4
ミラさんが落ち着いた後、私は彼女の妹たちの墓を作りました。今は彼女たちを掘り下げた場所に寝かせた所です。
今だから白状します。シャルさんとミュゼさんの声は、私にも届いていました。
ですがアレは、二人の声や喋り方を真似たミラさんの一人芝居だったのです。反応しなかったのは、聞いてて辛かったからです。
家の中に入れてもらった時点で、私は彼女が理想に近い幻想を見ていた事が分かっていました。
異臭の正体が、妹たちの放つ腐乱臭だと直ぐに気付きました。
皮膚は爛れて髪は抜け、体のあちこちにハエが集り、眼球からはウジ虫が湧き出ていました。
冬場だったからか、亡くなってから相当時間が経っていそうな程にボロボロの服でしたが、白骨にはなっていません。それが余計に辛くて、悲しくて……。
「…………………………………………」
「エルシアさん」
やるせない気持ちに打ちひしがれる私は、背後から声を掛けられて振り返りました。するとそこには、街で殴り倒した女性役員の姿が。
他にも街の人が沢山集まってきています。どこか申し訳なさそうな、暗い顔をさせながら。
「……何しに来たんです?」左腕を押さえながら私は聞きます。
「……ミラちゃんの妹さんの事、黙っててごめんなさい」
…………。
聞いてた所で結果は変わって無かったでしょうし、私は首を横に振りました。
そんな私の傍に近寄ってきた女性役員は、何も言わずに腕の止血をして包帯を巻いてくれます。
「一応、お礼だけはしておきます」
「気にしないでください。あの、報酬の話なんですが――」
「いりません」役員の言葉を遮って私は言います。
そもそも受け取った所で、この出来事を思い出しながら使うお金は辛いものでしかありません……。お金とは本来、人を幸福にする物です。それすら出来ないのなら、それは薄汚れたただの金属でしかありません。そんな金属……私にとっては旅の邪魔にしかならないのです。
「それに、私は依頼を受けた覚えがないです」
もし、どうしても報酬を渡したいなら、それはミラさんの為に使ってあげてください――そう言いました。
さて、早い事妹たちの墓を完成させてしまいましょう。いつまでも寒空の下で寝かせるのは忍びないです。
私は二人の眠る穴の前に跪くと、両手を握り合わせて目を瞑りました。
「我らの母なる神よ、どうかシャルとミュゼの魂を導き、その寛大な心で優しく受け止めたまえ」
これは王都国内で行われる死者への弔いの言葉で、その魂が迷わずに神の元に辿り着ける様にする願いの言葉でもあるのです。特に私の所属する裏騎士は沢山の生者を死者に変える役職です。そう言った公務的に人を殺す存在からしてみれば、この言葉は殺めてしまった自分への慰めの言葉にもなっているのです。
私の様に跪く彼等は、許しを請う様に小さな声で謝罪を呟き続けています。
ですが彼女の両親やシャルさんとミュゼさんが彼等を許す事は一生無いでしょう。
だって、彼女たちはもう死んでいるのですから。
そして神への言葉を言い終えて黙祷を終えた私は、松明に火を点けて火葬の準備を始めました。
そんな時です、私のブラウスを誰かか引っ張ってきました。
見ると、そこにはミラさんの姿が。とても悲しそうで、辛そうな表情を長く伸びた前髪の隙間から覗かせています。
「エルシアさん、お願い……。二人を燃やさないであげて」
「…………………………………………」
王都では死者の弔いは火葬が義務付けられています。理由としては病気を流行らせない為です。腐敗すると、人は嫌でも何かしらの菌を振り撒いてしまう。それは生きる者にとって危険な病気に掛かるリスクを跳ね上げてしまうのです。
だから本来、私はミラさんの申し出を聞く事は出来ません。国民としても、騎士としても。
…………。
でも、可哀想ですよね。
火で苦しみながら死んだんです。きっと死んでも尚、火はトラウマのままでしょう。
私は小さく頷くと、燃やさずに二人を埋めてあげるのでした。
〇
私が役所に居た時、役員からはこんな事を聞かされました。
かつてこの街は流行り病に侵されていて、沢山の人が亡くなったそうです。
その時、一人の学者がとんでもない事を街の掲示板に張り付けたのが、ミラさんたちの不幸の始まりでした。
