第20話 木村さんはみんなと王様ゲームがしたい

「王様ゲームしない?」


「「「……はい?」」」


 楓の辛いいじめの過去を知った翌日の放課後の教室で、購買に行ってくると言って席を外していた楓は、帰って来て早々に購買で貰って来たらしい割り箸のいくつかを握り締めながら、にひひっと笑ってそんな提案をしてきた。

 脈絡のない突然のゲームのお誘いに目を白黒させる私と、作り過ぎたからと焼き菓子をどっさりと持ってきてくれたお菓子マスター兼親友の為なら喧嘩上等で突っ込んでいく超カッコいい系女子の倉橋さん、昨日しっかりと話が出来なかったから改めて挨拶にと来てくれた律儀な性格の霧崎さんは揃って胡乱げな声を上げた。

 いじめを受けて心に深い傷を負い、今もその傷に苦しんでいるだろう楓は授業中に居眠りしながら「か……かまぼこ……帝国……」と何やら謎の国名を寝言で呟いたりして、クラス中の生徒が脳内で(((((……かまぼこ帝国?)))))と全員でハモったりしたりする等といった事件も起こしながらも、まるで何事もなかったかのように表面上はケロッとした様子で過ごしていて、昨日の出来事は夢だったのかと思った。

 だけど、お昼休みの時間に中庭に倉橋さんと霧崎さん(ちなみに二人は同じクラスだ)を呼び出し、「中学の時には心配かけてごめんね。もっと早く謝らないといけなかったのにごめんなさい」と二人に謝っている楓の姿をたまたま見かけた時に、あれは夢じゃなくて現実だったことを改めて実感した。

 ちなみにその時の二人の反応は、


『別にいいわよ。私も別にアンタに何かしてあげられた訳じゃないし、いじめてた連中を引っぱたいたのも私がムカついただけだからだしね』

『私も木村さんに対して何か出来た訳じゃないから気にしないで。一緒に陸上が出来なくても遊びに行ったりとかして前みたいに友達みたいに接してくれると嬉しいかな』

 といった会話をしていて、別段楓のことを責めたりしている様子は皆無だったので、ほっと胸を撫で下ろしていたのだけど……。

 私のそんな気持ちとは裏腹に、楓は雑談に興じていた私達3人の席に自分の席の椅子を引っ張ってきてそこに腰掛けると、実に楽しそうといった面持ちでニコニコしながら、割り箸を握った拳をズズイ―ッと前に差し出してくる。


「ねえ、王様ゲームをしてみない?」


「どうしたの突然?」


「王様ゲームってあれでしょ? 合コンとかカラオケとかでテンション高い陽キャ達がテンション高めでやるっていう、男子が女子と合法的にエロいことをする為の下心マシマシのゲームでしょ?」


「いやいや、倉橋さん。その言い方は偏見に満ち溢れてないかな?」


「でも陸上部の子達、『霧崎さんと王様ゲームしてエロい命令とか出来ないかな~』『お前はどんな命令する?』『その素晴らしいおみ足で俺を踏んで下さい! ストッキング着用のままでお願いしゃす!!』とかデカい声で廊下で騒いでたけど?」


「へえーふーんそーなんだ」


「き、霧崎さんの視線が今までに見たことないくらい氷点下にまで冷え込んでる!?」


「ううん、気にしないでいいよ水島さん。ちょっと次の部活のタイム測定の時に心がへし折れるくらいのタイム差叩き出してやるつもりになってるだけだから」


 霧崎さんは怒らせてはいけないと心に深く刻んでおくことにした。


「で、どうしたのよ突然王様ゲームやろうだなんて?」


「いや、なんか昨日やってたTVドラマで合コンに行った主人公の大学生の男の人が女子大生達と王様ゲームをやってるシーンがあったから、なんとな~く一度やってみたいなあと思ったから」


「つまりは思い付きか」


「まあ、そうなんだけどね。そういえば、私王様ゲームってやったことないなあって。男の子にカラオケとか合コンとかも誘われたこともないから行ったことないし」


「そりゃ、男子が誘おうとしてたら私がディフェンスに入って話自体を潰しまくってたから……ゴホンゴホンッ!! な、何でもない」


((木村さんが男子と遊びに行ったり、特定の男子と付き合ったりしてこなかったのって、倉橋さんが睨みを利かせてたからか))


 私と霧崎さんはアイコンタクトでそう悟った。

 確かに楓って警戒心とかそういうの薄そうだから、男子が下心を持って近づいてきてもそういうのを察するのは難しそうな気がする。

 この前の体育のバレーボールの授業の時とかでも、男子達があからさまに楓の大きなおっぱいに視線を向けていた時でも、当の本人はその視線に気付いても自分の胸が凝視されていることには気付かずに、その場で小さく手を振ってニコッと自然に笑みを返すもんだから、

