第2話 飛ばされて戦国時代? ついでに、沈没船のお宝回収ツアー

「あたた……ここは?」


「天国とか地獄じゃないみたいね」


「運よく、どこか別の宙域に飛ばされたとか?」


 異次元宙流に飲み込まれた衝撃で意識を失った三人は、ほぼ同時に目を覚ます。


「至急! 現状の確認を!」


「終わりました」


 宇宙船の船員は、航行中は暇な時間が多いが、何が起こるかわからないので定期的に軍隊に近い訓練を課している場合が多い。

 光輝達も同じで、目を覚ましてからすぐに現状の確認に入ったが、既に気を失っていないキヨマロが確認済みであった。


「何か拍子抜けだな……それでここは?」


「観測によると、地球ですね」


「地球って、人類の故郷の?」


「はい、その地球です」

 

 西暦二千八百六十七年に発生した第七次世界大戦において、各陣営が放射能が出ない完全核兵器を使用し、全人口の九割と大陸の七割を失って環境保護惑星にされたはずである。


 カナガワのブリッジから外を確認すると、周囲は全て海であった。

 宇宙船であるはずのカナガワは、ブリッジと一部甲板部分のみが海の外に出て浮いている。


「兄貴、地球って人間は立ち入り禁止だと聞いているぞ。早く宇宙に出ないと罰金で死ねるって!」


 清輝の顔は真っ青だ。

 今の地球は環境保護惑星のため、一部監視員を除いて人間は侵入禁止であったからだ。

 しかも、これに違反すると莫大な罰金が科せられる。


「罰金は我が社の経営状況を悪化させる。早く逃げるに……無理じゃないか! カナガワは惑星の外に出られないぞ!」


 カナガワは宇宙空間専用の輸送船なので、単独では大気圏に出られなかったのを光輝は思い出す。


「特殊ブースターを装着すれば可能だが、そんな装備が民間で手に入るか!」


 特殊ブースターは元々軍の装備で高いし、零細運輸会社が手に入れられたり購入したりできるようなものではない。

 光輝と清輝から希望という文字が消えた。


 もしここで地球への不法侵入で捕まると、足利運輸の資金繰りが悪化する。 

 最悪、倒産の可能性もあったからだ。


「こうなれば、事情を話して救助を要請しましょう。異次元宙流が原因だから、緊急避難処置が適用されるかも」


「それに賭けるしかないか……」


 今日子の意見に従って救難通信を入れてみるが、何の反応もなかった。

 光輝はますます嫌な予感がする。


「一番近い火星にも繋がらないのか?」


「それが、ただ繋がらないというか、最初から火星には何もない感じなのよね」


「えっ? それって……」


「社長、無人偵察機を出して地球の様子を確認しましょう」


「それしかないか……」


 常に賢く冷静なキヨマロの意見に従って、光輝はカナガワから無人偵察機を飛ばす。

 実はこの装備、松永紛争が終わりカナガワを購入してから、戦場跡で拾ったジャンクを修理したものである。

 本当は違法なのだが、己の身を守るためだと言って、こういう規定外の装備を持っている宇宙船員は多かった。

 

