3-4

龍追い人ドラゴン・チェイサー亭』のカウンターの内で背後の壁に凭れかかりながら、デミルが気怠そうな目つきで言う。

「今頃トビーは、採掘坑に向かってどっかんどっかんぶちかましてるよ」

 扉のガラス窓越しに差し込んでくる陽光が傾いて、店内に伸びる日差しがソリオの座るスツールの足下に届こうとしている。間もなく夕刻という時間になっても、未だ彼以外の客は見えない。

「開拓間もない植民惑星じゃ荒っぽい保安官は定番だけど、それにしても衛星レーザーなんてどうやって手に入れたんだ」

 既に空になったコーヒーカップを前に、ソリオはベープの煙を吐き出しながら、当然の疑問を口にした。

「あれは賭博に入れあげてた前の本部長をトビーが借金のかたに嵌めて、担保代わりに取り上げたんだよ。一応借用書の体は取ってるけどね。もちろん賭場を仕切るゲンプシーとはグルさ」

「ゲンプシーって、この星を裏から牛耳ってるって奴だっけ。保安官が、なんでそんなのと手を組んでるんだ」

「なんでも何も、あのふたりは昔からズブズブだよ。ゲンプシーはのし上がるために、保安官ならではの情報を得ていた。トビーはその見返りに衛星砲を手に入れた」

 デミルの講釈は極めて簡潔明瞭だったが、だからといって聞き終えたソリオの口からは乾いた笑いしか出てこない。

「これでも結構お行儀良く育ってきたつもりなんだ。裏稼業とは無縁だったし、願わくば爆発とか人死にとかも目にしたくないんだけどね」

「どれもこの星じゃ日常茶飯事さ。トビーと組むならなおさらだ、諦めな」

「参ったな。前の職場で嫌というほど見せつけられたばかりだから、しばらくは食傷気味なんだよ」

 そう言ってソリオが見せたうんざりした表情には、それまでと比べて芝居がかかった仕草に切れがない。デミルは右の眉を心持ち跳ね上げて、少しばかり突っ込んで尋ねてみる。

「爆発や人死にでお腹一杯になるような職場ってなんだい」

 するとソリオは若草色の瞳を上目遣いにして、デミルの顔を見返した。

「トビーから聞いてないか。俺の前の職場が、バララト宇宙港だって」

「ああ」

 その答えだけで、デミルには合点がいった。

 辺境のこの星で、世事と関わりのないような生活を送っているつもりの彼女でも、本国で起きた未曾有の大事故については聞き及んでいる。

「例の宇宙港爆発に鉢合わせたってことか」

「まあね」

「あんたみたいにふてぶてしい男でも気が滅入るなら、よっぽど酷い事故だったんだね」

 毒を含まずにいられないデミルの冷やかしに対しても、ソリオはベープの煙を唇の端から漏らしつつ首を振るだけであった。

「爆発の瞬間に居合わせたってだけならまだしも、なにしろ現場の責任者を仰せつかってたからね。むしろ後始末が大変だったよ。跡形もなくなったドックからロビーから、ばらばらになった人体があちこちに浮かんでるんだ」

 カウンターに肘をついた右手で、額にかかる赤毛を掻き上げながら、ソリオの瞳が自然と伏し目がちになる。

「ちぎれた手足なんて当たり前。鉄骨に顔面をぶち抜かれた上半身とか、血飛沫の真ん中に残った子供服の切れ端とか。宇宙服じゃゲロも吐けないから、何度無理して飲み込んだことか」

 瞼を閉じて吐き出されたため息は、デミルの義眼にも演技と映らない。

「控えめに言って、あれは地獄だった」

「へえ」

 意味を成さない相槌をすかさず打ったのは、彼女なりの客あしらいの術であった。重苦しい告白は、努めて軽く扱うに限る。

「さすがエンデラに流れ着くだけあって、あんたも鬱陶しい過去を引きずってるってわけだ」

「あんたって。我ながら結構ヘビーだと思うんだけど、デミルの目から見たら大したことない?」

「実際ヘビーかどうかは当人にしかわかんないよ。ただこの星に集まる奴は、多かれ少なかれなんかしら抱えた連中だらけさ」

「そういうもんかい」

 ソリオはベープの吸い口を咥えたまま、しばし考え込むように天井を仰ぎ見た。わずかに眉根を寄せて、周囲に白煙を漂わせる青年は、黙っていればそれなりに様になる。感慨にふけるソリオの横顔に、デミルもそれ以上声をかけようとはしない。

 ふたりの間にしばし漂っていた微妙な沈黙を打ち破ったのは、来客を告げるドアベルの音であった。

龍追い人ドラゴン・チェイサーのおっさん、いる?」

 店の扉を押し開けて顔を覗かせたのは、薄汚れたフード付きコートを羽織った、見るからにみすぼらしい身なりの小柄な人影である。頭から被ったフードに隠れて顔はよく見えないが、発せられた声は思いのほか幼い。

