第3話 上昇気流の織田信長という偉い人

「へえ、結構盛り上がっているね」


「活気があるわ」


「向こうでゴザを敷いて色々と売っている人がいるね。僕達も始めようよ」


 堺という大都市は止めて、光輝達は尾張の国、津島の町へと到着していた。

 さすがにカナガワは目立つので、商品を小型の脱出シャトルに載せ、夜陰に紛れて密かに上陸している。


 このシャトルも宇宙用ではあったが、水中でも使用可能であった。

 ただし、二度と上空には飛び立てない。

 

「このシャトルに、この時代の船でも被せて偽装しようか?」


「船は鉄製にしない? そんなに大きくなければ、それっぽいのは作れると思う」


「最初は木製の方がいいかも。それはあとで考えるとして、早く売ってみようよ」


 三人は軍で使用している多目的シートを広げ、その上に持参した中国磁器を並べる。

 他はみんなゴザなだが、三人はゴザが手に入らなかったので、積み荷の軍需物資を拝借して使用したのだ。


 違反ではあるが、どうせもう軍に物資は届けられない。

 ならば有効に使うべきだと、三人は割り切った。


「ふと思ったんだけど、カナガワのローンはもう払わないでいいよね?」


 ローンを払わないで済んだという現実に、社長の光輝は心躍ってしまう。


「それを考えると、結構得したの? 私達」


「さあ、それは僕達がここでどう生きるかじゃないの? 兄貴の目標は?」


「ずばり! 緩やかに生きる!」


 光輝の目標を聞き、清輝は少し眩暈がしてくる。


「あれから情報を更に集めたけど、この世界はかなりキツくない?」


 同姓の足利さんの幕府がパっとせず、全国各地で戦が起こっている。

 これが収拾するまでは、戦国時代というわけだ。


「俺らが何とか出来るはずもないし、今はこの中国磁器が売れてくれないかなと」


 北宋、南宋、元、明の有名な工房の作から、これはという物をチョイスして並べている。

 ただし、三人に芸術的な素養はゼロなので、鑑定はカナガワのコンピューターとキヨマロ頼りだ。

 なぜ産地がわかるのかといえば、カナガワのコンピューターで資料を元に照合したからだ。

 古代中国の王朝名と磁器の産地などは、名称や物が違わなくてほっとする三人であった。


「売れないね……」


 商売を始めてから一時間ほど、たまに客が冷やかしには来るが、磁器の時代と窯の名前を言うと偽物扱いされてまったく売れなかった。


「やっぱり、堺で売った方がよかったのかな?」


「違法だとか言って、会合衆とやらの業突く張り商人に没収とかされそう」


「兄貴、ちょっと被害妄想が入っていないか?」


「そんな事はないぞ」


 光輝は零細運輸会社の社長なので、大手への警戒は必然とも言えた。

 大手というのは、純粋な商売の実力のみでなれるものではない。

 時に権力者と結託し、いや自分が影の権力者となって自分がルールを決める方になるから儲かるのだと思っていたのだ。


「みっちゃん」


「何だい? 今日子」


「ふと思ったんだけど、この市場に磁器の価値がわかる人っているのかな?」


 それはとんだ盲点だと光輝は思った。

 確かに、そういう人がいないとこの中国磁器は売れないと思う。


「我が奥さんながら、相変わらずの鋭い指摘だね」


「みっちゃん、時間があれば気がつく人は多いと思うよ」


「今日子、それを言ってはおしまいだろう」


 沈没船から確実に引き揚げたのだし、半年にも及ぶ回収航海で中国磁器だけで数十万点も引き揚げたのだ。

 金銀財宝などは別として、一つくらいは当たりがあって欲しいと三人は思う。


「これなんて、小物だけど南宋官窯製らしいわ」


「わかる人だと、青磁の素晴らしい色合いがとか言うのかな?」


「どの色合いが素晴らしいのか、僕達にわかればね」


 三人で話をしていると、突然周囲が静かになった。

 気になって視線を上げると、そこには二十代半ばほどに見える身形のいい武士が立っていた。

 痩せ型で少し神経質そうにも見えるが、髷も服装も清潔感があり、身分の高い人に見える。

