第5話 悲劇の色

 辺りも暗くなり、スクールの生徒たちも皆下校していった後、アルドはイスカに指示された張り込み場所を探してレゾナポートの入り口近くを歩いていた。

「イスカが言ってたのはここだな。ここに隠れてレゾナポートの出入り口を見張って、誰かでてきた人がいたらこのスイッチを押す。そんなに難しいことじゃないはずなのにやっぱり緊張するなぁ…。」

レゾナポートのすぐそばの柱に身を隠し、アルドの張り込みが始まった。


 どれだけ時間が経過したか分からないが、ずっと気を張っていたアルドにとってはひどく長い時間が経ったように感じられた。その間何か怪しげな事も起きなければ、レゾナポートから出てくる人影も無かった。

(かなり時間が経った気がするけど、何も起きないな。張り込み…思ったより大変だな……IDEAの仕事ってやっぱり大変なんだな。レンリやセティーもこんな感じで張り込みとかするのかな……。)

 緊張からかアルドにも疲れが見え始め、とりとめのないことをぼんやりと考えていたその時、レゾナポートから出てくる人影があった。それをアルドは見逃がさなかった。イスカの指示通りデバイスのスイッチを押そうと指を置くアルド。しかし、アルドはスイッチを押せなかった。街灯に照らされた人影の顔に見覚えがあったからだ。そこにいたのは、男性教師が見せてくれた写真に写っていた女性教師だった。アルドは驚き、デバイスのスイッチを押すことすら忘れ、思わず飛び出して女性教師に話しかけてしまった。

「なああんた、こんなところで何してるんだ…?」

質問せずにはいられなかった。それがイスカの指示に背くことだと、これまでの捜査を台無しにするかもしれないことだと頭では分かっていても、目の前にいる人が犯人だとは、信じられなかった。

 話しかけられた女性教員もまた驚いた。

「あ、あなたこそ何をしているの⁉私はこの学校の教師よ、仕事をしているだけよ……!」

「こんな時間にレゾナポートでどんな仕事があるっていうんだ…っ、やっぱりあんたが宝石店に盗みに入った犯人なんだな…。」

信じたくは無かったが、状況が彼女以外の犯人などありえないと告げていた。

「ど、どうして宝石店の事件のことを、まさかあなたIDEAの生徒⁉いえ、IDEAにこんな生徒はいなかったはず…あなたは何者なの⁉」

「俺は…」

 アルドの声を遮ろうとするかのように聞き覚えのある声が耳に飛び込んできた。

「おや、君は宝石を見つけてくれた子じゃないか。こんな時間にこんなところで会うなんて運命的なものを感じるね。そうだ、例の結晶を調べてみたけど実に不思議だ、本当にパルシファル王朝時代の大気成分が含まれていたよ。あれは『百一日の涙』で間違いない。君は一体どうやってあれを手に入れたんだい?もし良ければ今度時間があるときにでも僕の研究室で詳しい経緯を………」

 一人ヒートアップしていく口調、アルドが振り向いた先に立っていたのは、あの男性教師だった。

「なんであんたがここに⁉」 「なんで君がここに⁉」 「なんであなたがここに⁉」

 アルドと彼と彼女は同時に叫んだ。アルドからすれば彼がここに来ることなど予想だにしないことであった。アルドの動揺も無理はない。しかし二人の動揺はアルドのそれとは比べ物にならないほどであった。当たり前のことである。彼からすれば真夜中のレゾナポート前に昼間結晶を見つけててくれた青年がいて、その青年が相対している相手が自分の彼女、二人の間にはただならぬ空気が流れている。何かしらの推測をすることすら難しい、情報の濁流に彼は飲み込まれていた。彼女はといえば、綿密な計画のもとに盗みを行ったのに謎の青年に話しかけられ、自分が何をしていたのかさえばれている。さらにそこに一番知られたくない相手まで現れてしまった。彼女もまた情報の濁流の中で何をどうすればいいのか思考をまとめられずにいた。

