5-6
惑星エンデラ唯一の都市部であるメガフロート群の、東端を占めるのが軌道エレベーター区画である。先日の龍の襲撃によって被害を受けたのは、その北部の倉庫や港湾施設がひしめく一帯だ。
被害施設の復旧作業は進められているものの、三分の二は未だ使用不能という状況が続いている。辛うじて稼働中の施設は北部一帯の中でも東に近い部位にあるが、それこそがトビーのカーキ色の手動車両が目指す先であった。
貨物車両の群れに混じりながら、トビーの車が目的地にたどり着いたのは、間もなく暮れようとする陽が海面を茜色に染める頃合いである。
「くそ、すっかり寒くなっちまった」
車を下りたトビーが、フライトジャケットの衿を立てながら愚痴た。長大かつ様々な建物に囲まれたフロート市と異なり、大海原に面して遮るものが少ないこの辺りは、しばしば強風に晒されて、防寒着無しでは過ごせない。
「おい、本当にここでいいんだろうな」
トビーの車に続いて停車した黒塗りの大型車から、三人の人影が姿を見せる。その中から歩み出た赤鼻の小男が、訝しげに尋ねた。
「ソリオって野郎が、なんだってこんなところにいるんだよ。
彼らが訪れたのは、港湾施設の中でもとりわけちっぽけな、メガフロート群と陸の間を往復する旅客便用の埠頭である。赤鼻の言う通り、海を渡って陸に向かうのでもない限り、利用する者など滅多にいない。
だがエンデラに来てまだ間もないソリオが、陸に用事も伝手もあるとは考えにくい。赤鼻の疑問は至極もっともであった。
「知らねえよ。そいつはソリオに訊いてくれ」
それ以上の苦情は受けつけないとばかりに顔を背けると、トビーは右耳に装着した端末に指を触れる。すると彼の右目の五センチほど前の空間に、コンパクトなホログラム・スクリーンが浮かび上がった。
スクリーンに映し出されているのは、軌道エレベーター区画を現す地図と、赤い光点である。光点が指し示しているのは、今トビーたちが立つ、この旅客船用埠頭の一帯だ。
「ここら辺にいるのは間違いねえ」
「ここら辺といっても、まだ広いぞ。もっと範囲は絞れねえのか」
「無茶言うな。『首輪』だってそろそろ寿命が尽きるところだ。そうなったら俺にもどうしようもねえよ」
再び端末に触れてスクリーンを仕舞うと、トビーは赤鼻に振り返った。
「ここにいるってはっきりわかっているうちに、お前らで手分けして探すんだな」
「クソッ」
赤鼻は苛立たしげに吐き捨てながら、背後の男たちに向かって指示を出す。埠頭一帯に見当たるのは、ぽつぽつと建ち並ぶ何軒かの事務所ビルと、そのほかには停泊する何隻かの船である。それぞれはたいした大きさではないが、三人で全てを探し回るのはさすがに骨が折れるだろう。
しかも船は、いつこの埠頭を発つかもわからない。旅客は貨物に比べて需要が少ないため、そもそも定期便がないのだ。船の出発も到着も、そのときの客の入りや船長の気分次第なのである。
手動車両の扉に身体を凭れるトビーの目の前で、赤鼻たちが埠頭一帯に散らばっていく。その様子を見届けてから、トビーはフライトジャケットの内からベープ管を取り出した。
「せいぜい血眼になって探し回るんだな、阿呆ども」
ひと口吸い込んだベープの煙を、吊り上げた口の端から漏れ吐きながら、トビーは再び右耳の端末を操作する。再び右目の前に浮かび上がったホログラム・スクリーンには、埠頭一帯の地図が、先ほどより細部まで拡大して映し出されていた。
範囲を絞れないなど、とんでもない。トビーがGPSを連携させている衛星は、一般の住民には解放されていない、微細な照準機能を備えたレーザー砲を搭載している。その照準機能を利用すれば、地上三万六千キロメートル以上の高高度から、物陰で立ち小便する酔っ払いさえ捉えることが可能だ。
だがそこまで赤鼻たちを手助けする謂われはない。ただそれだけのことである。
辺りを手分けして駆けずり回る三人の様子を眺めていると、岩壁に波頭が打ちつける音に混じって、いつしかエンジンの唸りが響き始めた。どうやら停泊中の船のうち、一隻が埠頭から離れようとしている。
事務所ビルの捜索から戻ってきた赤鼻も、その音に気づいて足を止めた。夕暮れの海へと進み出す船に一瞬目を向けてから、トビーを振り返った彼の顔には、もしやという焦りが浮かんでいる。
「トビー、まさかあの船に乗っちゃいねえよな」
あの船には未だ赤鼻たちの捜索の手が及んでいないと知って、トビーは大袈裟に両手を持ち上げる仕草を見せた。
「お前らもとことん運がないな。ちょうど今、俺の端末上でも海に向かって動き出したところだ」
「畜生!」
赤鼻は地団駄を踏みながら、呆然としているわけにはいかない。急いで残る二名を呼び戻した彼は、トビーにひと言も声をかけることなく、そろって黒塗りの大型車に乗り込んだ。
陸にもゲンプシーの手の者は大勢いる。これから陸側にある三つの港で、網を張る手配をするのだろう。爆音と共に走り去る黒塗りの車が見えなくなるのを確かめると、トビーはベープ管を仕舞い込み車から離れて歩き出した。
右目の前に浮かび上がる地図をさらに拡大すると、赤い光点が船と共に移動しつつあるなど大嘘も良いところであった。未だ埠頭一帯にとどまり続ける光点は、トビーの足が向かう先にある建物の陰に潜んでいる。
そこは数ある事務所ビルの中のひとつ、先ほどの船が進発した埠頭の目の前に立つ建物の、裏手に構えられた倉庫の中。光点がしきりに中と外を出入りしていた地点まで足を運ぶと、従業員用らしい倉庫出入口の扉が半開きになっている様が目に入った。扉の前で仁王立ちになったトビーが太い腕を組んで待ち構えていると、さして間も置かずに扉がゆっくりと開き、やがてひとりの人物が姿を見せた。
「よう、探したぜ」
獲物を追い詰めた猟犬の眼差しを放つトビーの前に現れたのは、困ったような薄ら笑いを浮かべて赤毛頭を掻く、ソリオそのひとであった。
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