第9話

 騎士団が慌ただしく市街を巡回している。普段働きもせずに呑んだくれていた連中の姿はどこへ行ったのか。


朝早くに出て外壁付近に行き登れそうな場所は無いかと思ったが見張りを付けて厳重に警備されているので仕方なく家へと引き返した。



「本格的に捜索し始めましたね」


「困ったわ」


 私は端末を弄り今の状況を整理していた。下界に降ろされた時点での私の能力は戦争が始まった瞬間にに発現した解錠という鍵を開けられるオリジナルスキルのみ。そして私はどこの国にも属していないならず者と変わらない立場の人間だ。共有ルームはもちろんプライベートルームのアクセス権限すら無いがポイントを使えばどうにかなりそうだ。だが使い所を考えなければ、ポイントを稼ぐための人殺しはしたくはない。


「検問をすり抜けるには壁を乗り越えるか穴でも掘らないと出れ無そうですね。でも他に抜け場所も無いです」


  唯一王家の隠し通路があるがこの国を収めている王の城、ヴァレンホールの地下にある。だが精鋭で固められているあの城に入る前に貴族街に入らなければならないがそこも警備が厳重である。となると頼りたくはないが丹波くんに行き着く。


「私達にはどちらも出来そうに無いわね……やっぱり丹波くんに協力を仰ぐしか」


「それは駄目です!」


フィーは悲鳴に近い声で私に抗議する。


「え、えと、その……あの人は信用がならないのもあるんですけど、あの人と連絡を取っている派閥の人は女神様を狙っている可能性が高いです。前に私が……その、殺してしまったアードも女神様に敵対的でした」


 アードくんのことはずっと気掛かりだった。あの子とは仲が悪かった訳では無いはずだったがフィーによれば敵対していたらしい。


 あの時は少し下界を散策し、フィーが二度と死な無いように他国の騎士団を追い出す為に情報を集めていた。


その後私はプライベートルームへ戻ろうとしたときアクセスを拒否され共有ルームへと飛ばされた。何度も入ろうと念じたがどうやらロックが掛かっていて、解錠スキルを使っても入れなかった。


 主催者に連絡を取っても繋がらず他のみんなに相談しようと思っていたが誰もいなかったので私は誰かがここに来るまで待っていた。するとピコンと端末から音がなりアードくんからのメッセージが来た。来てとだけ書かれたメッセージに違和感を覚えながらもプライベートルームへ行き扉を開けようとして先にフィーが開けた。血塗れになった手で。


アードくんの殺害がバレてなかったとしても元派閥の人は監視をしている可能性は高い。何れは殺されるだろうが、今のところは脅威では無いと判断されている。私を潰そうとするなら何時でもこの国にいる騎士団を誘導して討伐するはずだ。


「フィー、ごめんね。やっぱり丹波くんに会いに行くよ」


「どうして!?」


「私達に逃げ場所は無い。それに上手く丹波くんを利用すれば城壁を超えて出れるかもしれない」


「罠の可能性は!?」


 それは大いにある。だが彼は派閥と繋がりがあるが私を殺すことはしないだろう。宛が外れ、襲われればフィーが助けてくれるだろう。何でも人任せで嫌になるけど死なない程度であれば身体は張るつもりだ。例え陵辱を受けても耐えなきゃならない。私の命は私だけの物じゃ無いから。


「その時は戦うことになっちゃうかもしれないけど……フィーは私の事守ってくれる?」


「そんなの言うまでもないです。危ない真似はなるべくさせたく無いけど」


 仮に丹波くんが私を殺そうとするのであれば不意をついてやれたはずだ。私はプレイヤーだが人間でもある。下界の人間でもプレイヤーでも両方私を殺すことが出来るのだ。それに丹波くんは情報通だ。引き出せるところまで引き出したい。


