「研修の始め」
雄二が天界で最初にいた空間、体が浮いているような錯覚に陥ってしまうほど周りが真っ白で椅子が二つあるだけの部屋で雄二とレナはいた。今日から雄二の転送者になるための研修がスタートする。研修の内容はレナが手取り足取り教えながらやるという訳ではなく、いきなり雄二自身が考えながら実践していくというものだ。どこかおかしな点があれば終わってから報告されるようになっている。
「それじゃあ今から雄二君の研修が始まるわけだけど」
「はい、よろしくお願いします」
「転送者としてまずやることがあってね。それと言うのが」
レナはここで少し溜めを入れる。
「肉体精製所から魂を入れるための体を持ってくることなんだよ」
「この前行った場所からですか」
「そうだよ。そこには魂と肉体がセットで置かれているから、それらをここに持って来るんだ」
「今日僕が担当する人はどういう人なんですか?」
「まだ私にも分からないのよね。人が亡くなるなんていつも急なことだから。でも安心して。職員の方には研修だからできるだけ簡単な案件を回してもらえるように頼んでおいてるから」
「それならちょっと安心です。何も分からない状態でいきなり難易度の高い案件だと、パニックになってしまうかもですから」
「将来的にはそういう案件も回されるようになるけどね。今はまず慣れることから始めないと」
レナと雄二は早速肉体精製所に向かった。
目的の場所に着くと、入り口近くのカウンター前で立っている天使にレナは話しかける。
「こんにちは、研修生である田村雄二君が担当する人がどこにいるか教えて欲しいのだけれど?」
「こんにちわレナさん。それなら101号室にいらっしゃいます」
「ありがとう」
レナと雄二はカウンターより右の廊下へと進んでいった。部屋はいくつもあり、その一つ一つのドアに番号が書かれている。言われた場所である101号室の前に着くと、二人は中へと入っていった。
「この方が今回雄二君が担当する人ね」
「こんな感じになってるんですか」
部屋の中にはベッドとワゴンが一つずつあり、ベットの上には男性の肉体が一つ、そしてワゴンにはバレーボールサイズのツヤツヤとした球体である魂が置かれている。男性にはきちんと服が着せられていた。
「それじゃあ転送室まで持って行ってね」
「分かりました」
雄二は肉体を背中に背負い、手に魂を持った。ここでレナが手伝わないのは、最終的に彼女の助けなしで雄二が行わなければならないからである。
レナと肉体を背負ったままの雄二はその建物から出た。転送室に向かう道中、雄二は背中の重みを感じながら訝し気な表情をした。
「どうしたの?雄二君」
「いや、大したことじゃないんですけどね。僕のこの体もこういう風に運ばれたんだなぁと思って、そう考えるとなんだか不思議な気分です」
「確かにそうだよね。普通の人には自分の体と魂が別々になってるなんて想像できないよ」
「僕の体はレナさんが運んでくださったんですか?」
「そうだよ。傷を付けないよう慎重に運んだんだから」
「そうだったんですか。ありがとうございます」
「当然の事だからね。礼には及ばないよ」
雄二は背中に背負っている肉体を一瞥すると、
「でも本当に信じられないです。僕が最初はこういう姿だったなんて」
「この仕事を続けていくとそういうのも当たり前に感じてくるよ」
「そうですよね」
「ちなみにカルマちゃんも同じようなことを言ってたよ。不思議そうにしてる姿が可愛かったなぁ」
「へぇー、カルマらしい気がします。てことはレナさんってカルマと一緒に仕事をしたりもしたんですか?」
「いや、そういう訳じゃないんだけどね。私の仲のいい天使がカルマちゃんを異様に気にかけていて、様子を逐一報告してるのよ」
「そうだったんですか。でも気になるんだったら自分で様子を見に行った方が良いんじゃないですかね?」
「私もそう言ってるんだけど、なんだか踏ん切りがつかないみたいなのよ」
レナは困ったような表情をしてため息を吐いた。
「そういうものなんですかね」
雄二にはその気持ちがあまり理解することが出来なかった。
そんな感じに話しながら歩いていると、いつの間にか転送室へとたどり着いた。雄二とレナは転送室のドアを開けて中に入った。
