8-5

「ちょっ、待てよ」

 衛星砲が放たれるタイミングは、ソリオの予想よりもいささか早すぎた。

 すかさずデスクを蹴ったソリオは、驚いて目を見張るアイリンに飛びかかり、押し倒すようにそのまま床に倒れ込む。間髪おかず、背後の窓からは目も眩むような閃光が差し込み、耳をつんざく轟音が響き渡った。

 続いて強烈な衝撃波が、管制塔を殴りつける。ソリオたちがいる二階の窓ガラスも一斉に砕け散り、大量の破片が室内に舞った。

 アイリンに覆い被さるように俯せたソリオの背中にも、ガラス片がばらばらと降り注ぐ。その内の一枚が彼の耳元を掠めて、目の前の床に突き刺さる様に、ソリオが喉をごくりと鳴らす。

 屋外では爆風が荒れ狂い、割れた窓からは強烈な余波が吹き込んでくる。床に転がったソリオとアイリンは、抱き合うような格好で凌ぐしかない。

 閃光と轟音と爆風がシャトル発着場全体を覆い尽くし、やがて静けさが戻るまで、時間にしてみればほんの数分の出来事だったろう。

 だがソリオにはとてつもなく長く感じられた数分間であった。

「いつまでのしかかっている」

 押し倒されたままのアイリンが、冷たく言い放つと同時に右脚を勢いよく蹴り上げた。その膝が股間を的確に直撃して、声にならない声を出しながら悶絶するソリオを、アイリンは無情に押し退ける。

「思った以上の大爆発だったな」

 アイリンが立ち上がりながら、かつて窓だった残骸から外を窺う。その後ろから、へっぴり腰のまま発着場に目を向けたソリオは、目の前の光景に思わず息を呑んだ。

「……こいつはまた、見事に消し飛んだもんだ」

 絶句の後に、ソリオはそれ以上の感想を口にすることが出来なかった。

 採掘坑からはいつ尽きるともしれぬ巨大な黒煙が、天高くまで立ち上っている。そこに聳えていたはずのシャトルもがっしりと巻きついていたはずの龍も、今は跡形もない。それどころか採掘坑の巨大な穴自体が、爆発前に倍する歪な形に大きく口を広げている。

 ぎらついていた工業用照明も、爆発によって大半が吹き飛んだらしい。薄暗がりになっただだっ広い発着場には、採掘坑を中心に、焼け跡とも煤ともわからない黒い紋様が放射状に飛び散っていた。そのところどころに転がって見えるのは土塊か、それともシャトルの残骸か龍の身体の破片かも判然としない。

 四方八方に手を伸ばした黒い紋様は、触れるものを地獄の穴底に引きずり込もうとするかのようだ。黒い手の先端は管制塔の一歩手前まで伸びて、それはまるでソリオたちを捕らえ損ねて力尽きたようにも見えた。

「こんだけの爆発なら、さすがにあの馬鹿でかい龍もひとたまりも無いだろう」

 そう言って未だ黒煙が立ち込め続ける採掘坑から、ソリオの視線がゆっくりと右に滑る。爆撃跡と称しても良さそうな惨状に半ば感心すらしながら、やがてその目はシャトルの発射台を捉えた。

 それはかつて発射台だったものと呼ぶべきだろうか。爆風にへしゃげた鉄骨は根元から地べたに薙ぎ倒されて、真っ黒になった土台部分のみが辛うじて生き残っている。

「あれ?」

 その土台部分に何やら動きが見えたような気がして、ソリオは心持ち目を眇めた。この状況で、あんな遠くに動くものが見えるはずがない。

 そのはずなのだが、見つめ続けているとやはり、土台に沿うようにして蠢いているとしか思えない。もしやと思って凝視し続けている内に、その正体が明らかになっていく。

 それは真っ黒焦げになった岩のような肌に覆われた、龍の尻尾の一部であった。

 それだけでも十メートル以上はあるだろうという龍の尻尾は、爆発で吹き飛ばされたものの、発射台の土台に引っ掛かっていたのだろう。通常の生物であれば死骸の一部でしかないはずだが、尻尾だけになってもなお蠢き続けるその姿を見てソリオの脳裏によぎったのは、『龍追い人ドラゴン・チェイサー亭』で聞いたデミルの言葉であった。

 ――あの化け物は一部でも身体が残ってれば、そっから再生するんだよ――


 ◆◆◆


 推進剤を満タンにしたシャトルに、大出力の衛星砲が放たれた結果生じた爆発でも、管制塔ビルは辛うじて崩れ落ちなかった。発着場の中でも対角線上の端と端に位置した、採掘坑から最も遠い距離にあったことが幸いしたのだろう。

 屋上にいたトビーも、爆発の瞬間は塀の内に身を屈めて難を逃れていた。

「……クソッタレめ」

 塀に凭れかかり、投げ出した両足の先には、彼が後生大事に抱え続けてきた衛星砲の照準装置ポインターが転がっている。銀色の銃身の半ばには、よく見るとわずかな凹みが見えた。それがあの中毒者ジャンキーの大男、ザックの拳で殴りつけられた跡だと気づいたのは、衛星砲を打ち終えた後のことだ。

