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 三白眼は開かないほど瞼が腫れ上がり、間違いなく折れているだろう曲がった鼻は、鼻血が詰まっているのか呼吸も苦しそうだ。床に転がったまま呻くヤンコを見下ろして、トビーの声音はひときわ険しい。

「なんのつもりだ」

 トビーが鋭い目つきで睨み返しても、相手もゲンプシーの下で荒事に従事してきた面々である。怯むことなく一歩前に進み出たのは、中でもリーダー格らしい赤鼻の小男であった。

「トビー、あんたの相棒のソリオって野郎に会わせてくれないか」

 耳に障る甲高い声に、トビーの眉間が皺を寄せる。ゲンプシーの配下がソリオの名前を口にするのは、いかにも不穏であった。

「あの薄ら馬鹿になんの用だ」

「なあ、トビー。聞いているのは俺だ。ソリオって奴はここにいるのか、いないのか?」

「ああ?」

 トビーがどすの利いた声で応じても、赤鼻も一歩も引こうとしない。

「こっちもボスの命令で動いてる。簡単に折れるわけにはいかねえんだよ」

 なるほど、ゲンプシーが直接指示を下しているのだとしたら、赤鼻たちもトビーに睨まれた程度では引き下がれないだろう。トビーは「ここにはいねえよ」と答えるとカウンター席から立ち上がり、今度は足下の少年に向かって尋ねた。

「ひでえ有様だな、ヤンコ。何をやらかしたらそんな目に遭うんだ」

 開いているのかもわからない目でトビーの顔を見上げて、ヤンコは仰向けのまま口を動かした。

「あいつ、ソリオに、設計図レシピを売った、だけ……」

 息苦しそうに答えるヤンコの言うことは、トビーには初耳である。

設計図レシピだと。なんの設計図レシピを売ったってんだ」

「……あの野郎、やっぱ、言ってねえ、のか……」

 そこでヤンコが朦朧とし始めたため、トビーは膝を突いて少年の上体を抱え起こした。折良くデミルが用意したコップ一杯の水を、無理矢理少年の口にあてがう。ヤンコはひと口水を含むと、しばらく何度も咳き込んでいたが、やがてひゅうと息をつけるほどまでには意識を回復させた。

「宇宙港の、管制システムの設計図レシピだよ」

 呂律を取り戻したヤンコの回答に、トビーが片眉を跳ね上げた。この界隈には似つかわしくない、特級の設計図レシピである。

「そんな大層なもん、どっから手に入れた」

「ここら辺じゃ見かけない、なんだか野暮ったい女さ。えらくおどおどして、商談中もずっと人目を気にしてた」

 宇宙港の管制システムが刻まれた設計図レシピを、非合法モグリの現像技師に売ろうとする女。しかも彼女は人目を気にしていたという。その証言は、昨夜アイリンに見せられたホログラム・スクリーン上の顔写真を、トビーに思い起こさせるのに十分であった。

「その女、ブルネットの、ウェーブした長い髪じゃなかったか」

 トビーの問いに、ヤンコの腫れ上がった瞼が微かに持ち上がる。

「おっさんもソリオと似たようなこと訊くんだな。そうだったような気もするけど、あんま覚えてねえ」

 ソリオも同じことを尋ねてきたという、それは女の正体以上に重要な事実である。

「ソリオには仕入れの倍値を吹っかけたら、あいつは三倍出すって言うからさ。そしたらもう売るしかないだろう? だから――」

 そこまで言いかけたところで、少年の鳩尾に強烈な足蹴りが打ち込まれた。蛙が潰れたような声を吐き出しながら、ヤンコが腹を抱えて身体をくの字に折る。

 再び横に倒れたヤンコに、蹴りを放った赤鼻が罵声を浴びせかけた。

「てめえ、ボスに商談を持ちかけておきながらよそに売りつけるたあ、舐めた真似してくれるじゃねえか!」

「……早いもん勝ちだって、言ったじゃねえか。手付け金もなしに、取り置きはしな……」

「聞く耳持たねえよ!」

 二撃目を蹴り込もうとした赤鼻の右足は、ヤンコの顔面を捉える直前で、その足首をトビーの大きな右手に掴み止められた。

「俺の目の前で騒ぎを起こすとは、いい度胸してるな」

 そう言うとトビーは赤鼻の足首を掴んだまま立ち上がり、振り払うようにして右手を放す。片足を持ち上げられた格好の赤鼻はトビーの膂力の赴くまま、勢いよく床に叩きつけられた。

 呻き声を上げながらもなんとか上体を起こした赤鼻の目と、あからさまに見下したグレーの瞳とがかち合う。

「要するにてめえらは、ソリオからその設計図レシピを奪い返したいってことだろう?」

 気を呑まれた赤鼻が、「ああ」とだけ言って顎を引いた。その返事を聞いてトビーが鼻で笑う。

「最初からそう言えばいいんだよ」

 そしてトビーはヤンコを医者に診せるようデミルに告げると、ゲンプシーの配下たちについて来いと言わんばかりに、そのまま『龍追い人ドラゴン・チェイサー亭』の外に向かって歩き出した。

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