「それじゃあその人をそこの椅子に腰かけさせて」
「はい」
雄二は言われた通り、背負っていた肉体を椅子の上に腰かけさせた。魂の入っていない肉体はだらんとしているため、倒れないようにバランスをとる。
「それじゃあ次は魂を中に入れないとね」
「そう・・・ですね・・・」
雄二は緊張した面持ちで魂を両手に持った。その手は若干震えているように見える。
「大丈夫。あれだけ練習したんだから」
雄二はいくつもある術式の中で、特に転生術の練習を繰り返していた。この術式だけは失敗すれば大惨事を引き起こしてしまうからだ。もし間違いでも起こればその肉体の精神は崩壊して廃人になってしまう。
練習を重ねていたと言っても本番はこれが初めてだ。雄二がここまで緊張するのは無理ない。
「それではいきます」
雄二が椅子に腰かけた肉体の頭に魂を近づけると、その魂は肉体へと吸い込まれていくようにスーっと消えていく。少しづつ手にあるものは消えていき、最終的には無くなった。魂が手の上に残っていない事から成功したことが分かる。雄二の額には汗が流れていた。
「ふぅ・・・できました」
「よくできました。それじゃあ雄二君は向かいの椅子に腰かけてこれを読んで」
そう言ってレナは雄二に数枚のメモを渡した。そこに書かれているのは、今回雄二の担当することになった、現在体をだらんとさせて座っている男性の基本情報だ。このメモはレナが肉体精製所から出るときに、カウンターの前にいた天使から受け取ったものである。
以下がその男性に関する情報である。
名前:ジョニー・ケント
年齢:16歳
出身:エリアT
性格:おおらかで人に対して親切
死因:流行り病による病死
その他:基本的に怒ることは無いが、嫌なことがあればすぐ表情に現れる。生前は密かに思いを寄せていた人がいた。勉強が大の苦手である。幼い歳で亡くなったため、今回転送システムの対象となった。
メモを受け取った雄二はそれを穴が空くのではないかと思うほど読んでいた。初めてなためかなり不安なのである。
ひとしきり読み込んでいると、雄二の向かいにいる男性、ジョニーはゆっくりと目を開けた。レナに指摘をされ、雄二はそれに気が付いた。それからメモをポケットの中へとしまい、膝に手をのせて身構えた。レナは雄二がやらなければならないことを指示する。
「それじゃあ雄二君、まず挨拶をして」
「はい。ジョニーさんこんにちは」
雄二はにこやかに挨拶をした。しかし、目を覚ましたジョニーは何がどうなっているのか分からず、返事もせずに周りをキョロキョロとしていた。
「何もわからないジョニーさんのために説明してあげて」
「分かりました。あの、ジョニーさん」
雄二は呼ぶが、ジョニーは軽くパニックを起こしているようでそれに反応を示さずにオロオロとしていた。
「ジョニーさん!!」
「え、あ、はい」
大きな声で名前を呼ぶと、ジョニーは我に返り、雄二の方へと顔を向けた。しかしまだ狼狽している様子である。
「あの、僕は今回ジョニーさんを担当させていただく田村雄二と申します」
「担当・・・?」
「はい、申し上げにくいのですが、あなたは地上で亡くなってしまいました。ジョニーさんは無くなるのには幼過ぎたため、ここ天界に来てもらいました」
「え?天界?」
「はい、それで僕と、この方は天使です」
そう言って後ろに立っているレナを指示した。
「そんな物語みたいなことあるわけ・・・」
「でも本当のことです」
「そんな事を言われてもなぁ」
「あなたも記憶に残っているはずです。自身が亡くなった時の事が」
「え、あぁ・・・確かにベットに横たわって苦しんでいたような記憶が薄っすらありますけど、だからと言って信じろと?」
「うーん・・・そうだなぁ・・・」
雄二がどう説明したものかと悩んでいると、レナが助言をする。
「雄二君、こういう時はね。その人しか知らないような事を言うと良いんだ」
「ジョニーさんしか知らない事ですか・・・」
雄二はしばらく考え込むと、メモに書いてあった内容を思い出した。『密かに思いを寄せている人がいる』この情報は使えると考えた。
「あの、ジョニーさん」
「何ですか?」
「ジョニーさんには好きな人がいらっしゃいましたよね」
雄二がそう言うと、ジョニーは一瞬目を見開き、体が凍ったように動かなくなった。
