前日譚 Sene1_牧本結城編 Page3
西暦二〇八三年 十月 一日 金曜日 午後四時 二分
東京都新海区四番地 とあるアパート
結城は家に帰り、ソファーに座っていた。
頭を背もたれに預け、天井を見上げて脱力している。
外は夕方に差し掛かり、あたりが赤く染まり始めている。
あの後結城は事件現場の三つの公園を再び回った。
どの公園にも景観ホログラムで偽装された実体のない街路樹があることを確認してきたのだ。
結城はすでに一本の線がつながったことが分かっていた。
朝から寝ていた里宮はすでに起きている。
コーヒーをもって来て隣に座り、心底つまらなそうにしている結城に対して口を開く。
「どうだ?進捗は」
「おじさん、その前に聞いていい?」
「なんだ?」
頭を起こして結城はゴミ箱に向けて噛んでいたガムを吹き捨てる。
「――この事件ほとんどだれも調べてないだろう?」
「子供の行方不明事件なんてよくあるからなぁ。国からの圧力までかけられちゃ誰も触りたくないわなぁ」
「はぁ……。わっかりやすい事件だったよ」
結城はそこから今考えている推理を語った。
おそらく、今回の誘拐事件は葉山インダストリーの使用する清掃用オートマトンの遠隔操作機能と、オリジナルの鉄製ダストボックスを使用して行われたんだろうということ。
被害者の子供たちは決まって姿を消す直前にかくれんぼをし、隠れているのは全て景観ホログラムの中だったこと。
そしてそのホログラムの近くには決まって清掃用オートマトンがいて、オートマトンの体で子供たちの隠れている部分が一時的に死角になっていること。
「監視カメラの目の前で白昼堂々誘拐できるとすれば、ここしかないんだよ」
「ふむ。確かに子供一人が入る程度の鉄製のダストボックスであれば、その間に入れることもできるはずだ。背の低い街路樹の景観ホログラムに隠れているとなれば、子供は必然的にかがんだ状態で座っている。その上から遠隔操作機能を使ってダストボックスをかぶせてやるだけでいい。あとは頑丈な箱のおかげで音も漏れずにしまい込むことが出来る……か」
里宮は顎に手を当てて真剣に事件の道筋を考察する。
「そう。しかもメンテナンス日の機体は清掃作業後、このマシナリー機械医……って長いな。本名は『笛吹(うすい)・ソコロフ・マトーヤ』だから、“ソコロフ”と呼ぼうか。とりあえず、このソコロフのところに直行だ。
試しにメンテナンス日と誘拐のあった日を照らし合わせてみると、その日メンテナンス指定のされているオートマトンが向かった公園と誘拐が起こった公園が一致したよ。
そして、この事件を実行する上で満たさなければならない最低条件、“脳を積み替えるという作業は医学的、そしてロボット工学的な専門知識が必要不可欠である”という点。これを満たしているのはソコロフだけ。
葉山インダストリーは“機械生命体のパーツ快開発”を主とする会社だ。ロボット工学的に長けた人物はいても、医学的かつ外科的手術に長けた者はそうはいないさ」
肩をすくめてつまらない話に飽き飽きした子供のような顔をしている結城。
「一応過去の経歴も調べてみたけど、彼も元難民でこの国で機械医になり開業、ぐらいしかまともな情報がない。
「だがどれも状況証拠でしかない」
「わかってるさ」
そう。どれも状況証拠であり、確たる証拠がなかった。機械生命体の犯罪は人間の犯罪と違い、指紋や毛髪など、個々を特定できる痕跡をほとんど残さない。
「だったら、“あれ”しかないっしょ」
結城はわかりきった当然のことと言わんばかりにウィンクする。
「――あれってなんだ?」
●
翌日 十月 三日 土曜日 午前十一時 五十九分
東京都新海区十二番地 葉山第一公園
『昨日いきなり“あれ”って言ったと時は何かと思ったが……』
結城のインカムの振動板を里宮の声が揺らす。
「理にかなってるっだろう?」
『いやかなってるけどなんつーかなぁ……』
