ストロベリーパイと騎士

@yoru2580

第1話

ストロベリーパイと騎士


人は自分の死を目の当たりするときに本当の自分になれるのです。

そう言って戦場に行った貴方の背中はとても寂しそうに見えた。最後までわがままだった私を貴方は許してくれるかしら。食いしん坊で愛おしい貴方にもう一度会いたい。



「今年は木苺が豊作ですね」

貴方は呑気そうに言う。

去年は全く実らず、ジャムを作っても酸っぱかった。今年は甘い木苺のジャムが作れそうだ。

今日はとても晴れていて、雲ひとつない。

気温もちょうど良く感じる。


「それはまだ熟れてないわ」


「では、これは貴方に捧げましょう」


すっと口元まで運んでくる。

こんなの酸っぱくて食べれるはずもないのに。

なんて意地悪な人。


「酸っぱ~~い…」


「ふふふふ」


少し微笑んだだけでえくぼができる貴方は少し可愛らしいと思った。


「次、戦場に行くのはいつなの」


「さぁ、わかりません」


続けて貴方は言う


「でも、貴方が心配することは何一つありません」


「そういうことが言いたいんじゃないわ」


「では、何を気になさっているのですか」


「…せっかくたくさんジャムを作っても私一人じゃ使いきれないでしょう」


「私は食いしん坊ですから。安心してください」


私は貴方とずっと一緒にいたい。なんて言えるわけない。

だって貴方は騎士、いつ戦場で命を落としてもおかしくない。


こんなに晴れているのに私の心は雲がもくもくと広がっていった。



屋敷に戻るまで貴方は見送りに来てくれた。


「たくさん採れましたね」


「えぇ、ありがとう手伝ってくれて」


「またいつでも呼んでください」


「もちろん。必ず呼ぶわ」


「ふふ、ではまた」


貴方は軽く頭を下げて背中を向けた。

華奢なからだが蒼白い月の光でさらに際立って見える。


「もう遅いわ…泊まっていっていいのよ」


「そんな…」


「お願い…1人で眠るのは寂しいの。それは貴方も一緒でしょう…それに昨日作ったストロベリーパイがまだあるわ」


「私は弱い人です」


丸いストロベリーパイをテーブルに乗せて、五等分にする。紅茶を入れ、皿にパイを乗せる。


「とても美味しそうなパイです。紅茶も」


むしゃむしゃと食べられたパイは瞬く間に消えた。五等分ものパイが。

この、食いしん坊め。


「まぁ…その華奢なからだにどうしたらあんなに大きかったパイが入るのかしら」


「ふふふ、それはですね、きっと私の体のほとんどが胃袋で占められているからでしょう…あぁ、もう寝ましょう」


呆れた。

他の騎士は横柄で、すぐに地位を欲し、強欲なのに貴方は違うのね。食いしん坊で、食いしん坊で…。


「どうして泣いているのですか」


気づけば涙が止まらなかった。

貴方に泣いているところなんて見られたくなかったのに。

でも涙は止めようと思っても止められるものではない。


「行かないで」


「どこにも行きません」


「ずっとそばにいるって約束して」


「ずっとそばにいます」


「嘘つき」


「鼻水が出ています…ふふふ、可愛らしいのでそのままにしましょうか」


貴方は私の涙をぬぐい、鼻を拭いた。

そして私の肩を抱いた。

手は温かくじんわりと私のからだを伝ってくる。

細い指、小さい手で剣を振るってる貴方は想像できなかった。


「一緒に寝てちょうだい…手を握って…」


貴方はベッドの横の椅子に座り私の手を握った。私の手と同じくらいの大きさだった。


「私は寝相が悪いので」


「そんな場所じゃ眠れないでしょう」


「私は立って眠ることもできます」


「そんなの貴方だけだわ…」


窓からさす月の光が私たちを見守ってくれている気がした。

このままずっと一緒にいられたらいいのにって思った。貴方がまた私から長く離れてしまうのとを考えてしまうとまた涙がこぼれてしまう。

そんな私を貴方は私を見つめ、朝まで手を握り続けてくれた。



「本当…なの…?」


「えぇ、これからまた戦場に向かいます」


「どうして…ねぇ、どうしてなの…。どこにも行かないって言ったじゃない」


貴方の顔を見れなかった。


「ずっとそばにいるって約束したじゃない…」


きっと貴方は悲しい顔をしているはずだから。


「必ず帰ります。待っていてくれますか」


「嫌よ…できない約束なんてしてほしくなかった」


「貴方の泣き顔を見るのが辛かったのです」


「もういい…」


貴方は私の手を握る。振り払うことなんてできなかった。貴方は言う。


「帰ってきたら、いっしょにストロベリーパイを作りましょう。ふんだんに木苺をのせて」


「私…貴方を愛してるわ。待つわ…待つに決まってるじゃない。一緒にストロベリーパイを作りましょう」


続けて私は言う


「貴方は私を愛してくれる?」


「人は自分の死を目の当たりするときに本当の自分になれるのです」


