一日目終了

「大体こんな感じですね」

 追憶しながら雄二は自分の事を話した。

「お前にも辛い過去があるんだな・・・」

 クルトは思い悩んだ様子で両肘をテーブルに立てた。

「本当ね。数ある世界の中にはそんな冷たい人間もいるなんて。でもいいお友達に出会えて良かったわ」

 アンドレアは雄二に笑顔を向けた。その笑顔からは、自分の母親と同じくらいの温かさを感じた。

「はい。一緒にいられた時間は結果的に少なかったですが、彼女といられた時間はかけがえのない時間です」

「へぇー、彼女の事が本当に好きだったんだな・・・ん?彼女?」

 何かが頭に突っかかった様子でクルトは一瞬考えを巡らせた。雄二の話に出てくる唯一無二の友達という者を、完全に男だと認識していたからである。男ではないとなると、かなり話が変わってくる。

「え、もしかして、一緒に出掛けたり家で仲良く遊んだ子は女の子だったのか?」

「はい。それが何か?」

「いや、何がって、もしかしてお前分かっていないのか?その友達は多分お前の事を・・・」

 クルトが何かを言い出しかけたところで、アンドレアは肩を叩いた。彼がアンドレアの方を向くと、彼女は何かを訴えかけるようにゆっくりと首を左右に振った。それ以上は口に出してはいけないとでも言いたげな様子だ。

「ど、どうしたんですか二人とも」

 クルトとアンドレア普通でない様子に雄二は首を傾げた。何気なくジョニーの方を向くと、彼は何かを言いたげだが、それを我慢するように口を紡いでいた。

(何か気になることでもあったのかな・・・)

 色々頭の中で考察してみたが、結局みんなが何を考えているのかは分からなかった。

「そっちの坊主は・・・そうだな。後で話を聞くことにしよう」

 クルトはジョニーの方を一瞬見て言った。ジョニーの表情は固まっていた。

「今日からお前らにはここに泊まってもらうことになるんだが、一つ条件がある」

 続けてクルトは思い立ったように言った。雄二はそれに対して応える。

「条件とは?」

「俺たちにしてもお前らを家に泊めることはやぶさかではない。しかし、流石にタダでという訳にもいかないんだ」

「確かにそうですね。ですが、僕たちは今無一文なんです・・・」

「だろうな。お前らの話を聞く限り転生したてなんだろうし。だから、宿代の代わりとして明日から俺の仕事の手伝いをしてほしいんだ」

「手伝いですか?」

「そう。だがそんなに難しい事じゃない。お前らには物を運んだり畑を耕したりなどの簡単な作業をしてもらう。多少体力を使うがな」

「なるほど・・・はい、なんでも任せてください。良いですよねジョニーさん」

「うっ。あ、はい、頑張ります」

 ジョニーは笑顔を見せたが、一瞬だけ顔が引きつったのを雄二だけが気づいた。その理由を雄二は彼の資料を読んでいるため知っていた。ジョニーは体力に自信が無いのである。元居た世界では運動などはあまりせず、休日は家でゲームをやったり本を読んだりする生粋のインドア派人間なのだ。

(かと言って『ジョニーさんの分も僕は働きますよ~』なん言う訳にもいかないしな。可能ではけどそれじゃあここに来た意味が無いし)

 この世界に来た目的は、ジョニーが天使の力なしでも生きられるようにするためである。雄二は彼に少し頑張ってもらうことにしたのであった。もちろん、始めてみてやっぱり辛そうだと感じれば、別の仕事をもらうなり別の場所へ移ったりする。

「んじゃ、明日からよろしく頼むよ。朝早くから作業を始めるから、大体毎日5時くらいに起きてもらう」

「分かりました」

 クルトの言ったことに対して雄二は承諾した。時間と暦は雄二のいたエリアSと同じである。24時間で一日が終わり、365日で1年が終わる。これはここ以外の全ての世界でも共通だ。

「お前らの部屋へ案内しよう」

 クルトは立ち上がってジョニーと雄二に手招きをした。

 3人は階段で2階へと上がっていった。2階には部屋がいくつかあり、雄二とジョニーは右へ二部屋ほど過ぎたところにあるドアの前へ案内された。

「ここが今日からお前らが泊まる部屋だ。自由に使ってもらって構わないぞ」

「「おお」」

 ジョニーと雄二は部屋を見て思わず感嘆の声をあげた。中にはベッドが3つあり、15畳ほどの広さがあった。物を収納するためのタンスや、何十冊もの本が並んだ本棚が置かれている。ここを男二人で使うとなるとかなり持て余してしまいそうだ。