 周囲には、十数名の護衛と思われる武士が警戒しながら立っていた。


「(みっちゃん、キヨちゃん、上客かもしれないよ)」


「(偉そうな人に見えるな)いらっしゃいませ」


 足利運輸の社長は光輝なので、彼が対応する事にする。

 普段は営業も担当しているので、それなりに対応はできるからだ。


「店主、それらの焼き物は、すべて本物か?」


「はい」


「どういうツテで手に入れた?」


 若い身形のいい武士は、鋭い目線を向けながら聞いてくる。


「密輸じゃないですよ。実は私達、沈没船から財宝を引き揚げる特殊な集団とツテがありまして……」


 宇宙船を潜水艦代わりに使って引き揚げたと言っても絶対に信じても理解してもらえないと思ったので、沈没船から引き揚げた事実だけを教えた。

 引き揚げ方法については、明の沿岸に未開の民族がいて、彼らは深い海に潜ってそういう物を引き揚げるのが上手で、彼らから入手しているのだと嘘をつく。


「明にはそんな連中もいるのか。世の中は広いな」


 ここは、三人がいた時代のように情報があっという間に広がる世界でもない。

 三人の言っている事が事実か確認のしようがないし、実際に中国磁器が目の前にある。

 若い武士は納得してくれたようだ。


「まだあるのか?」


「今日は、あまり大きい物は持ってきていません」


 今日は初日なので様子見と思い、あまり大きな品物は持ってきていなかったのだ。


「そうか、一週間後に清須で見てやる。持参せよ」


 若い武士はそう言うと、一筆書いてから金子の入った袋を清輝に渡し、そのまま去ってしまう。


「兄貴、えらい人だったみたいだね」


「そうだな」


「何も売らないで金がもらえたよ。ラッキーだね、みっちゃん」


「何か悪い気がするな。この手紙が清州とやらに入るための許可証代わりか……って!」


「兄貴、どうかした?」


「あの若い武士の人、織田信長らしいよ」


 達筆すぎて辛うじて読めた手紙の署名の欄には、『織田三郎信長』と書かかれていた。





「さて、自慢の中国磁器を見せてもらおうかな」


 約束通りに一週間後、光輝達は清須の城内において持参した中国磁器を披露する。

 

 輸送には手間がかかった。

 車両で輸送するわけにもいかないので、カナガワの艦内工場で生産した荷台に載せ、馬は清須城下で伝馬業者に出してもらった。

 織田信長から協力するようにと達しがきたらしく、彼らはご機嫌で荷台を持参した馬で引いている。


『若い旦那ぁ、その荷台はどこで手に入れたのですか?』


 伝馬業者は、アルミ製のサスペンションとバネ、ゴムタイヤを使った荷台に興味津々のようだ。

 悪路に強く、揺れが少なく、馬への負担も小さく、荷物の積み下ろしが楽になるように設計されているから、欲しくなったのであろう。


『南蛮からの輸入品なんだ』


『南蛮の品ですか。高いんでしょうな』


 この時代の人は、何でも外国製、特に明や南蛮の品だというと納得してくれるようだ。

 無事に中国磁器を運び終え、今日はいよいよ織田信長へお披露目の日だ。


「今日は、客を呼んでいる」


 織田信長やその家臣達の他にも、商人や茶道をしていそうな格好をした人達が多数いた。


「どうだ? 本物か?」


 その中でも、いかにも目利きという老人に織田信長が訪ねる。


「上総介様、暫しお待ちを……」


 老人は暫くの間、大量に置かれた様々な中国磁器を鑑定し続ける。


「(みっちゃん、『何でも鑑定しちゃうぞ!』の中山先生みたいだね)」


 今日子が、小声で光輝の耳元にささやく。

 確かに、アキツシマ連邦で放送されていたお宝鑑定番組に出てくる古物商に似ていると光輝も思った。


「どうなのだ?」


「全部、本物です……というか、これほどの逸品をどこで?」


「沈没船の荷物なので、中には他国の権力者向けの商品や贈答品もあったのでしょう」


「なるほど、納得いきました」


「で、どうなのだ?」


 気が短いのか?