 一斉の疑問符の後の静寂を破ったのは男性教師だった。

「こ……これはどういうことなんだ…どっちでもいい、というかもう誰でもいいからこの状況を説明してくれ…お願いだ……!」

 彼とて思考がまとまっていた訳ではない、しかしそれでも何か聞かずにはいられなかった。彼の質問を受けてその質問にどう答えるべきか、本当のことを伝えるべきなのかアルドは迷った。彼が彼女のことを本当に大切に思っていることを知っているからこそ余計に迷いは大きくなった。しばし迷った末にアルドは真実を告げると決めた。

「俺は…今日このレゾナポートで宝石泥棒を捕まえるために張り込みをしてたんだ……。そして、レゾナポートから出てきたのが彼女だったんだ…。多分……彼女が…宝石泥棒だ……。」

 何かしらの予想をしていた訳ではないが、アルドの口から語られたことは男性教師にとって予想外としか言いようのないものだった。

「そんなまさか……。彼女が宝石泥棒……本当なのかい?ねえお願いだよ、君の口からきかせてくれ、何かの間違いなんだよね?君が宝石泥棒だなんてそんなわけないよね?そうだ、レゾナポートの寮生の子に何か用事があったとか何か理由があるんだよね?」

自分に言い聞かせるような、それでいて彼女に懇願するような口調で彼は彼女に問い詰めた。

「わ、私は…私は…」

 彼女は口ごもった。無理もないことである。一番知られたくない相手に自分から真実を告げなければならないプレッシャーに彼女は押しつぶされそうだった。

 しかし次の瞬間、彼女の眼の光が怪しく輝いたように見えた。すると彼女は先ほどまで口ごもっていたのが嘘のように話し出した。

「ええそう、私は宝石泥棒よ。それに単独犯じゃないわ、大きな犯罪組織の一員。ここに盗みに入るために綿密に計画してきたのに…まさかあなたに見られるとは思ってなかったわ…。早くここから立ち去ってちょうだい。目撃者は消さなきゃいけないけど、あなただけは見逃してあげてもいいわ。だから、早くどこかに行って!」

 彼女の変わりようにアルドと男性教師は思わず面食らった。

「それじゃあここで教師として働いていたのも、全て計画の一部だったのかい?IDAスクールの教師としての君は、全て偽りだったのかい…。」

聞きたくない話、知りたくない事実。この問いの答えはどう転んでもそれに類するものだと分かっていながらも、彼は聞かずにはいられなかった。

彼に問いをぶつけられ、女性教師は一瞬怯んだかのように見えた。

「そ、そうよ!全て嘘。あなたに近づいたのも職場にいち早く溶け込むためにやったことよ。もういいでしょ!早くどこかに行ってよ!!あなたも消さなきゃいけなくなるわ!!」

 彼女が一層声を荒げた時、彼女の背後に並大抵でなく大きな影が現れた。

「あら、間に合わなかったわね。これは組織が改造した戦闘用ロボットよ。さあ、目撃者たちの口を封じなさい!!」

 彼女の掛け声に呼応するようにロボットが襲いかかってきた。

「あれがイスカの言っていた大型のロボットか!くそっ、とにかく迎え撃つしかない!」


 ロボットとの死闘を繰り広げるアルド。どちらもボロボロの状況の中で目の前のロボットのものではない金属音が背後から聞こえてきた。

「まさか!後ろにもいたのか!」

振り返って見ると、今さっき対峙していたロボットと同等の大きさのロボットが武器を構え、男性教員へと突撃していく瞬間だった。

「逃げろ!!」

 アルドの必死の叫びも、残酷な現実を、よりによって愛する人に告げられ放心した彼に、届くはずもなかった。

(くそっ、間に合わない!)

