「交流」

 雄二とジョニーは男性に誘導されるままに歩いていった。さっきいた場所から、街道を真っ直ぐに行き、分かれ道を右に曲がると、特徴のない平凡な木造建築の家の前にたどり着いた。

「ここが俺の家だ」

 それは決して大きいわけでは無いが、小さすぎるわけでもなかった。庭の方では、男性の妻と思われる女性が桶にくんだ水を花に与えていた。女性はこちらに気付くと、水やりを中断してこちらにそそくさと近づき、男性の後ろにいる二人に目を向けた。

「こんにちは。お二人はどういう?」

「どうやら坊主たちは住む家に困っているみたいなんだよ。だからしばらく家で泊めてやろうと思ってな」

 二人の代わりに男性が質問に答えた。雄二は女性に挨拶をし、4人で家の中へと入っていった。

 家に入ってまず感じたのは、木の香りだった。このかぐわしい匂いは精神を安定させる効果があるようで、雄二の心を落ち着かせてくれた。

「その様子だと二人ともお腹が空いてるでしょう?何か適当に作って来るわね」

 そう言って女性はエプロンを付けてキッチンの方へと向かった。

「お構いなく」

 他の三人はテーブル席へと座った。配置は雄二とジョニーが隣り合い、向かいに男性が座っているという感じだ。全員が席に着いたことを確認すると、男性は二人の顔を交互に見た。

「自己紹介がまだだったな。俺の名前はクルト。そんでもってあそこで料理を作っているのが俺の家内であるアンドレアだ」

 クルトはキッチンで野菜を切るアンドレアを手で指示した。彼が自己紹介を終えると、ジョニーはどこか緊張した様子で顔がこわばっていた。雄二はそんなジョニーの心中を察した。

「それじゃあ次は僕たちですね。僕の名前は雄二と申します。そんでこちらが一緒に旅をしているジョニーと申します」

 雄二はジョニーに代わって彼の紹介をした。すると、ジョニーは少しホッとした様子である。雄二とはきちんと会話出来ていたため、ジョニーは初対面の人と話すのが苦手というわけではない。どうやら年上の人と会話をするのが苦手らしい。しかし、だからといって全く口を開かないというわけにもいかない。そのため、雄二は「よろしくお願いします」と挨拶した後、ジョニーも挨拶するようにと目で促した。

 雄二からの合図に気が付いたジョニーはぎこちない様子で「よ、よろしくお願いします」とクルトの方へ顔を向けて言った。クルトは彼らの様子を見てうんうんと頷いている。

「うん、よろしく。つかぬことを聞くが、二人はどういう経緯で旅をすることになったんだ?あまり見慣れない服装だし」

 クルトがそんな疑問を口にすると、ジョニーはどう答えれば良いのか分からず手をもじもじとさせていた。それに対して雄二は特に悩んでいる様子はない。

「僕たちはここに転生してきたんですよ」

 クルトの質問に雄二はそう答えた。ジョニーは彼の発言に目を丸くした。

「ゆうじさん!いきなり何を言い出すんですか!というかそもそもゆうじさんは天・・・むぐぐぐぐ」

「え?何だって?僕たちは二人とも転生してきたんだよな」

 雄二はジョニーが何かを言い出しそうになったところで、彼の口を抑えた。口を塞がれているジョニーは雄二の方を睨んでいる。いきなり雄二が転生してきたなどと言い始め、おかしな人間だと思われたらどうしようと不安になっていたからだ。

 しかし、クルトは特に驚いた様子はなく、かといって呆れたような表情もしていなかった。それどころか彼は

「そうか・・・お前ら転生者だったのか・・・」

 と納得した様子だ。クルトからの反応が予想とは全く違っていたためか、ジョニーは開いた口が塞がらないようである。雄二はジョニーの耳元で、クルトに聞こえないように囁く。

「(この世界は天使たちが良く人を送り込むから、転生者はそこまで珍しくないんだ)」

「(そうだったんだ・・・どうりで)」

 ジョニーは状況を吞み込めたようだ。

 ここエリアKは住民たちが温順な性格のため、人間を転送する場所として選ばれやすいのである。天使たちに人気のスポットでもあるため、天界からここに移り住む天使も少なくない。エリアK以外にも上記のような場所はあるのだが、それらはこの物語で後々登場してくるだろう。