「や、やだなぁ、そんな人なんていませんよー。な、なにを言ってるんですかね」
ジョニーは白を切ろうとしていた。しかし、雄二は彼の事を全て知っているのである。
「えーっと、幼馴染の子でしたっけ、いつもジョニーさんを起こしに来てくれていた。名前は・・・」
「わー!わー!分かりました!話を聞きますから!!」
ついに観念したジョニーは、雄二の話を黙って聞くことにした。雄二はジョニーを他の世界に転送する事、そこで生活できるようにしばらく面倒を見る事を話した。ジョニーはさっきの一件から、雄二の話を信じることにしたのであった。
「それじゃあ俺は別の世界に転送されて、そこで生活するということですか?」
「そうです。僕がそこでジョニーさんが生活できるようになるまで色々助けますので」
「俺はどんな世界に飛ばされるんですか?」
「それはこれから決めます」
「はぁ」
雄二はレナの方へと向いた。どこへ転送すれば良いのかを相談しようと考えたためである。しかしその時、レナは雄二の考えていることをくみ取り、それを拒否するような態度を取った。
「ダメだよ。そこは私の力を借りずに雄二君が考えないと」
「え・・・」
アドバイスでもくれるのかと思っていた雄二は動揺した。
「で、でも僕ひとりじゃ決められませんよ」
「君はこれまで天使になるため一生懸命に学んできたでしょ。だから大丈夫。最初なんだからゆっくり悩んでいいんだからね」
天界語で会話する二人を見て、ジョニーは訝し気な表情をした。
「あの・・・何のお話をされているのですか?」
ジョニーが問いかけると、雄二は彼の方へと向き直った。雄二は怪訝そうな顔をするジョニーに色々質問をしてみることにした。
「ジョニーさんはこんな世界に行きたいとかそういう希望って言うのはありますか?」
「うーん・・・いきなり聞かれてもですね」
「何でもいいんです。例えばのんびり暮らせるところに行きたいとか、科学的に発展した世界に行きたいとか」
「そうですね・・・」
ジョニーは少しの間苦慮すると、一つの疑問に思い立った。
「あの、ちなみに何ですけど、元の世界に戻してもらうことは出来ないんですか?」
それはここに来れば誰でも感じる疑問である。元の世界に未練のある人は多いからだ。雄二はジョニーのそんな気持ちに気付き、とても言い辛そうに事実を伝える。
「それは出来ないんです。都合よく元の世界で復活できるようになってしまうと、命の価値が著しく下がってしまいますから」
「そ、そうですよね!いやいや忘れてください。ちょっと気になっただけですから」
ジョニーはそんな感じに手をブンブン振って誤魔化すが、その表情はどこか寂しげである。雄二はそんな彼を見て、心にチクリと針を刺されるような感覚になった。
「新しい世界かぁ。楽しみです。どんなことが俺に待っているんだろうってね」
空元気を見せるジョニーに、雄二はかける言葉が見つからなかった。その場で抱きしめてあげたいとも考えたが、男にそんな事をされたところで慰めにならないだろうと思った。だから雄二は、彼の本当の気持ちを受け止めることにした。
「ジョニーさん。無理をしないでください」
「そんな無理なんて・・・」
「良いんですよ、僕にだったら心の内をさらけ出しても。そのために僕らはいるのですから」
「ゆうじさん・・・」
ここで初めてジョニーは雄二の名前を呼んだ。
「ジョニーさんには愛する人たちがいたんですよね。お父さんやお母さん、そしてお友達」
「はい・・・」
「でしたら、その方たちのお話を聞かせていただいてもよろしいですか?」
「話、ですか・・・?」
新しい世界で人生をスタートするにあたって、もう会う事の叶わない人たちの事を忘れさせるのではなく、あえてその人たちに関して話させることにした。雄二はジョニーにとって大切な人たちの思い出を心の内に留め、それを糧にしてほしいと考えたのであった。
雄二はレナの方をちらりと見たが、彼女は特に何も言わずにニコリと笑いかけた。雄二がやったことが正しいのかどうかは分からない。相手へのアプローチの仕方は天使によって違う。どれか正解かどうかなど答えようがないのだ。
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