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小雨は、彼の元にも等しく降り注いだ。焼き上がったピザを届ける最中であった。人通りの少ない交差点で信号待ちをして右に折れる。その後はしばらく直進する。スマホは、彼に適切な経路を示していた。ヘルメット越しの視界は幾分か悪く、空気も重く淀んでいた。時折、傘を差す人を何人か見かけた。けれど、それっきりだった。やけに人を見かけない日だった。彼はおとなしくハンドルを握る手を固く締め、腰の位置を直した。雨は少しずつ歩みを強めていた。防水ケースの上の水滴を軽く指で落とし、進路を確かめる。画面は音も立てず、ただ直進することを告げていた。彼はまた前を見る。誰もいない住宅街に彼だけが存在しているかのようだった。ただ直進をするピザの配達員と雨、そして誰もいない住宅街。その様子が彼の心に僅かな隙間を作ってしまったのかもしれない。結果的に事故は起こってしまった。誰もいない路上でバイクごと横転した。事故の前、彼の意識が目撃したのは黄緑色のテニスボールだった。雨の中、それは彼の視界に突然映り込んだ。そしてそれを追いかける、黄色いレインコートを着た幼い子どもの姿も。瞬きのうちに世界は暗転する。路面を流れる雨水は彼の世界を反射し、そして誰でもない誰かが彼を見つける。そこには彼が見たテニスボールも、黄色いレインコートを着た子供の姿も無い。

小雨は、彼の元にも等しく降り注いだ。

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500文字小品 Nakime @Nakime88

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