機械仕掛けの委員長と一般少年A

三村

機械仕掛けの委員長と一般少年A

 2123年未来学園高等部は『機械委員長制度』を実施していた。この『機械委員長制度』というのは一クラスに1機、『リーダーシップ人工知能』を搭載したロボットが学級委員長として一般生徒に混ざりともに学校生活を送るというものだ。

 機械委員長の主な仕事は一般の学級委員長と同じくクラス全体の雰囲気をよくすることにある。勉強を怠っている生徒がいれば勉強に興味を持ってもらえるように誘導しクラスから孤立している生徒がいればクラスの輪に入れるように助力したりしている。

 その成果もあってこの制度を実施した前と比べ学校の教育水準は年々上昇、不登校の生徒数もいなくなり、いじめの噂を聞くことはほとんどなくなった。この結果を見て『機械委員長制度』は日本にとどまらず、世界でも設けられる動きが出てきている。







「おはようございます皆さん!!楽しく健やかな一日を送れるように心掛けてください!!」


 『未来高校コード03リリカ』彼女は未来高校3組の専属機械委員長。その姿は普通の人間とほとんど変わらないがもちろん彼女はアンドロイド。彼女には明るく活発な性格のプログラムがインストールされておりその人柄……いや、ロボ柄で何年もクラスを引っ張ってきた。


「まず、皆さんに今日から一緒に学生生活を共にする転入生を紹介します。」

「……青原カイトです。どうも。」

「転校したばっかで色々と大変だろうけど、何か困ったことがあったら私や皆に相談してね」

「……はい。」











 あれから一週間後の昼休み、青原カイトは孤立していた。途中から学校に転入してきた転入生がすでにできあがっている学校内のコミュニティにうまくなじめないのはいつの時代も変わらない。こういうときこそこの機械委員長の出番である。


「ねえ、青原君。隣でご飯食べてもいいかな」

「……別にいいですけど。」


 リリカはロボットなので本来はご飯を食べる必要はない。だが、より人間らしく、より学生らしく過ごすためにご飯を食べる機能が搭載されているのだ。


「ねえ、前の学校ではどんな感じだったの?」

「……普通です。」

「何か部活とかに入ってたとかは……」

「入ってませんでした。」


 ……どうやら彼は転校生がどうとかそれ以前の問題のようだ。こういうタイプの人間は無理矢理クラスになじませようとすれば逆効果になってしまう。だから、まずはリリカ自身がカイトと仲良くなる必要がある。最もそれは彼女にとっても簡単なことではないが……


「あの、別にいいんですよ俺と無理に関わらなくても。」

「な、なんでそんなこと言うんです!?」

「どうせ俺、親の仕事の都合ですぐにまた別の学校に転校しないといけないから友達とか作っても意味ないんですよ。それにあなたのの迷惑をかけたくない。」


 『仕事』そう言われてリリカは少しむっとする。だが、その感情はすぐに消えていった。彼女のプログラムはマイナスの感情はすぐに消滅するように作られているのだ。気を取り直してリリカは青原との会話を続ける。


「転校っていつ?」

「今が五月だから……九月とか十月いやもしかしたらもっと早いかもしれないです。」

「……そっか、そんな早く……でも、だったらなおさら未来高校の学園生活を楽しまなきゃ。」

「……」

「難しいことは分かってる。でも、もし君がその気があるならいつでも私に相談して。私も委員長としてできる限りのサポートはするつもりでいるからさ。」









 その後彼女は孤立している彼をサポートし続けた。最初こそカイトはクラスになじめなかったが、リリカのサポートにより徐々にではあるがクラスの人との会話も増えてきていた。


「なにぼーっとしてるんですか委員長。」

「あ、ミナミ先生。」

「もう、先生呼びは止めてって言ってるじゃん。昔みたいにミナミちゃんって呼んでよ……」


 『ミナミ先生』彼女はこの二年三組の担任の先生で7年前は同じクラスで学校生活をともに学校生活を送っていた仲である。



「いや、でも今のは生徒と先生だし、ちゃん付けはさすがに委員長としてだめかと……」

「はあ、もう相変わらずお堅いんだから……」


 ミナミ先生はやれやれというかんじの表情を浮かべている。


「カイト君のこと見てたの?」

「ええまあ、彼、家の事情が結構複雑で転校と転入繰り返しで大変だと思いますけど、それでも頑張って学校になじもうとしてるんです。そんな彼を見守り、導いていくのも委員長の役目です。」