「良いんですか?こんな良い部屋を使わせてもらっちゃって」

 雄二はクルトに対して問いを発した。

「ここは大事なお客様を泊めるための部屋だからな。気にしなくても大丈夫だ」

 クルトは二人に対して笑いかけた。

「ありがとうございます」

「あ、ありがとうございます」

 雄二とジョニーはクルトに礼を述べた。


 クルトが下の階に戻り、残りの二人は夕食の時間まで部屋で時間を潰すことにした。クルトがいる間ずっと緊張しっぱなしだったジョニーは、ホッとした表情でベッドのふちに座っていた。

「明日から忙しくなりそうですね」

 雄二は疲れた顔しているジョニーに話しかけた。

「えぇ、俺は昔っから体を動かすことが苦手でして、力仕事となると不安になってきます・・・」

 ジョニーは浮かない表情をしていた。雄二はそんな彼の隣に座って顔を覗く。

(多分、不安なことは力仕事以外にも色々あるんだろうな)

 全く新しい世界で全く新しい生活が始まるのだ。不安になるなという方が無理だろう。

「大丈夫ですよジョニーさん、出来る範囲の事をやれば良いんです。クルトさんやアンドレアさんだってあなたに無理をさせるようなことはしないですよ」

「そうですかね・・・」

「はい、だからあまり思いつめないでくださいね」

 雄二はジョニーの肩に手を乗せた。力が入っていない肩はかなり弱々しさを感じた。

 それから雄二は何も言わず立ち上がり、隣のベッドへと移った。次いで彼はうつ伏せで体をそこに沈めた。

「ふぃ~、良いベッドですよこれ。気持ちいい」

 雄二はベッドの上で全身の力を抜いた。

 彼はシーツに顔を埋めたままジョニーに語り掛ける。

「ジョニーさん、僕しかいないような場所でそんなに力を入れてちゃ体がもちませんよ。ほら、僕みたいに全身の力を抜いて」

「いや、ゆうじさんはリラックスしすぎでしょ」

「いいからいいから、ジョニーさんもこうやって寝てみてくださいよ」

「えぇ・・・」

「ほら早くー」

 ジョニーはベッドに仰向けで渋々寝転がった。しかし、まだ体に力が入りっぱなしだ。

「そんなガチガチにならないで~、もっと力を抜いてください」

「うーん・・・こうですか?」

「そうですそうです。んで、ゆっくり呼吸をしてください。ゆっくりですよ~」

「はい・・・スーーー・・・ハーーー・・・」

「良い感じですよ」

 ジョニーは雄二に言われた通り、仰向けのまましばらくゆっくりと呼吸をした。

「少しは落ち着きました?」

 雄二は起き上がり、ジョニーの方を見た。

「はい」

「なら良かったです。うーん・・・夕飯まで暇ですし、適当に世間話でもしましょうか」

 雄二がそう言うと、ジョニーはしばらく黙り込んだ後、口を開く。

「あの、ゆうじさん」

「ん?どうしました?」

「レミアンとは、もう会うことは叶わないのでしょうか」

「それは・・・」

 雄二は少しの間思案に暮れた。レミアンとはジョニーが好きだった例の幼馴染の事だ。もちろん、もう一度会うなんて事が出来るはずもない。

「無理ですね・・・一度亡くなった人が生前交流のあった人と会うことは出来ないんですよ」

 雄二は事実を包み隠さず話した。その方がジョニーにとって良いと判断したのである。

「ですよね・・・」

 ジョニーは表情を変えずに天井を見つめていた。それからひとしきり時間が流れるが、雄二は彼に対して何も言えないでいた。この事実を受け入れることの大変さは雄二もよく分っている。

 彼もベッドへ横になってボケーっと天井を見つめた。天井の木目を目でなぞりながら、ジョニーの今後の事を考える。

(好きだった人の事を忘れろなんて難しいよな・・・僕だっていまだに・・・)

 寝返りをうってジョニーの方を向いた。彼は相変わらず天井を見つめている。雄二はやるせない気持ちになり、小さなため息をついた。何か話そうかとも考えたが、今はそっとしておくことにした。


「ゆうじ、ジョニー、夕飯ができたぞ」

 ドア越しにクルトの声が聞こえてきた。結局あれからジョニーと雄二は話すことなく、ずっと二人で寝転がって物思いにふけっていた。

「あ、はーい。今から下に行きます」

 二人はベッドから起き上がって部屋を出た。すると、美味しそうないい匂いが漂ってきた。

 階段を降り、テーブルの方を見ると、色とりどりの料理が並んでいるのが見えた。

「うわぁ、凄く美味しそう」

 雄二はキラキラした目をさせてじゅるりとよだれを拭った。

「ほら、二人とも座って」

 一足先に座っていたアンドレアが着席を促した。

 4人全員が着席すると

 『いただきます』

 と食事前の挨拶をして、各々テーブルに並ぶ料理を食べ始めた。料理は白い野菜と肉を一緒に煮込んだもの、豆がふんだんに盛られているサラダ、目玉焼きがあり、主食としてパンに酷似したものが皿の上に置かれていた。栄養のバランスがきちんと考えられている。

