第9話 織田家の人々

「予定よりも遥かに早く戦が終わった。お主たちの奮闘に感謝するぞ。乾杯!」


「「「「「「「「「乾杯!」」」」」」」」」」


 織田信清の降伏をもって、尾張における冬の戦いは終わった。

 またすぐにあるかもしれないが、それを知っているのは信長のみだ。


 勝ち戦でご機嫌な彼の音頭で戦勝の宴がおこなわれ、織田家の有力な諸将が多数参加している。

 

「ミツ、よくやった!」


 新地家は新参者にも拘らず、光輝は末席ではなく真ん中よりも上の席に座らされ、信長から直々に杯を受けていた。

 織田信清の生け捕りに、方泰は新地軍を整然と指揮し、茂助は城への一番乗りと兜首を三つ、一豊も茂助の傍で兜首を挙げた。


 その上出来すぎる戦功に、信長が宴会の席次で報いたというわけだ。


「ありがたき幸せ」


 謙遜ばかりすると先輩諸将に嫌がられそうなので、素直にお礼を言ってから酒を注いで回る事にする。

 上座の人から挨拶をしながら、酒を注いで回るのだが……。


「これからも、己の分を弁えて活躍するがよいぞ」

 

 一人目は、林秀貞というおじさんだ。

 織田家重臣の中でも筆頭格のようだが、若い新参者が序列を乱すのを嫌うのかもしれない。

 かなり偉そうな物言いだ。


「新地殿であったな。そなたは、中国磁器の名物を大量に持っているとか?」


 二人目は、佐久間信盛というやはりおじさんだ。

 この人も、林秀貞と同じくらい偉いらしい。

 一見悪い人には見えないのだが、何となくケチで欲深そうな性分を漂わせている。


「次もこのくらい活躍できればいいがな!」


 三人目は、柴田勝家というヒゲだらけのおじさんだ。

 戦に強くて、今回の戦いでも大活躍していた。

 見た目どおりの体育会系で、部下の面倒見もいいので慕われている。


 ただ光輝は、自分とは合わないと思った。

 この人を例えるなら、運動系の部活にいる上手な先輩で、後輩にも慕われている。

 だが、自分よりも優れた後輩が現れると嫉妬するタイプに見えたからだ。


「新地殿、これからもよろしく頼むぞ」


 四人目は、丹羽長秀という二十代半ばほどの男性だ。

 この人も戦が上手く、信長からの信用も厚い。 

 人当りもよく、コミュニケーション能力が高いようで誰とでも仲良くしていた。


「新地殿か。よろしく頼む」


 五人目は、滝川一益というおじさんだ。

 この人も戦が上手く、鉄砲の扱いは織田家で一番であろう。

 外様からの抜擢のようで、光輝にも威張りくさった態度は見せなかった。


「新地家の種子島隊は素晴らしいですな。改良もされているようで」


 鉄砲のスペシャリストらしく、一益は新地隊が装備している鉄砲に興味を抱いたようだ。


「ええ、海外ではああいう改良も行われているようですね」


「なるほど、南蛮は種子島の本家ですからな」


 話は続くが、一益は茶道にも興味があるらしい。

 光輝が名物を沢山持っているのを羨ましがっていた。


「いつか、もっと大身になってそのような名物を買い揃えたいものです」


「お貸しするくらいならいつでもいいので、その内に茶会でも開きましょうか?」


「それは是非にお願いしたい。新地殿は、茶道の心得もあるのか」


「俺よりも、妻の方が得意なのですが……」


 士官学校時代から喪女であった今日子は、趣味で生け花と茶道をやっていた。

 共に免状を持ち、最近では光輝と清輝も習っている。

 今は、家臣達にも教えていた。


 なお、初めて会った時にその趣味を聞き、『似合わねぇ!』と言った清輝が今日子にしばき倒されたのはいい思い出だ。


「素晴らしい奥方ですな」


 更に話は続き、清輝と一益は仲良くなった。

 他にも、色々な家臣と挨拶や話に興じるが、一益に続き仲良くなった者がいる。


「普請奉行の木下藤吉郎と申します。よろしくお引き立てのほどを」


 末席にいた、小柄な二十代半ばの男性と最後に挨拶をする。

 彼は、やはり小者から引き立てられて奉行にまで出世した外様の家臣であった。


「新地様は……」


「様はいりませんよ、木下殿。我らは同じ織田家の家臣……俺も新参者ですし」


「左様ですか。私の事は藤吉郎と呼んでくだされ」


 共に新参者で、丹羽長秀と滝川一益以外からはよく思われていない節がある。

 それもあったが、藤吉郎と話をすると話題が豊富でつい聞き入ってしまう。

 光輝の話も興味深そうに聞いてくれて、藤吉郎ともすぐに仲良くなった。


「藤吉郎殿も、茶会に来られるといい」


「よろしいのですか?」


「俺も習い始めなので問題ないですよ」


 戦勝の宴から一週間後。

 清州にある商家が持つ茶室で、光輝は茶会を開いた。

 従軍した新地軍から一豊と数名の護衛を残して領地に戻し、今日子が茶器などを持って清州に来たのだ。


「妻の今日子が教えてくれるので、みんなで教わりましょうか」


 未来の裏千家師範の免状を持つ今日子が、光輝、一益、藤吉郎と彼が連れてきた弟の小一郎に茶道の基本的な所作を実践しながら教えていく。


「木下小一郎と申します」


「私は生まれが百姓なので、家臣は弟の小一郎しかいないんですわ。こいつも習わせて構わないでしょうか?」


「一人増えても同じですから構いませんよ」


「ありがたい、新地殿。小一郎もお礼を言え」


「ありがとうございます。私達兄弟に、こんなに親切にしてくれる方はあまりいませんので、本当に嬉しいです」


 家柄がいい上士出身の家臣からすれば、実力で出世したとはいえ藤吉郎と小一郎が邪魔だと思う人も多い。

 気軽に茶道を教えるなど、絶対にしなかった。


「と、こんな感じです。実際にやってみますか」


 今日子が一通り説明をしてから、彼女が亭主となり茶会が始まる。

 みんなで配られたお菓子を口にしてから、今日子が淹れた茶を回し飲み、使われた器の品評が始まる。


「高麗青磁ですか?」


 ある程度勉強をしていた一益は、茶碗の銘を正確に当てた。


「はい、沈没船からの引き上げ物です」


「清州でも指折りの商家が、揉み手で茶会を行う場所を貸す。新地殿は凄いですな」


 光輝は、新地に本拠を構えてから商売の方法を変えていた。

 まずは引き揚げた中国磁器、これは評価額が低いものは清州や津島の商人に少し安く卸し、それが売れたら仕入れた商人が利益から織田家に運上金を払う。


 他にも、ビタ銭と永楽通宝との交換業務も行っていた。

 織田家が持参したビタ銭を、光輝が永楽通宝と四対一で交換する。

 集める時には六~七枚で永楽通宝一枚というレートで集めているので、光輝と交換するだけで織田家は利益になる。

 光輝も、ビタ銭四枚を鋳溶かせば最低でも永楽通宝二枚半分くらいにはなるので損をしていない。

 

 これらの商売を仲立ちして手数料を受け取っているこの商家からすれば、光輝達は物凄い上客なのだ。

 たまに場所を貸せと言われたくらいで断るはずがなかった。


「これからも、たまに茶会を開きましょう」


「いいですな」


「私も頑張って茶道を覚えますよ。なあ、小一郎」


「はい」


 後に茶会が信長からの許可制になるまで、光輝は定期的に茶会を開催、多くの知己と仲良くなる事に成功する。

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