ハサミとのりの憂鬱

旦開野

ある日の昼下がり

「なぁなぁ。最近なんだか暇じゃね?」


「確かに暇っすね。」


とあるマンションの一室。最近買ってもらったばかりの勉強机とピンク色のカーペット。そして同じくピンク色のベット。周りにはたくさんのぬいぐるみたちが綺麗に整列している。テディベア柄のカーテンがかかっている窓からは、暖かい光が差し込んでいた。


退屈そうに話をしているのは、ハサミと液体のり。この部屋の主人である女の子の持ち物だ。


「めいちゃん、最近外で遊ぶことが多くなったよな。」


少ししょんぼりしながら話すのはハサミ。めいちゃんの誕生日にやってきた子供用のハサミだ。


「そっすね。お友達もできたみたいで。なんだか公園でブランコ?っていう乗り物で遊ぶのがブームみたいっすよ。」


敬語を使いながらも、軽快に話をしているのは液体のり。最近子供部屋にやってきた新参者であり、自称“相棒“を名乗りハサミを慕っている。


「お前なんでも知ってるよな。」


「向こうの部屋でママさんとめいちゃんが話をしているのがたまたま聞こえたんっすよ。めいちゃん、すっごく楽しそうでしたよ。」


「ブランコってそんなに楽しい乗り物なのか?」


「さぁ?流石に自分も見たことないのでわかんないっす。」


窓の外から見える電線には、鳩が2羽止まっている。まるで時間を知らせる鳩時計のように2羽はぽっぽっと鳴いている。


「俺たち…捨てられるのかな。」


ハサミがとても小さな声で呟いた。しかしその呟きを遮る音はなく、子供部屋全体に広がった。のりはそれを聞いて、勢いのままにハサミの前に立ちはだかった。


「何言ってるんですか先輩!気を確かに持ってくださいよ!!子供っていうのは興味がすぐ移るもんなんですって。そのうちまた俺たちと一緒に工作してくれますよ。」


ハサミは一度マイナス思考に陥ると、どんどん負のループに陥るという悪い癖がある。のりは必死で負のループを断ち切ろうとした。


「あ、そうだ。」


のりは突然何かを思いついた。


「俺と先輩、そしてこの部屋にあるもので、そのブランコってやつを作ってみましょうよ。めいちゃんが好きなものを知れば、俺たちも何か使ってもらえるように作戦が立てられるかも知れないっすよ。」


言葉通りの思惑もあったが、めいちゃんがいなくても何か作れば、ハサミの気晴らしになるだろうとのりは考えていた。


「それは良いアイディアだ。ただ…知らないものをどうやって作るんだ?俺たちブランコってやつの形すら知らないぞ。」


「ヘッヘッヘ。」


のりは得意げに笑った。


「そこにママさんが置き忘れたタブレットがあるっす。あれを使えばブランコのこと、すぐわかるっすよ。」


のりはハサミを引っ張り、扉の前に置かれていたタブレットの前まで行った。


「よくママさんが使ってるやつだな。しかし…どうやって使うんだ?」


「任せてください、先輩。」


液体のりは頭を器用に使い、インターネットを開き、検索バーに「ブランコ」と打ち込んだ。


「お前…のりのくせになんでもできるな。」


ハサミは感心したように言う。


「それ、褒められてます?今の時代、文房具もこーゆーの使えないとダメっすよ。」


「めんどくさい時代に生まれてきたな、俺らも。」


のりはまたまた自分の頭を使い、検索ボタンを押した。タブレット内にはブランコの画像がいっぱいに表示された。ハサミとのりは声をそろえ、おぉーっと唸った。


「先輩、これがブランコっす。」


「どうやって遊ぶんだこれ?」


「あ、これ、動画もありますよ。この板みたいなのに乗ってゆらゆら揺れるみたいっす。」


「ふーん…これ、作る意味あるか?これでブランコがどういうものかって分かっただろう。」


「ダメっすよ先輩!我らの敵であるブランコのことをもっと知るには作ってみるのが手っ取り早いっすから。」


ハサミとのりはまず、液晶画面に映る、ゆらゆらと揺れる乗り物をじっくりと観察した。


「この棒は折り紙を丸めればできそうか?」


「良いんじゃないっすか?乗るところはひもに俺が厚紙でも貼って作りますよ。」


ある程度目処が立ったところで2つの道具たちは、必要なものを調達するために、勉強机の引き出しに向かった。めいちゃんは工作の材料全てををいつもこの机の引き出しに入れていた。折り紙、厚紙、紐を見つけるとハサミとのりは机の上にそれらの材料を並べた。


