第10話 今日子という女

「奥方様、清州まであと少しですな」


「お茶会か、他の人達とするのは久しぶり」


 清州において、仲良くなった織田家家臣達と茶会をするので指導してほしい。

 夫である光輝から連絡を受けた今日子は、茶道具を持って清州へと向かっていた。


「へへへっ、お前ら、ちょっと待ちな」


 選りすぐった護衛は連れていたのだが、この時代はやはり治安がよくないようだ。

 今日子達一行は、人気ない場所でとても柄の悪そうな連中に声をかけられてしまう。


「奥方様、お下がりを」


「奥方様だってさ! 身代金が取れそうだな!」


「当たりですね、親分!」


 人数は八名、誰が見ても山賊か追剥にしか見えない。

 今日子が金持ちだと知って、これを襲えば大儲けだと笑っていた。


「結構、清州に近いんだけどなぁ……」


 信長は庶民には優しい殿様で、この手の連中の排除にも熱心であった。

 金蔓である流通路を守るためでもあったが、清州と津島周辺の治安は実際に守られている。

 結果が出ているので、信長は彼らから評判がいい殿様なのだ。


 ただ、今回は運が悪かったようで、今日子達主従は盗賊団に通行を妨げられてしまう。

 今日子達主従は合計五名なので、人数的にいうと分が悪いのは確かであった。


「小汚い連中ね……それに臭いし……」


 『お風呂くらい、毎日入りなさいよ』と、今日子はかなり無茶な事を思った。

 この時代に、毎日お風呂に入れる人は少ない。


「随分な言いようじゃねえか! 俺達に浚われない自信でもあるのか……って! 大きい女だな!」


 これも、未来との差かもしれない。

 盗賊団で一番背が高い者でも百七十センチほど、百五十センチ台の者も珍しくなかった。

 だが、この時代なら平均身長である。


 ちなみに、今日子は身長が百七十七センチだ。

 夫である光輝は百八十二センチ、弟の清輝も百八十一センチある。

 元いた時代ではさほど大柄というわけでもないのだが、この時代だと確実に大男、大女扱いであった。


「大きいとか、女性に失礼じゃないの!」


「いや、実際に大きいからな。女でもこんなに大きいんじゃ、欲しがる奴はいねえよな……」


「身代金を取るんじゃないの?」


「そんなの、金だけ取ってお前は売り飛ばすに決まっているじゃねえか!」


 どうやら、目の前の連中は正真正銘の悪党のようだ。

 ニヤニヤ笑いながら、今日子を値踏みしている。


「今なら南蛮人に売れるか? あいつら、大きいじゃねえか」


「でもよ、南蛮人よりも大きいぞ」


 この時代だと、ヨーロッパ人もそこまで大きくはない。

 日本人よりは大きいが、今日子よりも背が高い人は少なかった。


「まあ、売れれば何でもいいだろう。南蛮人って変わっているから、こんな大女でも買ってくれるかもしれないし」


「そうだな。でも、年増じゃねえか?」


「はあ? こんなに若い私が年増って、どういう事よ!」


 大きい女であるのは渋々認めたが、年増扱いには納得がいかない。

 まだ自分は二十二歳だと、今日子は声を大にして反論する。


「二十歳すぎてんだろうが! 年増で何が悪いんだよ!」


「そうだ! 年増は黙ってろ!」


 これも常識の違いなのだが、この時代の女性は二十歳をすぎれば年増扱いである。

 だから今日子も、もう十分に年増のカテゴリーに入っていた。

 

「南蛮人って、見た目よりも老けているって聞くからな。年増でも大丈夫か?」


「もう何でもいいから、浚って、身代金を取ってから売り飛ばそうぜ」


 盗賊団は、今日子の前でかなり失礼な会話を続ける。

 その様子に、次第に今日子の怒りのゲージが上がってきた。


「あなた達は、ちょっと下がってなさい。あと……」


「ははっ!」


 護衛の兵士四人は今日子の命令で後ろに下がるが、その前に一人の兵士が普段は預かっている金属製の長い棒を今日子に差し出した。


「女だてらに、棒を振り回して俺達に対抗しようってか!」


「バカじゃねえの!」


 追剥達は、自分達に一人で立ち向かおうとする今日子を一斉に笑った。


「当たり所が悪くて死んだらゴメンね」


「しゃあねえな。殺して、持ち物だけ奪うか」


 盗賊団も刀を抜き、先制して今日子に切りかかった。

 ところが軽くかわされたあと、すれ違い様に金属製の棒で体を打ち据えられ、彼らは激痛のあまりに地面でのたうち回る事になる。

 腹を打ち据えられた者はアバラが骨折し、頭部を打ち据えられた者は意識がない。

 気絶しているのか、死んでしまったのかも不明であった。


「気絶するほど頭部に打撃を受けると、かなりの確率で死んでしまうの。峰打ちも難しいのよ」


「ふざけんな!」


 盗賊団で一人残った無傷の追剥が、今日子が持つ棒を叩き折ろうと刀で切りつけてくる。

 刀は数打ちの量産品なので、切れ味など期待できないからだ。

 ところが、今日子の持つ金属製の棒は特殊合金製である。

 逆に、追剥の持つ刀の方が折れてしまった。


「ひぃーーー!」

 

 刀を失った追剥が逃げようとしたが、その前に腹を打ち据えられて地面に転がる羽目になった。

 これで八名の追剥が、今日子一人によって倒されてしまった事になる。


「相変わらず、物凄いですな」


「みんな、縛っちゃって」


「はっ!」


 後ろに下がっていた兵士達は、持っていた縄で倒れている盗賊団を縛り始める。

 護衛なのに、なぜ彼らは戦いに参加しなかったのか?

 今日子の命令だからというのもあったが、彼らはわかっていたのだ。

 盗賊団がこの程度の数いても、今日子に勝てるはずがないのだと。


「清州の奉行所に突き出してやりましょう」


「それがよろしいでしょう。荷台にでも載せておきます」


 憐れ、盗賊団は清州において奉行所に突き出され、罪人として処刑される事となる。

 気絶した中で三名ほど既に死んでいたが、まったく問題とされなかった。

 この時代に、過剰防衛という概念はないからだ。


「今日子、大丈夫だったか? この世に絶対という事はないんだから、無茶をするなよ」


「みっちゃんは、優しいなぁ」


 今日子から道中の顛末を聞いた光輝が彼女を心配し、それを今日子が喜ぶ。

 いつもの夫婦の光景であったが、同じく話の顛末を聞いた秀吉と一益は驚愕した。


 新地家の妻の驚異的な強さと、その背の高さにだ。


「(綺麗な人なのだが、私よりも背が……)」


「(新地殿は大変だな。浮気などしたら殺されるのではないか?)」


 一益、秀吉はおろか、信長すら彼女に女性的な感情を持たず、今日子はこの時代でも光輝以外にはほとんどモテなかった。

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