「ふーん、でも本当にそれだけなのかな?」

「え、それはどういう……?」

「リリカ、カイト君のこと好きなんでしょ?」

「……好き?」

「もう、照れるなっての!!私はねこういうの分かっちゃうんだよねえ、ほんと」

「……でも私ロボットですよ。」

「ロボットとかそういうのは関係ない。言葉さえ通じればそれだけで充分だっての、それにロボットって言ったって見た目も中身もほぼ人間みたいなもんでしょリリカは。」

「そうなんですかね……」


 ミナミ先生は知らない。リリカを含めた機械委員長はと。彼ら、彼女らは公平に生徒と接する必要があるため一人の生徒だけをひいきしてしまう可能性をはらむ恋愛感情は取り払われているのだ。だからリリカは青原カイトに恋することはあり得ない。


「あ、そうだ。今度チヒロが同窓会やろうって言ってたんだけどリリカも来るよね?」

「まあ時間が合えば。」

「いやあ、会うの本当に久しぶりだよね。皆何してるんだろう。」

「……」








 一ヶ月が経ったある日の晩。未来高校の二年生寮でリリカは夜の見回りをしていた。多目的ルームに入ると青原カイトが一人で本を読んでいる。


「あ、委員長。そうかもうそんな時間ですか……。すみませんすぐに部屋へ戻ります。」

「いや、いいんだよ別にそんなに急がなくても、……なんの本読んでたの?」


 そう言われてカイトが見せた本のタイトルは「人形劇2」この本1年前に百万部を突破した大人気作の続編だ。一体の人形劇の人形マネオが主人公でその一生を描いた物語だ。リリカもこの本のことはデータとしてインプットしている。


「この本面白いよね。1でマネオの友達のワン吉が死んじゃうのは本当に悲しかったな……でもそれをバネに最後は劇を大成功させる最後は本当に引き込まれる!!」

「委員長も好きなんですねこの本。」

「うん!!……カイト君はこの本のどういうところが好きなの?」


 カイトはそう聞かれると少し悲しげな表情を浮かべる。一瞬沈黙した後カイトは口を開く。


「なんか似てるんですよね俺とこの主人公。性格とかじゃなくて境遇が……」

「境遇が?」

「この主人公は劇をするために生まれてそれ以外の道は用意されてない。劇をするために生まれて劇以外の道に進むことが出来ない。」

「境遇が似てるっていうことはもしかしてカイト君も……」


 カイト君もなにか事情があるのかと聞こうとしたが、リリカは聞くのを止めた。人の家の事情を詮索するのは野暮だと思ったからだ。


「でも、マネオはそんな運命を誇りに思ってる。それが、なんだか見ててうらやましいんです。」


 リリカは何も言えなかった。今まで様々な生徒達の悩みを解決してきたリリカだが、この相談には言い答えが見つからない。それが何故なのかこのときの彼女には分からなかった。


「すみません、急に自分語りなんてしちゃって……」

「いいの、人間だれしもそういう日もあるって、まあ私は人間じゃないけど……そんな日はいつでも私が話聞くからさ。ね?」

「……ありがとうリリカさん。」


 初めてカイトに名前を呼ばれてリリカは少し驚く。だが、それと同時ににうれしさと恥ずかしさがこみ上げてくる。


「え、えへへ、どういたしまして。」







 それから数日が経ったある日の晩、この日もいつものように夜に見回りを終えて彼女も就寝(スリープモード)に入る……前に彼女は本を読むのを日課にしていた。前にカイトが読んでいた本『人形劇』だ。さっき話したようにリリカのプログラムにはこの本の情報がインプットされている。だが、彼女は実際に本を読むことで何か気づけるかもしれないと考えたのだ。


 しばらくリリカは時間も忘れて本を読みふけっていた。



「……もうこんな時間か、さすがに充電しないと明日までもたないや。」


 そう言って眠ろうとする彼女。だがそのとき突然けたたましい警報音が鳴り響く。


「な、なんなの……?」

「……全生徒諸君に告ぐ。学校内に不審者が潜入した。鍵を閉め部屋からは絶対にでないように!!繰り返す……」


 学校内に不審者。リリカがこの学校の機械委員長となって十年間一度たりともなかった非常事態。この場合リリカも生徒達と同様に待機しないといけない……のだが、このときなぜか彼女は部屋を出ることを選んだ。理由は分からない。第六感とも言うべきなのだろうか、感情があるとはいえロボットにそんなものがあるとは到底思えないが……とにかく彼女は部屋の外に出たのだ。


 そして、リリカは学校内へ入る。この混乱の中で警備が手薄になっていたため難なく中へ入ることが出来た。警備ロボットに見つからないように校内を徘徊しそして……二年三組の教室。彼がいた。