 お上も、よほど危険な兵器でもなければ黙認してしまうのだ。


「今の地球って、海ばかりなんじゃないの?」


 丸一日、艦内のチェックをしながら時間を潰すと、ようやく無人偵察機が帰還する。

 各種探知装置から採集したデータを確認すると、驚きの結果が得られた。


「アメリカ大陸の真ん中に、五大海がないな」


「ユーラシア大陸も大き過ぎじゃないかな?」


 船員になる前に通っていた学校で、歴史の授業くらい受けている。

 現在の地球は、核戦争のせいで多くの大陸や島が沈んでいるのは常識であった。


 それなのに、無人偵察機の映像によると、この地球は核戦争前の状態に戻っている。


「これって、どういう事なのかしら?」


「異次元宙流に呑まれて、次元ではなくて時間を超えてしまったのでは?」


 アンドロイドなのに、いやアンドロイドだからこそキヨマロは冷静に自分の推測を口にした。


「タイムスリップね……SFかっての」


「詳細な調査を続けましょう。暫くは隠れながら」


「それしかないな」


 キヨマロの意見に従い、光輝はカナガワの船体を全て海面下に沈めてから無人偵察機による調査を続行する。


「俺達自慢の宇宙船が、潜水艦になってしまった……」


 宇宙空間という過酷な環境で動かすために作られたので、カナガワは大気圏内でも潜水艦のように動けた。

 もっと浮かべば水上船のようにも動けるはずだが、宇宙船はブリッジのある艦橋部分を除けば流線型でその多くが構成されている。

 船体を水上に出すメリットは、ほとんどなかった。


「ワープが使えればいいのに……」


「予備制動が出来ないから無理ですね、社長」


「お前は本当に冷静だな」


「アンドロイドですから」


 光輝の皮肉にも、キヨマロは冷静そのものだ

 更に数日間調査をするが、その結果は驚きのものとなった。


「船が全部木造……」


「建物が古い……ビルがないわね。時代劇みたい」


 無人偵察機をかなり高度まで上げて調査を続けるが、キヨマロの意見を補強するものばかりであった。

 おおよそ、文明の利器のようなものが見えたらないのだ。


「どのくらいの年代なんだ?」


「そうですね……旧西暦で十六世紀の半ばくらいでしょうか?」


 光輝の問いにキヨマロが答える。


「確か、細川幕府の中期くらいかしら?」


「そうですね、副社長」


 百年くらい前に幕府を開いた初代征夷大将軍細川勝広の時代から一世紀ほど、七代将軍くらいの治世のはずである。

 歴史の授業でそう習ったが、三人ともその七代将軍の名前は思い出せなかった。


「私達って日系人だから、日本に行った方がいいのかしら?」


「それがいいかも」


「義姉さん、兄貴。俺達が現地の人間と接触とかしていいのか?」


「あれ? まずいのか?」


「だって、不用意に歴史を変えてしまう心配がないか?」


 清輝がSF小説の登場キャラのような事を言う。

 確かに、下手にカナガワなどを見せると歴史が変わってしまう可能性があった。


「その心配はないと思います」


「なぜだ? キヨマロ」


「我々がこの世界に迷い込んだ時点で、この世界は既にパラレルワールドだからです」


「違う世界になってしまったから、違う結末になっても問題ないと?」


「そうです。それに、このまま三人で死ぬまで隠れて暮らしますか?」


 さすがに、それは嫌だと光輝は思った。

 カナガワは極力隠した方がいいだろう。

 もしかすると、元の世界に戻れるチャンスがあるかもしれない。

 ならば、そのチャンスが来る時までカナガワの機能を維持しないといけないのだから。


「とは言っても……カナガワはキヨマロに任せて問題はないのか」


「はい、惑星環境下でそれほど動かさないのであれば、何千年でも維持は可能です」


 宇宙艦艇は、時に何百万光年先まで移動しないと修理ドッグがありませんなんて事がザラにある。

 だから、よほどの大損傷を受けないと、アンドロイドやロボットたちだけで修理、維持可能であった。


 大半の装甲や部品も、艦内の修理工場で何とかなってしまう。

 食料なども艦内に自動農園が存在しているし、肉、魚、卵などもたんぱく質を合成して生産可能だ。

 本物に比べると少し味が落ちるが、合成されて冷凍庫にある程度保存してあるし、十年や二十年で飢えるような事もない。


 宇宙船とは、万が一に備えて大量の物資と再生産施設を完備しているのだから。


 カナガワは宇宙輸送船の中では小型に類するが、それでも全長は一キロを超える。

 新造艦なので最新の設備を持っていて、その質は大型艦にも劣らなかった。


「こういう状態なら、子供は地上で育てた方がいいかも」


「兄貴、俺にも結婚願望くらいあるんだけど……」


