綿野明さま『シダル I 旅立ち』
子供の頃から、ファンタジーや冒険物語が大好きでした。一番古い記憶に残っている物語は、たぶん『おしいれのぼうけん』。それから自分ではあまりよく覚えていなかったのですが、幼稚園児の頃、ずっと一人で『エルマーのぼうけん』を読んでいたそうです。
次に大好きだったのが『はてしない物語』。少し大きくなってからは「十二国記」シリーズに、もっと大人になってから読んだもので、今でも大好きなのは『指輪物語』。
物語を読むとき、私は登場人物に感情移入し、彼らと共に冒険をしていきます。だから、その仲間たちが非業の死を遂げれば悲しいし、あまりに苛酷な状況に置かれれば一緒に苦しくなってしまいます。
上記の物語たちにもそういうシーンはあるのですが、それでも何となくどこか、私にとってはきっと大丈夫だ、と信じて最後まで読むことができる——あるいは、最後まで読んだ後に、ああよかった! と思えるのでした。
兎角この世は生きづらい——だからこそ、物語の中で、もし登場人物が亡くなるのなら、それはどうしても必要な死であって欲しいし、苦しみの果てには救いがあって欲しい。希望や幸せを感じられる結末であって欲しい。
この『シダル』は、私にとってまさにそんな物語でした。
第一巻の帯には、
——世間知らずで戦えない仲間たちを得た勇者シダルの
くだらなくて幸せな英雄譚が幕を開ける!
と書かれています。とてもこの物語をよく表した一文だと思いますが、それでも一点だけ「くだらなくて」というところにだけは承服しかねます。だって、この物語、本当にたくさんの驚きと笑い、そして元気をくれるのです。
辺境の村で孤立している若者が、突然神託によって勇者として選ばれ、同じく神託によって選ばれた仲間達と共に魔王を倒す旅に出る。こうして文字にしてみるとごくオーソドックスなストーリーです。
けれど帯にある通り、彼の仲間たちはほとんど戦う力を持ちません。圧倒的な魔力を持ちながら、始終ぼんやりしている
個性的な仲間たちが、時に
そうして長い旅路の果てに、彼らは世界の真実を知ることになります。その時に、どうして彼らが選ばれたのか——戦う力以上に、大切なものがあることを、この物語は改めて感じさせてくれるのです。
好きなシーンや台詞を挙げ出したらきりがないのですが、この第一巻で、いよいよ彼らの行く手を阻む異端審問官たちと対峙した時のシダルの心の声、
(それでもきっと、空っぽの狂信より本物の愛の方が強い。そうでなきゃ、おかしい)
が、改めてとても印象に残りました。シダルは決して雄弁なタイプではないのですが、その信念と深い愛情で、やがて敵さえも救っていきます。
愉快な仲間たちと、旅先で出会うさまざまな種族の個性的な人々や生き物、神殿と剣の仲間達の対立、信仰と研究、愛と狂信。
緻密に作り込まれ、描き出される「エシェン」という世界で、人々の複雑な想いと希望に満ちた物語、ぜひ多くの人に触れてみて欲しい一作です。
なんだかシリアス一辺倒な感じになってしまいましたが、実際は「いも」としか言わない妖精や、魔王より魔王らしい賢者が酔っ払って事件を起こしたり、筋肉ムキムキで体育会系な人魚が登場したりと、お腹を抱えて笑ってしまうようなシーンも満載です(一巻ではまだそこまで辿り着いていませんが)。
書籍版は私家版のため、ちょっと入手が難しいかもしれませんが、Web版がカクヨムでも公開されていますので、ぜひ!
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『シダル I 旅立ち』綿野 明(樹洞書庫)
『シダル 信念の勇者と親愛なる偏奇な仲間達』
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