 ロボットの凶刃が男性教師に届いたように見えたその時、どこからともなく現れた一閃がその刃を阻んだ。

「ふう、まさかこんな展開になるとはね。私にも予想できなかったよ。」

「イスカ!助かったよ!でもどうしてここに?俺は……スイッチを押せなかった……作戦室に連絡はしてないはずだぞ。」

「その話は後にしよう。今はこの状況をどうにかしないといけないからね。」

 どうやらイスカはこの場に来たばかりだが状況をほとんど把握しているようだった。

「ふむ、なるほど。」

 イスカは女性教員を一瞥し、何かに納得した様子だった。アルドと背中合わせに立ち、小声でアルドに話しかけた。

「落ち着いて聴いてほしい、彼女がロボットを呼んでいる方法が分かった。」

「彼女が呼んでいる⁉確かにロボットは急に現れたけど…?」

「しっ、向こうに気づかれちゃいけない。彼女が首に着けているアクセサリーが見えるかい?あのアクセサリーについている宝石は偽物だ。おそらくあの偽の宝石にはカメラが仕込まれている。それでこちらの様子を把握し、それに応じてロボットが送り込まれているのだろう。つまり、あのアクセサリーを壊さなければロボットは無尽蔵に現れるということだ。アルド、一瞬でいい、ロボットを引き付けてくれないか。その一瞬で私がアクセサリーを壊す。」

「分かった。ロボットたちは任せてくれ。」

「よし、それじゃあ行くよ!」

 アルドはロボットに切りかかり、二体のロボットを同時に相手取る。イスカは女性教師との間に一筋の道ができた一瞬を見逃さず、一気に駆け寄り彼女の首元へと手を伸ばす。その手が彼女に届いたように見えたその時、イスカの身体を大きな影が覆った。先ほどの意趣返しだろうか…イスカの手は新たに出現した3体目のロボットに阻まれた。突如出現したロボットに弾き飛ばされたイスカにアルドが駆け寄る。

「イスカ!大丈夫か、イスカ!」

「私としたことが……考えついた解決策に無闇に飛びついてしまった…こちらが一人増えれば向こうも一機増える……当然の事じゃないか…すまない……アルド……。」

そう言い残すとイスカは気を失った。

「くそっ、どうすればいいんだ…。俺一人であのアクセサリーを壊さないと…。」

 考えるアルドのことなど気に留めるわけもなく、ロボットたちはまたも襲い掛かってくる。

(まずい!)

何度も間一髪のところで男性教師を守るアルド。

「なああんた!頼む、しっかりしてくれ!このままじゃ二人ともやられるだけだ!」

 アルドの必死の訴えも彼の耳には届かない。彼の頭の中は完全なる虚無に埋め尽くされていた。それでもなおアルドは声を届けようとし続ける。

「俺は彼女のことはよくわからないけど、彼女が言ったことが全て本心からの言葉だったとは思えないんだ。あんたは彼女のことを誰より知ってるはずだろ?彼女の言ったことが本当のことか、あんただからこそ分かることもあるはずっ……」

 アルドの言葉は無慈悲にも遮られた。やはり人をかばいながら戦うのには限界があったか…ロボットの一撃でアルドまで気を失ってしまった。しかし、アルドの最後の言葉は男性教師の頭を埋め尽くしていた虚無を少しだけ晴らした。

(そうだ、考えるんだ。彼女は全て偽りだと言っていた。IDAの教師として頑張ってきたことも、一緒にすごした時間も全て偽り………そんなことあるのか?僕の目に映っていた彼女の表情は本当に作り物だったのか………いやそうじゃない…そうじゃないはずだ。彼女は僕だけは見逃してもいいと言った。本当に全てが偽りなら、僕を見逃す理由だってないはずだ。そうだ、僕が全て嘘なのかと聞いた時、彼女は少し動揺していたように見えた。彼女のどこかに、IDAの教師としての本当があるはずだ……!)

