3-5
その日、エンデラ管理本部事務所では、本部長のタヴァネズが落ち着かない時間を過ごしていた。
つい先日まで彼女は、龍による被害状況の確認とその回復のために忙殺されていた。
独立した惑星国家ならば、被害の回復には住民から徴収した税金を充てるのだが、エンデラはそうではない。未だ植民惑星の体をとり続けるこの星では、その税金がない。そもそも植民惑星では入植者に対して税金が免除されており、基本的なインフラの整備等は本国バララトからの支援によって賄われる。それはいずれ植民惑星が惑星国家として自立発展し、バララトの良きパートナーとなるのを期待してのことだ。
ところがエンデラの住民たちは一向に自立の気配を見せず、入植から三十年経つ今も本国の支援を貪り続けている。バララトではエンデラのことを『開拓者の恥さらし』『お荷物惑星』と蔑んでいるという。その点についてはタヴァネズも異論はない。むしろ積極的に賛成したいほどである。
ただし被害回復のための物資やら予算やら追加支援を仰いだ際に、彼女自身が本国の罵倒を浴びる羽目になったことは納得していなかった。罵られるべきはこの星の住民たちであって、自分ではない。タヴァネズはエンデラに赴任して既に三年になるが、あくまでこの星には派遣されてきた身であると自認している。この星の住民と同一視されるのは、彼女にとって極めて理不尽な言いがかりなのだ。
ともあれ本国との気が滅入るような交渉を終えて、ようやく被害回復に必要な諸々を手配し終えたタヴァネズが、ひと息ついても誰に咎められるものではない。
そんな彼女の元にもたらされたのは、バララト本国から訪問者があるという報せであった。
「司法捜査官だと……本国の捜査官がエンデラに、なんの用だ?」
バララトからわざわざこの星に訪れる者など、そうあるものではない。それこそとんでもない失態を犯して左遷されてきた、ソリオのようなケースでもなければ。
しかもそれが捜査当局の人間となれば、タヴァネズならずとも心中穏やかならざるところである。
「この星の有象無象に関わりたがるような物好きがいるとも思えんが」
エンデラが平和な星だとは、口が裂けても言えない。むしろ税金がない、自治組織もない、本国の管理も行き届かない、無法者を歓迎しているとしか思えないような吹き溜まりである。大小様々な犯罪は日常茶飯事だが、そんなことに本国が関心を寄せるとは思えない。
仮にも現地のトップであるはずのタヴァネズに、心当たりが思い浮かばないのだ。いったい訪問者の用件はなんなのか、彼女が落ち着かなかったのも無理からぬことであったろう。
やがて本部長室に現れたのは、耳元が覗くよう切り揃えられた黒髪に底の見えない黒目がちな瞳が特徴的な、想像よりも若い女であった。
「司法捜査官のアイリン・ヂューです」
中背にスレンダーな体躯を黒一色のコートに包んだその女性は、タヴァネズの前に立つと極めて儀礼的な敬礼を示した。本部長席に腰掛けたままのタヴァネズは、慇懃な視線に見下ろされると本国人の罵声がつい思い返されて、顔をしかめそうになるところを踏みとどまらなければならなかった。
「エンデラ管理本部長のオクシアナ・タヴァネズです。遠路はるばるようこそいらっしゃいました」
努めて事務的な口調で応じながら、タヴァネズは応接席に腰掛けるようアイリンに促した。どうもこの女に見下される格好だと、腹の底からムカつきが込み上げる。タヴァネズはアイリンの向かいに腰を下ろし、視線を同じ高さに整えてから、ようやく落ち着いた声音で尋ねた。
「それで本国の捜査官が、わざわざこんな辺鄙な星までお越し頂いたのは、いったいどのような目的で?」
アイリン・ヂューは、見るからに社交辞令など念頭にない人種だろうというタヴァネズの推察は、当たっていた。その白い肌にぽっかりと空いたような黒い瞳をタヴァネズの顔に向けると、アイリンは挨拶もそこそこに用件を切り出してきた。
「バララト宇宙港の爆発事故はご存知ですか」
「それは、もちろん。いくらここが田舎だとはいえ、あれほどの大事故ならニュースでも伝わりますよ」
「あれは事故と報道されていますが、実は発生当初から、誰かの仕業による
「ほう?」
冷徹の仮面を被った女の、薄い唇から吐き出された台詞は、いかにもきな臭い。不穏の気配を感じ取って、タヴァネズの太い眉がわずかにひそめられる。
「つまりあれは、人為的なものであると? だがそのような情報は、少なくとも私は見聞きしておりませんが」
「航宙省は報道に対して強力な箝口令を敷いています。どうやら事件であると困る理由があるらしい」
「航宙省が? それはまたなぜ」
心持ち語気を強めたアイリンの顔を、タヴァネズの大きな黒い目が上目遣いに見返した。この女は、タヴァネズの肩書きが『航宙省惑星開発局エンデラ管理本部長』であることを知らないのだろうか。もしくはそんなことは些細だと無視しているのだろうか。
「それだけではありません。我々司法捜査官にも、航宙省の圧力がかかっている」
「……そいつは聞き捨てなりませんな」
タヴァネズは上体を起こして、ずいと顔を突き出した。顔の輪郭の倍以上を象った黒髪が、相手にかける圧力が並みではないことを、彼女は長年の経験で熟知している。
「私とて仮にも航宙省の末端を務める身。その私を前にしてそこまで言い切るなら、相応の証拠が必要ですよ」
「証拠ですか? もちろんありますとも」
だがアイリンはタヴァネズの言葉にも突き出された顔にも動揺を見せない。それどころかその薄い唇に初めて浮かんだ笑みに気圧されて、逆にタヴァネズが顎を引く。
「宇宙港爆発事故は先日、事件としての捜査の中止が正式に言い渡されました。それも司法省大臣からの直々のお達しです。これ以上の証拠がありますか」
航宙省と司法省はトップ同士で個人的な親交があることは、周知の事実である。なるほど、アイリンは身を以て圧力を味わったばかりだということならば、これ以上食ってかかるのは藪蛇だ。タヴァネズは表情を事務的なものに切り替えて、改めて尋ねた。
「それではいったい捜査官は何用でこのエンデラへ? それとも爆発事故とは別件で?」
「いえ、もちろん爆発
口元の笑みを掻き消して、再び冷徹をまとったアイリンの言葉が、タヴァネズには引っ掛かった。それはつまり、アイリンが独断で行動しているということではないだろうか? その手の輩には散々振り回されてきたタヴァネズの脳裏に、嫌な予感がよぎる。
だが彼女がその疑問を発する前にアイリンが口にしたのは、さらに衝撃的な事実であった。
「宇宙港を爆発させた犯人と覚しき人物が、このエンデラに潜伏しています」
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