 織田信長が、老人に尋ねる。


「古くは唐代の越州窯青磁、宋代の汝窯と官窯、定窯、耀州窯、越州窯と龍泉窯、景徳鎮窯、南宋官窯、元の青花、龍泉窯、明の永楽から成化・弘治・正徳まで、有名な窯のものはほぼ全てあります」


「価値は?」


「上総介様は、足利義輝公所有の『馬蝗絆』をご存じですか?」


「知っている。その由来もな」


 足利義政が、ひび割れが生じたので明に送り返して代わりを求めたが、これに代わる名品は作れないとして、鉄の鎹で修理して返送されたという逸話つきの大名物だ。


「それに匹敵する物も幾つかあります。少し劣っているにしても、名物に相応しい物ばかりです」


 老人の鑑定結果に、織田信長ですら驚いていた。

 家臣達も同じで、商人達は目を輝かせている。

 どうやって上手く購入しようかと思っているのだ。


「それで、いくらで売ってくれるのだ?」


「「「……」」」


 光輝達は、織田信長からの問いに黙り込んでしまう。

 そういえば、磁器の年代や産地の特定に、海水に浸かっていたので清掃や補修などにばかり気を使って相場とかを調べていなかった。


「(この時代の貨幣単位って文だよな?)」


「(兄貴、そこからスタートかよ!)」


「(お前も似たようなものだろうが!)」


 この時代の貨幣単位は千文で一貫であり、貨幣は中国からの輸入品や各地で私的・公的に鋳造された銅銭が混じっていると事前に勉強はしてある。

 だが、一文が具体的にいくらなのか光輝にはよくわからなかった。


「(一文が、百新円くらい?)」


「(それで計算したとして、あの青磁の茶碗はいくらなんだ? 兄貴)」


 先ほど老人が、馬蝗絆にも匹敵すると褒めていた茶碗を清輝が指差す。


「(一億新円として、千貫くらい? でも、そういう名物って国宝クラスだと何十億新円もするってニュースで見たよな)」


 見れば見るほど、値段がわからなくなっていく。

 百文と言われればそんな気もするし、一億文と言われてもおかしいとは思わない。

 

「(今日子はわかるか?)」


「(みっちゃん、私に審美眼なんてないよ)」


「(清輝は?)」


「(代々庶民のうちの家系に、何を期待しているんだ? 兄貴)」


「(だよなぁ……)」


 三人で小声でコソコソ話をしていると、織田信長以下全員の視線が痛かった。

 『早く教えてくれ!』と思っているのかもしれない。


「(値段がわからない以上は……)競争入札でいかがでしょうか?」


 値付けが面倒なので、オークションで販売すると光輝は宣言した。

 とっさの思いつきだが、これから欲しい奴は最低相場くらいは言うし、競れば高く売れるという利点もあった。


「競争入札とは何か?」


「欲しい者が出せる金額を言っていき、一番高い値を提示した者に売るという手法です」


 織田信長はオークションを知らなかったようなので、光輝が簡単に説明した。


「なるほど、それは面白い。客は多い方がよかろう。一か月後に清須城下でその競争入札を行う許可をやろう」


 基本、織田信長は偉そうであったが、相手は殿様なので仕方がない。

 それに、ここに飛ばされる前だって偉そうな政治家、大物官僚、大企業経営者は多かったのを光輝は思い出す。

 

「ありがたき幸せ」


 こうして、その日の中国磁器お披露目は無事に終わる。

 そのまま帰ってもよかったのだが、織田信長には気をつかっておこうと、彼は茶道が好きだと言っていたのでそれに使える天目茶碗を数点、商人達には質の悪い皿や茶碗を一点ずつサンプルとして渡した。


 質が悪いとはいっても数貫くらいでは売れる品だそうで、みんな喜んで帰っていく。


「ようし! 金を集めて沢山買うぞ!」


「知り合いを呼ぶと値が上がりそうだが、黙っていても漏れるだろうしな……。恩着せかましく教えておくか」


 商人達は、一か月後に備えるためにそれぞれ悩んでいるようだ。


「兄貴、オークションとはいいアイデアだな」


「一か月あるから、もっと集めておくか」


「いいね。留守はキヨマロに任せて、近場を探ろうよ」


 往復三週間かけて中国沿岸までカナガワで出かけ、再び大量のお宝を得た三人は、残り一週間をオークションの準備に当てた。


 そして、永禄三年の八月。

 清須城下で、歴史に残る大オークション会が開かれる。

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