「ったく、ザマあねえぜ」

 自嘲を浮かべるトビーの耳に、外付けの階段を昇る音が響いて聞こえてくる。やがて屋上に赤毛頭がひょっこり現れたかと思うと、ソリオの長身が姿を見せた。

「階段の踏み板が何枚も落っこちてるぜ。危なっかしいったらありゃしない」

「……あの爆発で、階段が残ってるだけまだマシだろ」

 投げやりに答えるトビーに、ソリオが薄笑いを浮かべながら歩み寄る。

「――なんで仕留め損なった?」

 臆面も無く直截なソリオの問いに、厳つい顔があからさまに歪む。

 苦虫を何匹も噛み潰して、やがて大きく息を吐き出してから、トビーはようやく口を開いた。

「あのクソ中毒者ジャンキーにぶん殴られて、照準装置ポインターがイカれたんだよ」

中毒者ジャンキーって……ああ」

 ザックの容貌を思い返したのだろう、軽く眉を上げるソリオに、トビーは忌々しげに恨み言を連ねた。

「龍の全身を捉える前に、勝手にレーザーがぶっ放されちまった。お陰で尻尾だけちぎれて吹っ飛んで、追い打ちかけようにも次弾のチャージに一時間はかかる」

「なるほどね。そりゃ、ご愁傷様だ」

 ソリオが塀越しに発射台の残骸に目を向けると、ちぎれた龍の尻尾と覚しき物体は、既にそこには見当たらなかった。地面には引きずった跡が見えるから、尻尾だけでどこぞへと雲隠れしてしまったのだろう。

 まったく大した生命力だと呆れるほか無かった。あれでは今さらトビーが追撃をかけようもない。

 長年追いかけ続けてきた獲物を仕留める絶好のチャンスを、みすみすフイにしてしまったのだ。塀に背を預けたトビーは唇を引き結んだまま無表情だったが、それが落胆の表情であることはソリオの目にも明らかであった。

「まあ、そうしょぼくれなさんな。チャンスがあったら、またお膳立てでもなんでも手伝うさ」

 そう言ってソリオはジャケットの内に右手を突っ込んだ。そして取り出したベープ管の吸い口を咥える彼を、トビーが訝しげな目で見上げる。

また・・?」

 するとソリオはベープ管を咥えたまま、唇の端を吊り上げた。

「そんな不思議そうな顔するなよ。俺もしばらくはこの星に厄介になるわけだし、だったらあんたとは、まだ相棒ってことだろう?」

「……はっ」

 トビーが吐き出すように笑い返した。

「俺とてめえで仲良く、龍追い人共ドラゴン・チェイサーズか」

「そう、そう。そういうこと」

 つられるようにして、ソリオも声を立てて笑う。

 闇夜の下で照明に照らし出された、未だ黒煙の鼻につく匂いが漂ってくる空間に、ふたりの乾いた笑いが一時響き渡る。

 そしてベープ管を吸い込もうとしたソリオが、ふと眉をひそめた。

「そういや空にしてたんだった。あれ、代えはあったかな」

 ジャケットの外から内からスラックスまで、ソリオがリキッドを求めてポケットを漁る。するとおもむろにトビーが懐からリキッド筒を取り出して、そいつを無造作に投げ渡した。すかさず右手でキャッチしたソリオは、中に詰まったリキッドの色を見てひゅうと掠れた口笛を鳴らす。

「上龍爪草タツメグサじゃないか、気が利くね」

「勘違いするな、後でちゃんと金は払えよ」

「そいつはちょっと、相棒相手にケチ臭くねえか?」

「それとこれとは話が別だ」

 いつの間にか自身のベープ管を口にしていたトビーが、大きな煙の塊を吐き出しながらぶっきらぼうに言い放つ。その様子を見て肩をすくめたソリオもまた、諦めたような仕草でベープ管を咥え、唇の端から煙を燻らせる。

 ぼろぼろになった管制塔の屋上から、ふたりの男が吐き出すベープの煙は、星空に達する前に闇に溶け込み、消えていった。


 ◆◆◆


「やった! やったぞ! ざまあみろ!」

 深夜のフロート市の一角、とあるマンションのフラットでは、タヴァネズが歓喜の祝杯を上げていた。

 寝入りばなをトビーに叩き起こされて、渋々とホログラム・スクリーンを立ち上げた彼女は、つい先ほどまで食い入るように受信映像に齧り付いていたところであった。

 そこに映し出されたのは、ゲンプシーの秘密のシャトル発着場が、龍やシャトルもろとも派手に大爆発するまでの一部始終である。最後の爆発の瞬間には思わず両手を上げて、快哉を叫んでしまったものだ。

 密貿易はゲンプシーの最大の収入源である。その手段をここまで徹底的に破壊されては、彼もしばらく身動きが取れないだろう。しかも表向きは『昔にうち捨てられた廃鉱で暴れ回る龍への対処』なのだから、ゲンプシーは管理本部に文句の言い様もないのだ。

 それどころか前任の本部長も手を出せなかったシャトル発着場を見事に排除したという功績は、バララト本国にも聞こえが良いに違いない。まかり間違えば、任期を待たずして本国に復帰出来る可能性すら見える。復帰と同時に昇進すら有り得るかもしれない。

 フロート市は未だ真夜中だというのに、今のタヴァネズには光り輝く未来ばかりが目の前に広がっている。

 秘蔵の酒を開けて、なみなみと注がれたグラスを掲げながら、タヴァネズの高笑いはいつまでも止むことがなかった。

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