「現地人に紛れて暮らすか。三人だけで孤独なのもどうかと思うしな」


 三人の意見は一致するが、ここで一つだけ問題がある。


「生活費はどうする?」


「そうか! アキツシマの新円は使えないのか!」


 清輝がズボンのポケットから財布を出すと、続けて二人も財布を取り出す。

 使える可能性はないが、三人はつい中に入っている金額を確認してしまう。


「僕は、三万五千二百三十一新円だね」


「私は、二万四千五百七十八新円ね」


「俺、五千百七十九新円」


「兄貴、社長とは思えない金額だね」


 所持現金の少なさで、光輝は清輝から白い目で見られた。

 『社長としてそれはどうなのよ? 周囲の目もあるでしょうに』というわけだ。


「うるさいな、カードもあるし、地上に降りないと現金なんて必要ないだろう。必要なら下ろせばいいんだし」


「この世界に銀行なんてないと思うよ。あっても、カードで買い物したり現金は下ろせないと思う。僕達の口座もないだろうね」


「口座の現金がぁーーー!」


 あっても使えないし、せっかく貯めたのに下ろしにもいけない。

 その現実に、光輝が絶叫した。


「会社の口座に、個人の口座もか! 厳しい経営状況の中、俺はようやくヘソクリを貯めてだなぁ……」


 一度に数百新円ずつ、妻である今日子の目を誤魔化しながら光輝は懸命にヘソクリを秘密の口座に貯めていた。

 それが無くなってしまった事を知り、これまでの苦労が無駄になったと絶望感に打ちひしがれてしまったのだ。


「ねえ、みっちゃん。ヘソクリって何の事?」


「あっ!」


 ショックのあまり余計な事を口走ってしまった光輝は、今日子から鋭い目つきで追及を受ける羽目になる。

 妻に隠れてヘソクリくらいと思いつつ、光輝は元エリート軍人である今日子からの詮索をどうかわそうかと、脳内で懸命に策を考え始めた。


「ええと……清輝とだなぁ……」


「兄貴、僕に責任を押し付けないでよ」


 二人で使う交際費だと言って誤魔化そうとしたのだが、清輝も今日子から恐ろしい詮索を受けるのが嫌だったようだ。

 光輝を助けてはくれなかった。


「お前、ここは兄を助けようという優しい気持ちはないのか?」


「そこまで責任持てないよ。夫婦の問題は夫婦だけで解決してよね」


「みっちゃん、ちゃんと説明をしてよね?」


 その後光輝は、今日子から二時間近くに渡ってヘソクリ口座についての詮索を受け、心身ともに無駄に消耗してしまうのであった。






「と、ここで悲しんでいても何も解決しないか」


 だがさすがに社長なので、すぐに気を取り直して善後策を考える事にする。

 無くなってしまった物は仕方がない。

 そうすぐに割り切れるのが、光輝のいいところでもあった。


「この時代の貨幣って、大判、小判?」


「あとは、銀とか銅銭ですね」


 三人とも既に歴史の知識は曖昧だったが、代わりにキヨマロが答えてくれる。

 彼の人工頭脳はカナガワの膨大なデータベースとリンクしていて、常に適切な解答を示してくれるのだ。


「何かを売って手に入れるか?」


 当座の生活費をどうにかするために、光輝は船の荷物を売ろうかと提案する。

 輸送中の物資に、船内にあるもの、艦内で再生産可能なもの。

 売れば、かなりの財が築けるはずだ。


「いきなり何でも売るのは危険だと思いますが……」


「そうよね、技術格差が凄い物を売ってしまうと、権力者とかに警戒されると思うし」


「それがあるな」


 変に警戒されると、せっかくの新婚生活が駄目になってしまう。

 光輝は慎重にならざるを得なかった。


「キヨマロ、何か意見はあるか?」


「でしたら、こういう策はいかがでしょうか?」


 キヨマロは、その性能に恥じない素晴らしい策を献策する。

 三人はキヨマロの提案を受け入れ、潜水状態のカナガワをとある海域へと向けるのであった。





「沈没した船からお宝をいただきましょう」


「そうか、それを売れば金になるな」


 光輝が操船するカナガワは、朝鮮半島沖、中国大陸沖、東南アジア海域などの船の航路を回って沈没船から大量のお宝を回収し始めた。


 海に沈んでいるので大半の物は駄目になっていたが、古くは北宋、元などの時代の陶磁器、銅銭、金、銀などが回収された。

 古代中国には素晴らしい技術があったのだと、三人は改めて思う。


 未来の中華連邦は、『基本的にパクリ、数だけは沢山ある』という評価を受けていたが。

 

「お宝、お宝~~~」


「競争相手がいないって、素晴らしいわね」


 光輝と今日子は、宇宙空間用の操作ポッドを改良したもので次々と海底からお宝を回収、それをロボット達が洗浄、修理して、壊れないように衝撃吸収材と共に木箱などに仕舞っていく。