「パワープレイすぎるって?」
『そうだよ。なんか、こう、もっと違うアプローチとかあるだろ。向こうだってこっちに感づく。そうなれば子供の命が危ない』
「いや、それは問題ない。相手に“自我”があるならなおさらさ」
結城の立てた作戦はこうだ。
遠隔操作された清掃用オートマトンに接続して、操作元を逆探知して犯人を特定する、というもの。
昨日あれから家のPCの中から逆探知ツールを探し出し、結城の腕輪端末にインストールしたのだ。
本来逆探知は警察内部の施設を使えば簡単なのだが、出来たばかりのこの部署を面白く思っていない捜査一課が幅を利かせて使わせないよう嫌がらせを受けているためでそうもいかなかった。
即効性があり効果的だが、里宮はどこか納得がいかないらしい。
「犯行が再び行われるまでの時間がない。多少強硬策でも早急に特定かつ阻止する必要がある。理にかなってるだろう?」
『わかってるんだよ!二回も言わなくていい!』
「そんな喚いているとオートマトンがモード変更したとき見逃すよ? おじさん」
そう、逆探知するといっても遠隔操作されている時間はほんの少し、誘拐の瞬間だけである。
故に里宮が、葉山インダストリー本社のモニタールームで常にオートマトン状況を監視、遠隔操作モードに切り替わったらすぐに結城に伝える必要があった。
『つーか、このおっさんがしっかり監視してたらこの事件もっと早く異常に気が付けたんじゃねぇのか?』
「そのご老人は残念ながら普段はスマホのゲームにご執心さ。見ていないだろうよ」
結城はと言うと、景観ホログラムの低い街路樹ではなく、実体のある高い街路樹の上に登って隠れていた。
読みが正しければ、今日、この真下の実体のない低い街路樹で犯行は行われる。
『しっかし、毎週かくれんぼってよく飽きねぇもんだよ。やらない可能性だってあるだろうに、よくその可能性にかけれるな』
「調べてみると、8年前から動画配信サイトでこの時期の人気の配信にかくれんぼの動画が上がっていたよ。五年前の事件もちょうどこの時期。つまり五年前から九月から十月にかけてのこの時期は子供たちのトレンドはかくれんぼだったということだね。ついでに言えば景観ホロの裏に隠れるのも【かくれんぼ攻略動画】として上がっていたよ。」
『そんなところまで駆使してんのかよ……』
「仮にも小児外科医、子供のトレンドには敏感ということさ。どちらかと言えば運がいいのは三つの公園で街路樹が都合よくなくなっている方さ。さてはていったい誰がやったんだか。さて、そろそろだ。ボクは静かにするよ」
『おう』
案の定子供たちがかくれんぼを始める。一人の女の子が、結城の真下の景観ホログラムの中へ隠れた。
清掃用オートマトンは、街路樹周辺のゴミをすでに拾いに来ていた。鉄製のダストボックスも一緒に後ろに荷車に積んで引き連れている。
徐々にオートマトンが近づいてくる。オートマトンの行動ルートは基本的に、まず外周の街路樹周辺を時計回りにぐるっと一周。その後見まわして適宜拾っていく、という二段階に分かれる。
故に必ず一度は街路樹の前を通る。誘拐を狙うのであればここで必ず遠隔操作モードに切り替わる。
オートマトンが少女の隠れた場所の前までやってくる。
同時、インカムの振動板が再度振動した。
『切り替わった!』
刹那、結城は空中へ身を投げる。
体をひねり右足をダストボックス向けて振り抜くと、少女にかぶせられようとしていたダストボックスが吹っ飛び、蹴られた衝撃で鉄製にも拘らず“く”の字に変形した。
着地し、左腕の腕輪端末から延ばしたコードを一度見た時に調べたポートへ右手で差し込む。
急な介入にオートマトンの動きが止まる。
「み~っけ!!」
腕輪端末の3Dホロモニターに地図が表示され、逆探知で導き出された接続先が表示される。
場所は、うすい機械化小児外科。
コードを引っこ抜くと結城は電動バイクに飛び乗る。
「急行するよ。一瞬とはいえ感づいただろう」