人の体では病に対抗出来ないが、人の憎むべき相手である魔物には病の耐性がある。故に魔物の遺伝子を体内に流し込む事が出来れば、人間は強靭な肉体を手に入れる事が出来る――と。
既に動物での実験は成功していたそうで、後は人間に直接薬を打ち込んで経過観察すれば完成する。この学者は単身でその域まで実験を進めていたそうです。
そしてこの実験に参加した者には、大量の賞金が与えられる約束があったそうです。当時貧困生活を送っていたミラさんの家族は、生きる為にこの実験の被検体に立候補したんだと。
この時「娘が流行り病で死に掛けている」と、彼女の両親は語ったそうですが、真相は分かりません。
で、ミラさんを含む家族全員は魔物の薬を投与されたそうです。
最初の頃は何も問題は無く、本当に体調が良くなって病にも掛からなくなったそうですが、日に日におかしな事に苛まれていきます。
最初に起きた症状は、視覚と嗅覚の変化だそうです。何でも空気中に漂う魔力の様な物が見える様になったんだと。そして匂いで相手の感情や性格を読み取れる様にもなったそう。
次の変化は、どれだけ水を飲んでも喉の渇きが癒えなくなった事。
解決手段として、血を飲むと喉の渇きを癒せる事が判明したそうです。
そして何を食べても空腹状態が続き、解決手段が生の肉を食す事だった。
そんな風に、まるで獣の様な生活を続けていると、体にも変化が訪れ始めました。
そう、角が生えて目が変になっていったのです。
経過観察をしてる最中、既に街から流行り病は消え去っていました。つまり魔物の薬は必要無くなったって事です。
病が消え去ってからは、今まで被検体になってくれた彼女たちに対して街の対応は冷たくなっていき、最終的にはミラさんが話していた虐めにまで発展していったそうです。
ですが、彼女の両親を暴徒が殺した後、街の人は申し訳なさで胸が締め付けられたと、そう言いました。
彼女の両親を殺した暴徒は処刑され、街は全面的に生き残ったミラさんをサポートすると誓ったと。
ですがミラさんは街の人を受け入れず、殺しては食べていたそうです。
申し訳ないと分かっていても、彼女に贖罪をしたいと思っても、今の街の脅威になってるのはミラさん。だから彼女を『魔物』として、誰かの討伐させようと考えたそうです。
つまり、手に負えなくなったから殺してしまおう――そういう事でした。
だから私の受けた依頼、魔物の正体は実はミラさんだと――役員は淡々と語りました。
私はその愚行に、役員や街の人の態度に腸が煮えくり返りました。そして気が付いた時には、私は女性役員の上に跨って顔を殴り続けていました。
私は騎士です、人を殺します。だから命を重んじる人よりも軽視してる自覚はあります。そこに罪悪感を感じる事も度々あります。
でも、命を弄ぶような真似はしなかった。消えて逝く命を嘲笑い、踏みにじる様な真似……私たちは絶対にしなかった。
この街の人は、ミラさんを……彼女の家族を魔物だと言いました。気味の悪い化け物だとも言いました。
でも私の目には、ある意味でこの街の人間の方がよっぽど魔物に見えていました。だから殴る事にも抵抗は無かったし、止められなければ殴り殺してたかもしれません。
彼女の事を街の人にどうこうされるのが嫌だった私は、ある程度の聞き込みをして、ミラさんの元に向かって行ったのでした。
これが、私がミラさんと出会うまでの経緯でした。
〇
あれから三日が経った頃、今日も今日とて雪がヤバいです。なので私はミラさんの家を改修していました。流石に窓の無い家だと、冬場がしんど過ぎる。
トントントン――軽快な音を立てながらトンカチを振う私。
そんな私の傍に、ミラさんが食事を持って来てくれました。彼女は頑張り屋さんなので、一回教えれば大抵の事は出来る様になります。と言うか食事の作り方は教えていないのですが、私の日記帳に書かれてる旅先で見つけた変わった料理の仕方を勝手に覚えて、上出来の完成度でマスターしたのです。
「美味しいです。これ、鹿肉です……よね?」
「……さぁ?」
硬直する私を見てお腹を抱えながら笑うミラさん。アレです、仲良くなると無礼講通り過ぎて結構えげつない悪戯をして来るタイプの子ですよ、彼女。
