「工場見学」

 天界にきてもう2年が経過していた。カルマはもうとっくに天使になるための十分な知識を手に入れ、今はもう研修の段階に入っていた。彼女の話によると、職場は良い人が沢山いて研修も楽しくて仕方ないのだそう。雄二ももうすぐ全ての勉強を終えようとしており、次は転送者として働くための研修を行う。セルとノーラはもう少し先になりそうである。

 雄二の成長ぶりをみてレナは感心していた。彼の頑張りを誰よりも傍で見てきたのだ、レナにとっては誇りである。

「よくここまで頑張ったね」

 レナは雄二への最後のレッスンを終え、彼に感嘆した。普通ならばもう一年ほどかかるのだが、雄二の努力によってこんなにも早く全ての勉強を終えることが出来たのである。あとはその知識を生かして実践するのみだ。

「ありがとうございます。レナさん」

「これで君は立派な天使だね」

 教育者が十分な知識を持っていると判断すればその人は天使として認められるのである。

「でもまだまだ道のりは長そうですけどね」

「そうだね。ここからが頑張りどころだよ」

「研修の時もレナさんが担当してくださるんですか?」

「そりゃもちろん、私は雄二くんの面倒は最後まで見るよ」

「それは安心です。僕もレナさんにもっと色々教えてもらいたかったですから」

「これからもビシバシと鍛えるからね。そこのところよろしく」

「お手柔らかにお願いします」

 それからレナはこれからのことを雄二に説明する。

「次以降はここじゃなくて私の転送室の方へ来てもらうから」

「分かりました。その、私のってことはあそこはレナさん専用の仕事部屋なんですか?」

「そうだよ。転送者はほかの職業と違って専用の部屋を持ってるんだ。あれって完全に個人の作業になるからね」

「え、そうだったんですか?一人でって、何だか不安になってきちゃいました」

「大丈夫大丈夫、慣れるまでは私が付いてるから。慣れて一人でできるようになったら雄二の作業部屋も増設してもらうんだよ」

「それって大変じゃないですか?」

「そこはナチュラルだから、力を使えばちょちょいのちょいよ」

 ここで言うナチュラルとは、人間から天使になった雄二とは違い、レナのように元から天使だった者を指す。ナチュラルとそうでない者との力の差は歴然である。

「それで転送室の方へ来てくれたら、私の監視下だけど早速仕事をやってみてもらうから」

「え?いきなりですか!?無理ですよそんなの」

「大丈夫だよ。転送者の仕事に関する事はもう十分勉強したでしょ?」

「そうですが・・・」

「失敗しても平気だよ。その場合は私がちゃんとカバーに入るから」

「分かりました・・・」

 既に緊張し始めている雄二の背中をレナは優しく摩ってあげた。 

「あ、そうだ。まだ雄二くんには肉体精製所を見せていなかったよね。明日からお世話になる場所だからこの後見に行かなくちゃ」

 二人はレナの家を出て、レナの案内で肉体精製所まで向かった。レナの家からはそこまで遠くはなく、しばらく歩いたらすぐに到着した。

「ここが肉体精製所ね」

「一応通りがかったことはあります」

 建物は綺麗で立派な外壁で、雄二の目から見ればコンクリート造りのように見える。しかし実際は、天使がコンクリートに酷似した素材を生成し、それを使って建てたものだ。

 入り口に立てられている立て看板には肉体精製所と書かれており、一目でその建物が何なのかが分かるようになっていた。

 雄二とレナは入り口のドアを開けて中に入っていった。入ってすぐ目に入ったのはカウンターの前に立つナチュラルの天使である。レナはその天使の方へ行き、用件を話す。

「明日からこの子の研修が始まるから中を見学させてもらいたいんだけど」

「分かりました。案内の方は必要ですか?」

「私が案内するから大丈夫よ」

「そうですか。それではそこの入り口からお入りください」

 レナの対応をしていた天使は近くにある透明なドアを指した。

「ありがとう」

「終わりましたらご報告お願いします」

「分かったわ」

 雄二とレナはその透明なドアへと入っていった。

 中へ入ってから、雄二はそこにある光景に驚愕する。

「なんですか・・・これは・・・」

 用途は分からないが大掛かりな機械が大量にあり、天使たちがそれらを操作していた。それによる機械音が室内に響き渡っている。特に目を引いたのは緑色の液体と人間の肉体が入った透明なカプセルだ。そこからを雄二の世界で20年前に発売されたPCを巨大にしたような見た目の機械へと、大量のコードが伸びていた。

「転送システムを使う時にはここで亡くなった人の体と全く同じコピーを作るんだよ。君のその体もここで作られてるんだ」

「いや・・・なんか想像していたものと全然違いますね・・・予想以上に近代的というか」

「流石の天使でも人の体を何もなしで自由に作ることはできないよ」

「そうなんですか、でもこんな大掛かりな機械は誰が作ったんですか?」

「これを作ったのはエリアOの子達だよ。あそこの子達は科学技術が半端なく高いからね。肉体を作るのもお茶の子さいさいみたいなんだ。これらの機械はエリアOにあるものを模倣して作ったものだよ」

「そこの人たち本当に凄いですね・・・」

「でもそれは上手くいかなかったんだ」

「どうしてですか?」

「あの子達は肉体を作ることが出来ても魂を作ることは出来なかったの。人間が魂を作るという行為は摂理に反するものだからね。魂の入っていない肉体は生きた屍にしかならない。だからエリアOの子達は肉体を作るのは人の道理を外れた行為だと感じて、実験に使用した機械を封印したんだ」

