第10話

「おろろろ、怖いねぇ最近の女の子は」


 おどけた調子でニヤニヤと笑う丹波優という男、何故こいつは私の姿を捉えているんだ。もしかしなくても私のこの魔法のようなよく分からないものは限定的な力なのかもしれない。しくった。


「肩から手を退けて」


 掴まれたままでは動きが制限され戦うも逃げるも出来ない。左肩を前に押し出して逃れようとすると私に笑いかけてごめんごめんと言って肩から手を離した。なぜかコイツは対面した時からずっとニヤニヤしている。気色が悪い。


「あのさ、俺っちの後を付けてたけど……もしかしてファン?」


油断を誘っているのか知らないが乗らないほうが良い。


「……」


「ジョークよジョーク。そんな怖い目しないでよ。君はここの国の人だよね。その顔立ちを見ればわかるよ。んー、俺っちを付ける理由はなんだろうなぁ、物乞い? スリ? それともそのポケットに入ってるもので何かすんのかな?」


ペラペラとよく喋る割にしっかりこちらを見ている。懐に忍ばせたナイフは気が付かれているようだ。


「たまたま通りかかった、それだけ」


適当な嘘をついて逃がしてくれれば良いがこの言い逃れは厳しいか。


「そっかぁー、そっかそっか」


 隙があり過ぎで簡単に、それこそ心臓に一刺しする事だって叶いそうだ。けど私にこいつを殺す利点はまだ無い。そして不意打ちが出来なければ立場は逆転し、そこらの童女と変わらないくらいの戦闘力しか無いことは自信が理解している。


笑みを深めて私を見やる。何を企んでる。


「もう行っていい?」


いつでもナイフは引き抜ける。もしこいつが私を逃さないなら私は自害することも厭わない。


「引き止めとく理由ないしね。いいよ」


「え」


良いのか。


 やり過ごせるなんて思ってもいなかったが私に追求することをしないとは。尋問の為に実力行使の可能性も考えては居たが私に追い討ちすらかけず見逃してくれるそうだ。


「紛らわしくてごめんね傭兵さん」


私は後ろ向きに距離を取って三叉路の突き当りまで辿り着いた辺りで体を捻り走った。


「今度はこそこそしないで直で声けてねえー」


ふざけた男だ。だが気味が悪いことには変わりなかった。





「ふう……傭兵さんねぇ、俺っち今日私服なんだけど……肝が冷えるわ」


冷や汗を垂らした丹波はぽつりと呟いて震える手を滑らした。



私は女神様のいる傭兵団へと走る。


 何故私の姿が見えていた? 日中だから? それは無い。アイツの部屋にいた時も日中だが私のことを見向きもしなかった。ならどうして。怖い。息切れだけじゃないこの苦しさに喘ぐ。能力を過信したばかりに、これでは女神様を守るなんて叶わない。


「はぁはぁ……」


フロントに転がり込むように入ったが幸いにも誰も気が付いてない。バレないようにしなければ。直ぐ左あるレバーを引いて私はそっと昇降機を使った。


「なあナリーシャ、勝手に昇降機動いてるんだけど何でだ?」


「アタシがそんなん知るか! つまんねえこと言ってねえでミーティングすんぞ!」


 3階につく。私は通路を走った。丹波が帰ってくる前に女神様に事情を説明しなくちゃ。でなければ今後私はアイツに認知されたまま女神様を守らなきゃならない。そんなの不可能だ。私はあの男に怖気付いてるわけじゃない。そうだ怖気づいてなんかない。女神様に危険が迫った時にアイツを殺せるかどうかだ。


「女神様!」


「フィー?」


女神様がドアを開けた瞬間私は体当たりするように抱きしめた。


「どうしたの?」


女神様の顔、声、感触、体温、それら全てが私の不安を取り除いてくれる。ただ今はそんな場合ではない。さっきの出来事を伝えなければ。


「あいつ……丹波に見られた」


「見られた?……でもここから出る前は━━━」


「それよりアイツはやっぱり怪しいよ! 買い物した後何処か別の場所に行こうとしてた!」


 あの男は何か企んでいるに違いない。女神様を見る目も何処と無く邪で隙あらば私の女神様を誑かそうとしていた。


「落ち着いてフィー、大丈夫だから」


 女神様は危機感が無さすぎる。これでは何人私が縦になっても女神様はいつか命を落とす。


「でも私の姿は見られて━━━━━」


ガチャッ。


「あれ? しずちゃん何やってるの? ヨガ? 精神統一?」


 早い。私が走ってきたのに対してこいつが帰ってくるのが早すぎる。私の脚は相当遅いのか? バッグを背負ったままぺたんと座っている女神様をキョトンとした顔で見ているが抱きついている私に対しては何も言わない。


「え……と、ヨガかな?」


困り果てた女神様はくねくねと体を動かし始めた。


「へ、へぇ……今度教えてよ。あっ、それよりさっき怪しい子がいたんだよね。あれもしかして他派閥の暗殺集団かもしれんないから注意しといた方が良いかもね。俺っちのこと知ってたみたいだしちょっと気をつけんと」


女神様も私も目を合わせパチクリさせる。やっぱり見えていない? 