『俺も向かっとく』
里宮も移動を始めたのだろう。インカム越しに物音と走る音が聞こえてきた。
「おっけい!」
一気にアクセルを開けたことで後輪が空転したが、次の瞬間にはグリップを取り戻しバイクは砲弾のように飛び出す。
あまりの速度に赤いテールランプが尾を引いているように見える。
結城は高速で走りながらバイクのコンソールパネルをいじり“緊急車両形態”へシフトさせる。
すると、ホログラムで新たな姿が、バイクに投影された。まるで一瞬で構造が作り替えられたかのように碧色のバイクから白と黒の警察車両フォームへと見た目を変え、何もなかった車体前面の両サイドにパトランプが出現し点灯、回転を始める。
けたたましいサイレンの音が周囲に緊急事態を告げ、公道を走っていた自動運転車両が自動で感知して道を開けた。
結城はその開けた道を疾駆していく。
公園から診療所まではそう遠くはなかった。三分もしない内に診療所目の前に差し掛かった。
しかし、同時に一台の黒いジープが飛び出してきた。
曲がるためにブレーキをかけ減速に入っていた結城への直撃コース。
とっさにアクセル開け回避。急加速に前輪が持ち上がりひっくり返りそうになりながらも駆け抜ける。
すれ違いざまに結城は運転席に座るソコロフを瞳にとらえる。
突撃は失敗に終わったジープだったが、そのまま止まらずハンドルを切り加速、結城が来た道の方へ走り去っていく。
結城はブレーキターンを駆使して、車体を九十度左に傾け左足と前後輪を地面に擦らせて急停止する。
「こんな時に自動ブレーキも緊急時停車システムもない旧車で飛び出していくぐらいにはやましいことしてる自覚があるんじゃないか。てかそれ、道交法違反に公務執行妨害だから!!」
そう言ってほくそ笑むと、すぐさま追走を開始。
旧車であるがゆえに速度そのものはそう速くない。
結城のバイクはすぐにジープに追いつくと、右手でハンドル下のフレーム部分を叩く。
一瞬ホログラムにノイズが走ったかと思うと即座にフレームが開きマウントされていた拳銃“FN-57”が出てくる。
抜き取る動作から流れるようにタイヤに狙いを定め、――発砲。
二度の衝撃が結城の腕を伝う。
拳銃には過剰戦力と言える口径五・七ミリの弾丸が、ジープ右側の前輪と後輪に吸い込まれていく。
破裂音と共に一気に体制を崩すとジープはその勢いを殺しきれず横転。結城は順当に減速し停車、反対側のフレームからもう一丁取り出しバイク飛び降りると両手で拳銃を構えたまま近づいていく。
ジープは左側が下になって横転している。結城からは車体の裏面が見えていた。
運転席側のドアにジャンプして着地、出てくるように促そうとしたその時。
「――ッ!!」
結城はとっさに身を仰け反らせた。
数瞬遅れて、直前まで結城の顔があった場所を“刃”が貫く。
機械認識による危険予知でも、行動予測補正でもない、本能的に結城は“ナニカ”を感じて仰け反った。
背筋が凍るような感覚、と言うのがこういう時は正しいのだろう。
そのままバク宙に推移し同時に車から距離を取る。
異変、と言うのが正しい光景だった。
運転席のドアが吹っ飛ぶ。
中から出てきたのは、かろうじて同一個体とは識別できるものの、異形と言うまでにふさわしい変貌を遂げたソコロフだった。
その体は両足の関節が一つ増え鳥類のように逆に曲がって、右腕は肘より下が鋼鉄の刃になっている。
高さは二メートルを超えるぐらいだろうか、ちょっとした異形の巨人と言えた。
「邪魔を……するな……」
呻くように絞り出すようにソコロフは告げる。表情には気迫が宿っていた。
「おいおい……違法義体まで準備してるのかい?」
結城は一瞬襲い掛かってくるかと身構える――が、しかし、別のサイレンの音が届き始めた。
同じタイミングで聞こえたソコロフは、襲い掛からずジープの後部座席を開けようとし始める。
――何かを、確保しようとしている?