「お前らは一度死というものを経験しているんだよな・・・俺にはそれがどういうものか分からないけど、大変だっただろうな・・・」

 クルトはジョニーと雄二に対して同情の眼差しを向け、思いに暮れた。

「いえいえ、そうでもないですよ。俺は熱でうなされたまま意識が飛んでいくような感覚で死んでいった感じですから、辛いとか苦しいとかの感覚はあまり無かったですね」

「そうか、なら良いんだがな。前に散々苦しんだ挙句に死んだ奴が来た時があってな。そいつはあっけらかんとしていたが、没した時の話を聞いた瞬間背筋が凍るような感覚になったのを覚えているよ」

「どんな話だったんですか・・・?」

 ジョニーは恐る恐る問いかけた。

「口に出すのも恐ろしいことだ。これに関しては話さないでおく。まぁ一つ言えるのは数ある世界の中には惨憺たることを平気でやる人間もいるってことだ」

「そ、そうですか・・・」

 ジョニーは体をブルっと震わせた。

 雄二は二人の会話を聞きながら、ジョニーの顔をさりげなく覗いてみた。彼は一見普通に話しているように見えるが、その表情はどこかこわばっている。

「差し障りなければそっちの坊主の話も聞かせてほしんだが。死んだときの事を思い出したくないってなら別に話すことを強制しないがな」

 クルトは雄二の方へと向き直った。

「そうですねぇ・・・僕の場合は事件に巻き込まれて結果的に殺されたって感じです」

「お、おう・・・なんだか物騒な話になってきたな・・・事件って言うのはどんな?」

「僕が偶然訪れた店に強盗が来ましてね。犯人が拳銃って言う武器を使って金を脅し取ろうとしていたんですよ」

「拳銃か・・・少しだけ聞いたことがあるぞ。とんでもない代物らしいな」

「はい、引き金を引くだけで簡単に人の命を奪うことが出来ます」

「そんな恐ろしいものを作り出してしまうとはな・・・」

 クルトは恐怖と憤りの混ざった声をあげた。

「話を戻します。強盗が金を脅し取ろうとしてた時、客の一人があまりの恐怖で泣き叫び始めたんです。パニックになっていた強盗はその人に銃口を向けました」

「けんじゅうってやつをその人に向けたってことですか。どうなりました・・・?」

 ジョニーは固唾を呑んで話に聞き入っていた。

「咄嗟に僕の体が動き出しましてね。僕はその人を庇うように銃口の前に立ち塞がったんです。すると、拳銃から飛び出した弾が腹部に命中しまして、それが原因で死んだって感じです」

 雄二は自分の腹を摩った。

「お前ってやつは・・・なんて無茶を・・・」

 クルトはやるせない思いに嘆息をもらした。

(そういえば何であいつは拳銃なんか持っていたんだろう?)

