前日譚 Sene1_牧本結城編 Page4
目が覚めると、そこは病室だった。
とはいっても、人用の病室のような優しいものではない。
無機質でどちらかと言えば機械を整備するために用意された作業室といった風貌だ。
結城の体も寝ているのではなく、頭を上に吊るされている。
服は着替えさせられたのだろう。最低限隠すために真っ白なうすい布がエプロンのように掛けられている。
無数のコードが全身のあちこちから伸び、それぞれが一度天井を経由してから適応する機械へ繋がれていた。
首を動かすと、ちぎれて吹き飛んだ左手は新品に換装されていた。
「やーっと目覚めたか」
目覚めた時には気が付いていなかったが、里宮は結城の目の前の椅子に座っていた。
「気を失っている少女のほぼ全裸に近い姿をずっと見ていたのかい? 変態さんかな?」
「お前のそんなメカメカしい体に欲情するかよ馬鹿か」
里宮が椅子から立ち上がって近寄ってくる。
「ったく、犯人取り押さえるために自分のバッテリーの電力を全部右腕に集めてスタンガン代わりにする奴があるか」
そう言って里宮は結城の額にデコピンをした。
「イテッ」
痛かった。痛覚がしっかりと戻っている。
「怪我人に対して暴力をふるうのはよくないと思うよ? おじさん」
「アホ、この程度でお前の体に影響出るかよ」
へへ、と軽く笑う結城。
意地悪そうな笑顔を浮かべている里宮だが、その顔からはどことなく安堵の感情が読み取れた。
「おはよ、おじさん。あれからどれくらいたったんだい?」
「半日ぐらいだ」
里宮は左腕についた腕輪端末から時間を表示して見せる。
“西暦二〇八三年 十月 三日 日曜日 午前六時 十三分”
確認した結城は里宮に視線を戻す。
聞きたいこと、いや、聞かなければならないことがある。
「事件の方は?」
「とりあえず、ソコロフの奴はお前が電流でぶっ壊したから絶賛データサルベージ中。ありゃ一週間はかかるな」
「あーえっと、じゃ子供たちは?」
「全員今は病院で検査と治療。意識不明の子が二人いたがまぁ命に別状はないそうだ。全員親御さんとの連絡も取れたから心配することはなんもねぇな」
「そうか……それはよかった」
ホッとした表情になる結城。
「ま、ただ、一件落着、と行きたいところだが……」
「あぁ、そうもいかないね」
二人とも、今回の事件はまだ何かある、そう考えていた。
「あの違法義体、確かに機械医と言う立場であれば自分を改造するぐらいは容易だろうけど、そもそもあのパーツはどこから手に入れたのか……」
「あぁ、あいつには確かに機械化手術の知識はあった、が、あんな違法パーツ作る知識までは持ち合わせてはいないはずだ。しかも鳥類型の脚部だと? あんなの俺は国外で見たきり久しく見てねぇぞ」
里宮のパーツの性能の話を聞き、結城はふとあることを思い出す。
「あ、そうそう。今回、ボクが犯人に反撃を許した理由だけど」
「ん? あぁ確かに、違法義体とはいえお前がやられるなんて確かに珍しいな」
「簡単に言えば火力不足だ。的確に右肩部のジョイントを撃ち抜いたにもかかわらずびくともしなかった」
「は? あの口径で?」
「あぁ、あの口径で」
「俺が戦ってた時はそんなことなかったぞ……つーことは何か? 最新型の義体って事か?」
「わからない。事実なのは並みの義体パーツじゃないってことだ」
「はぁ……」
里宮は新しく頭を悩ませる要因が増えたと頭を抱える。
「データサルベージでき次第、聴取しておかないと、だね」
「まぁ、そうだな。だが――」
里宮が結城の顔を覗き込むように顔を下げ、結城の頭をわしっと右手でつかむ。
「とりあえず、何にしてもお前は調整やら何やらで少なくともあと二日は療養な? 定期メンテもさぼってたんだからこの際全部見てもらえ」
「はぁ……ボクこれ退屈だから嫌いなんぁけどなぁ。わかったよ、おじさん」
「わかったならよろしい」
それから二日、死ぬほど退屈な日々を過ごした結城が解放された後に、はめを外しすぎて里宮に怒られたのはまた別のお話である。
●
西暦二〇八三年 十月 十八日 月曜日 午後三時 四十四分
東京都新海区四番地 とあるアパート
一人の少女がソファーに座り、本を読んでいる。
青い瞳が機械的に文章を追い、白い髪を邪魔にならないよう耳にかけている。
事件から二週間。結局ソコロフの聴取から芳しい情報は出てこず、捜査は頓挫していた。
結城も、これ以上は出てこないだろう、と直感的に感じていた。
そんな時、腕輪端末に着信が届く。
里宮からだった。
「どうしたんだい?」
『いいニュースがある。聞きたいか?』
「そのために掛けてきたんだろう?」
『じゃ、言うぞ。この間の事件、相手の違法義体についての情報を上にあげたんだが、どうやら正式に上も専門部隊の必要性があると考えたようでな。お前の対機械生命体テロ部隊の案が採用されることになったぞ』
「本当かい!?」
思わず立ち上がり、問い返す結城。
『あぁ、マジも大マジだ。ただ、そうするとメンバーをどうするか、だが――』
「安心しなよ、もう目星はつけてある」
食い気味に結城は言い返す。
『は?』
素っ頓狂な声を出す里宮。
『お前まさか――』
「その“まさか”さ。準備よろしく」
『はぁ……了解だ』
「じゃ、また後で」
結城は再びモッズコートを着て、玄関から出ていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます