「異世界へ」
それから雄二はジョニーの話す内容に注意深く耳を傾けていた。別の世界に送った時、何かの役に立つかもしれないからである。家族や友人の話をするジョニーはというと、心から楽しそうな様子である。それだけ思い出が多いのだ。
「それでうちの母親がですね。『ジョニーはお父さんに似なくていいところも似てるわよね』とか言ってきて、失礼だと思いませんか?」
「あー、それと同じような事僕のお母さんにも言ってましたよ。お前のぐーたらしている姿はお父さんそっくりだって」
「ゆうじさんもですか。本当に母親ってものは、何であぁなんでしょうね」
「いくら母親と言っても女心という物は分かりませんから、もしかしたら僕らにも想像つかないような理由でもあるのでしょう」
「うーむ、俺にもそこら辺はよく分りませんね。女心と言えば、俺の幼馴染もよく分らない事が多かったですよ」
「あなたが好きだった?」
「いや、そうですけれども。できるだけそれには触れてほしくないですね」
「あ、ごめんなさい。つい」
「まぁ、もう知られちゃってるみたいだし良いですが。それでその幼馴染が最近おかしかったんですよ」
「ほう、おかしかったとは?」
「それがですね。一緒に学校から帰っていた時の出来事なのですが、あいつが石につまづいたんですよ。地面に倒れそうだったんであいつの体を俺が支えたんです。そしたら」
「ふむふむ」
「あいつ急に俺を突き飛ばして、走り去ってしまったんですよ。せっかく助けてあげたのに酷いですよね」
「あぁ、そういう・・・」
「次の日にそんな事をした理由を聞いたんですけどね。謝るばかりで答えてくれなかったんですよ」
「確かにそれは不思議かもねぇ」
雄二の声には感情が籠っていなかった。
(何の話をされるのかと思ったらのろけ話か・・・いや、本人は気が付いていないのかな)
ジョニーの様子を見る限り、幼馴染がそんな反応を示した理由は本当に分からないようだ。雄二は彼に「多分その幼馴染も君の事が好きだったよ」と伝えようか悩んだが、結局やめておくことにした。二度と会うことが叶わないのに、今そんな事を言っても辛くなるだけだと思ったからだ。いつか伝えるべき時にでも伝えようと考えた。
そのため、雄二は素知らぬ顔でジョニーの話を聞くことにした。
「学校でクラスの女子と話していた時なんかはですね。遠くからあいつが睨んできたんですよ。話していただけなのにですよ」
「うーん・・・なんででしょうね」
「それとあいつの家で一緒に遊んでいた時なんですけどね。急に『ジョニーには好きな人がいるの?』とか言い初めたんですよ。そういう話とか全くしていなかったのに」
「うん、確かにそれはおかしいかもですね」
しかし、黙って話を聞いているとその鈍感さにイライラとすることが多かった。何故彼女の気持ちが分からないのかと、聞いているだけでもどかしくなる。
(第三者目線だと分かるけど当事者になると意外と分からないものなのかな・・・)
考察してみるが、雄二にとって納得のいく答えにはたどり着かなかった。彼にもジョニーと同じような鈍感さがあるのだが、それに本人は気が付いていないのである。
ジョニーの思い出話は大体終わったため、雄二は本題に戻った。
「それでジョニーさん。色々お話ししていただきましたが、行きたい世界に関する要望は何か思い浮かびましたか?」
「そうですねぇ・・・できたら元の世界に戻りたいのですが、それは無理なんですよね」
「はい・・・そうですね」
「でしたら、できるだけ俺が住んでた世界と似た場所が良いです。やっぱり全く違った環境って言うのは抵抗がありますから」
「ジョニーさんがいた世界に似た場所ですか・・・分かりました」
ジョニーが住んでいたエリアTという場所は、科学的にはそこまで発展はしておらず、魔法も超能力も存在しないごく普通の世界である。比較的穏やかな場所で、高層ビルなど大層なものは存在せず、建物は全て木造である。移動手段は徒歩か、動物を用いたものだ。
「それではこれからエリアKという場所にジョニーさんを転送しようと思います。ここはジョニーさんが住んでいた世界と環境が最も近いと思われる場所ですね」
「雄二さんも来てくれるんですよね」
「もちろんです。転送システムの対象者が問題なく生活できるようになるまで面倒を見る事が、僕たちの義務ですから」
「なら安心です」
「それじゃあ行きますよ。眩しくなるので目を瞑っていてください」
「分かりました」
雄二は地面にかざした。すると、その場所が発光し始めた。
「それじゃあレナさん、いってきます」