「フォート傭兵団に行くしかないわ」


「女神様、私から離れないで下さいね?」


華奢な身体を震わして私に寄り添うこの子に私はどれだけ負担を欠ける事になってしまうんだろう。


「フィーこそ、迷子になっちゃダメよ。手、繋ぎましょ?」


少しでも彼女の為に私は尽くしたい。


 日がまだ登りきってない時間に私達はフォート傭兵団へと着いた。6階建て程の城壁を超える高さだ。


傭兵団と聞くと荒くれ者が多いイメージがあったのだが受付はしっかりしていて内装も普通だ。フロントで言われたとおりに昇降機を使って丹波くんのいる3階へと向かう。ここは宿舎の様になっていて部屋番号が振られているので人の管理が丁寧なんだろう。


306号室、ここが丹波くんの部屋だ。


「フィー?」


フィーは無言で私の前に立ちコンコンとノックをした。


するとドアが開かれ松の葉のようにボサボサヘアの丹波くんが出でくる。


「ふあぁぁ……どちら様なんこんな朝っぱらからぁー……って、あれ? しずちゃん?」


「ごめんねこんな朝早くに」


「良いよ良いよ! しずちゃんなら日夜時間を問わずにウェルカムよ! さぁ入って入って!」


早朝の6時過ぎのなので迷惑だろうと思ったが彼はウキウキとした顔で私を出迎えた。


「適当な椅子に座っていいよん」


一人部屋の男性の部屋に入ったのは始めてだが意外にも何も無い。置いてあるのは少しの食器と換えのロウソク位だ。


「んで、なんの御用かな」


「えっとね、丹波くんにお願いごとがあるの」


「おー、俺っちが直接いこ……ゔぉっほん」


「?」


「いやぁ、何でもない何でもないよ、で、俺っちに何をお望みかな? なるべく力になるよん?」


 何か隠されてるのが気になるが気を悪くさせるのは今後支障が出るので突っ込むのはよそう。それより本題を話さなければ。


「この国から出るのを手伝って欲しいの」


「おぉー? 国外逃亡? 良いけどしずちゃん普通に出れないの?」


「ここに来た時、騎士団と揉めて指名手配されてるの」


降ろされた場所がまさかあんな所だとは主催者から悪意を感じる。


「揉め事……うーん、最近魔族が街中にいるって噂だし検問が厳しくなってるからねぇ」


 私達が発端なのだが把握をしていない? あの騎士団たちは殺していないので私の容姿は伝わっているはずだ、ならその特徴を聞けば直ぐに私が関わっていると割り出すことは出来る。それとも丹波くんには情報を渡されていない?


「まあ、考えが無いわけじゃないけどさ」


「本当に?」


「少し騒ぎを起こせば掻い潜ることは出来るっしょ」


「でもどうやって」


「どっかを魔法の力でドーンッ! なんて、まあそんな力俺っちは持ってないししずちゃんも持っていないよね」


「うん」


「なら他の方法で騒ぎを起こすしかない訳よ。そうだなぁ、魔族がいるって叫び声でも上げて注意寄せるとかかなぁ」


「その、魔族に付いてだけど派閥の人達の監視を抜けて入ったの?」


「あー、この国って林ちゃんが建国したやつをしずちゃんが引き継いで管理してたじゃん? でも今は違う、しずちゃんの国じゃないもんね?」


「うん、私に管理権限が無いね」


「そうなんだけどじゃあ誰がってなるよねぇ?」


 そうだ。管理者が私の行動を常にでは無いが監視しているはずだ。丹波くんが私を直ぐに見つけられた理由は管理者である林堂くんから情報を渡されたからのはず。


「……ここだけの話、実はこの国は誰が管理してるのか分からないらしくてさぁ」


管理者がわからない? これは嘘では無いのか?


