布を折りたたむ。すると折りたたまれた布は色を失い、黒いマット調の見た目に変化する。

「Eh bien, nous devons sortir d'ici. Ils vont envoyer une équipe d'enquête.(さて、とっと逃げないと。調査団が来る)」

 女性はそれを手に持ったまま走り階段を駆け下りると、建物内に隠してあったジープに乗りこむ。

 荷物を助手席に投げ捨てるように置いてから、エンジンをかけ走り出した。

 これが、彼女の日課だ。

 戦場に身をひそめ、マシナリーの軍勢を狙撃で刈り取る。

 彼女は五年間、それを繰り返し、戦場に身を置き続けていた。

 彼女は機械生命体と戦い続けてきたのだ。やめるわけにはいかない、その理由が彼女にはあった。

 道には様々な瓦礫が転がり、彼女はそれらを回避ながら小さな瓦礫に乗り上げるたびに体を揺られつつ駆け抜けていく。一仕事終えた、という若干弛緩した空気が彼女にはあった。

 その時だった。

 

 ――大気をびりびりと震わせる、甲高い砲撃音が響き渡った。


 遠くない、と音の大きさから判断した彼女はジープを道路わきに止め、後部座席に置いてあったバッグからドローンを取り出す。

 そしてジープから飛び降りると、即座にジープとは反対側の砲撃で穴が開いたであろう石造りのアパルトマンに入り、物陰に隠れる。

 宙に向かって放り投げると自動で滞空を始めた。腕輪端末でドローン視点を操作、音の元をたどる。

 彼女の勘が正しければ、先の射撃音は機械生命体側の歩兵型オートマタに随行する【REXタイプ】と言うティラノサウルスを彷彿させるシルエットのオートマタの持つ電磁投射兵器の砲撃音だ。