「いってらっしゃい。私は遠くからあなたの事を見守っているからね」
光は強くなっていき、ジョニーと雄二の体を包み込んでいった。
ある程度、発光が強くなったと思うと、今度は次第に光は弱くなっていった。それと同時に二人は薄くなっていき、最終的にその場から消えていった。
「大丈夫。君なら絶対できるよ」
二人がその場から完全に消えた後、レナはそう呟いた。
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町から離れた山奥、そこは黄色の葉を付けた木々が並んでいた。木の上には、三つ目の小動物が肉食獣から身を隠すように佇み、陸地では鋭利な犬歯を見せている肉食獣が闊歩している。空気は張りつめており、弱者がここを堂々と歩こうものなら一溜まりもないだろう。
そんな殺伐とした空間に、一際眩しい光が出現する。動物たちはあまりの眩しさに目を反らした。
しばらくすると、強かった光は次第に揺らいでいき、二人の人間が現れた。急な光に驚いたものの、人間を確認した肉食獣は迷いなく襲い掛かっていく。四足歩行の獣は口を大きく開け、目は血走っていた。直径は5メートルと言ったところだろうか。その強靭な体躯は見たものを震え上がらせるほどの存在感を放っている。
「うわああああ、ゆうじさん、ヤバいですよ」
「まぁまぁ、大丈夫ですから」
「だ、大丈夫って、あいつ俺らの事を食べようとしてますよ」
ジョニーは足をガクガクさせて雄二の腕にしがみついていた。そんなものをよそに、獣は二人の元へと接近してきている。
「ひっ」
獣はほど近い場所まで来ると地面を蹴り、飛び上がってきた。
「もうダメだぁ」
ジョニーの顔は真っ青になり、かぼそい声をあげた。獣は二人の眼前に迫っている。
ジョニーとは違ってずっと冷静だった雄二は、獣の額まで手を持っていき、そのまま指をはじいた。
すると、
-ズゴッ-
という鈍い音を立て、獣は自分の体長ほどの距離を吹っ飛ばされ仰向けに倒れた。ジョニーは一体何が起こったのか分からない様子である。
「あの、ゆうじさん。今のは一体・・・」
「え、あぁ、ちょっと指ではじいただけです」
「そ、そうですか・・・それであの獣はどうなったんですか?もしかして死んじゃったとか・・・」
「いえ、別に殺してはいませんよ。軽く吹っ飛ばしただけですからすぐに起き上がると思います」
雄二が話すと、倒れていた獣はむくりと起き上がり、逃げるようにその場から立ち去っていった。
「ほら、大丈夫だったでしょ」
「そ、そうですね・・・というかゆうじさんってそんなに強かったんですか・・・」
「それほどでもないですよ。僕なんかよりもレナさんの方がよっぽど強いですからね」
「えぇ、あの方が・・・」
少時ジョニーが落ち着くのを待ち、雄二は彼を山の外まで誘導することにした。周りを見回すと木々と茂みが並ぶという代り映えしない景色が続き、何も知らない人がここを歩くと遭難してそのまま朽ちてしまいそうだ。
雄二はこの世界の仕組みに関しては勉強しているため、太陽の指す方向を見て方角を確かめることができた。
「ゆうじさん。なんでこんな危険な場所に転送したんですか?」
森林の中を歩いている途中、ジョニーはそんな疑問を投げかけた。
「それは転送されたところを他の人に見られないためですよ」
「やっぱり見られちゃまずいんですか」
「うーん・・・まぁそこまでまずいって言うことはないんですけどね。人に見られたときに説明するのがちょっとあれというか、面倒というか」
「いや、面倒って、そりゃないでしょ」
「色々手間が増えるんですよ。後処理とか報告とか」
「そこは少しくらい配慮してくれても」
「良いじゃないですか。こうやって僕が守って差し上げているんですから」
「ですが・・・あんな怖い思いはもうしたくないです・・・」
それからは運良く獰猛な獣に出会うことは無く。無事に山を下りることが出来た。二人はまず一番近くの町へと向かった。雄二の記憶が正しければ、ここから20分ほど歩いた場所に、集落があるはずなのである。
「それじゃあ向かいましょうか」
「何だか緊張しますね」
「身構えなくても大丈夫ですよ。ここの人たちは心優しいですから、ジョニーさんのことも快く迎えてくれるはずです」
「そうですか」
「ジョニーさんに気に入っていただければいいんですがね」
「という事は、俺はその町で暮らすようになるってことですか?」
「いえ、候補の一つと言うだけです。ジョニーさんには色々な町を僕と一緒に周っていただきます。そうは言っても、この世界には町という物は何千もありますからね。全てを周ると少々骨が折れます。なので、ジョニーさんに合いそうな場所をいくつか取り上げて、僕と巡っていただきます」