バッグの中を漁り日常品をぽいぽいと出し始めた。


「私がこいつの前でナイフを抜くから女神様は見てて」


こいつが白を切っている可能性もある。惚けているならナイフを目の真ん前で出せば顔色も変わるはずだ。


「こっちを見ろ!」


 バックをゴソゴソと私の抜いたナイフを気にも止めずに漁っている。首元に突きつけたナイフは触れるか触れないかの距離だ。


「丹波くん……?」


だが飛び退きもしないで私の体の先にいる女神様を見ている。


「どうしたの? あ、ご飯ね。じゃあ一旦下に降りようか」


 私を無視して部屋を出ようとする。女神様もついていくみたいでで私も慌ててナイフを仕舞って後を追う。



「何処に行くの?」


「食堂。この傭兵団って割と綺麗めの食堂があってさ、けど割と美味しいシーメーが食えるんだけど俺っちは自分で作りたいわけよ。だから調理場貸してもらうの」


 昇降機を下って食堂のある一階へと降りているのだが、丹波くんはナイフを向けられても戦う素振りも逃げる素振りもしなかった。現に私の後ろにいるフィーに反応を示さない。じぃっと丹波くんを睨みつけて今直ぐにでも刺しそうなので冷や冷やする。


「そうなんだ、丹波くんって料理上手なの?」


「めっちゃうまい! と言いたいけどまぁまぁかな。不味いものは食べさせないから安心してね」


ガションッ。昇降機を降りフロントに着いた。そしてフロントの横にあるアーチ状の扉の前まで来る。今朝、立ち寄らなかったこの部屋は食堂に繋がるようだ。


 入ると食堂には人がチラホラいる。ここにいるのは全員ここの傭兵団の団員だろう。しかし傭兵と名売っているが想像したのと違った。もっと荒くれていて秩序が無さそうだと思っていたが食堂で朝食を談笑しながら口にしている。この国の人間以外の人種も混じっているが傭兵団は誰でも受け入れてくれるのだろうか。後で詳しく聞いてみるとしよう。


「そこらへんに座ってて。俺っちは調理場で御飯作ってるくわ」


今日は腕を振るうぞ、と意気込んで食堂を出ていく。隣に座ったフィーは微妙な顔をしていた。多分自分の分が出ないことを気にしているんだろう。今から丹波くんに言って多めに作ってもらおうと席を立とうとした時。


「よっ、お嬢さん」


眼鏡をかけた赤髪の女性が私の横へ座って肩を組んできた。


「ど、どうも?」


「アンタ新入り? にはみえないね、こんな何もでき無さそうな手に外套の中にはお高そうな服だ」


不躾な目線が私を戸惑わせる。


「え、いや」


随分と失礼な方だ。傭兵らしいと言えばらしいのかもしれないが。


「それにアンタ、ユーと一緒にいたろ。彼女か? 」


「は、はい? 違いますよ」


「ほーん? でもアイツが女と歩いてるところなんて珍しいもんでねぇ。けどさ、どっから来たお嬢様だか知らないけどここは傭兵団の根城なんだよ。ハッキリ言って貧弱な女は目障りだからさっさと帰ってくんない?」


 何故いきなり突っかかってくるのか。私が対応に困っていると痺れを切らしたのか隣に座っていたフィーが立ち上がった。ちょっとめんどくさいことになりそうだ。どうしようと取り敢えず手で静止しようとした時。


「おいナリーシャやめろって」


ナリーシャさんと言うのか。彼女の正面に座った背の高い180はあるガタイの良い男が朝食の乗ったトレーをテーブルに置いた。


「あんだよぉ、アイツ普段何やってんのかわかんねんだから少しでもちょっかい出せるならしたほうがいいじゃんか。ちょうど変な噂が立ってるしよー」


ポニーテルをブンブン振り回し駄々をこねながらずいっとトレーを自分の前に持っていく。.