『『『グハッ!?』』』『高橋と佐藤と村上が死んだ!?』『殺せ! 木村さんはあんなエンジェルスマイルを返してくれたのに、あの巨乳のことしか考えていなかった俺を殺せ!!』『こんな日陰者の俺達にも分け隔てなく、気取った感じも見せずに慈愛の笑みを向けてくれる木村さんはッ――!!』『『『ゴッドエンジェル!!』』』

 なんて男子達が体育館の床に倒れ伏して絶叫する阿鼻叫喚の地獄絵図が爆誕した。

「なんで手振ったの?」「? いやなんかこっちをジッと見てたから応援してくれてたのかなって?」ってキョトンと首を傾げていましたよゴッドエンジェルは。無自覚って怖い。

 そんな体育の時の一幕をふと思い出しながら、わざとらしい咳払いをする倉橋さんを見詰める私と霧崎さん。

 軽薄そうな男子が近づかないように、楓に気付かせないような立ち回りでこの人は色々と楓を守ってきたんだろうなあと思うと……。


「「倉橋さん萌え」」


「と、突然何!?」


 倉橋さんが超狼狽えていたけれど、私と霧崎さんの心は一つだったみたい。

 霧崎さんと意味ありげな視線を交差させると、ますます倉橋さんは私と霧崎さんを何度もどういうことなの?という感情を孕んだ目で見てきた。うんうん、楓が大好きなんだよね倉橋さんは(言ったら十中八九怒られそうなので言わないけど)。

 思いっ切り疑念の目を向けてくる倉橋さんの視線がグサグサと顔面にぶっ刺さってきて冷や汗がダラダラと頬を伝ってくる私と霧崎さんだったけど、楓はそんなことには気付かずに割り箸を指揮者が振るう指揮棒のように指先で振るいながら、倉橋さんに何気ない様子で喋りかける。


「ちなみに春海は王様ゲームとかしたことあるの?」


「ないわよ」


「へ~、意外。春海って、大人っぽいし可愛いから男子とかに人気ありそうだから、合コンとかカラオケとかで男子とそういうのも経験してるのかと思った」


「ただでさえ家の仕事で忙しいのに、男子なんかと合コンやらカラオケになんて行かないって。クラスとか部活の女子とかとは行ったことあるけど」

 ※可愛いって言われて前髪をクルクルといじっている倉橋さん。萌え―。


「ふ~ん。あっ、ちなみに私が男子とかから合コン行こうぜとか誘われてたら、春海はどうしてた?」


「はっ? 燃やす」


((倉橋さん燃え!?))

 倉橋さんは焼き討ち系女子だった。


「ええええええっ!? 合コンに誘われてたら私燃やされてたの!?」


 密かに戦慄に背筋を震わせている私と霧崎さんに気付かずに楓が何やら盛大な勘違いをして仰天しているけど、倉橋さんは両手をパンっと叩いて仕切り直しにかかってきた。


「はいはい、やるんならさっさとしましょ。ほら、楓。さっさと割り箸出しなさい」


「いやあの、私を燃やす云々の物騒な話がまだ終わってないんだけど!?」


「ほらほら、水島さんも霧崎さんもギャーギャー騒いでる楓は放っておいていいから割り箸選んで」


「う、うん」


「分かった」


 さっさと炎上のくだりを流してしまうという意図が見え見えな倉橋さんだったけど、私と霧崎さんもその流れを汲んで楓の持っている割り箸に手を伸ばす。

 そして倉橋さんも割り箸に手を伸ばしたのを見て楓もゲーム開始の空気を読み取ったみたいで、疑問符を浮かべながらも自分自身も割り箸を持っていない手で一本の割り箸に狙いを定める。

 

「それじゃあ、いくよ。せーの」


「「「「王様、だーれだ!」」」」


 4人同時に割り箸を一気に引き抜く。

 最初の王様は……。


「あっ、私だ!」


 割り箸の先が赤く塗られた王様棒を嬉しそうに掲げたのは楓だった。

 楽しそうに笑顔を浮かべながら、「え~と、命令は何にしようかな~」とお悩み中の楓は、命令の中身を考えながら楽しそうにしていて、その様子を見て私達は少しホッとして口角が緩んだ。

 昨日の出来事は楓が蓋をしていた傷をさらけ出させてしまった。

 きっと精神的にもきつかった筈だ。

 それはここにいる3人はしっかりと分かっている。

 楓が元気になりそうな遊びの計画とかもこっそり立ててみたりとかもしてみちゃったりしていたので、こんな風にゲームに興じている姿を見るとどこか安心する気持ちになって、3人とも自然と視線が交わり表情を綻ばせる。


「元気になったみたいだね」


「そうみたいね。結構あの子って単純だから、興味を持ったゲームを皆とやれて嬉しいんでしょ」


「王様ゲーム自体初めてみたいだし、ゲームも始まったばかりだからそんな無茶な命令はしてこないだろうから、こっちも気楽に行こうよ」


 私達3人はそう言葉を交わすと、微笑ましいものを見るかのような優しい眼差しで楓を見詰める。

 まあ、霧崎さんの言うようにそんな初回から凄い命令を飛ばしてくることはないだろうし、来たとしても軽いジャブみたいな感じだろうから――




「全員の今身に付けている下着の色と特徴を教えてください」

 アクセルベタ踏みの渾身の右ストレートが来た。




「「「はいっ!?」」」


 全員見事に声が被った。


「はい?」


 疑問形に疑問形で返し、コテンッと小首を傾げる楓。くっ!! そんな可愛らしい仕草をしようとも誤魔化されないからね!? ……………………………くっ!!