雪が降ってきた。

貴方は相変わらず微笑むとえくぼができて可愛らしかった。貴方は戦場へ行ってしまった。


貴方のいない日々は辛かった。

貴方との日々をなんどもなんども思いだした。

特にあの雲ひとつなかったあのとき。

木苺を採りに行ったときだ。

あれの半分はジャムにし、もう半分は乾燥させてドライフルーツにした。

日を増すごとに貴方が恋しくなる。


私は毎日、毎時間、毎秒貴方のことを思っているけれど、貴方は私のことを思い出してくれたりするのかしら。


窓を見ると雪が吹雪いていた。

ガタガタと窓が鳴る。

私はただひたすら貴方の身の安全を祈ることしかできない無力さを嘆いた。

蒼白い月がちらりと見えた。




月が綺麗だ。

体が動かず雪の上で空を見上げることしかできなかった。

腹の弓矢を抜いた場所が熱い。どくどくと血が流れていた。

あの人は何をしているだろうか。私のことを思ってくれているでしょうか。

もし私のために泣いているとしたら私がまた泣かせたことになってしまう。

私は何としてでもあの人のもとへ帰らねばならないのにもう体が限界を迎えている。

あぁ、愛していると伝えられなかったのはなぜだろう。

いつ死ぬかもわからないなら伝えておくべきだった。

この吹雪が貴方に私の言葉を届けてくれたらいいのに。

貴方の手はあたたかかった。

貴方に触れたい…また手を握ってあげたい。

そのためならもうなんでもする。

肺が凍るほど寒いのに貴方を思うとこんな寒さはどうでもよくなる。


貴方は私の太陽です。


あぁ、なんてあたたかい。


私も貴方を愛しています


月の神様、どうかあの人に伝えてください。


私は身体中を食い縛りやっとの思いで声に出す。


この言葉は吹雪にのせられ、飛んでいった。





私たちの国が勝ったことはすぐに広まった。

貴方ももうすぐで帰ってくると思うと踊りたくなるような気持ちだった。

あぁ長かった。貴方が逃げようとしても私は貴方を抱きしめるでしょう。

知ってるのよ、貴方が私を愛してることくらい。きっと不器用で照れ屋なのね。


あぁ部屋の掃除をして、たくさんのごちそうを作って貴方の帰りを待ちましょう。


でも、数日経っても貴方は帰ってこなかった。


他のところは帰ってきてるというのに。


もしかしたら寄り道をしているのかもしれないわ。


きっと貴方は帰ってくる。


そう言ってたわよね?


それからまた数日がたち、やっと貴方に会えた。


とても傷だらけだったが、また貴方は微笑んでいる。


私は貴方の手を握りしめた。

あぁ、なんて冷たい。

こんな吹雪のなかにいたんですもの


春がすぎた。

雲ひとつなく、気温もちょうど良く感じる。

花がたくさん咲き、緑が広がっている。

貴方は私の隣にいた。


「今年も豊作になりそうですね」


「えぇ、また木苺のジャムがつくれそうよ」


「去年のジャムはとても美味しかったです」


貴方は微笑んで、私の手を握る。

手は温かかった。

たくさんの木苺を摘み、持って帰る。

これでストロベリーパイを作るのだ。


「これだけあれば十分よ。帰りましょう」


「えぇ、帰りましょう」


屋敷へ戻り、ストロベリーパイを作る準備をする。たまご、ぎゅうにゅう、さとう、バニラエッセンス…そしてさっき収穫した木苺

材料は整っている。


「ふふ、もっと木苺をのせましょう」


貴方はふんだんに木苺を焼いた生地にのせる

その顔はまるでこどものように見えた


「貴方に会えてよかった」


貴方はぽつりと呟く


「私も貴方に会えてよかった」


「戦場ではずっと貴方のことを考えていました。貴方が恋しくて恋しくて…。でも、もう私は戦場に行く必要はありません。ずっと貴方の隣にいます」


「抱きしめてもいいかしら」


「ええもちろん」


体は細いが、思ったよりも筋肉があった。身長は貴方の方が少しだけ高い


「あんなにわがままばかり言ってごめんなさい」


「私も貴方に愛していることを伝えられなかった」


貴方はじっと私を見つめる。

瞳が綺麗だった。窓からさす月が貴方と私を照らした。それは私たちのために照らしているようだった。



「私も貴方を愛しています。戦場にいたとき、月にお願いしました。貴方に私の気持ちを届けてほしいと。でもまたこうして貴方に会えて、触れられて、抱きしめられて、本当に嬉しい。貴方は私の太陽だった」


貴方はそう言って、私たちは一緒のベッドで眠った。幸せだった。貴方は私の手を握った。


私が太陽で、もし貴方が月ならもう永遠に会えないんじゃないかと思った。


朝目覚めるとやはり隣に貴方はいなかった。

でも昨日食べ損ねたストロベリーパイが五等分に切られていて、一切れなくなっていた。


きっと、貴方が食べたのだろう。

この食いしん坊め。

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