 彼は思考する、推測する、本当を探す。その思考は頭を埋め尽くす虚無をさらに晴らし、より一層頭がはっきりしていく。目の前の事実に、彼女の言葉に打ちのめされていただけの男はもういなかった。

(……今……、汝の愛を示すべき時…)

 謎の声が彼の頭に響き渡る。その言葉に背を押されたように、彼の口から言葉がこぼれだした。

「君は言ったね、全て嘘だって。でも僕にはとてもそうは思えないよ。だって本当に全て嘘なら、僕を見逃す理由がないじゃないか。」

「そ、それは…」

 彼女の顔に明らかな動揺の色が見えた。

「今ならわかるよ、ここ一か月くらい僕を避けていたのも、この事件や犯罪組織とやらに関わらせないようにするためだったんだね。」

「ち、違う!あなたのことなんてどうでもよくなっただけよ!ふざけたこと言わないで!」

「分かったよ。君がそう言うならそういうことでいい、でも…それでも僕は…自分の気持ちに嘘はつけない!例え君が窃盗犯だとしても、犯罪組織の一員だとしても、一緒に過ごした日々に本当の君がいたはずだって僕は信じてる!!」

 先ほどまでの打ちひしがれた姿が嘘のように、何かに取り憑かれたように堂々とした彼の言葉は力強かった。

「そんなこと……口では何とでも言えるわ……。」

反対に、言い返す彼女の言葉にはもう、力はこもっていなかった。

「言葉だけでは信じてくれないなら、僕の思いを見せるよ…。君はレゾナポートのジュエリーショップに盗みに入ったんだったね、だったら盗んだものの中に、不思議な色の宝石が付いた指輪があるはずだよ。」

「指輪……これの事…?」

 彼女の手には見覚えのある怪しげな輝きがのっていた。

「その指輪の内側を見てほしい。」

「これは……⁉」

 思わず彼女が息をのむ。そこには二人分の名前が刻まれていた………彼女と彼の名前だった。彼女の瞳に涙が浮かぶ。

「どうして……どうしてここまで……あなたを巻き込みたくなくて……必死に突き放したのに……どうしてあなたは私のことを嫌ってくれないの……?」

彼女はなんとか言葉を絞り出す。瞳にたまった涙はもうこぼれる限界まできていた。

「私も……あなたのことが………………」

 彼女の言葉が最後まで絞り出されるよりも、こらえきれなかった一滴ひとしずくが彼女の瞳からこぼれる方が早かった。その一滴ひとしずくが真っすぐに、彼女の手のひらの指輪へと注がれた。その瞬間、百一日の涙はその怪しげなオーラを失い、透き通った輝きが周囲の全てを包み込むほどに強くなった。

(今……汝らの愛は……示された……汝らに……加護を…………)

 またも謎の声が響き渡る。今度は男性教師だけでなく、女性教師にもその声がはっきりと聞こえた。

 目を覚ましかけていたアルドにも透き通った光が注がれる。

(な、なんだこの光は…不思議な感じだ…優しいようで…力強い……)

 そのままアルドは再び意識を失った……。


「…ルド……アルド……アルド!」

「うわ!な、なんだ!」

 目を覚ましたアルドの目の前にはイスカの顔があった。

「イスカ⁉そうか、思い出してきたぞ。確か俺は張り込みをして…大きなロボットと戦って…あのロボットにやられたのか…。そうだ!あの二人はどうなったんだ⁉」

「二人とも無事さ、もっとも今は二人ともそこで眠ってしまっているけどね。」

イスカが目を向けた方を見ると、二人が並んで横たわっていた。重なった二人の手の中には、どこにも淀みなどない、透き通った輝きをたたえた『百一日の涙』が握られていた。

「そうか、無事でよかった。でも俺が気絶していた間に何があったんだ?」

「何はともあれ一度作戦室に戻ろう。話はそこで整理すればいい。」

「そうだな、作戦室に戻ろう。」

 悲劇の夜を超えた四人には、『百一日の涙』に負けず劣らずの爽やかな光が頭上から注がれていた……。

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