 この時代に潜水艦などないので、よほど浅瀬にある物以外は全て光輝達の独占状態であった。


「昔だから沈没船が多いね、兄貴」


「貿易も命がけだったんだな」


「僕達だって、命がけだったんだけど……」


 宇宙船の船員は、事故や宇宙海賊の襲撃で死亡率が高い職業だ。

 生命保険の掛け金も高いので、世間一般ではなりたがる人は少なかった。


 荒事に慣れていない清輝ですら、何度か海賊に向けて砲撃を行った経験があるのだから。

 今は海に沈んでいるので使用不能であったが、カナガワには自衛用の火器も複数搭載されていた。

 

「決済用なのかな? 金とか銀もあるから助かるな」


 昔から、衰えぬ価値のある貴金属だ。

 銅銭ほどは手に入らないが、かなりの量を確保できた。

 あとは、中国製の古陶磁器がどのくらいで売れるかだ。


「アジアだけじゃなくて、世界中を回ろう」


「そうですね。沈没船は沢山あるでしょうし」


 アジアツアーの後は、中東から地中海、大西洋、南米、北米、太平洋と回って日本近海に戻った。

 沈没船は沢山あり、大量の金銀財宝、美術品などが回収される。

 その位置も、カナガワに搭載されたセンサー類で容易に判明した。


「この半年ほどでひと財産築いたと思うんだけど、この世界、微妙に違わなくないか?」


 この半年で、世界の海を巡って沈没船の中にある金目の物を回収してきたが、その間に日本に関する情報収集もおこなっている。

 すると、意外な事実が判明した。


「足利幕府って、俺達と同じ苗字?」


 どうも、三人が知っている日本の歴史とは少し違っているらしい。

 細川幕府なんてなくて、足利幕府なるものが成立していた。

 しかも、末期でかなり衰退している。


「駄目じゃん、俺達幕府」


「みっちゃん、別に私達の祖先じゃないから」


「それはそうなんだけど……」


 同じ苗字の人が没落しているので、光輝は少しモヤモヤしていた。

 別に、助けようという気はこれっぽっちもないが。


「衰退しているという事は、戦乱があるって事かな?」


「そうですね、常務。まだ辛うじて、足利幕府が残っている状態ですか」


 沈没船からお宝を拾っている間、キヨマロは無人偵察機のみならず、超小型の虫型偵察機なども日本の町中飛ばして情報収集につとめていた。

 

 これは、盗聴器が変化したような物である。

 民生用でネオアキハバラから清輝が購入した物であったが、これが意外と役に立っていた。


「そんな状態で、商売とか大丈夫なのかな?」


「ええと、定期的にあちこちで戦をしているようですが、堺という町は環濠都市で会合衆という有力商人によって運営されているようです。他にも、それなりの商業都市が複数ありますね」


 キヨマロは続けて報告する。

 現在は、永禄三年の七月だそうだ。


「知らない年号だな」


 カナガワのデータベースに入っている資料は、役に立つものと立たないものの差が大きい。

 日本の人物や歴史などは、ほぼ資料と違うとみていい。

 技術や文化的な部分は似ているようだ。

 不思議な事に、中国の人物、歴史、文化にはあまり差がなかった。


「じゃあ、この堺って町で引き揚げた中国磁器でも売ろうか?」


「それが、そう簡単に行くかと……」


 キヨマロは、光輝の提案に釘を刺した。


「ああ、この時代って、座とかがうるさいんだっけ?」


 勝手に商売をすると、下手をすると殺されるかもしれない。

 こちらの無知を論って、集めた金銀財宝を没収するかもしれないと。


 宇宙でも、妙な法律や汚職政治家、官吏のために罰金だのワイロだのと商人から搾取する奴らはいた。

 光輝は警戒すべきだと思い、今日子と清輝もそれに賛成する。


「自由そうな都市とかはないのかな?」


「そうですねぇ……尾張の津島とかはどうです?」

 

 キヨマロからの情報によると、尾張半国を支配する織田信長という大名が、三河、遠江、駿河の三国を治め、二万五千人もの兵を出した今川義元をわずか三千人の兵士で討ってしまったそうだ。


「凄い人なのかな?」


「みっちゃん、その津島の方に行かない?」


 下手に力がある人よりも、これからの人に協力して恩を売った方がいいかもしれないと三人は思った。


「これからの人みたいだし、その上昇気流に乗って商売繁盛だよ、兄貴」


「それもそうだな」


 ここで悩んでも仕方がない。

 三人は、急ぎ尾張の津島へとカナガワを航行させるのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る