「王様ゲームっていえばちょっとエッチな命令がテッパンなのかと思ったから」


「テッパンかもしれないけど、初弾でぶっ放しはしないと思うんだけど!?」


「まあまあ、女の子同士だし、体育の着替えの時とかにも他の女子の下着とかも見えちゃったりするでしょ?」


「女同士でも一切隠す気ゼロで堂々と毎回下着姿をご覧に入れてる女に言われたくないわ!!」


 完全にその通りだったので、私はうんうんと首を縦に振って首肯する。

 楓って、着替えの時に周囲の視線とかは完全に気にしてない上に、ブラとパンツだけで堂々とだらけたりするから、更衣室中の女子が結構ざわついたりする。

 ただでさえ校内屈指の美少女が、エロいおっぱいやらお尻、贅肉の全くないボディラインを下着姿でオープンにしているのだから、いくら同性といえどドキドキするのだ。

 この前の2組との合同体育の時の着替えの時なんかは、着替え中の倉橋さんに下着姿の楓が近づいていき、『春海のブラ可愛いねー。どこで買ったの?』『隣町のデパートの中にあるお店よ。ていうかアンタ、そんな恰好でうろつくんじゃない。風邪引いても知らないからね』『ええ~別にいいじゃん、まだ寒い季節じゃないし大丈夫だよ~。……それより春海、中学の時よりおっぱい大きくなったよね?』『アンタには言われたくないって。……大きくなったけど』『やっぱり。どれどれ……』『キャッ!? 揉むな、バカ!?』『おおおおっ、この重量感!? 春海ちゃんったらいつの間にこんなに立派に……』『揉むな揉むな!? そしてなんか手付きがいやらしいんだけど!?』『ふふふふっ、良いではないか良いではないか~』『良くねえよ!!     いい加減にしろ!!』『キャー! 揉み返してきた!?』等、学年上位の容姿とプロポーションを誇る美少女が乳繰り合う光景が繰り広げられ、更衣室中の女子が大注目し、『尊い』『尊みが凄い』『動画撮っても良い?』『それはやめときな』『美少女同士が互いの乳を揉む……白飯が欲しい!!』等こちらも色々ヤバかった。


「まあまあ、私の下着も公表するから」


「誰もアンタの下着になんて興味ないわ!」


 ……うんうん、と同意出来かねなかった私は汚れているのでしょうか。


「く、倉橋さん。女の子同士だし、男子もいないから良いんじゃない?」


「結衣はこの子に対して甘すぎ! お昼休みの時もコイツに『デザートにあげる~。は~い、あ~ん』って言われて弁当の苺を食べさせてもらって、『……幸せ』って小さく呟いてたでしょ」


「いいいいい言ってない!!」


「「「言ってた」」」


「木村さんにも聞こえてたの!? うわぁぁぁぁぁぁ死にたい」


 机に額をぶつけて突っ伏し霧崎さんが轟沈した。まあ、私も霧崎さんの立場なら絶対にそうなる自信があるけれど。……あっ、楓が霧崎さんの頭をよしよしと撫でてる。


 なでなで。

「……」

 なでなで。

「……」

 なでなで。

「……♪」

 あっ、機嫌治った。なんか可愛い。


「ごめんね、結衣。機嫌治してね」


「……また苺が良い」


「そうかそうか、また苺が良いのか。それじゃあ、明日のお弁当にも入れてこようかねえ」


「……うん」


 机に顔を伏せたまま楓によしよしとなでなでを継続されている霧崎さんは、なにやら途中から左右に頭を振ったりしていて、なんかもっと撫でてと催促しているように見えて……。


「「犬?」」


 倉橋さんと見事にハモった。




……ちなみに下着についてですが、

「水色でリボンの刺繍が入ってるやつです」(私)

「……ピンクでフリフリのフリルが付いてるやつ」(倉橋さん)

「白のスポーツブラ」(霧崎さん)

「上下黒のTバック」(楓)


「ぶっ!?」

 なんで、私が選んだ勝負下着着てきてんのこの人は!?


 

 



 



 

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気怠げな木村さんとちょっぴりエッチな水島さん 九条 結弦 @sm8th2

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