「だからってなぁ」


そしてふたりともパンに手を伸ばして齧りつきはじめた。


「こいつはナリーシャで俺は連れのハドックだ。ユーの事が好きでアンタに意地悪してんだ、許してやってくれ」


「あぁ!? 違ぇよぶっ飛ばすぞ!」といきり立ってるがナリーシャさんの頭を片手で抑えもぐもぐとジョッキに入った飲み物に口を付けた。


「いえ、全然気にしてないので大丈夫です。いや本当に大丈夫」


 隣に座ってるフィーが歯をギリギリとさせ射殺さんばかりに睨みつけているので落ち着かせる。


「それよりお2人は丹波くんって普段何してるかご存知ですか?」


「さぁね、アイツは単独行動が多いからよくわからん。誘ってものらりくらりと躱されちまうからねぇ」


ハドックさんもうんうんと頷く。


「でも腕は確かさ。あいつに来る暗殺の依頼は信用があってこその」


「ちょいちょーい! 俺っちのことペラペラ喋んのどうなんよー!」


 叫びながらこっちへ来たので遮られて聞けなかった。なんて間の悪い人なんだ。丹波くんは手にホットサンドを乗せたお皿を二つ持ってハドックさんの隣に座る。


「おん? ユーか、あんだよ別にいーじゃんか。減るもんでもないし」


「減るの! 好感度減っちゃうでしょ!」


「好感度? なんだ付き合ってねえのか?」


「まぁ……俺っちとしてはいつでも良いんだけどしずちゃん奥手だからさぁー。はい、これしずちゃんの分」


 私は渡されたホットサンドを貰いお礼を言った。パンからはみ出るお肉が美味しそうだ。昨日から口に何も入れてないのでお腹がペコペコだ。フィーにも食べさせてあげたいので半分残しておこう。


「そんな弱っちそうな女より私にしなよ。直ぐくたばる女といて何が楽しいんだ」


 何か貶された様に聞こえたがホットサンドが美味しくてどうでも良い。口に入れ噛み締めた瞬間天国へ行った気分だったのだがフィーの一言で現実に引き戻される。


「黙れクソ女」


フィーの拳がすれすれのところを振りかぶった。


「ん?なんか突風が」と言ったナリーシャさんはキョロキョロし始めた。

 

 フィーの事を窘めるように見るとフィーはイタズラが見つかったような子供の反応をして席に戻った。


「何だったんだ? まあいいか。でユーは私の事どうなんだよ」


「いやぁ……俺っち清楚系が好きだから」


「聖女系? あんな猫かぶってるに決まってんだろ」


「いや、清楚系……」


「それよりナリーシャ、早く飯を食え。モタモタしてると団長にどやされるぞ」


「ああ!? たっくうるせえな。お前あんな腰抜けの小言なんて気にするのか? 最前線から逃げ帰ってきた癖に偉そうにふんぞり返ってるやつの下につく気は無いってアタシは何回も言ってんだよ! てお前アタシのチキン食ったろ! ふざけんな!」


「お前が遅いから手伝ってやってんだ」とハドックさんは口をもごもごとさせている。


その態度に切れたのかナリーシャさんは獣のように歯を剥き出しにして首元のシャツを引っ張りあげた。だがハドックさんは気にした様子もなく残りのパンを口に放り込む。


「と、止めないの?」


「しょっちゅうこんな感じだから誰も気にしてないんよ」


賑やかなものだ。


「あの、喧嘩の最中悪いんですが一つお話しても良いですか?」


「駄目だ」「良いぞ」


二人の声が重なった。


「大人になれよナリーシャ」


「てめぇ……後でぶちのめすから覚悟しとけよ。で何だ、くだらない話ならアンタもぶっ飛ばすよ」


不機嫌そうだが私に八つ当たりされても困る。主に隣にいる子が暴れる原因だ。そういえばと気になってチラりと見ると何故か机の下に潜っている。何をやっているのだろうか。何かもぞもぞと動いていてさらに気になるが、後にして取り敢えず本題を話そう。


「傭兵団って……その、依頼すればなんでもしてくれるんですか?」


ふんっと鼻をならしたナリーシャさんは値踏みするように私をじろりと見た。


「金さえあればね」


「お金……」


この世界のお金は当然持っていない。手立てがないと思ったがこの人が丹波くんに固執してるなら物で釣れないかとひとつ提案をするのはどうか。


「物とかでは駄目ですか?」


「物? そんなんで食えるわけ無いだろ。値打ちがあるなら別だが」


私はひそひそと彼女に言った。


「あの、例えば丹波くんの私物とか……小物とかどうですか」


バンッ。

手のひらが木製の机を揺らす。


「……あんた私のこと舐めてんの?」


あぁ、ダメそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

子羊は狼を喰らった ぐいんだー @shikioriori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