#6 下衆の企み畜生の思惑塗り重ねれば皆真っ黒け

6-1

「トビー、なんであんたがこんなところにいるんだい?」

 今まさに沈まんとする茜色の陽光が、ソリオの彫りの深い顔立ちにくっきりとした陰影を作る。そこに浮かぶのは、いっそぺろりと舌を出していた方が似合いそうな、軽い驚きであった。

「そんなにびっくりすることはねえだろう。お前みたいに怪しげな野郎、放し飼いにしておくとでも思ってるのか」

 そう言って組んでいた腕を解き、一歩足を踏み出してトビーがにじり寄る。その動きに合わせるように扉を引き戻しつつ、ソリオは見当つかないといった風に首を振った。

「おかしいな。GPS機能付ナノマシントレーサーに気をつけて、『龍追い人ドラゴン・チェイサー亭』ではベープは頼まないようにしてたんだけど」

GPS機能付ナノマシントレーサー入りなのはベープ・リキッドだけじゃねえよ。お前が飲んだコーヒーにも、たっぷり仕込んである」

「あの、やけに不味いコーヒーかあ!」

 思い当たったという具合にソリオが己の額をぴしゃりと叩く間にも、トビーはさらに二歩、三歩と歩を進める。

「てめえには聞きてえことが、腐るほどあるぜ」

「答えてあげたいのは山々なんだけど、もう少しだけ待ってくんない?」

「待つわけねえだろ!」

 声を張り上げたトビーの目の前で、ソリオが勢いよく扉を引く。トビーの手が把手を掴んだのと、扉のオートロックの施錠音が響いたのは、ほぼ同時のことであった。

「てめえ、開けろ!」

 把手を壊しかねない勢いで上下させるトビーに、扉の向こうからソリオの申し訳なさそうな声が聞こえた。

「もうちょっとで片がつくがつくから、それまで辛抱してくれよ」

「ふざけるな!」

 怒鳴るよりも先にハンドガンを取り出したトビーは、扉の鍵部に銃口を向けた。周囲の建物に銃声が反響するのも構わず、一発、二発と立て続けにハンドガンを放つ。鍵部が穴だらけになった扉を力一杯に蹴り開けると、当然のことながらそこにソリオの姿は見当たらない。

 薄暗い倉庫の中は思いのほか広く、寒々とした空間を照らすのは幾筋かの夕刻の日差しのみ。ずらりと並ぶパレット棚の三分の一ほどは積荷で埋まって、明かりの乏しい倉庫内の見通しは悪い。

 トビーは棚と棚に挟まれた通路を歩きながら、ソリオに紐付いた『首輪』の位置を示す地図を再表示した。倉庫の敷地一杯にまで倍率を上げれば、『首輪』が発信する赤い光点がまだ倉庫内にいることがわかる。

「逃げられると思うなよ」

 ハンドガンを衝撃ショックモードから麻痺パラライズモードに切り替え、光点を目指して通路を歩き出す。人気のない倉庫内にトビーの靴底が響き渡り、合わせるかのように光点も動き出した。もうひとつの出口でもあるのだろう、反対側の壁際に向かう光点を見ても、トビーは慌てない。

 ソリオはこの星に来たばかり、自前の移動手段を手に入れる暇はなかったはずだ。『首輪』を飲み込んだままのソリオが、そんな状態で逃げ切れるはずがない。

 むしろ狩りの愉悦すら味わいながら追いかけるトビーは、ふと眉間に皺を寄せた。

 なぜなら光点が、壁際で唐突に動きを止めてしまったのである。それどころか――

「おおい、トビー。ちょっとなんとかしてくれないか」

 ソリオの情けない声が、助けを求めて彼の名を呼んだ。この期に及んで、追跡者に何を頼み込もうというのか。訝しみながらも歩を進めたトビーが、ついにソリオの背中を視界に捉える。と同時に、トビーは状況に合点がいった。

 両手を上げたまま立ち尽くすソリオの向こうには、彼に狙いを定めたハンドガンを構える、司法捜査官アイリン・ヂューの姿があった。


 ◆◆◆


 倉庫内の片隅にあった椅子に腰掛けさせられて、肩を縮こまらせるソリオの顔に、ふたつのハンドガンの銃口が向けられている。そのひとつを握り締めながら、アイリンはここにたどり着いた経緯を説明した。

「マテルディ・ルバイクがこの埠頭に向かったという情報を得た」

 チュールリーからマテルディを見かけたという宿を聞き出して、アイリンは当然その宿に直行したものの、着いたときには既にチェックアウトされた後であった。だが宿に備え付けられた端末の使用履歴を追うことで、マテルディが埠頭への移動手段を調べていたことを突き止めたのである。

「そこでこの埠頭に駆けつけたところに、派手な銃声が聞こえたら調べないわけにもいかないだろう」

「さすがだね。その若さで捜査官は伊達じゃない」

 薄っぺらい賞賛を口にするソリオの赤毛頭に、ハンドガンの銃口がごりごりと擦りつけられる。「痛ててて」と叫ぶソリオを無表情のまま見下ろしながら、アイリンは疑問を口にした。

「しかしマテルディ・ルバイクがなぜこの埠頭を目指したのか、その目的がわからん」

「それこそこいつから聞き出すべきだろう」

 もうひとつのハンドガンの銃口をソリオの額に合わせつつ、トビーは片方の口角を軽く吊り上げた。

「てめえが裏でこそこそと何してたのか、全て吐け。吐かねえって言うなら――」

「わかった、わかった。全部話すから、その銃は下ろしてくれないか」

 冷や汗を浮かべながら、なおも笑顔を絶やそうとしないのだから、トビーも内心でソリオの図太さに舌を巻く。

「一服するぐらいは構わないよな?」

 そう言って胸ポケットから取り出したベープ管を吸い込んだソリオは、大きく水蒸気の煙を吐き出してから語り始めた。

「アイリン、君はマテルディを捕まえに来たんだろう?」

 ソリオに馴れ馴れしく名前を呼ばれて、アイリンは一瞬ぴくりと眉を震わせながらも、その言葉に頷いた。

「そうだ。彼女はバララト宇宙港爆発事件の重要参考人だ」

「うん、うん」

「そしてソリオ・プランデッキ。お前はマテルディ・ルバイクの亡命を幇助している」

 アイリンの黒目がちの瞳から、ソリオの顔に刺すような視線が放たれる。だがソリオは動揺の代わりに、薄い笑みを浮かべて尋ね返した。

「俺が彼女を? どうして?」

「航宙省は、マテルディ・ルバイクという身内が爆発事件に関わったことを、ひた隠しにしようとしている。お前は航宙省の命を受けて、彼女が秘かにバララト領から脱する手助けをしている。違うか」

 するとソリオは再びベープ管を咥え直し、今度はそのまま唇の端から煙を漏らす。

「いいとこついてるよ、アイリン」

 学生の解答を採点するかのような言い草に、アイリンはわずかに眉をひそめ、トビーは白々とした表情でソリオの顔を見返す。

「でも惜しい。航宙省は、マテルディを追い払う程度じゃ安心出来ないらしい。俺が命じられたのはより確実な解決だ、つまり――」

 ふたりの顔を見比べながら正解を告げるソリオの口調は、極めてさりげなかった。

「マテルディの『処分』さ」

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