「……こんな時間に委員長がなんでここに?」

「それはこっちの台詞よ……カイト君。」


 リリカの目の前にいる少年は間違いなく青原カイトその人だ。


「校内放送聞いてなかったの?部屋から出るなって言われたでしょ。早く戻りなさい。」

「……本気で言ってるんですか委員長。分かってないわけないですよね。侵入者は俺だって。」

「……なんで、なんであなたがこんなことを……目的は何?」

「この学校内にある資料の数々、特にあなた達機会委員長のデータを……ね。」

「そんな、そんなの何かの間違いでしょ……カイト君はこんなことする人じゃない!!」

「……人か、本当に何も分かってないんですね委員長。」


 そういうとカイトはポケットからナイフを取り出した。そして机の上に自分の手を置き思いっきり振りかざす。


「何をして……!!」


 振りかざしたナイフの刃は手の甲を貫通しなかった。それどころかナイフの刃は欠けてしまっている。


「どういうことカイト君、義手とかじゃ……ないんだよね。まさか……」

「俺もあなたと同じロボットってことですよ。あと青原カイトは偽名です。真名は機会工作員05型。」


 彼は偵察や潜入に特化したロボット機会工作員05型。存在自体がタブーのこのロボットは裏社会で開発、生産、改良され05型まで作られていた。05型は様々な顔、姿に変わる。この青原カイトの顔もその一つでしかないのだ。


「この数ヶ月間本当に大変でしたよ。学校に潜伏する間、生徒達とは極力関わらないようにしろって言われてたのにあなたはお構いなしに俺と関わろうとしてくる。さすがの俺も骨が折れましたよ……でもそんな苦痛な毎日はもう終わりです。本当にすがすがしい気分ですよ。」


 リリカには分かっていた。カイトが嘘をついていることに。実際、彼が今言ったことは自分の気持ちをごまかすための苦し紛れの嘘だった。


「……本当はこのクラスにいたいんでしょ?」

「……」

「だから今この教室にいるんじゃないの?」

「……」

「私はカイト君と過ごした学校生活本当に楽しかったよ。」

「……」

「本当に、本当に楽しかった……」


 リリカの顔が悲しみに満ちていく。そんなリリカを見てカイトも本音で話し始める。


「……俺も楽しかったです。本当はずっと一生徒として学園生活をクラスの皆と……委員長と一緒に過ごしたい。でも、出来ないんだ。俺は機会工作員としてしか生きていけないから……」


このときリリカは彼が『人形劇』について話していたときのことを思い出した。彼の言っていたのはこのことだったのだと……あのときリリカは彼に何も言えなかった。自分自身もそのことについて思うことがあったからだ。他の生徒達はみんな学校を卒業し大人になっていくのに自分は学生のまま……そのことにずっと引っかかっていたから、彼の悩みに答えることが出来なかったのだと……


「……カイト君」


 リリカは自分の気持ちを伝えようとする……がしかし


「動くな!!」


 間が悪いことに警備ロボットが教室の中に入って来た。


「来ましたか、まあそりゃそうですよね。こんなところで立ち話してたら……」

「何ごちゃごちゃ言ってるんだ……ってそこにいるのは機械委員長コード03か?なんでお前がここに……」

「彼女は関係ない。俺を説得しに来ただけです。」

「……まあいい、今はお前を捕まえることが優先だ。武器を全て捨てて手を頭の上に!!」


 カイトは素直に警備ロボの言うことを聞き降伏の意を見せる。彼がこの場から逃げなかったのはこのためでもあった。彼は機会工作員としての人生に今日をもって終止符を打とうとしたのだ。任務をまっとうするためだけに作られた機会工作員には合ってはならないバグ、彼の運命に対する精一杯の抵抗だった。


「武器は仕込んでなさそうだな……よし連れて行くぞ。」


 カイトは警備ロボに連行される。おそらく彼は様々な情報を引き出された後処分されることになるだろう。もう二度とリリカと会えることはない……


「待って!!」


 リリカは警備ロボたちを引き留める。

 

「なんだいっt……」


 警備ロボが言葉を発するよりも先にリリカはカイトに駆け寄り抱きしめる。伝えたい言葉がたくさんある。だが、全てを言うことが出来る時間はない。そんな彼女の口から出たのはたったの一言だった。


「大好きだよカイト君。」


 『大好き』(意)大いに好きな様子を表す言葉。また、相手にを伝える言葉である。彼女にも変化が起きようとしていた。


「……俺もです。リリカさん。」


 




 この後二人はどんな運命をたどるのか……それは、更に未来の話になるだろう。


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