第6話 真実の色

 作戦室に戻ってきたアルドは、「少しやることがある」と言って出ていったイスカと二人が戻ってくるのを待っていた。

(三人とも遅いな……まさかあの犯人の先生が逃げたとか…⁉)

アルドが不安を覚え始めたところで作戦室に入ってくる人影があった。

「イスカ!ずいぶん遅かったな。あれ?あの二人はどうしたんだ?」

「ああ、あの二人ならEGPDに引き渡したよ。男性の方は今すぐに行く必要は特になかったのだけど、彼女についていくと言ってね。」

予想外の返事にアルドは驚きが隠しきれなかった。

「え⁉二人ともつれていかれちゃったのか⁉イスカはよかったのか?俺たちが気絶した後なにがあったのか二人に聞かなくて。」

「黙っていてすまないアルド。実は君が目覚めるより前に二人から既に事情は聴いていたんだ。そのうえで女性の方は自首することを強く望んでいてね、なるべく早くEGPDに引き渡した方がいいと判断したんだ。何があったかについては全て私から説明させてほしい。」

驚いていたアルドだったが徐々に落ち着きを取り戻し、改めてイスカの話を聞こうとした。

「あ、ああ、分かったよ。ところで気になってたんだけど、俺は彼女がレゾナポートから出てくるのを発見した時、スイッチを押さなかった……イスカの指示を無視したのは悪いと思ってる…。でもイスカはあの場所に駆けつけてくれたよな、どうしてなんだ?」

「ああ、先にその話をしようか。実はあのデバイスはスイッチを押さずとも、周囲の大きな音を感知したら自動で作戦室に信号を送る機能があったんだ。誤解しないでほしいんだが、何も君を信用していなかった訳じゃないんだ。君に伝えた通り事前に戦闘ロボットの存在を把握していたから、もし君がスイッチを押すより先にロボットに襲われてしまった場合を想定しての機能だったのさ。事前に説明し忘れていたことはすまないと思っている。」

「そんな、謝ることなんかないだろ。あの時イスカが来てくれなかったら、俺もあの先生も危なかった。むしろ感謝しないといけないぐらいさ。」

能天気なアルドの返事に、イスカの負い目もどこかへ行ってしまった。

「ふふっ、君は本当にお人好しだね。だがありがとう……。それじゃあ事件について説明しないといけないね。まずは私たちが気絶した後に何があったかについてだが、あの二人が言うには、女性がジュエリーショップから盗んだ指輪の宝石が突然強い光を放ったらしい。」

アルドには心当たりがあった。一瞬目を覚ましかけていた時に強い輝きを感じたことを思い出した。

(宝石から強い光……まさか、『百一日の涙』か!あの時感じた不思議な力は『百一日の涙』のものだったのか…。それじゃああの二人は試練を乗り越えたってことか……?)

「そして周囲一帯を覆っていた光が収まると、戦闘ロボットも彼女が首につけていたアクセサリーも消えていたとのことだ。到底信じられる話ではないのだけれど、二人の表情からは真剣さが伝わってきてね。とても嘘をついているようには思えなかった。つまるところ、あの場にいた誰一人として何が起きたかを正確には分かっていないということだ。」

「なあ、その光った宝石っていうのはどんな色をしていたんだ?」

たまらずアルドは尋ねた。

「宝石の色かい?見せてもらったが無色透明で、見たことがないほど透き通っていて美しい宝石だったよ。あまり宝石には詳しくないけれど、とても希少そうな品に見えたね。」

(透き通っていた!そうか、今回の事件はあの二人にとっての試練だったんだ!二人は乗り越えられたんだな!)

