500文字小品

Nakime

第1話 500文字小品 ##1

 僕は、しろくまなんだ。

彼はそう言って、カップを置いた。

僕は変わらず、彼を見つめていた。珈琲を少し飲んで、それっきり。僕らはしばらく何も喋らなかった。特に話題が無かったわけでもない。ただ漫然と過ぎていく時間を、珈琲を飲み干すことに費やしていた。彼は窓に映る人達を眺め、僕はカップの縁の模様や彼の姿を眺めていた。

 緩やかに流れる音楽を背に、カフェには客が僕ら2人しかいなかった。地下鉄の改札口に向かう人はせわしなく右から左へ流れていく。OLさん。ズボラな格好の若者。身長差がある男女。小学生。エトセトラ。

 彼が再び口を開いた時、珈琲カップは空になっていた。正直な話、何を言っていたのかよく覚えていない。彼は他愛もない冗談を混ぜて何かを言っていたんだと思う。笑いながら、けれども僕の目を見てはいなかったと思う。そして僕はそれについて彼に賛同した。店員がやってきて、おかわりを尋ねる。僕はいらないと言い、彼も同じだった。

 それっきり、彼には会っていない。彼が何処にいるのか、何をしているのかも知らない。彼だって同じだろう。僕らはいつかの午後に会い、純然なる時間を過ごしそして別れた。僕らはお互いの名前も知らないままに。



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