ある予測にたどり着いた結城は即座に発砲。しかし背中に弾丸が突き刺さるもものともしない。
構わなかった。発砲を続けたまま疾駆する。
続けて跳躍、ソコロフの脇腹めがけて蹴りを繰り出した。
これに耐え切れずソコロフは吹っ飛ぶ。
ソコロフはジープの上から落下し、背中から落ちるも、常人ならばあり得ない挙動で起き上がる。
一瞬結城の方を見て苦虫をかんだような表情で何かに迷ったが、すぐに背を向けてビルとビルの隙間に消えた。
「待てっ!」
結城も追いかけようとしたが、その前に確認すべきことがあった。
変形して空かなくなっていた足元の後部座席のドアを力任せに開ける。
結城が覗きこむとそこには5人の子供がいた。シートベルトはされておらず、横転の衝撃で怪我を負っていた。
うち二人は気絶しており、頭から血が流れている。
「ひっ……」
ひどく怯えた表情で一人の少女が結城を見た。
止めるためとは言え、横転させたのは結城だ。そこに罪悪感を感じないわけではない。
だが、今ここで必要なのは謝罪ではない。結城はにこりと笑い口を開く。
「もう大丈夫。お姉さんは警察だ。君たちを助けに来た」
しかし、まだ、震えが収まっていなかった。
結城は車の中へと降りる。足元に二丁の拳銃を置くと、ゆっくりと近づき、そっと抱きしめる。
「大丈夫、大丈夫だから」
ゆっくり少女の後頭部を撫で、耳元でやさしく言葉をささやいた。
徐々にこわばっていた体から力が抜けていく。
外から短いスキール音、そしてバタバタと足音が続けて聞こえる。
ちょうど何台かのパトカーが到着した。
「結城!大丈夫か?」
「問題ないよ」
こじ開けたドアから顔を覗かせる里宮に振り返り返事をする。
「それよりおじさん、この子たちお願い。ソコロフに逃げられた。ボクは今からそれを追う」
そういうと結城は拳銃二丁を拾いジープの外に出る。
「あぁ、分かった。何人か応援連れていけよ」
バイクの元に寄り何本かのマガジンを取り出し装備していく。
「いや、むしろ危険だ。相手は違法義体だ、僕一人の方が都合がいい」
子供の保護に意識を向け始めていた里宮が思わず弾かれたように振り返る。
「はぁ!? マジで言ってんのか……。わかった。とりあえずの確保はお前に任せる。おれは機動隊を呼んでおく」
「頼むよ」
結城は二丁のFN-57を再装填し、ソコロフの消えた通路へ向かう。
その背に声がかかる。
「ただし、絶対無理だけはすんな!」
「もちろんだ」
答えると同時、結城は駆け出して通路に消えた。
●
同日 午後十二時 二十六分
意外と致命傷だったらしい、と結城は痕跡を追っていて気が付く。
油が地面に滴っていた。
おそらく、全身を駆け巡る油圧系統に損傷を与えている。
「まるでヘンゼルとグレーテルだね」
手がかりはそれだけではない、おそらく違法改造しているがゆえに重量が増しているのだろう。
ところどころ、飛んだり走ったりするために踏み切ったであろう場所はコンクリートがえぐれていた。
それら痕跡を追って結城がたどり着いたのは、周囲をビルに囲まれ、ぽつりとそこだけが忘れ去られたような倉庫。確かに、ここであれば人目につかない。
東京都新海区の各グリッドは東京湾に並ぶ海上都市群だ。海底の地盤を貫くカーボン製の柱、通称“セントラルピラー”を中心に六角形プレートを作り、それぞれを橋でつなぐことで都市として成立している。しかしそのプレートの土地は経済競争を促進するためあえて国はほとんど手を付けずに多くの企業に売り自由に開発を行わさせた。それにより戦後の経済危機を乗り切り華々しい栄華を築き上げた一方で途中で自己破産など、様々な理由で放置された施設が多くあり管理の行き届いていない場所が増えてしまっている。ここの倉庫も、それの一つだろう。
ゆっくり、クリアリングをしていく。放置された倉庫というだけあってか、物が散らばり、視界はよくない。
いきなり、コンクリートが陥没しているのを最後に痕跡がパッタリ途切れた。
まるで、ここで思いっきり跳躍でもしたような――。
結論に至ると同時、結城はその場から前宙して飛び退く。
直後、重い何かが空を切る音が結城の耳朶を打つ。
即座に振り返り、FN-57を構える。
「あっぶないじゃないか」
「邪魔されるわけにはいかないのだ……彼らは救われなければならない」
強い使命感が彼を突き動かしているようだった。
「やめないかい? ここで僕を殺したところでキミはいずれ捕ま――って」
ソコロフは結城が話し終わる前に猛然と突進し切りかかった。
とっさに倉庫の棚を盾にするように飛び退き、距離を取る。