「じゃあわざわざ丹波くんが私を探しに来たのは」


「そ、上から見れないから安否を確認しにきたんだよ」


安否とは名ばかりの敵情視察ではないのだろうか。


「林堂くん達はこれからこの国はどうするつもりなの? 林堂くんの管理している国の隣に別派閥の国があったら不味いことに」


 だが私にこの嘘をつくメリットは一体なんだろう。利用価値を確かめている? けれど私の能力を知っているのはイオさん以外は知らない。彼女は私との約束を守ってくれているはずだ。


「そうだね、まだこの国の情勢は変わってないから良いけどいずれ寝返るだろうね。じゃあどうすんのってなるけどそれは俺っちには関係ないね。この国がやばくなったら俺っちは傭兵団と一緒に別の街に移動するからさ。しずちゃんもここを隠れ蓑にするのも良いんじゃない?」


 信用たる人物では無いが仮に真実であればこの提案は危険だが呑みたい。私達がこの国から出ても八方塞がりである事に変わりは無いのだ。


「……」


「勇者の存在の露見に場所バレ……これはしずちゃんにとっては大きな痛手になるよね、俺っちはしずちゃんに協力するよ。林ちゃんにバレないようにね」


もしも丹波くんが騙されているのならそばにいる私にも被害が及ぶ。纏めて消すのか? けれども丹波くんは用済みなんてことはないだろう。


「ここは安全だから気張らなくて良いよ。俺っちは食料買ってくから戻るまでの間はノックされても開けないでね」


「こいつの後を付けてくる。女神様は待っててね」


 私の返事を待たずフィーも部屋から出て行ってしまう。不安だ。今までは平気だったが彼女の能力は不老に私の命と同期しているだけなので透明化なんてするはずが無い。けれど実際に騎士団も丹波くんもフィーには関心を示さなかった。これが主催者が言っていた能力のことなら危険に巻き込まれることはまず無さそうだが。


「でもフィーは死なないから……大丈夫だよね」


手に残る彼女の温度を失わないよう強く握った。




 女神様を一人にするのは不安だがあの部屋には施錠がかかっているし頑強に出来ているように見える。フォート傭兵団も騎士団より信用できるので一先ず丹波を監視することに専念することにした。丹波は傭兵団から出た後商店へと足を運んだ。


活気は無いが商店は多少なりとも機能している。隣国の騎士団が来てからは治安が悪くなりこの国の騎士団が巡回している貴族街に比較的近い区画だけでしか開いていないので外壁部の人間は足を運ぶのに苦労する。


フォート傭兵団は外壁部と貴族街のちょうど中心地となる位置にあるのでそこまで歩くことはない。人も疎らだが外壁部から遠ければ遠いほど裕福なのだ。丹波は幾つかの店に行き食料をバッグへ詰めている。商店の人間とは顔見知りなのか親しそうに話しているので街にの人間からは信頼を得ているようだ。


 買い物が終わり戻る時に後ろからトンっと誰かに押され転び掛けた。誰だと思い私は振り向いたが姿は見えない、それより丹波を見失ってしまった。探さなければと周りを見回しやっと見つけたと思えば妙なことに丹波は買った後そのまま来た道を戻らず路地のある道へ逸れたのだ。


裏で丹波は内一体何を企んでいるのか探らなければこちらの安全は保証しかねない。正直女神様以外は死んだって構わないが無用なトラブルを生むのはやめよう。こいつとはまだしばらく付き合っていないと行けないわけだ。だが危険と判断したら殺す。私は急いで追いかけた。ドンッと人とぶつかり「オイッ!」と怒鳴られるが見えちゃいない。私はそのまま路地へと駆け込んだ。


「見失った?」


 三叉路になっている路地を右に左にとどちらの道にもいない。確かにこの道に入ったはずだが足が早い男だ。ここら辺りの地理には詳しくないのでこれ以上深追いすれば迷う確率も高い。


諦めて路地を抜けてと戻ろうとしたとき。


「やほ、お嬢さん。俺っちに何か用?」


振り向けば後ろで丹波が笑っていた。


正面から私を見ているように見える。


まさか、他の人間がいるのだろうと後ろを振り向く。


だが誰もいない路地が続いているだけだ。


「いやいや、お嬢さんって茶髪のショートの君だよー。てか可愛いね? こんな所歩いてたら襲われちゃうよ? 例えば俺みたいなやつとかにね」


そして寸分の狂いもなく私の肩を掴んだ。


こいつには私が見えている。


私はナイフを腰から抜いた。


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