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六本木の交差点を一人で歩いていた。僕はバイトが終わった帰り道だった。身につけていた制服を脱ぎ、個人としての僕に戻る。頭の中には兵隊たちがいそいそと模様替えを行っていた。公の場にいるときの僕。一個人としての僕。その日はこの入れ替え作業に何故だか時間がかかった。そんなもんだから、僕は行き先を変更し本屋さんに併設されたカフェを目指すことにした。周りには服越しでもわかるスタイルのいい女性、背格好の整ったスーツ姿の男性。春らしい暖かな風が僕の横を通り過ぎていく。人だかり。信号は赤だった。僕は吸い寄せられるように一箇所に集まっていく。その中に一人だけティッシュ配りをするお兄さんがいた。都会の風は冷たく皆、彼に見向きもしない。麻色のマスクをした彼は僕の前にも当然、ティシュを差し出した。僕はというと頭の中がてんやわんやだった。外界の刺激もどこか温く感じる。結果的に僕は動かなかった。彼の手は僕の前から姿を消した。その瞬間、僕は頭の整理が付き、視界が晴れた。信号待ちの雑踏や車のエンジン音に至るまで情報が僕を突き抜けていった。振り返り、僕は彼に「ティッシュをもらえませんか」とだけ告げた。彼は整った目を細め、渡してくれた。目を合わせ会釈。その瞳の一瞬の邂逅に僕は、公としての彼の存在に気がついた。永遠のような感覚だった。そして、信号は青に変わった。
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