「ふふっ、なにやら嬉しそうだね。次にあの二人がどうなるか、だったね。まず男性の方だけど、彼自身は何か犯罪を犯したわけでも、女性の手助けをしたわけでもないから彼が何かしらの罪に問われることはないよ。彼がEGPDと一緒に行ったのは目撃者としての証言のためさ。なぜあんな時間にあの場所を訪れたのかは不可解だったけど、本人曰く、寝付けなくて散歩をしているうちに頭がぼーっとして、気づいたらレゾナポート前にいたらしい、これまた奇妙な話さ。次に女性の方だけれど、その罪はとても軽いものになると思う。彼女はくだんの犯罪組織の一員として盗みを働いた。それは揺るぎない事実だが、彼女は初めから犯罪組織の一員ではなかったんだ。これは少し調べれば裏が取れたよ。彼女がこのスクールの教師として勤務を始めた時期は、犯罪組織のものと思われる事件が初めて起きた時期よりも遥かに前なんだ。つまり彼女は元々普通の教師でしかなかったわけさ。しかし一か月前、彼女は偶然、エルジオンで盗みを働いていた人物を目撃してしまい、慌てた犯人に連れ去られてしまった。それが組織の一員だったのさ。その際彼女は、自分はそのまま消されると思ったそうだが、組織は彼女がIDAスクールの教師であることを知り、利用しようとした。彼女が首につけていたアクセサリーを覚えているかい?」

「ああ、こっちを監視してたってやつだろ。」

「あのアクセサリーには爆弾も仕掛けられていた。」

イスカは淡々と話しているがアルドは驚かずにはいられない。

「ば、爆弾⁉」

「彼女が無理にアクセサリーを外そうとすると爆発する仕組みだったらしい。それにより彼女は組織の言いなりになるしかなくなった。後は以前話した通りさ、一週間前組織から命令されて彼女はレゾナポートに盗みに入り、成り行きを見守った。そして昨日、再び盗みを決行したわけだけだ。しかしここで私たちの読みが一つ外れていたよ。組織は私たちが思っていた以上に慎重だったようでね、今日も宝石を一つだけ盗むよう指示されていたらしい。」

「くそっ、なんて卑劣な連中なんだ!イスカ、その組織の奴らを捕まえる方法はないのか⁉」

 アルドの言葉には強い怒りがこもっていた。

「安心してくれアルド。先ほどEGPDから聞いた情報によると、その組織の全員が今日の朝早くに自首してきたそうだ。」

これまた予想外の返事にアルドは驚きと戸惑いが入り混じった声を出した。

「えっ…自首…⁉どうして急に……?」

「EGPDによると自首してきた全員がひどくおびえた様子で、口を揃えて『ドロドロの魔物に襲われる』と言っていたらしい。しかし周囲に魔物の姿はなくてね、捜査官も困惑したそうだ。またしても説明がつかない、原因不明なのさ。男性が気づかぬうちに現場にいたり、犯罪組織が丸ごと自首してきたり、ロボットが消えたり、EGPDも私たちも捜査資料をまとめるのに相当苦労するだろうね……。」

(ドロドロの魔物……!もしかしてこれも『百一日の涙』の力なのか……⁉)

「話をまとめると、女性の犯行は全て組織に支持されたもので、彼女自身が進んで罪を犯したことは無く、脅して従わせていたという組織のリーダーの自供もある。また彼女が盗んだのは宝石二つだけであり、どちらも売り払われることなくジュエリーショップに返却された。以上を総合的に考えると、彼女の罪は限りなく軽く判断されるはずだよ。」

 事の顛末てんまつを聞き終えたアルドは安堵していた。

「そうか、本当に良かったよ。もうあの二人の邪魔をするものは何もないんだな……。」

「とは言っても、彼女が罪に問われることには違いない。あの男性教師は今後彼女とどう接していくのだろうね……。彼女もあまり自分を追い詰めなければ良いのだけど……。」

少し物憂げな表情のイスカに対してアルドは晴れやかな顔で答える。

「心配することないさ、イスカ。あの二人は決してほどけない絆を手に入れたからな!」

満面の笑みを称えたアルドの答えに、イスカは微笑を浮かべた。

「ふふっ、やっぱり君には気絶していた間に何が起きていたか心当たりがありそうだね。この事件の不思議に関わることなら、今度じっくり聞かせてくれたまえ。」

「ああ、すごくロマンチックな話になると思うぞ。」

「ロマンチックな話、か。君の口からそんな言葉が出るとは思わなかったよ。」


二人の笑い声を作戦室の静謐せいひつな空気が吸収していく……

こうしてまた一つ、新たな物語とともに『百一日の涙』は語り継がれていく…………

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百と一日の涙 隣 蒼 @jmspfqnn2017

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