「ありがたいです。俺がここで住めるようにするためにそこまでしていただけるなんて」
「天使の仕事ですから」
雄二は優しく微笑みかけた。ジョニーがこの世界で住めるようにするためには、色々と手間がかかる。しかし、これは雄二にとって全く苦痛ではない。自分のしたことによって、ジョニーが幸せになれると思えば、仕事へのモチベーションに繋がるからである。
「後、僕はジョニーさんに言っておかないといけないことがあるんです」
「というと?」
「実は僕、この仕事はあなたが初めてなんですよ」
「え、そうだったんですか!?」
「なので、他の天使の方よりも至らない点が多いかもしれません。上手くいかない可能性もあります」
「うーむ・・・でも問題ないと思います。今あるこの人生だって、俺からしたら終わった後におまけがついてきたようなものですしね。今があるだけで感謝ですよ。なので気にしないでください」
「ジョニーさん・・・そうですね。失敗を恐れたってしょうがないです」
「例え失敗したとしても気にしないですからね。その場合は俺にも至らない点があったという事です」
「ありがとうございます。ちょっと緊張が解けました」
「でも、転送する場所はもっと考えた方が良いと思いますね」
「はい・・・以後気を付けます・・・」
雄二はばつが悪そうに頬を掻いた。
二人が話しながら歩いていると、町と思われる場所についた。木造の家々が並び、若者と老人が田んぼで野菜を育てている様子が見える。子供たちは動物と遊んでいた。動物は直径3メートルほどあり、二足歩行で見た目は猫に酷似していた。町には囲いが存在せず、どこからでも入ることが出来るようになっている。外から害をもたらす者がやって来る危険が無いのだろう。
雄二たちは早速町中へ入っていった。
「えーっとまずは住む場所を探さないとですね。多分直ぐに見つかると思いますが」
「何か当てがあるんですか?」
ジョニーは顎に手を当てて雄二の顔を覗いた。
「ないですよ」
「いやないって、宿に泊まるためのお金の用意があるという事ですか?」
「それもないです」
「えぇ・・・んじゃどうするんですか」
「どこかの家に泊めてもらうように頼むんです」
「無理ですよ。こんな見ず知らずの人間を泊めてくれるとは思えません」
「多分四の五の言わずに了承してくれますよ」
「信じられませんねぇ・・・」
「だったらあの方にでも聞いてみますか」
雄二が向いている方向には、鍬を肩に担いだ中年男性の姿があった。雄二はジョニーの手を引っ張って男性の方に近づいた。ジョニーはどこか気が進まなそうな様子である。
「すみませーん。ちょっと良いですか?」
男性は首を雄二の方へと向けた。それから、ジョニーと雄二の顔を交互に見る
「どうしたよ坊主」
「あのですね。僕たち住む場所に困っていまして、よろしければなんですが、貴方の家に泊まらせていただくことは可能でしょうか?」
雄二は男性に頭を下げて懇願した。
「そうだったか。良いぞ。俺の家で良いならいくらでも泊っていけ」
「ありがとうございます」
雄二が感謝を述べると、ジョニーは彼の袖を引っ張って、何かを言いたげな顔を見せた。
「あの、ゆうじさん達はさっきからなんて言ってるんですか?」
「そうか。すみません忘れていました」
しまったと良いだけに口に手を当て、雄二は早速ミスをしてしまった事を反省した。彼は片手をジョニーの額に当て、力を込めた。すると、手から淡い光が放たれ、ジョニーの額を照らした。
今雄二がやっているのは、自身の知識を継承する術式である。
「これでこの世界の言語が分かるようになったはずです」
「こんな簡単にですか?」
二人が立ち止まっていると、男性は「どうした坊主。こっちだぞ」と彼らの方へと振り返って、手を招いた。
「ほら、あの方の言っていることが分かるでしょ?」
「驚きで言葉も無いです・・・」
さっき雄二が使った術式は、彼が天界に来た時、最初にレナからかけられた術式とは異なる。あれは全ての言語を、自身の知っている言語に自動的に翻訳してくれるものだ。それに持続時間も極めて短い。
それに対して知識を継承する術式は持続時間が半永久的だ。しかし、この術式で継承された知識は、同じ術式を用いて他の人に継承することはできない。そのため、天使として働く人たちは自身の力で言語などの勉強をする必要があるのだ。
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