 ふと雄二の頭に疑問符が浮かんだ。

 話を聞いていたジョニーは彼の肩をちょいちょいと突き、小声で問いかける。

「(あの、さっきの話って本当の事ですか?)」

「(もちろん本当の話です)」

「(というかゆうじさんって元々人間だったんですね)」

「(あれ?話し忘れていましたっけ。というか一応今も生物学上では人間なんですがね)」

「(いやいや、あんなデカい猛獣を一撃で撃退する方は人間とは言えないでしょ)」

「(うーん・・・そう言われてもなぁ。人間と元から天界に居た方々とは能力が桁違いに違うんですよ)」

「(え?てことは・・・ゆうじさんの能力は天界ではかなり低い方なんですか・・・?)」

「(そうですね)」

「(マジですか・・・)」

 完全に蚊帳の外にされていたクルトは小声で話す二人をじっと見ていた。その目は少し寂しげである。

「おいおいおい、俺の事を無視して二人の世界に入らないでくれよ。一体何の話をしているんだ?」

「え、あ、ちょっとゆうじさんの事について気になったことがありましてね。何しろ天か・・・むぐぐぐぐぐ」

 雄二はまたジョニーの口を急いで塞いだ。ジョニーはバタバタと暴れている。

「てんか?」

「いえいえ、クルトさんの奥さんが作る料理は天下一品なんだろうなって言いたかったんですよ。楽しみだな~」

 はぐらかすように雄二は言った。

「何だか聞いたことのない単語だな。美味しいという意味で取れば良いのか?」

「あ、はい。大体そういう感じです」

「そうかそうか。うちの嫁さんが作る料理は世界一美味しいからな。楽しみにしていてくれ」

 クルトは料理をする嫁を感慨深そうに見つめた。雄二はここでジョニーの口を解放した。

 その瞬間、

「何をするんですか」

 とジョニーは少し大きめの声をあげた。雄二は一瞬焦ったが、クルトが自分の奥さんに夢中で気が付いていないことが分かるとホッとした様子だ。

「(良いですかジョニーさん。前にも一度言いましたが、僕が天使であることを知られると後々面倒なことになるんですよ。だからこれに関して内密にお願いします)」

 雄二が小声で囁くと、ジョニーはどこか不満気だが「分かりましたよ」と了承した。

 それから話題はクルトの奥さんのことになった。

「うちの嫁さんは本当に気が利くんだよ。しかもべっぴんさんだしな」

「確かに綺麗な方ですよね」

「だろ?だからと言っても惚れるなよ?」

「そんな事を言われても、あんなに綺麗な方を前にしたら惚れないという保証はないですよ」

「お?宣戦布告か?俺からあいつを取れると思うなら取ってみろ。絶対に無理だからな。何せ俺らは心から愛し合っている」

「いやぁ、僕では太刀打ちできなそうだ」

「当然の事。でも勝負したいならいつでも受けるからな。ま、あいつは必ず俺を選ぶだろうけど」

「僕にはそんな度胸はないですよ」

 雄二は両手を前方にブンブンと振った。

 ふと隣を見て見ると、二人の話の輪に入れず困惑しているジョニーの姿があった。

「どうですかジョニーさん。僕の代わりに勝負をしてみれば」

 雄二は彼が会話に混ざれるように話を振った。

「え?俺ですか?」

「僕じゃ絶対に勝てませんが、ジョニーさんなら可能性があると思うんですよ」

「いやいや無理ですよ」

「お、やるか?いつでもいいぞ?」

 雄二の意図を汲み取ったクルトは話の流れに乗ることにした。彼も話し辛そうにしているジョニーが気がかりだったのだ。

「俺の嫁さんは一筋縄ではいかないからな。お前に落とせるかな?」

「お手柔らかにお願いしますよ~」

「アハハ、俺には無理ですって・・・」

 ここで会話は途切れてしまった。ジョニーは何を口に出せばいいのか分からず目を左右に動かしていた。

(うーん・・・ちょっと失敗しちゃったかな。これは今後の課題になっていきそうだ)

 ジョニーの様子を見て雄二がそんなことを考えていた。その後、しばらくクルトとの会話を楽しんでいると、アンドレアが料理を盛り付けた大皿と4枚の取り皿をお盆に乗せて持ってきた。

「お待たせー、ごめんね。急いで作ったからちょっと簡素なものになっちゃった」

 大皿には色とりどりの野菜の上に、スライスして焼いた肉が並べられている。肉からの香りは牛肉に近かった。アンドレアの言う通り簡素な見た目ではあるが、それ故に食欲を誘う。

「そんな、作っていただいただけでありがたいですよ。凄く美味しそうです」

 雄二はキラキラした目で料理を見つめた。皿をテーブルに並べ終えたアンドレアは、クルトの隣に席付いた。

「3人で何を話していたの?」

 アンドレアは他3人を興味深そうに見回した。

「二人から転生前の事についていたんだよ」

「え?二人って転生者だったの!?クルトから話は聞いていたけど実物を見るのは初めてだわ。言われてみればこっちの子は普通の服装だけどそちらの子はあまり見慣れない恰好をしているわね」

「そうですね。確かにこの服装はこの世界では目立ちそうです」

 雄二は自分の服をつまんでとくと見た。彼以外の3人が着ている服は、西洋の農民がよく着るような荒い生地に簡素なデザインのものだ。それに対し、雄二は上は青色のポロシャツで、下はジーパンを着ていた。日本では普通の格好だが、ここでは町を歩いただけで注目されそうだ。

「お前のとこの世界ではそういう服が普通なのか?」

「結構一般的ですね」

「そうか・・・てことは結構裕福な世界にいたんだな。お偉いさん方が着るような服に似ているし」

「貴族の方々とかですか?」

「如何にも、まぁその人らが着てた服はもうちょい派手だったような気がするがな」

 クルトは顎に手を当てて自分の話した人物の服装を思い出そうとしていた。

「二人の転生前のお話を伺いたいわ。やっぱりこことは別の世界があるって言うのはロマンがあるわよねぇ」

 アンドレアは雄二たちに好奇の目を向けた。 

「良いですよ」

 雄二は自分がエリアSにいた頃の話を始めた。友達がいなくて寂しかった時期があったこと、高校に入って唯一無二の友達に出会うことが出来たこと、その友達を家に呼んだ時に母親に茶化されたことなどだ。  

 辛い思い出も楽しかった思い出も、今となっては笑い話にできる。

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