 本来であれば、マシナリー側が緊急で大火力の必要な相手と相対するときのみに登場する兵器のはずである。

 彼女の今回の帰還ルートは任務前に入念に練られたもので、歩兵型オートマタどころか、人っ子一人いないはずだった。

 そんな場所で、しかも緊急時にしかありえない音。

 彼女は身の安全の為にも早急に事態を把握する必要があった。

 ドローンがある程度の高度まで飛ぶと、近場に爆炎を上げている個所があることが確認できた。

 近づいてゆくと状況が克明に浮かびあっていく。

 戦車が、轟々と燃えていた。周囲で迷彩服を着た人間が四人、通路両側のアパルトマンから崩れた瓦礫に隠れ応戦している。

 銃弾が飛び交い向かう先を見ると、そこには歩兵型オートマタが六機。

 さらに、予想通りREXタイプのオートマタが一機。

 今まさに煙を吹き、蒼い光を放っている。冷却モードだ、と既に何度も見たことがある彼女は理解した。

 ――間違いない、つい先ほど砲撃したのはこいつだ。

 舌打ちをする。その顔には怒りともとれる表情が浮かんでいた。

 一瞬下唇を噛み――動く。

 ジープからNYW-20を再び担ぎ出して背負うとアパルトマンの外壁の凹凸を駆け上がっていく。右足で踏きり、右腕で外壁を抉るようにつかんで体を引き上げる。

 屋根の上にたどり着くと、左を前に構え右膝をついて体重を預け、左足を前に出して姿勢を安定させる。

 スコープのサーマルを起動し、覗く。

 REXタイプには特徴がある。それは背部から4つ円筒の形をして突き出している電磁投射兵器の為のコンデンサーだ。

 あれを撃ち抜けば、電磁投射兵器の機能は停止する。

 通常の弾丸であれば抜けない強度だが、彼女のNTW-20であれば、破壊が可能だった。

 目標のREXタイプはひどく暴れていた。跳ねるように駆け出し、頭部につく機銃をばらまいている。

 先の大型武装ドローンよりはるかに近いが狙いにくい。

 しかし、彼女にそんなことは関係ない。

 どれだけ動いても目標が常にクロスヘアの中心から離れない。まるで機械的に追尾されているかのように。

 そして大きく息を吸い込むと――叫ぶ。


「Duck!!(伏せろ!!)」


 戦場で目の前の敵に注視していた視線が一気にこちらに向く。

 言葉の意味をいち早く察した一人が味方の頭を掴み伏せさせた。

 それに気づき、戦っていた残り二人の軍人も伏せる。

 同時に――轟音。

 的確に狙い定め放たれた弾丸は、コンデンサーの一つに突き刺さる。途端に強烈な放電現象が発生し、周囲にいた歩兵型オートマタにも感電する。

 放電現象の発生源となったREXタイプのオートマタもたまらず機能停止、煙を上げて倒れる。同じように歩兵型オートマタも崩れ落ちた。

 轟音が落ち着くと、少しずつ、軍人たちが顔を出し始めた。

 敵が排除されたことを確認してから、一人の軍人が感謝のつもりかこちらに向けて手を振った。

 彼女も手を振られたのをみて、NTW-20を背負いなおしアパルトマンから壁を伝うようにして降りシープに戻ってエンジンをかけなおし、その軍人らの元に向かった。

「助かったよ。ありがとう」

 ジープを止めるとすぐ、手を振っていた軍人の彼が手を出してくる。

 彼女は腕輪端末の翻訳機能を起動し、リアルタイムで翻訳されイヤホンに聞こえた音声から何を言われたのか理解し、ハンドルから手を放しその手を掴む。

 それを見て察したのか、向こうも何かを起動したようだった。彼女はそれを確認してから話す。

「いえ。私はシャルロット・ルフェーブル。ここ、パリ人類反抗軍の傭兵をやっているわ」

 彼女――シャルロットの声も翻訳され相手へ届く。

「どうも、俺は牧本湊。世界各地で機械生命体と戦う人類救出の目的で日本軍の先遣部隊としてここに来た」

 牧本湊は左腕のワッペンに記された日本のマークを見せる。

 彼は笑顔だった。それ以外も似たようなもので、安堵の表情を浮かべている。

「それはどうも」

 しかし、シャルロットは違った。険しい顔をしている。握手している手も早々に放す。

「それより早く乗ってくれるかしら? とっと移動するわよ」

「あ、あぁ、わかった。皆、ご厚意に甘えるとしよう。行くぞ」

 四人がシャルロットにせかされそそくさと乗り込むと、ジープは早々に発進した。

「あの、何か急ぐ理由でもあるのか?」

 助手席に座った湊が口を開く。

 運転しながらイラついた様子でシャルロット話し出す。

「当然でしょ。敵の追撃部隊が来たらどうするわけ?」

「え、あーと、それは――」

「それに、ここら辺には私たちの隠れ家につながる入り口があるの。まったく、よくこんなところで目立つ戦闘してくれたもんね」

 湊は何か言いかけたがシャルロットに遮られてしまう。気まずくなって苦笑するしかできない様子だった。

「……申し訳ない」

 湊の顔を一瞥するシャルロット。

「ま、いいわ」

「それで、拠点ってどこなんだ?」

「シャトレ―レ・アル駅よ」

 シャトレ―レ・アル駅。パリでは最大と言っていい規模の駅であり、『イル=ド=フランス』、通称【RER】と呼ばれるフランス公共鉄道網と、メトロの二種類の路線が停車するパリの交通網の心臓部と言っていい場所である。

 周囲が木々生い茂る公園のような場所に景色が変わった。

「そこ、何もなかったが……」

 シャルロットの返答に湊は不思議な顔をする。

「地上からは見つかりにくいようにしてるもの。わかるわけないわ。そもそもメインの施設が地下にあるのよ。私たちはそれを利用して暮らしてる」

「じゃ、どうやって入るんだ?」

「は? 建物に入るには入り口からでしょ?」

 ますます意味が分からない、という感じに顔をしかめる。

「はぁ……地下って言ったら地下鉄、メトロでしょう? でもここ近く、ほら。RERのB線は、線路が今いるモンスリ公園付近で地上に出てきてる。この線路の上を走れば普通にたどり着く。でしょ?」

 シャルロットが指さす先には確かに線路があった。

「はぁ~なるほど。そりゃそうだ」

 湊は納得すると、後部座席の仲間の様子を気に掛ける。

 そのまま線路に乗り込み、線路の上を走っていく。

 一行はそのまま地下の闇に消えていった。

 今度こそ、弛緩した空気を落ち着いて感じることのできる時間がシャルロットに訪れるのだった。


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