「やっぱりうまいですよ~」

「ありがとう、ゆうじさん。そういってもらえると作った甲斐があるわ」

「そりゃ俺の自慢の嫁だからな」

 クルトは自慢げに鼻を鳴らした。アンドレアは「あら~」ととても嬉しそうな笑顔で彼を見つめた。夫婦仲睦まじいのが見てわかる。

「いやぁ、お二人とも仲が良いんですね」

「まぁな。ずっと愛し合っているから」

「もう、クルトったら・・・」

 アンドレアはどこか気恥ずかしそうにしている。

「なんだか羨ましくなりますね」

「そ、そうですね」

 雄二に対して固くなりながらジョニーは答えた。やはりジョニーはこういう場面になるとどうしても緊張してしまうようだ。


 食事を終えた雄二とジョニーは入浴を済ませ、部屋に戻った。

「ふぅ、いい湯だった」

 雄二は体から湯気を出してご満悦だ。その足でベッドに倒れこむ。

「明日から早起きになりますから早めに寝ましょうね」

「ですね。いやぁ、でもしんどそうだな・・・」

 ジョニーは明日の事を考えて少し憂鬱な気分になった。

「ま、こういうのは慣れですよ。最初のうちは辛くてもやっていけば平気になっていきますって」

「そうですかねぇ・・・ちなみに雄二さんは早起きとか大丈夫なんですか?」

「天使はそもそも睡眠を取らないですからね。早起きも何も無いんですよ」

「えぇ、マジですか・・・」

 天使の無茶苦茶さをまた一つ知ることになり、ジョニーは困惑気味に鼻を掻いた。

 転送システムの対象者が就寝の時間になると、担当する天使はどうしても暇になってしまう。そのため、対象者の就寝時間は自由時間となるのだ。地上を適当にぶらつくも良し、一旦天界に戻るのも良しだ。しかし、初週だけは例外である。

「電気消しますね~」

 本棚の本を読んだり世間話をしているうちに就寝時間となった。雄二はランプの灯を吹き消し、ジョニーは布団へと入っていく。

「寝られる気がしませんよ・・・」

「頑張って寝てください」

「無理ですよ・・・そうだ!ゆうじさんの不思議な力を使って俺を寝かせてくださいよ」

「残念ながら天界術式にはそんな便利なものはありませんよ」

「えー、そんなぁー」

 雄二が言う通り、天界術式には意外にも睡眠を促すことのできるような術式は存在しない。他にも精神病やトラウマを解消できない等、出来ないことが意外と多く、天界術式はそこまで万能ではないのが分かる。

「すぅ・・・すぅ・・・」

 ブーブー文句を言っていたジョニーだが、新しい環境で疲れていたのか雄二が思ったよりも早く眠りについて寝息を立て始めた。本来はここで雄二の自由時間となるのだが、最初の一週間だけは違う。

 慣れないうちは、対象者へ心的負担が大きい。それが原因で夜急に目が覚めてそのまま眠れなくなったり、悪夢にうなされたり様々なことが発生することが考えられる。そのため、対象者が寝ている間ずっと見守っている必要があるのだ。

(僕も初日は悪夢にうなされたからなぁ)

 雄二は天界に来たばかりの事を思い出した。慣れない天界に戸惑うことはあったが、レナがいてくれたお陰で不安はあまり感じなかった。今ではもう彼女に感謝してもしきれない。

 雄二は一息ついた後、日記帳をベッドの上に出した。そして、うつ伏せになって一日の出来事を綴った。


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 今日は研修一日目、頑張って隠していたけれど緊張で足がガクガクだったよ。やっぱり人を導くというのは難しい・・・

 担当することになったジョニーさんはかなり人が良く、この世界に馴染むのも早いと思う。大人の人と話すのはちょっと緊張しちゃうみたいだけど、彼ならそれを克服するのも難しくない。だけど僕はジョニーさんの役に立てるか不安になるなぁ。

 アンドレアさんの料理は滅茶苦茶美味しかった。これからあれを毎日食べられるなんて夢のようだ。クルトさんも優しい人で良かった。

 まだまだ不安は多いけど、ジョニーさんのためにできることを自分なりにやっていこうと思う。

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天空ロマン 御影 @nyanda

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