「そんな事があったんですか。それでその封印された機械はどうやって?」

「その実験に関わっていた研究者と中の良かった天使の一人が、例の機械を見つけたんだ。何かに使えないかと思って記憶を頼りにこれらを作ったって感じ」

「ナチュラルの天使は物を見ただけでその構造を全て理解することが出来ますからね」

「そういう事よ」

 ナチュラルの天使とそうでない天使との違いはこういう所にも現れる。雄二のような地上から来た天使というものは、造形の能力も飛躍的に向上しているものの、ナチュラルには及ばない。そして、彼らが地上にある物品を模倣して作るとなるとそれなりに苦労する。完全に模倣して作るとなると機械であれば設計図を見ながら、それがなければバラバラにして構造を把握しなければならない。

 ナチュラルはその段階をすっ飛ばして、雄二の言うように見ただけで物の構造を理解することが可能だ。天界に置かれている地上の物品の殆どは、地上に遊びに行ったり、住んだりしていたナチュラルの天使達が作ったものである。

「こういう所を見せちゃうとショックを受けちゃう人もいるからね。天界に来た人たちは環境に慣れるまで見せないようにしているんだよ」

「やっぱりそうだったんですか。僕も初日にここの存在を知った時には中を見たくないと思いましたよ」

「え?初日の段階でこういう施設があるの知ってた感じ?」

「だって入り口に分かりやすく立て看板がありますし、名前からどういう場所かは想像できると思いますよ」

「え、それ不味くない?それってここに来た子達は大抵ここの存在を知ってたことになるよね」

「カルマとセルは気が付いてなかったから大丈夫じゃないですか?」

「それでもダメよ。これから対策しなくちゃ」

 レナは焦りの感情を顔に浮かべる。それを見て雄二はもっと早くに気が付けたのでは?と疑問に感じた。天使達やここに来る人達は結構鈍感な人が多いらしい。

 雄二はレナに連れられて機械の近くへ行き、それらの使用用途などの説明を受けた。人間の肉体となる材料を仕分けるものから、それを均等にかき混ぜるものまで様々なものがあった。材料はとても柔らかい性質なため、見ているとなんだか粘土細工のようにも思えてくる。

「この機械で記憶データを復元するんだ」

 そうレナが指したのは教室二つ分ほどの大きさを誇る量子コンピューターである。

「大きいですね」

「これでも一回に復元できる人の記憶は一つまでなんだよ」

「こんなにでかいのにですか・・・」

 雄二はレナの話を聞いて途方に暮れた。

「全く同じ人間のコピーを作るのはそれだけ大変なんだ。記憶に少しでもズレがあれば全く違う人間が出来上がってしまうから」

「確かにそうですね。それじゃあこの施設には僕の記憶データも保存されていたりするんですか?」

「もちろんあるよ。見たい?」

「いえ、やめておきます・・・」

 自分の記憶データという事は、その中に黒歴史というのも当然存在する。それを自分で掘り返すとはどんな拷問かと雄二は思った。

 それからレナは人間の肉体が入ったカプセルの方へ雄二を連れて行った。

「これがメインとなるものだね。この中で人間の肉体を形作っていくんだ」

 近くで見ればどれだけ精巧に造られているのかが分かる。

「あとはこの肉体に魂と記憶データを入れたら完成だよ」

「分かってはいましたが全裸なんですね」

 そこに入っていたのは男性で、ご立派なものが見えた。雄二はそれを見て少し気まずさを感じた。

「魂を入れる前にちゃんと服も着せるよ。そうしないと流石に本人に悪いからね」

「ですよね。僕も全裸の状態で目を覚ましてたらその場で叫んでいたと思います」

「意外と雄二くんはシャイなのね」

「人間なら普通ですよ」

 レナは地上で人間として暮らしたことが無いため、人間のそういう感情は理解できないらしい。

 ここで雄二の頭にふと疑問が浮かんだ。

「亡くなった人のコピーって言いますけど、どこまで似せているんですか?」

「ん?どういう事?」

「亡くなった人の中には高齢の方や病気の方もいらっしゃると思うんですよ。そういう時ってどうしているんですか?」

「あーそれね。亡くなっているときに二十歳を超えていて且転送システムの対象者の場合、その人が二十歳の時の姿をコピーするんだ。二十歳未満の場合は亡くなった時の姿のままだよ。もちろん、亡くなった際にできた外傷は取り除く。そして、何かしらの病気を患っていた場合でも、五体満足の状態で復活させられるんだ」

「色々考慮されているですね」

「でも記憶を弄ることだけは、その人のそれまでに生きてきた時間を否定することになっちゃうから禁止されているんだ」

「破ったらどうなるんですか?」

「まぁ破っても天界には罰則とかそういうのはないんだけどね。倫理的に良くないでしょって言う話よ」

「そうですね。自由に記憶を弄れたら全く別の人間になってしまいます」

「そうそう、そういう事をしちゃうと転送システムの存在する意味が無くなっちゃうから」

 中を大体周り終えた二人は、建物の入り口にあるカウンターの所へと向かった。

 カウンターに着くと、レナはそこにいる天使に報告する。

「周り終わったわ」

「はい、お疲れ様です」

「それじゃあまた明日お願いするね」

「お待ちしております」

 二人は建物の外へと出た。そこで解散となり、雄二は研修の時間まで家で休むことにしたのであった。

「それじゃあここでね。研修頑張ろう」

「はい、よろしくお願いします」

 レナは雄二とは反対の方向にある自宅へと向かった。雄二もその背中を見送ると、緊張した面持ちで自宅に帰って行った。

 研修になれば人と関わらなければならなくなる。レナがいるにしてもその人の人生に自分が大いに関わるようになるのは確かだ。これから雄二は人生の新たな一歩を踏むことになる。

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