ですが最後には、しっかりと鹿の皮を見せて来てくれました。これで安心して食べれます。
ミラさんの爪は、私が切りました。これで狩の能力が無くなってしまった訳ですが、代わりに私のフルタングナイフと、街で買ってきた弓矢を彼女にプレゼントしました。
まぁ私も裏騎士ですから? 得意では無いにしろ弓やボウガンの扱いに関しては並の騎士より遥かに上手ですし? 私は教えるのが上手なので狩くらいはサックリ出来る様になりました。
でも何故かナイフスローイングで獲物の眉間を突き刺す技は出来なかったんですよね。まぁまぁいい線いってたので習得させたかった技なのですが……。
ミラさんの目と角は相変わらず変化したままです。ですが牙は無くなりました。きっと時間がある程度の事を解決してくれるのでしょう。
そう言えば街の方でもいい話を聞きました。
何でもミラさんの為を想って、街の大半の方々が彼女を元に戻す為の研究費を寄付、寝る間も惜しんで薬の研究に精を出してるそうです。しかも彼女を養子として迎え入れたいと言う話も役所に集まってきているとかで、女性役員は眼帯を着けたまま必死に動いていました。
きっとミラさんが街に戻れるのも、それこそ時間の問題なのかもしれません。そこから新しい幸せを掴んでくれる事を私は切に願います。
「私ね、そう遠くない内に街に行こうと思うの」
「……怖くないですか?」
私の問いに、ミラさんは首を横に振ります。
「怖いけどさ、街の人は私に親切にしようとしてくれてたんだもん」
でも、そんな気持ちを私が踏みにじってしまった――ミラさんは食事の手を止めて言います。「だからさ、それでも私の為に頑張ってくれてる人の為にさ、私は私なりのやり方で皆に罪滅ぼしをしたいの」
「何かミラさんの罪ってありましたっけ?」
「誤魔化さなくていいよ、エルシアさん」
「…………」
「しっかり分かってる。私が今まで、街の人を殺して食べてた事くらい」
「……そう」私は優しくミラさんの肩を抱きしめました。「頑張ってくださいね」
ミラさんの贖罪は、きっと皆に伝わる筈です。そして充実した普通の生活に戻っていけるでしょう。
しかし残念ですね……彼女が街の人に受け入れられる姿を、私も見たかった。
ですが私は旅人。オーパーツや空白の50年を求めて何処までも歩き続ける、ただの旅人です。いつまでも同じ場所に留まってる訳にはいきません。
もう彼女は大丈夫でしょう。しっかりと現実を見て、全て受け止めた。過去に縛られずに前に進む道を選んだ。この場所で私が出来る事なんて、もう何もありません。
「さて!」私は食事を終えて立ち上がると、ミラさんの頬を撫でました。
気持ち良さそうな、それでいてくすぐったそうな顔をするミラさんは、私が旅立つ事を察したのでしょう。何も言わずに抱き着いてきました。
そんな彼女を、私も思い切り抱きしめます。
「……また、会える?」
「えぇ、会えますよ」
「本当に?」
「もちろんです。世界って意外と狭いんですよ?」
だから、絶対にまた会えます。会いに来ます――そう言って彼女から離れました。「どうかそれまで、お元気で」
「うん、エルシアさんも気を付けてね」
私たちは最後に握手を交わすと、空を見上げました。
空に掛かっていた雲は晴れて雪は止み、久々に見せた日の光が私たちを包み込みます。
「では、さようなら」私はローブをはためかせながら、銀世界の中を歩いて行くのでした。
後になって気付いたのですが、私の日記帳にはミラさんの私に出会ってから今日までの事が小さく掛かれていました。
そして最後に一言「ありがとう」と、その言葉で締めくくられています。
……また、この街に来ましょう。
いつか人間に戻って、美人になったミラさんとショッピングでもしましょう。
私は日記に書かれた彼女の感謝の言葉に続けて「どういたしまして」と書いてから日記帳を閉じました。
この日記帳は基本的に私しか見ません、なので返事を書いても無意味です。
でも、無意味だと分かってても、どうしても返事を書きたくなってしまったのです。
改変世界の観測者 水樹 修 @MizukiNao
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