ハサミは折り紙をくるくるっと巻いて棒を作り、厚紙をチョキチョキ。のりは紐を結んで座る部分をペタペタ。工作しかやってこなかった2つの道具は手際良くブランコを作った。


「できましたねー。」


「なんかこの…何かを作り出すこの感じ、久しぶりだな。」


ハサミは体をふるふるさせながら言った。捨てられるのかな…と不安がってたときよりもいきいきしているように見えた。


「先輩せっかくだから乗ってみてくださいよ!」


のりはそういうと、ハサミを今出来上がったばかりのブランコに乗せ、背中を押した。思ったよりも頑丈で、さっき見た動画のようにハサミを乗せてブランコはゆらゆらと前後に揺れた。


「意外とスピード出るんだな、これ。」


ハサミの顔は少し引きつっているようだった。


「まだまだこんなもんじゃないっすよ!」


のりは楽しそうに、勢いよくハサミの背中を押した。





しばらく勢いよく背中を押していたのりだったが、急にハサミの背中を押すのをやめた。ちょうど同じタイミングで、ハサミも刃でブレーキをかけた。さっきまでの楽しい雰囲気が嘘のようにどちらの顔もどんよりしていた。


「先輩ダメっす…これ楽しすぎます。」


「あぁ。こんな楽しい乗り物に俺たちが勝てるわけがない。」


「めいちゃんが工作に飽きるのも仕方がないっすね。」


どちらもがため息をついていると、玄関の方からガチャガチャ、という音が聞こえてきた。


「ただいまー!」


「めい、お部屋戻る前に手を洗って。」


ママさんとめいちゃんがお買い物から帰ってきたのだ。洗面所の方からジャバジャバと水道が流れる音が聞こえる。ハサミとのりは、とっさにブランコの近くに倒れた。しばらくすると子供部屋の扉が勢いよく開いた。めいちゃんはすぐに紙でできたブランコに気がついた。


「なにこれー!!」


めいちゃんの言葉からはワクワクが溢れ出していた。めいちゃんはキラキラした目でブランコを見つめた。


「めいー。ママのタブレット知らない?」


「ママー!これママが作ったの?」


ママさんの質問はまるで耳に入らず、めいちゃんは少し食い気味で質問した。


「すごい、ブランコじゃない。ママ知らないわよ。パパが作ったんじゃない?」


ママさんはそう言い終えると、足元に転がるタブレットを発見し、それを持ってリビングへと戻っていった。


「すごい!ちゃんとゆらゆらする!」


めいちゃんは感動しながらブランコを小さな指で揺らした。そして何か思いついたように机の引き出しにある工作に使う道具を取り出した。


「せっかくこんなにすごいブランコがあるんだもの。これで遊ぶお人形さんを作らなきゃ。」


めいちゃんは張り切って、机の上に転がっていたハサミとのりに手を伸ばした。











「めいー。おやつ食べるー?」


しばらくすると、ママさんの呼ぶ声が聞こえた。めいちゃんは返事をして子供部屋を後にした。机の上には折り紙と厚紙で作られたウサギやクマのお人形が並んでいた。 


「先輩…」


めいちゃんが出て行ってしばらくして、のりは起き上がった。


「なんだ?」


「なんというか…結果オーライっすね。」


のりは苦笑いをしながらハサミに言った。一度はブランコがあまりにも楽しすぎて絶望したハサミとのりだったが、ブランコを工作したことにより、めいちゃんがまた一緒に工作してくれたのだ。これを結果オーライと言わずになんと言うのか。


「どういう経緯であろうと、めいちゃんと久々に遊べて楽しかったな…」


ハサミはしみじみと、目線を遠くにやってつぶやいた。

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ハサミとのりの憂鬱 旦開野 @asaakeno73

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