ソコロフは構わず叩き切り高く積まれた棚が崩れおち、埃りが舞い上がる。
「全く、ボクの話は聞く気はないようだね。じゃ、実力行使といこう」
ソコロフの動きは当然といえば当然だった。油圧系統に不具合が生じている以上、油圧がなくなり行動不能になる前に決着をつけなければ負けになってしまう。一応の応急処置はしただろうがそれも長くはもたないのは自明の理だ。
埃舞う霧のような視界からさらにソコロフが飛び出してきた。
結城は右足で思いっきり地面を蹴り、ソコロフの突進に対し直角に避ける。
一回一回の威力と速度は計り知れない代わりに挙動は大きい。結城は回避しながら数発続けて発砲。
しかし、今度は明確に右腕の刃に弾かれる。
ならば、と今度は結城がソコロフに向け突進。
その間も発砲し続け行動を封じる。
目の前、ソコロフの切っ先が届くギリギリのライン、そこで結城は左手のFN-57そのものを投げる。
意表を突かれたソコロフの目に直撃。一瞬目がくらんだすきに結城は小柄な体格を生かしてソコロフ右腕に組み付く。鳥類の脚部は前傾姿勢が前提となる脚部のため、ソコロフの体制は簡単に崩れうつぶせに倒れる。
馬乗り状態になった結城は右肩関節に発砲。しかし、接合部の強度は一切緩まない。
「なッ!?」
動揺が走る。これまで余裕があった結城に初めての隙だった。それをソコロフは見逃さなかった。
結城が馬乗りになっている上半身を無理やり起こし、今度は結城の体を下敷きにしようとする。
この図体に下敷きにされればいくら結城と言えど身動きを封じられてしまう。
バランスを崩し反応しきれなかった結城だが、かろうじて下敷きになることなく、距離を取ることに成功する。
しかし、これがソコロフにも体勢を立て直す機会を与えてしまった。
ソコロフは立ち上がることなく膝立ちのまま振り返ると同時、左手を結城に向けた。
今まで使われていなかった左手が変形、中から口径十二・七×九十九ミリメートル大口径対物ライフルのフラッシュハイダーが飛び出し、即座に火を噴いた。
結城は驚愕し目を見開く。
――間に合わない。
直感的にそう感じつつも、何とか無理やり回避しようと体をひねる。
凶弾は結城の左肩を直撃、衝撃を殺しきれず結城の体は後方へ吹っ飛ぶ。
「――かッ、はっ」
真の激痛は叫ぶ前に、痙攣のような衝動の後嗚咽にも似た声が出る。
キーンと頭蓋の中を響くような音の中、視界にいくつものエラー表記が現れる。
焦点を合わせることもままならない視界でやっと左腕を見ると、肩から先が消えなくなっていた。
循環液が漏れだし、エラーが増え続けている。
さらに視線の先にはFN-57が転がっている。衝撃で思わず手から零れ落ちてしまったのだ。
その間もゆっくりと、確実にソコロフは近づいていた。
死亡、もしくは確実に戦闘不能になっているかを確認するために、ソコロフは語りかけた。
「もうその体では無理だろう?」
結城は、何かを諦めたように目を閉じる。
そして口を開いた。
「――人間性維持コードカット」
刹那、意識が一気にクリアになる。激痛、それに伴う嘔吐感など、混濁していた人間的ノイズが一切消え、機械的なデータの処理のみに移行する。
結城の体が普通の人間ではありえない不自然な動きでは跳ね起きた。
意表を突かれ、今度はソコロフの反応が遅れる。
突如、結城の右腕に電撃が走る。皮膚らしい皮膚が焼け落ち、機械的な腕が露出する。
とっさに回避しようとソコロフは後ろへ下がろうとするが、――遅かった。
その腕を間髪入れず結城はソコロフの胸に突き刺す。
――スパーク。
ソコロフの全身が痙攣し、煙を上げ、停止した。
結城が右腕を引き抜くと、その場にソコロフの体は崩れ落ちた。
「あ~あ、ボロボロになっちゃったよ」
改めて自分の体を見た結城は独りごちる。
パンパン、と残った右腕でモッズコートについた埃をはらっていると、倉庫入り口からヘリの音が聞こえてきた。
「あっ」
結城は何か思い出したように動き吹っ飛んだ左腕を回収する。厳密にはその腕についている腕輪端末に用があった。
腕輪端末にはCALLの文字が浮かんでいる。
それにタップし応答する。
『オイ!結城、何で連絡よこさない!』
「ごめんごめん、おじさん。こっちも色々大変だったんだって。とりあえず、確保したよ」
『ったく……心配させやがって。とりあえず場所を言え場所を』
「あー、っとそれにこたえるのは無理――かな。逆探でも何でもして……あとはなんとか……して」
それを最後に、結城は意識を失った。
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