服部正也『ルワンダ中央銀行総裁日記』
おっさんが金融チートスキルで、発展途上国の中央銀行総裁として無双する話。
なんて、こちらはTwitterでいわゆる「なろう」系小説の長文タイトルのようなポップが話題になっていて、思わず手にとった一冊でした。気になる方はぜひTwitterで原文を検索してみてください。
さて、皆さんはルワンダという国の名前をご存知でしょうか。私がその国名を初めて知ったのは、高校時代、世界史の先生からでした。その先生は赤毛にパーマ、着ている服も色とりどりのわりとエキセントリックな先生で、授業の内容はあまり覚えていないのですが、ある日、いつものほほんと語るその先生が、アフリカについて、特にルワンダの国名を口にした時に、言葉を詰まらせたのが今でも印象に残っています。
なぜ世界史の先生が言葉を詰まらせたのかはひとまず置いて、タイトルの作品です。
この本は、一九六五年(昭和四十年)から六年間、ルワンダの中央銀行総裁として赴任した服部氏の自伝的なお話です。寡聞にして、私は銀行総裁というのがどんなことをする職業なのか、まったく知らなかったのですが、それでも彼がその六年の赴任期間で成し遂げたことは、いわゆる普通の銀行総裁では到底為し得なかったことのように思えました。
ルワンダは第一次大戦後以降、ベルギーの植民地でしたが、この時代の独立運動の高まりと、結局のところ植民地経営が割に合わないという各国の思惑から、「与えられた独立」(国民の強い運動等により成し遂げられたわけではなく、宗主国から独立を促された)をした国の一つだったそうです。
自ら強い意志をもって独立したわけでもないから、元宗主国のベルギーともゆるゆると関係を続け、けれどもコーヒー以外の特産物を持たない——しかも当時コーヒーの輸出価格は下がり続けていた——ために、国内に生活に必要最低限な物資さえも行き渡らず、国民は非常に貧しい状態だったといいます。
そこに、服部氏は国際通貨基金の依頼により、ルワンダの通貨改革をするために派遣されました。専門的なことは省きますが、国際通貨基金が外国諸国の視点で通貨改革を進めがちな中、服部氏は現地の人々の話を聞き、大統領と直接対話し、彼が進めるべき金融政策は何のためのものか、という大前提を見極めていきます。そして大統領との対話で出した結論は、「ルワンダ国民の福祉のため」ということでした。
公邸もまとも準備されておらず、住む場所も、そして銀行の実務ができる人材も、何もかもが不足し、外国人顧問たちが揃って「ルワンダ人には能力がない、だから自分たちが面倒を見てやらなければならないのだ」と言う中、彼らに足りないのは教育であり、労働や努力の結果がきちんと成果としてみえることであると主張し、人材の育成も含め、金融政策を基点として国全体の改革を支援していきます。
たとえば、ルワンダ人はお金を稼いでも全てビールに使ってしまう、という意見に対し、それは他の必要なものが国内に適正価格で十分に流通していないからだと考え、砂糖や衣服などの輸入を支援し、価格などを適正に調整した結果、人々の服装や生活水準が明らかに向上していったそうです。
そのほかにも、コーヒー生産のみでは経済がスケールせず、また国内の需要も満たせないとして、農業改革を進める計画を立て、資材の購入の資金繰りのための施策を打ち、時には余剰生産物を保存するための倉庫を建てたりなど、先を見据えてありとあらゆる手を打っていきます。
一つ、特に印象に残っている言葉があります。服部氏は通貨改革にあたり、大統領に何を望むのか、と尋ねます。その答えとして、大統領は以下のように答えたそうです。
「私は国全体が、一時的な急速な成長をすることよりも、ルワンダ人大衆とその子孫との生活が徐々であってもよいから改善されてゆくことを望んでいるのだ」
国民の福祉を第一に考え、目先の利益よりも長期の国民の幸福を念頭に据えることのできる政治のトップと、それを実現すべく全力を尽くすプロフェッショナルの実務家である服部氏の両者がこの時期のルワンダにいたことは、ルワンダにとって僥倖であったように思えました。
ゴールさえ決まってしまえば、あとはそれをどう実現するかだけだ、と氏は事もなげにいいますが、この本に書かれていた以上の苦難がたくさんあったことは容易に想像ができます。
金融の専門的な話も多いので私の知識の範囲ではうまく魅力を伝えられないのですが、彼がその専門性だけでなく、しっかりとした先を見据える広い視野と戦略により、ルワンダの経済が上向いていく中、それでも、自己の功績に溺れる事なく、外国人である自分がルワンダ中央銀行の総裁を務めているのは不自然であり、ルワンダ人自身が運営していくことこそが望ましいと初めから意識して早い段階で総裁の職を辞そうとしています。さらに、他人の言に惑わされず、常に現場の人々の話を聞き、「結局は人なのだ」というその真摯さに胸を打たれました。
二十年後、再度彼がルワンダに訪れた時には、驚くほどの発展を遂げていたといいます。
けれど、一九九四年、ルワンダではジェノサイド——虐殺が起こります。四月六日から始まったおよそ百日間の間にツチ族とフツ族の対立により、多くの人々が殺されました。その数は五十万人とも百万人とも言われており、国民の十〜二十パーセントに当たるそうです。
服部氏の蒔いた経済成長の芽が育っていったものの、やがて経済格差などの社会問題がその虐殺の原因の一つとなったようです。
この虐殺を含む動乱はルワンダ社会に大きな負の影響を与えました。多くの人々が亡くなっただけでなく、トラウマを残し、さらに経済も停滞しました。良い方向に物事を進めることはとても時間がかかるのに、壊すのは一瞬です。
それでも、ルワンダは国際的な支援や自国の努力により、現在はIT立国として大きな発展を遂げているそうです。
壊すのも人であれば、やはり希望をもって建て直すのも人である。月並みですが混迷の時代にこそ、強い意志をもって、人を信じてやり遂げることが、やはり大事なのだなと改めて感じました。
いろいろ長々と書いてしまいましたが、語り口調も柔らかで、時折混ぜ込まれるユーモアも楽しいので、ぜひ手にとってみていただきたい一作です。
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『ルワンダ中央銀行総裁日記』服部正也 (中公新書)
「ルワンダ虐殺」—Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%83%AF%E3%83%B3%E3%83%80%E8%99%90%E6%AE%BA
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