 その声を聞いて、デミルは視線だけを寄越して返事する。

「トビーなら龍を追いかけて、ゲンプシーの鉱山だよ。ニュース見てないのかい」

「なんだ、いないのか」

 ぼやきながらフードを脱いだ下から現れたのは、まだ十代半ばと覚しき少年の顔であった。

 伸び放題の黒髪の隙間から、目つきの悪い三白眼が見え隠れしている。少年は店内を一瞥してから、そのままソリオの背後を通り過ぎてカウンターに両肘を突いた。

「姐さん、龍爪草タツメグサのリキッド、二十倍希釈で」

「相変わらずシケたもんしか頼まないねえ、あんたは」

 彼が注文したリキッドは、ほとんど透明に近い水色の液体だ。カウンターの上にリキッド筒を差し出すデミルに、少年は下唇を突き出して口を尖らせる。

「次来るときは五倍でも三倍でも頼んでやるさ」

「大きく出たね。そのときはおまけにエールとランチをサービスするよ」

「その台詞、忘れんなよ」

 少年は差し出されたリキッド筒を乱暴に奪い取ると、臍を曲げたように背を向けた。そのまま一番奥のボックス席に腰を下ろし、コートの内から取り出したベープ管を開く。「早いところ売り抜けたいのに、なんでいねえんだよ」とぶつぶつ言う少年を、しばらく肩越しに眺めていたソリオは、やがてなんとはなしといった口調で口を開いた。

「なあ、トビーになんか用があるのかい?」

 ソリオのことなど眼中になかった素振りの少年は、思いがけず話しかけられて途端にぴたりと動きを止める。

「……あんた、誰?」

 顔も向けず三白眼の端から見返してきた少年に、スツールを回転させて向き直ったソリオは薄い笑みで応じた。

「俺はソリオ。つい先日やってきたばかりの管理官さ」

「管理官?」

「しばらくトビーと組むよう仰せつかってね。まだほやほやだけど一応彼の相棒ってことで、なんなら代わりに話ぐらいなら聞けるかなと思ってさ」

 ソリオの言葉を訝しげに聞いていた少年は、その表情のままカウンター奥のデミルに目で尋ねる。するとデミルは小さく肩をすくめてソリオの言葉を肯定した。

「こいつの言うことは本当だよ、ヤンコ。トビーも心底嫌そうに話してたから」

「嫌そうって、それはひと言余計だろう」

 ヤンコと呼ばれた少年は、デミルに保証されてもなお疑わしげな目つきのまま、ようやくソリオに顔を向けた。

「あんたがあの龍追い人ドラゴン・チェイサーのパートナー? こんな優男が、とてもそうは見えねえな」

「気が合うね。そいつは俺も同感だ」

「……まあ姐さんが言うなら信じるよ。あのおっさんに知らせとかないと、後でバレたときに面倒臭えし。代理がいるなら話が早い」

 そう言うとヤンコは、ソリオをボックス席の向かいに座るよう招き寄せた。

 ヤンコいわく、彼は現像機プリンターに必要な設計図レシピを作成したり、場合によっては取引したりもする、現像技師なのだという。少年の自己紹介に、ソリオは首をひねった。

「現像技師の資格って確か、中等院を出て、最低でも現場で五年経験積まないと取れないんじゃなかったか?」

 ソリオの目の前の少年は、せいぜいが中等院を卒業しているかしていないかの歳だろう。まじまじと見返されて、ヤンコの目つきの悪さが一層険しさを増す。

「細かいこと言ってんなよ。言っとくけど、これでも腕には自信あるぜ。ハンドガンからGPS機能付ナノマシントレーサーまで、なんでもござれさ」

「物騒なものばかりだってところは突っ込まないでおくよ。それよりも、その現像技師がトビーに知らせなきゃいけないってのは、いったいなんだい」

 ソリオの質問に対するヤンコの回答は、ひと言で言えば彼がトビーへの情報提供者のひとりであるということであった。

 非合法モグリの、だがヤンコが彼自身言う通り腕の立つ現像技師であれば、そこには怪しげな客や商材が勝手に集まってくる。そういった連中やモノの中でも特に気になるようなことがあれば、ヤンコはトビーにその情報を流すようにしているのだという。

「その代わりに非合法モグリの活動を見逃してもらってるってわけか」

「……そこら辺はまあ、持ちつ持たれつって奴さ。わかるだろう?」

 そう答えるヤンコの笑顔には、彼の年には似合わない、酸いも甘いも噛み分けた老人のような厭らしさが滲む。ソリオは薄い笑みを返しながら、ではトビーに伝えるべき情報とはなんなのかと尋ねると、少年の声はやおらひそめられた。

「昨日持ち込まれた設計図レシピが、俺も初めて見る大物だったんだ。これはさすがにおっさんに伝えないとヤバいと思って」

「へえ、どんだけヤバい代物なんだ?」

 するとヤンコは一層声を落として、囁くように告げた。

「宇宙港の管制システムだよ。ハードだけじゃなくてソフトも込みの、フルパッケージ。軍事機密並みのレアものだぜ」

 どうだと言わんばかりの顔つきで、ヤンコがソリオの顔を見る。大いに驚かれることを期待していただろう少年は、だが次の瞬間には不審げに眉をひそめていた。

「……その話、もう少し詳しく聞かせてくれないか」

 唇の端の笑みを絶やすことなく、いかにも興味丸出しといった体で身を乗り出したソリオの瞳には、単なる好奇心というには過分な関心が浮かんでいた。

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